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青年は彼女のために鎮魂歌を謳う
終焉
しおりを挟む一見、無意味な抵抗に思える自爆戦法。
しかし、俺は『原初の災厄』がマナの肉体を捨てたときからずっと疑問に思っていたことがあった。
それが『原初の災厄』はマナの体を抜け出しても、『ゴースト』の瘴気が抜けていなかったこと。
奴自身言っていたが、『原初の災厄』と言う存在はマナを喰った『ゴースト』を自身の召喚の媒介としている。ならば、俺の有している『ゴースト』への干渉能力が通用するかもしれない。
この捕食行為がただ俺の内側にいる『ゴースト』達の埋め合わせであるなら、『原初の災厄』で飢えを凌げることも理屈上可能だ。
しかし、それはあくまで暴論であり机上の空論。恐らく成すことは不可能だし、恐らく俺は奴を喰えばそのまま肉体が持たずに死ぬ。
結局俺が出した答えは、無謀でも『原初の災厄』を喰らうこと。
そんな無謀にも自身に果敢に挑む姿を見て、『原初の災厄』は顕現して以降1番愉快で悦ばしいと哄笑をあげる。
「はははは――ッ、そうきたかッ! 素晴らしいぞ、人間! よろしい、ならばお前を儂の受け皿とさせて、再び生まれ変わろう! 光栄に思え、犬畜生がァアアアアアアアッ――!」
『原初の災厄』も自身の呪力を引き上げ、そのままそれを一気に解放する。そして俺は奴と対峙し、俺達は真っ向からぶつかり合う。
神にも等しい存在と称する『原初の災厄』の一撃と、俺の捕食行為など端から差が開きすぎている。それはこいつの呪力に触れた時点で理解出来た。
さらに問題なのが、こいつの呪力量だ。
もはや今まで相手にしてきた『ゴースト』どころか、ソフィアさえ凌駕するその呪力量は、まるで何千万人と言った人間の憎悪を埋め込んだようなものだった。
それは真っ向からぶつかり合う前から理解していたし、喰い切ることなどまず不可能と言う事実は濃厚になっていく。
現に俺の肉体はバラバラになる寸前であり、正直後1秒持つかさえ分からないし、危ういものだ。だから他の手立てを考えなければならない。
こんな災厄を世界から一掃するには、こいつを越えるだけの怨念が必要になる。1秒割いて俺が出した答えはたったこれだけ。
現に憎しみが強ければ強化されるとソフィアは断言していたし、俺自身、今ここまで生き延びられたのは奴らを殺すと言う怨念に取り付かれていたと言うのも否めない。だからもう、俺は自身の肉体のことさえも考えないと前を向く。
今はただ『原初の災厄』を憎み、呪い、消えろと訴え続ける。すると俺の憎悪に比例して、肉体もまた耐え切ろうと限界を引き上げていく。
負けるものか、奴の存在などひと欠片も残すものか。
喰いきれ、喰え、喰え。これさえ喰いきれば後は死んだって構わないと。
それでもなお、『原初の災厄』は呪力の出力を上げ、いいから喰い切ってみろと俺を挑発する。
しかし奴の全力の10分の1を喰った時点で、俺の筋繊維どころか肉体自体が嫌な音を立て始めていた。
それどころか皮膚は高温を纏い、肉を焼き、まるで細胞が滅されていく感覚が俺を襲う。また奴の呪力を喰うことで俺の体内に埋めた『ゴースト』達が奴の呪力で焼かれていく。
このままでは、俺は奴に対抗できる術すら失ってしまうし、これ以上の肉体の強化も不可。であれば、俺にはもう手立てなど残っていないはず――なのだが。
俺は、先程脳を過った空論を試すしか方法はないと覚悟を決める。
今更だが、俺が『原初の災厄』を視認出来ているのは奴が『ゴースト』と少なからず関係があるからこそ。つまり因果が繋がっている以上、奴も『ゴースト』の欠点を継いでいることに違いない。
そんな大穴に気づかぬまま、『原初の災厄』はこの世の終幕を高らかに宣言する。
「“この世界は今や我が手中にあり”ッ! “ならば嘆け 声を涸らして絶望を奏でよ”!——“愛しいお前達は儂のものだ”ッ!」
この世の終幕の宣言には、明らかに人類に対する悪意があった。
ああ、愉しかったと。これだけよく自分を愉しませてくれた。ならば褒美をくれてやると。
その褒美こそが滅びと言う愛。それこそが自身の“法”そのものであると『原初の災厄』は語った。
そして最後の餞こそ、奴の本性を語る。
「喝采せよ! “これぞ新世界の再誕である”ッ!」
「神の裁き……だって?」
俺は高らかに嗤う奴の言葉に対し、ただこう思うだけ。
お前は、自身を神と同義と言いながら、邪念と称したな? ——と。
確かソフィアは言っていた。所詮呪術は呪力と言う怨念を用いた児戯であると。
邪念——あまりにも醜く、あってはならないもの。呪力や怨念もまた本来ならあってはならないもの。
それに変わりないし、否定も出来ないだろう。しかし今だけ俺はソフィアの言葉に感謝する。
なにせ奴の言葉通りに物語とやらを准なぞらえば、この『原初の災厄』と言う存在もまた小さく、矮小でどうしようもないと言っているようなものだ。
俺はそんな妄念に笑い、1人胸中でごちる。
所詮、こんなものはガキ同士の殴り合いだ。
例えどれだけの暴威を奮い、犠牲を生もうが所詮はその程度。
だから、奴に突き付ける言葉など、これだけで構わないと俺は吼える。
「そんな格好つけた詠唱なんかで全てを片付けるな! 格好つけたってどうせ惨めなだけだッ! 俺もお前も! 等しくゴミだから、さっさと喰われて消え失せろォオオオオオオオオオオオ――ッ!」
哄笑と慟哭がぶつかったその刹那、俺の鼓膜は多大な音量と風圧によって破られる。
「ははは、はァ——ッ! ははははははッ! いいぞ、人間ッ! よくも災厄をその小さな身1つで受け止めたッ! ……いや、よくもまぁ儂を犯したものよ。その腹を突き破ろうかと思ったが、まさかここで干渉能力を使用するなど、悪趣味め。……興覚めだ」
当然、俺には奴の言葉など何1つ聞こえやしなかった。
しかし、俺が『原初の災厄』を喰ったことで、俺の体内に残る奴の残滓が、お前には呆れしか感じないと言った冷ややかな言葉だけを残して霧散していく。
俺は奴を呑み込んだが、当然それだけでは俺が奴の呪力量に耐え切れず、圧し潰されては死ぬ。しかし俺は、奴を喰っている中で奴の中にある『ゴースト』の核へ干渉したのだ。
そうなればどうなるかそんなものは自明だ。かつてやられた『ゴースト』達と同じく俺の思うままとなってしまう。つまり形勢逆転だ。
奴は『最期の女王』と言う『ゴースト』を産む災厄としてこの世に顕現するのであれば、触媒とする存在をもっと吟味する必要があった。それが奴の敗因。
例え、指1本鳴らせば世界を終わらす力があったとしても、その指を鳴らす自由さえも奪われ、喰われてしまえば元も子もない。
あれだけ俺を見下していた奴がこうも呆気なく散る様を見ていると、本当になにもかも下らないように思えてしまう。
俺の今までの戦いだけでなく、俺と言う存在すらあったその意味さえも。さらに言ってしまえばマナとの思い出も、ソフィアとの出会いや憎み合いさえも。
『原初の災厄』は俺の体から霧散していく中で、俺の言葉を肯定し、そして嘲笑う。
「その干渉能力なぞ、あの小娘の最後の慈悲だと言うのに……なぁ?」
クヒッ、と弧月のように口元を歪ませたのを最後に、『原初の災厄』はこの世界から消滅する。
気付けばあれだけの重圧をかけられた頭は軽くなっていて、この世界には誰もいやしなかった。
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