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13.日常と募る想い

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 レスリーは、中庭でスケッチをしていた。
 五月は沢山の春の花が咲く季節だ。
 ライラックにデイジー、ウィステリアなど、庭の自然を羽根ペンを使って器用に書き留めている。
 わざと足音を立てて近付くと、くるりとレスリーはこちらを振り返り、こちらに声をかけてきた。
「ネイト様。お散歩ですか?」
「うん。レスリーは絵を描いてたの? 結構上手いね」
「ありがとうございます。刺繍の図案に使えるかなと思って」
「刺繍、好きなの?」
「はい。細かい針仕事は性に合ってるみたいです。こちらは王都と違って自然がいっぱいでいいですね」
「そうかな? 王都に比べると何もない田舎だろ?」
「王都は雨が多いですから。こちらの方がお天気がいい日が多くて私は好きです」
 にっこりと笑う表情に、この地への確かな好意が感じられて、エルドリッジに生まれた者として嬉しくなる。
「ここに来てからレスリーはまだ邸の外に出た事がないよね? 他にも景色がいいところはあるから、よかったら連れて行ってあげようか?」
 提案するとぱっとレスリーの顔が輝いた。
「本当ですか? あ、でも、私、馬には乗れないんです……」
「そうなの?」
「武のルース家の人間なのにおかしいですよね。私、体を動かす事は苦手で……」
 そう言えば、ルース家と言えば、男女問わず有名な騎士を何度も輩出してきた武の名門だったか。
「子供の頃は騎士になれって言われてたんですけど、あまりにも運動神経が悪くて。父も匙を投げて諦めてしまいました」
「えっ……」
 いやいや、あの熊、こんな可愛い子に騎士になれって、正気か?
「やっぱりおかしいですよね。ルース家の娘なのに運動が苦手だなんて」
「いや、そっちじゃなくて。レスリーを騎士にしようとしてたことにびっくりした。だってこんなに細い女の子に……」
「父は残念がってましたけどね。それくらい本当にできないんです」
「良かったら教えようか? 乗馬」
 提案すると、レスリーは目を見張った。
「ほら、こっちは広いから、馬に乗れた方が世界が広がると思うよ?」
「私も乗れたら嬉しいなとは思いますけど、父が諦めたレベルですよ?」
「教える人間が変わればできるようになるかも?」
「……じゃあ、お願いします。でも、本当に私鈍くさいんです。笑わないって約束してくれますか?」
「約束する。じゃあ、母上に乗馬の時間を取っていいか聞いてくるから」
 よし、これで乗馬を教える時間は合法的にレスリーと一緒にいられる。
 俺は、レスリーと別れると、早速母上のところに向かった。



(父上め……)
 数日後、何故か俺の目の前には、馬場でレスリーに乗馬を教える父上の姿があった。
 一刻も早くレスリーに乗馬を教えたくて、うっかり両親が揃った場所で、母上に乗馬の許可を取ったのがまずかった。
 父上は馬狂いだ。乗馬と馬をこよなく愛し、少しでも時間的余裕ができれば馬で出かけるか厩舎に引き篭もって馬の世話をしているかのどちらかだ。その馬愛には息子の俺もちょっと引くレベルである。
 そんな父の前でうっかり乗馬の話をしたら、食いつかない訳がなかった。
「俺が教える。俺の方がネイトより腕は上だ」
 そう言って譲らず、また、俺とレスリーの接触を警戒する母上による妨害もあり、レスリーに乗馬を教える役目を、俺はまんまと父上に奪われたのだった。

 季節がいいから、緑の馬場には爽やかな風が吹いている。
 その中で、レスリーはうちが所有する馬の中でも、一番気性の穏やかなエレナという白馬を借り、父上から手ほどきを受けていた。
 なんと言うか……レスリーの運動能力は、本人が苦手と豪語するだけあってやばかった。
 まず台があっても馬に乗れない。筋力が無さ過ぎるのか? 鞍の上に這い上がろうとしてじたばたとする姿は可愛らしいが、結局見るに見かねて父上が持ち上げて馬に乗せていた。
 それを見て、本当はあれは俺の役目だったのにとムッとしてしまう。

 乗ってしまった後は、普通に歩かせるのはできていた。しかし、速歩のやり方を教えた後に問題が起こった。レスリーが合図をしてもエレナは動かない。エレナはそんなに気難しい馬ではないはずなんだが、合図の出し方が悪いのだろうか。
 父上が何事かアドバイスしているが、うんともすんとも動かないエレナに、レスリーの顔が泣き出しそうになる。
 父上が動いた。レスリーの後ろにひらりと跨ると、レスリーから手綱を受け取り、エレナを操作し始めた。
 常歩から速歩、駈歩へ。自在に馬を操る父上に、レスリーはきゃあきゃあと歓声を上げる。

 何で俺は父上とレスリーが二人乗りしているところを見せ付けられているんだろう。
 ムカつく。父上がわざとこちらに近寄ってくると、どうだ、と言わんばかりの顔を見せ付けて去っていった。
 二人乗りの状態で馬場を何周かして、初めてのレスリーの乗馬のレッスンは終わった。

「レスリーに教えるのはなかなか手ごわそうだ……」
 レッスンが終わって、邸に戻り、レスリーと別れた後、父上が遠い目をしていたのが印象的だった。



 結局、レスリーの乗馬に関しては、その後も父上が何度か手ほどきをした様なのだが、結局なかなか上達せず、レスリー側から止めたいとの申し出があり、終了となった。
 父上は落ち込んでいたし、俺も申し訳ない気持ちになった。
 運動は苦手だと言っていたのに、レスリーを傷付けてしまったんじゃないかと思うと、いたたまれない気持ちになる。

「その……なんかごめん。俺が余計な提案をしたばっかりに……」
 機会を見つけ、謝りに行ったら、レスリーはぷうっと頬を膨らませた。
「だから言ったんですよ。私の運動神経は父が匙を投げたレベルだって」
「う、ごめん……」
「なーんてね。嘘です。怒ってませんよ。こちらこそごめんなさい。折角セオドア様が一生懸命教えてくださったのに習得できなくて」
 そう言ってレスリーは悪戯っぽく笑った。
「罰として、私が出かけるときはネイト様が責任持って連れて行ってください」
「ああ、約束する」
 答えながらも俺の心は傷付いていた。
 子供は無邪気で残酷だ。レスリーの俺を見る目は、完全に兄を見る目だったからだ。



 その純粋な信頼を裏切りたくないと思う一方で、無茶苦茶に穢してやりたいと思う自分がいた。
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