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07.NTRはゲームの通りに

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 ネイト様とリディア様の結婚式は、翌年の六月に行われた。
 それをもってセオドア様は家督をネイト様に譲り、ご自身は城館の敷地内にある別邸にて隠居されることになった。
 セオドア様はまだ五十三歳、まだまだ現役で活躍されている方も多くいる年代だが、乗馬が趣味で、早めに引退し、あちこち遠駆けでお出かけしたいのだとおっしゃっていた。

 別邸には、チェルシー様も同行されたため、行儀見習い中の私も、共に移動することになった。

 結婚式に出席しただけで大ダメージを受けた私である。ネイト様の新婚生活など見たくなかったので、正直これは救いだった。

 私は十七歳になっていた。
 樹里としての意識が目覚めてなかったら、そろそろ騎士として出仕していたであろう年齢である。

 王宮から遠く離れた私には、この世界が本当に男性向けハーレムエロゲの世界なのか、皇太子のアスラン王子がゲーム通りのヤリチンクズなのか確認する術はなく、ひたすらチェルシー様に付いて、話し相手を務めつつ、花嫁修業に邁進する日々だった。



 始まりは順調に見えたネイト様とリディア様の夫婦関係に、陰りが見られ始めたのは、年が明け、結婚式から七ヶ月が経過した時だった。



 こちらに来てから、私はチェルシー様から、この地方に伝わるというドロンワークという刺繍の技法を教わっていた。

 ドロンワークというのは、普通の刺繍とは違って、布の縦糸や横糸を部分的に引き抜いて、残った糸をかがったり、渡した糸にステッチをかけるなどして、レースのような透かし模様を作っていく手法である。

「本当に上達したわね、レスリー」
 どうにか作り上げたテーブルクロスを見て、チェルシー様はしみじみとした様子で褒めてくださった。
「ありがとうございます。これもチェルシー様が一から私に教えてくださったからです」

 幾何学的な透かし模様を作ろうと思ったら、布の目を数えて間違わないように糸を抜いていかなきゃいけないんだけど、すごく細かい作業になるのでとても大変なのだ。テーブルクロスのような大物だと尚更である。
 だから、出来上がった作品をチェルシー様に褒めてもらって私は特別に嬉しかった。

「あの人も、あなたくらいここに来てくれたらいいのにね……」
 ぽそりと呟いたチェルシー様の言葉に、私は目を伏せた。

 『あの人』。リディア様のことをチェルシー様はそう呼ぶ。名前を呼ぶのも嫌なようだった。

 リディア様がチェルシー様と仲良くお話されていたのは、結婚式を挙げるまでだった。
 式を挙げ、辺境伯家に入ると同時に、こちらの別邸には一切寄り付かなくなって、それがチェルシー様には不満なのだ。

 本邸である城館の様子は使用人の噂話を通じてこちらにも入ってくる。
 それによると、どうもネイト様とリディア様の夫婦関係は、あまり上手くいっているとは言えないらしい。

 やはり友好的な笑顔の裏で、リディア様は不満を抱えていらっしゃったのだ。
 ゲームの設定通りだということに、安心する自分が嫌だった。



 仕上がった大作を机の上に広げ、満足気に眺めていると、別邸の一階からざわめきが聞こえてきた。

「何かしら?」
 首を傾げたチェルシー様は、テーブルの上のベルを鳴らし、使用人を呼んだ。

「下が騒がしいけど何かあったの?」
「若さ……あ、いえ、旦那様が王都から帰ってこられまして、大旦那様にお話があると来られています」
 チェルシー様の質問に答える使用人は、まだネイト様が若様から旦那様に変わったことに慣れないようだった。
「よかった。無事帰ってきたのね」
 使用人の答えにチェルシー様は安心したように微笑んだ。

 毎年年末から年明けにかけては、王宮で盛大な年越しの夜会が開かれる。
 全ての貴族はそれに参加しなければならないという不文律があり、当主となったネイト様は、リディア様と共に王都に出掛けられていた。

「あの、実は戻られたのは旦那様だけで、奥様は……」
 言い淀んだ使用人に、チェルシー様はぴくりと頬を引き攣らせたが、何も言わなかった。

「レスリー、ネイトの顔を見に行きましょう。なにかお土産があるかもしれないわよ」
 リディア様の事をスルーするチェルシー様がちょっと怖い。
 私は「はい」と頷くと、チェルシー様に付いて一階へと向かった。

「ネイト!」
 別邸の玄関口で、ネイト様は従僕にコートを預けていた。
 チェルシー様はネイト様に駆け寄りハグと頬へのキスをする。続いて私もだ。
 この欧米式の挨拶、慣れるまでは気恥ずかしかったなぁ。
 ネイト様にするのは、別の意味で恥ずかしい。
 リディア様は一緒に戻られていないと言うことだったけど、一体どうしたんだろう。

 ――もしかして、ゲームのリディアルートが始まった?
 登場人物の細かい年齢は覚えていないが、恐らくそろそろゲーム開始時期のはずだ。

 期待する自分の浅ましさに吐き気がした。



「母上、父上はどちらにいらっしゃるんでしょうか」
 挨拶を終えるとネイト様は
 チェルシー様に尋ねた。
「さあ……出かけてるとは聞いてないから馬の様子でも見に行ってるんじゃないかしら。とりあえずネイトは旅の埃を落としてらっしゃい。『あの人』が一緒じゃないのなら、今日はこちらで過ごしたらいいわ」
「そうさせてもらいます。レスリー、後で君の部屋に王都のお土産を届けに行くから」
 ついででもネイト様に声をかけられて、私の心はふわふわとした。
「はい、お待ちしてます。ネイト様」



 約束通り、私の部屋を訪れたネイト様からは、石鹸の匂いがした。
 入浴してすぐに来てくれたらしい。

「気に入ってもらえるかどうか分からないけど、確かレスリー、もうすぐ十八歳の誕生日だったよね? 少し早いけどそのお祝いも兼ねて」
 そう言いながらネイト様に渡されたのは、青い石で作られた小花がたくさんついた髪飾りだった。
 夜会に使えるような改まったものではなく、普段使いに出来そうな可愛らしいものだ。

「一応その石、アクアマリンなんだって」
「えっ? それじゃ、高いんじゃないですか? それなら頂く訳には」
「心配しなくてもそんなに高価なものじゃないよ。アクアマリンと言っても、原石を研磨する時に出た端材を加工したものだから。……一目見てレスリーの瞳の色だと思ってね。気が付いたら買ってた。だから、レスリーに受け取ってもらわないと困る」

 この人はタラシなのだろうか。天然で意図せずさらっとこんな事を言っているのなら、とても質が悪いと思う。
「ありがとうございます」
 私は頬を染め、髪飾りを受け取ると、小声でお礼を言った。



 リディア様がアスラン皇太子殿下の寵姫として迎えられたという噂が流れてきたのは、それから二ヶ月後の事だった。
 その話を聞いた時、私は、やはりゲームが進行していたのだと察したのだった。
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