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最初から用意されていた舞台の上にて青年は踊る
青年は苦痛に藻掻き、忠臣は罪深き青年へ罰を下す
しおりを挟む嘘だ。その一言だけが死体を食い破る蛆のように腹奥から這いずり出てくる。
絶望は静かに音を立てず俺の内側から止めどなく溢れるが、もはやこれの抑え方など分からない。
静かに、確実に、俺の心は絶望という黒一色に浸食され、硝子細工を床に落とすが如く、俺の精神を、意志を、覚悟を全て粉にする。
喉から零れたのはもはや形容の出来ない絶叫。
気道を塞がれたかのような閉塞感があっても、沈痛と絶望と混乱の濁流は留まってくれやしない。それでもなお俺はただ叫ぶ。
「嘘だッ! そんなわけないッ! だって、だって、だってだってだって、マナはッ! あの子は――ッ!!」
1人俺は獣のような絶叫を上げ、対するソフィアは俺に対してなんの感慨も見せることなく、ただ俺に冷ややかな視線を向けていた。
「……所詮その程度の愛情しかないのですね、残念です。きっとあなたならば私と同じだと思っていたのに」
ソフィアが俺に投げかけたのは銷魂の一言。しかしそれは決して俺の置かれている現状に悲しんでいる訳ではない。むしろ逆だ。
同じだと? 笑わせるな。本当は俺がこうなったことを悲しんでなどいないだろうが。
それどころか俺が自壊していくのを嘲笑っていて、壊れていくその様が愉快だと思っているのだろう。
結局は自分の方が彼女を愛している――そんな優越感に浸りながら、ただソフィアは膝を折って絶望に屈した俺を睥睨する。
はたしてこれが現実か幻か、俺に確かめるだけの余裕などなく、1度崩壊した精神は呆気なく壊れていく。
「しかし、せっかくの呪力量だと言うのに宝の持ち腐れですね。あなたも私達の気持ちを理解出来たなら、こちら側にいてもおかしくないはずだったでしょうに」
もう、俺にはあいつの些細な無駄口など聞こえない。聞こえるのは、ただ俺自身の中にある戸惑いと否定の声だけ。
嘘だ、そんなのは嘘だ。
マナは『ゴースト』の生みの親なんかじゃない。最期の女王なんて渾名なんて俺は知らない。
俺が知らない現実。固定されてしまった凄惨な過去。結果的に両者が混じりあった瞬間、いとも容易く現実が壊れていく。
「最後にいくつかお教えしましょうか。まず、あなたが持っているその剣——確かに『ゴースト』を斬るのには有効的ですが、必ずしも致命傷を負わせるには至りません。重要なのは太刀と言うものが古来より魔を裂く象徴だからではなく、あなたの持つ呪力の方です。あなたは私達と同じく、呪力の質も量も普通の人間と比べて一線を画しています。……まぁ呪力など、名前の通り恨みさえあればどうとでも扱えるガラクタですよ」
「ガラ……クタ……?」
何故か俺は、ソフィアの発したこの言葉に鈍くも反応した。
混沌の渦に堕ちた意識は現実へ引き戻され、聞き流していたソフィアの言葉を追想する。
と言うのも、今のソフィアの言葉に今まで後回しにしていた謎達の答えがあったからだ。
何故セカンドと言う存在が太刀を恐れ、呪術やら呪力と言う単語を俺に教えたのかと言うその意味を。
俺が今まで『ゴースト』を葬れたのは、俺が内に秘める呪力の行使によるもの。ゆえに太刀などさして重要ではない。
俺は呪力を使っていると言う認識はないが、それでも『ゴースト』を斬れた以上、最低の操作は出来ていた。
ここまで納得出来るが、だとしたらもう1つだけ疑問がある。
なら、何故『ゴースト』を感知出来ても、ソフィアの呪力の流れを読めないと言う?
いや、俺はあのときから今に至るまでしっかりとソフィアの呪力の流れを読めていたではないか。
あのとき――氷杭が俺へ襲いかかった瞬間、俺はそれを捌いた。
それがソフィアの呪力を読んだことで成せたことなら、全て納得がいく。
今の俺は視界を潰されたのに、奴の姿が見えるのは奴の体内に流れる呪力が見えているから。
そして、残された最後の疑問。なぜソフィアに干渉能力が効かないのか。
ソフィアはそんな俺の疑問を読んだのか、不気味に喉を鳴らした後、事実を明かしていく。
「『ゴースト』を産んだのは『彼女』の能力です。そして『ゴースト』の根源は『彼女』の呪力によるもの。一応呪力は個々によって違いはありますからね。だから『ゴースト』とは違う根源に繋がっている私には、その干渉能力は一切通用しない」
俺は事実を突きつけられ、正直あのレッドスカージと言う奴の言葉に期待を抱きすぎていたことを痛感する。
確かに一利あるが、これじゃあ法螺を吹き込まれたのとそう変わらない。しかしソフィアはそれさえも余興だと笑い、俺へとこう説く。
「レッドスカージの言っていたことは、子供の世迷言です。そもそも彼は生まれてまもない存在で、力だけあったがゆえにあの村へと流れ着いた。ですので、別の土地でも『彼女』の呪力の継承者は、レッドスカージセカンドだけでなく、続いて3人目、4人目もいますよ? ただ子供だからこそ、知識には誤りがある。決して『ゴースト』の弱点は光でもなんでもない。その名前通り、性質上可視化出来ないことは当然ですから。口調も私と似ていたかもしれませんが、それは仕方ありませんね。なにせ私がマナへと魔術に関する智慧を譲ったことで、『ゴースト』を生む基盤を学んだのだから。……しかし、それもどこか酷く官能的だ。ですが、あの方と私が交わるなどあってはいけません。なにせ私は『彼女』の忠実な下僕ですので」
やや早口で延々と説明と惚気を繰り出し、自らをマナの下僕と称するソフィアは嫋やかに微笑う。
一方俺には、そんな勝ち誇る奴への憎悪と現実に対しての怒りしかない。
うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい、うるさい――ッ!
黙れ、と憎悪が腹の底から溢れてはせり上がり、俺の喉は今にもはちきれんばかりの状態だ。
しかし、その憎悪を言語化出来ない以上、奴に伝わることはない。だと言うのに、なぜかソフィアは全てお見通しと言わんばかりに、愉快に口端を釣り上げている。
あまりにも愉快すぎる雑音奴の声はやけに鮮明に聞こえて、その一言一句が俺の脳裏に刻まれていく。
一方、微笑うだけのソフィアもまた余計なお喋りはここまでと軽く咳を挟むことでで空気の流れを変える。
ここから先は、ただお前を蹂躙するだけだ――と。
「……まぁ、溜飲は下がりました。後は無様に砕けて散りなさい」
フッ、とソフィアが息を吐いた瞬間、屋敷内の温度は一気に下がっていく。
気温の急降下はもはや異常なもので、突然マイナスまで落ちた気温が肌を刺し、激痛となって俺に襲い掛かってきた。
「づッ、あああああああああああああああああああッ――!」
「ふふ、まだですよ。この程度で死んでもらっては困ります。私の気は済みましたが、彼女の忠臣として、悪鬼の処断を行わなければいけませんので」
怜悧かつこの後訪れる未来を口にした瞬間、さらにこの場の気温は下がっていく。気温が極限まで下がったその結果、俺の体は焼け始める。
訳の分からない非現実的な現象をこの身で味わい、俺に理解出来るのは全身を犯す激痛だけ。
一方、ソフィアは俺が激痛と言う地獄で藻掻く中で、淡々と今俺に起きている現象を語っていく。
「これは未来視によって得た後世の知識の1つですが、気温が下がるという分子のエネルギーの低下は体温を麻痺させます。そして体温が極限まで下がった結果——絶対零度に至れば、温度が下がらず、分子も静止するのがこの世の定理」
そう、未来では定められているとソフィアは語る。しかし奴が次に継いだ言葉は、あり得もしない無茶苦茶な理論だった。
「しかし、私は今自身の呪力を用いて、世界の法測を一時的に捻じ曲げました。簡単に言うと世界への自己のルールの押し付けですね。……ゆえにあなたの体は燃えている。呪力の操作を極めればこんなことなど容易い」
こんなことが容易い? そんな馬鹿げた話があるものか。
しかし、現にソフィアはそんな一時的な世界の物理法則を捻じ曲げているし、俺はそんな反則技により体を焼かれている。
見知った顔が、あまりにも超常的な能力を有してしまったことは、ただただ恐ろしいだけだった。
「確かどこかしらの神話では、氷炎と言うものが存在するようですね。私はこの現象をそう称しています。……まぁこんなのはただの手品程度の代物。ただそれでも凍らされたつもりが燃やされているなんてそう味わえるものではありませんが」
絶対零度まで体温を落としてもなお、別の呪術にて体の損壊を停止。
さらに自身の呪力にて世界の法則を一時的に捻じ曲げては、動くはずのない分子を動かしては熱エネルギーを放出。
さらにさらに、熱エネルギーを限界まで引き上げては、自身の呪力にて体の損壊の維持を解除。
もはや無防備となった冷えた肉塊は、極度まで上げられた熱で焼かれる。
結果、凍らされたまま体が燃える。ソフィアの言う通り氷炎と言う非現実的現象が実現されるのだ。
呪術の同時発動の他にも呪力を用いて分子を操り、結合から分解、振動の他に分子を区分化させて連動させる能力こそ、生まれながらに神に背いた忌み子——ソフィア・アールミテと言う男の真骨頂だった。
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