マナイズム・レクイエム

織坂一

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青年は邪と化して忠臣は正義を執行する

1人は屈辱で朝を迎え、もう1人は新しい生の喜びで朝を迎える

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悪食の狩人が誕生する一方、聖都の先にある神国・『ファフニル』のある屋敷ではと1人の男が配下へ侮蔑を込め、玉座から下僕達を見下ろしていた。

男は蒼玉のような瞳を細め、端正な顔を不愉快そうに歪める。それを見た玉座に集った不可視の下僕達は声を揃えて狼狽えるばかり。

男は狼狽える下僕達を見て、下僕達の無能さに呆れて吐き気を覚えていた。
だが、ここで彼らの前ではっきり態度に現すなどそれこそ男からすれば失態に違いない。

ゆえにここは、下僕達かれらの無能さを侮蔑を込めた視線を向ける程度で留める。
蒼い瞳は淀み、失望した下僕達へと無言で心底絶望したと告げる。そして一拍置いて男から出た言葉はただ冷たく、今にも世界が凍ってしまいそうな程だった。


「……それで? 墓に埋葬したかと思いきや、余計なものを産んだと言うことですか」

「左様でございます」


男は再度下僕達から現状を報告されると、奥歯を噛みしめては鳴らす。その態度は正に不快だと男の怒りを形容しており、下僕達はただ男を見ては怯えることしか出来ずにいる。

男は下僕達に視線で訴えかける。
一体お前達はなんのための駒なのだ、と。

しかし、リアムあいては自身と同じく呪力においては至上を誇る素材ゆえに軽視はしていなかった。だと言うのに、何故こうなったと男の胸中では屈辱が込み上げ、歯を噛み鳴らす音は未だ止まない。

男は保険としてリアムに対して200体の『ゴースト』を仕向けたと言うのに、彼はたった1人でそれを殲滅した。はっきり言ってこんな結果が出てくるなど意外どころか荒唐無稽だった。

呆れさえ通り越して彼を称賛してしまいそうになるが、それが男にとって最も屈辱的な行為だと言うことは男の怒りに怯える下僕達も十分理解している。

おかげで沸騰した鍋のごとく、鍋の中の熱湯が泡を吹いて中身がこぼれない様にと下僕達は男に対し、慎重に言葉を選ばなければならない。

男はしばらくギリギリと歯を鳴らしては思案する。
悪鬼——リアムを葬り去るには、どれが1番ベストな方法なのかを。

男——ソフィア・アールミテからすれば、リアムと言う男は取るにとらない男であった。

なにせ、噂によれば徴兵令を受け戦場に赴いたのはいいものの、精神的に疲弊し、怪我で戦線離脱したのをいいことに故郷へと尻尾を巻いて逃げたとの聞いていたからだ。

その報せを聞いたときソフィアは大層愉快だとリアムを嘲笑っていたが、今や馬鹿にしていた彼に己が計画を破綻されたとあれば、このまま彼を放置しておく訳にもいかない。

根暗で女に頼るしか能のない男が、一体何故あれほどの質量で押し潰しても死にはしないのかとソフィアは不思議で仕方ない。

確かに、リアムの持つ剣は『ゴースト』にとっては相性が悪いが、それでも必ずしも『ゴースト』を一撃で殺せるわけではない。

だとすれば、重要なのは彼の持つ剣ではなく彼自身にある――それは今の報告を受けたことでよりソフィアは自身の立てた仮説に確信を持つ。
そんなソフィアの胸中を察することなく、下僕達は声を上げた。


「あ、あの! 失礼ですが、お母様はなんと仰っているのでしょうか?」

「あの方は現在眠っておられます。なにせ200体も子を産めば、肉体的に負荷がかかるのは自明です。それともなんですか? あなたは自身の母に無理強いをさせるつもりで? いやはやなんて薄情なことだ」

「し、失礼しました!」


ソフィアの淡々とした嫌味に、下僕達はいとも容易く引き下がる。
その刹那、ソフィアは口元に不気味な弧月を描き、笑みを隠そうと口元を手で覆う。

確かに今のリアムは手に負えない。挙句『ゴースト』を200体も消費した今、こちら側として痛手なのも事実。

ただ、こんな結果を出したのもリアムだけではなく、原因にはこちら側にもあるとソフィアは胸中で1人語る。

そう、こんな無能どもに任せておいたから結果的にリアムやつを殺せなかった。なら、ここで委縮して勿体ぶっても仕方がない。

思考全てを嚥下した瞬間、ソフィアは表向き見せる優男の顔へと豹変し、下僕達を労わるかのごとく、薄く微笑んだ。


「結構。全て把握しましたので、もう去っていいですよ」

「はッ」


そう命を下し、下僕達も安堵してこの場から立ち去ろうとしたその瞬間、この一室が一瞬にして凍てついた。

今この瞬間、一室を覆った氷はそのまますぐにサラサラと粉雪のように砕け粉となり、やがては最初からなにもかなかったかのように消える。


「無能な部下がこの世から一掃されると、非常に心地がいい」


今、この一室に残されたのはソフィアただ1人。

ソフィアはようやく安堵の溜息を吐き、軽く自身の胸を撫でた。そして一拍置いた後、自身の左手の手の甲に軽く口づけを落とす。


「正直、このままではあなた様の身が危うい。なら、あなた様の忠臣である私が悪鬼を処断すべき……あなた様はどうか、そのままき夢を」


ソフィアはまるで赤子を寝かしつけるかのような声音で、優しく呟く。
柔らかな声音が紡ぎ出した思慕の言葉は、今はここにいない『』に捧ぐもの。

ソフィアは『』の忠臣として、今すべきことを執行する。







せわしいを通り越して過酷な夜を乗り越えた俺は、墓石で出来た瓦礫の山から重い身を起こした。

どうやら俺はあのまま気を失ったようで、気づかないうちに砕けた墓石を寝床に眠りこけていたらしい。

しかし特に目覚めは悪くなく、むしろ快調と言ったところだ。
兵役に就いていた頃、こんなことは1度もなかった。

正に目覚めのいい朝と言いたいところだが、今の俺にはそんな楽観視など出来ない。
なにせ俺は昨日『ゴースト』と応戦した際、両目を切り裂かれてしまった。

『ゴースト』やつらのことは見えるのだがそれ以外は見えず、俺は視覚を除いた四感を頼りに『ファフニル』へと向かっていく。

無論、立ち上がることも精一杯で1歩進むだけでもかなり時間を費やしてしまった。
最初は自身の持っていた剣を杖のようにして、なんとか前へと進む。

歩いていくうちに徐々にバランスが取れるようになり、大分時間はかかったが俺はようやく霊碑街を出ることが出来た。

霊碑街を出た後、俺は昨日猛省した通り、近くに川かなにか――いや、この際飲めればなんでもいいから水分が欲しかった。
と言うのはあくまでいざと言うときのためで、至急水を欲しているわけではない。

それも昨日『ゴースト』の残骸を体に埋め込んでから、飢餓感も喉の渇きも一瞬で消え失せてしまったからだ。

こちらとしては金と手間がかからないから万々歳だが、それでも万全を期しておかないと正直不安だ。しかし、またここで問題が発生する。

今の俺にとって不安リスクはやはり目が見えないこと。
『ゴースト』との戦いは問題なく応戦出来ても、日常生活に適応出来ないのは言うまでもないだろう。

現に覚束ない感覚で前へ進むその様は、どうみても酔っ払いの歩き方だ。無論、誰とすれ違ったなんて確認する術もない。

こうなると誰かに水を乞うことも出来ず、困っている間にも障害物に躓き、このままではまた意味のない野宿をするしかない選択肢しかなかった頃。
なにか策はないか――そう思考した末、俺はこんな答えを生み出した。

その策とは、自身の体内から『ゴースト』を放出し、それをソフィアの屋敷までの案内役にすること。

この策にはソフィアが『ゴースト』を使役していると言う前提があり、ソフィアやつが直々に『ゴースト』達に采配を下していると確信が持てたからこそのもの。
現にこの策を実践すると、『ゴースト』はちょうどいい案内役となってくれた。

おかげで視えない視界をカバーするには十分すぎて、誰かとぶつかっても、恐らくこの両目を潰された顔を見れば自然と人は道を開けた。

そうして俺は、半日程かけてようやく『ファフニル』へと辿り着く。
思ったより早く辿り着いたが、俺は『ファフニル』へ足を踏み入れた瞬間、ある違和感を感じる。

なにせこの街に足を踏み入れた瞬間、所々に『ゴースト』の気配を感じたからだ。

しかし『ゴースト』を視認していない以上、気配を消して隠れているという可能性が高い。なにより奴らは光に照らすと可視化されると言うのに、姿が見えないと言うなら尚更だ。

この現状から推測出来る答えは1つ。恐らくソフィアの奴は俺が『ゴースト』の群れと応戦し、その際に両目を潰されたことを知っている。

さらにソフィアはそれだけではなく、俺が『ゴースト』への干渉能力を得たのを知っている可能性が高い。でなくば、こうも上手く姿だけを隠している意図が理解出来ない。

『ゴースト』の気配を街中に撒いているのは攪乱が目的か、それとも自分の膝元へ辿り着いてみろという意思表示かは知らないが、どちらにせよ俺にとっては好都合。
この後、2時間とかからず、俺はアールミテ家の屋敷前へと辿りついた。

しかし流石は伯爵家の屋敷前。屋敷前にある門前には見張り兵が数名おり、その見張り兵達の体内には『ゴースト』が埋められていた。

明らかにこれはソフィアからの挑発であり、全ては奴が予め用意していた駒に過ぎない。
他に見張り兵達におかしなところは感じないが、最悪この見張り兵の調整さえ全てはソフィアの手によって配置されたものだ。

ゆえに流石のソフィアも門番を退かすと言う恩情は掛けなかった。
またもや俺は考えに考え、裏口へ回ると言う選択肢が思い浮かぶが、しかしこの案も却下。

腐っても天下のアールミテ家。裏口とは言ってもなにかしらの仕掛けがあるのは当然で、ソフィアが『ゴースト』を操っていると言う可能性がある以上、下手に動くことは出来ない。

正に八方塞がり。またまた俺が足りない頭を必死に絞った結果、俺は裏口へと回る。
すると予想通り表にいる見張り兵同様、体内に『ゴースト』を埋め込まれた見張り兵がいた。俺は『ゴースト』の気配を元に死角から屋敷内を見つめる。

『ゴースト』の気配を探った結果、屋敷の玄関先に5体ほど『ゴースト』の気配を察知し、俺はその『ゴースト』へと手を伸ばしては、5匹のうち1匹の『ゴースト』首根っこを掴む。

そしてそのまま、掴んだ『ゴースト』を振り回し、周囲にいた『ゴースト』達も巻き込んで門へと投げ込んだ。
門に投げ込まれた『ゴースト』はものすごい勢いで門へと衝突し、ようやく消していた姿を現す。

また『ゴースト』が門に衝突したことで門は抉れ、ちょうど人1人通れるぐらいの隙間が出来る。俺はそのまま混乱に乗じては裏口から門まで走り、抉れた門の隙間から屋敷の玄関先まで駆け抜ける。

当然、屋敷内にいた『ゴースト』達は俺に気づいて襲い掛かってくるがもう遅い。


「“止まれ”」


俺がそう呟くと、宙に浮いていた『ゴースト』共は静止し、運良く階段のように連なってくれていた。

俺は『ゴースト』共で形成した階段を一気に駆け抜け、屋敷の2階へ。そして窓を突き破って屋敷内へ侵入。

当然ここまで派手にやらかせば屋敷中大騒ぎとなり、俺も警備兵とはち合わせしたらしいと言うことを向こうの声でようやく気付く。


「貴様がこんな騒ぎを起こしたのか!? 窓が割れていると言うことは貴様が侵入者——」

「おやめ下さい。その方は私の友人です」


柔和なようでいて、怜悧さを隠した声がこの場に響いた瞬間、一瞬にしてこの屋敷全体が凍てつく。


「な――ッ!」


凍てついたのは屋敷だけでなく、逃げまどっていた使用人や先程俺に声を掛けてきた警備兵もだ。そして彼らは一瞬にして粉末状の粒子へと変換かえさせられる。

あまりにも急な出来事に思わず声を上げるが、両目を潰された俺でも屋敷が凍りついたのは認識出来た。つまるところ、それは『ゴースト』と関連性があるなにかしらの力を行使していると言うことに他ならない。

なにより、俺の前方から細いシルエットが、ゆっくりとこちらへとやってきていた。


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