マナイズム・レクイエム

織坂一

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彼女のためと強き意志を抱いた青年は愚策を選ぶ

青年は彼女の声と怨嗟の声を聞いて我を顧みる

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「マナッ!?」


俺はマナの声を聞いた瞬間、急いで周囲を見渡すが、彼女の姿はどこにもない。だと言うのに、どこからか聞こえる彼女の声が「私を探して」と耳元で訴えていた。

一体何が起きているのか分からず、俺は『ゴースト』の仕業かと一瞬疑うが、その迷いについては一旦保留することにする。

眼前に広がる数多の墓。それに自分を探してと言うマナの訴え。視覚並びに聴覚さえ混乱で麻痺し、ロクに回っていない頭で考えた結果。

やはり、マナは『ゴースト』に連れ去られたのが確実だと言う結論に至る。
この仮定を確実と判断した瞬間、俺の中で未だ解消できない不安達はすんなりと飲み込めてしまった。

俺が立てた仮定を簡潔に説明すると、まずソフィアが『ゴースト』達に対しマナを連れ去るように命令。そしてマナが2度と村に帰れないように、『ゴースト』を使役し村を殲滅。
そして肝心のマナはこの霊碑街、またはその近辺にいると言うのが俺の仮説である。

本来、ソフィアじぶんにとって大切な存在をこんな場所はかに置いて行くとは思わないが、そもそも『ゴースト』自体に知性はないし、知性があったとしても例の土地神程度。

主の命令を完全に無視して、『ゴースト』ゆうれいとその名に相応しく、墓に潜ってはマナを抱え続けている可能性もある。

だとしたらマナの命は――と最悪な結果が脳裏を過るも、そんなはずはないと俺は自身の考えを必死に否定した。

同じことを何度も繰り返し考えて、いよいよ自分がどうすればいいのかも分からなくなっていく。
などと混乱状況はおよそ幾時と過ぎ、俺に今できることはただ1つ。


「……やっぱり、マナを探さないと」


一体先程聞こえた声が確かなのかは分からないが、それでも賭けに出てみるべきだと荒んだ精神をさらに削って、鉛のように重い体を動かす。

既に鈍くも突き刺すような頭痛に悩まされ、急に体が重くなったように感じた。しかしそれでもなお、俺はマナを探すのだ――そう俺自身が命令していた。
俺は体勢を立て直し、立ち上がっては再びフラフラと霊碑街を歩き回る。

そもそも、俺はマナを探すためにあの村を離れた。
なら、彼女を見つけるまではこの国の端から端まで足を運び、彼女の安否を確かめるべきではないのか?

彼女を見つけるまで、ただこの足を必死に動かす。
例え、足を動かす原動力が幻聴だろうがなんだって構わない。


「俺は、マナを見つけて…また2人で平穏に暮らすんだ……」


そんな執念だけが、俺の体を動かした。
既に心身共に疲弊している状態で、夢遊病患者のように歩き続けて数時間後。マナの自身の影さえ見せることなく、悲しげな訴えだけが俺の耳を劈いていた。

生憎、霊碑街には墓地しかない。変わらない光景を長時間歩き続けていれば、当然方向感覚は失われる。

何処だ何処だとマナを探しても、彼女の嘆く声が四方八方から響く以上、俺に頼るアテなどなく、結果的に体力だけを浪費していた。

あまりにも愚かで、稚拙すぎるこの行動。
もし今この場に『ゴースト』が湧いて出た瞬間、俺は一瞬にして奴らに八つ裂きにされるだろう。

それでも、最期に一目マナの姿をこの目に焼き付けることが出来たのならば、俺はそれで満足するだろうなんて思ったりもする。そんな妄念をつい先日の俺が聞いたら、今の俺を酷くなじることだろう。

なにを勝手に満足して、彼女を置いて逝く?
結局、そんなものは自己満足でしかなく、ただの自壊衝動に犯されているだけではないのか?

ああ、そうだとも。
数日前に2年ぶりの地獄を再び目にした瞬間から、俺が今生きていること自体不思議でならない。

なによりルルは死んでしまったし、3人で住んでいた家も『ゴースト』に壊されている。それどころかあの村には誰1人生き残った者はいないのだ。

既に廃村と化した何も存在しない場所で、どうやって笑って暮らせと言う?
マナがいればいい、なんて陳腐な執着心は今でもある。しかし2年のうちに幸福と言う餌を食い続け肥え太った俺には、願望ばかりが増えすぎた。

だから、どれか1つでも欠けてしまえばもはや価値などない。それが今の俺の考え方である。
たださらに強欲であっていいのなら、ここで死にたくはない。

マナと再会して、ついでにマナを攫ったであろうあの臆病者を『ゴースト』と同じようにしてやらなければ気が済まない。
その一心でマナを探すが、とうとう俺は膝をついてしまう。


「……ああ、そういやなにも食ってなかったか。忘れてた」


俺が膝をついた原因は、言ってしまえば燃料切れくうふく
そう言えば、と俺はふと7日前のことを思い出す。
気が付けば俺は、7日前の昼からなにも食べていないし、水も最後に飲んだのは2日前だ。

マナを全力で探した後、『ゴースト』が村を襲い、俺は村にいる『ゴースト』を全て葬ってきた。
『ゴースト』との戦闘は長時間に及び、俺はかなりの数の『ゴースト』を斬った後に洞窟にて通常よりも何倍も強い『ゴースト』とも応戦している。

向こうが自ら弱点を晒したとは言え、あの土地神レベルの『ゴースト』との戦いはあまりにも過酷だった。
自分が飢えていることに気づけば、今度は不安だけでなく空腹や喉の渇きが俺を襲う。

俺は既に幼い頃に学習済みだが、空腹は左程問題ない。しかし脱水症状を起こすと言うのは、人体にとっては正に危険信号そのものだ。

長時間体を酷使し、脳のリミッターを外して戦い続けた代償ではあるが、まさか喉の渇きにさえ気づかないほど我を失っていたと知れば、自然と自嘲がこみあげてくる。


「……いや、なんの問題もない。別に喉が渇いていようが、戦場じゃ飲み水があるだけで恩の字だろうが……」


などと、俺はひたすら内側からこみ上げてくるあらゆる飢餓感と脳が知らせる危険信号を無視していく。

立ち止まるな。歩け。まだ歩ける。まだ、まだ、まだ、まだ、まだ―――
そう言い聞かせても、俺の体は俺の意思に反して、地面へと縫い付けられてしまった。

ああ、ちくしょう。なんで、どうして。

何故村を出る前に装備を見直さなかったのか。せめて予備の飲み水だけでも持ってこなかったのか。いいや、違う。そんなものじゃない。

どうして『ゴースト』なんて存在が、突然あんなに平穏だった村を襲ったのか。いいや、違う。そもそもマナは失踪などしてしまったのか――いないないな

そもそも、どうしてマナはあんな洞窟で夜な夜な泣いていたのだろう?
原初の始まりは、きっと俺が戦場なんかに赴いたからだ。

マナは俺が村を去った後、悲しんでいたのは昨日聞いた。
しかしどうしてあんな暗く不気味で、結界のある場所なんかにと思い耽る。

ぼんやりとした意識の中で、疲労と空腹をきっかけ記憶のリールが巻き戻される。リールの中身は数日前の土地神レベルの『ゴースト』と戦ったときのこと――奴はこんなことを言っていた。


「そもそもこの結界を破ったのはある小娘でして、その小娘がおイタした結果、この村は災厄に呑まれたのですよ」


このおイタをした小娘と言うのが、マナであったら?
だとしたら、今俺がしている行動は、いや、俺の取った行動の理由全てが覆されてしまう。

村の平穏を壊したのはソフィアでなく、マナで。
マナは自分が村から失踪するのと引き換えに、村を地獄に変えてしまったとしたら?

村を地獄に変えた理由など検討などつかないが、危険信号を知らせる脳が、本能が知らせたのはある答えただ1つ。


「全て、リアムのせいなんだから」

「——ッ!」


瞬間、俺は枯れた喉で無様に悲鳴を上げ散らしていた。

俺のせいで、村のみんなが、大切だった平穏な日常が、ルルが死んでしまった。
なによりマナは俺の傍から消えてしまったと言う事実は、俺に現実を知らせる。

きっとマナは俺を恨んでいた。
マナを置いて戦場に赴いた俺を。今までマナの寂しさに気づけなかった憐れな俺を。家族を、君を守ると格好つけた過去の俺さえも。

恋慕を寄せているだけでなく、この世で縋れる唯一無二の存在からの拒絶は、俺の心をズタズタに引き裂いた。

自業自得。因果応報——最初から決まっていた予定調和は全て俺の咎へと化す。
ふと、視線を隣の墓へと向ければ、そこには村人達の姿があった。


「人殺し」

「お前のせいで、私達は死んだ」

「ならお前も、私達と同じように惨たらしく死ね」

「あ゛ッ……あ゛あああぁ……ッ!」


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
許してください、決して俺はあなた達を苦しめるつもりはなかったんです。


「嘘だ」


そう言って俺がいつしか殴った男は、顔面を血で濡らしながらこちらを見つめている。
嘘じゃありません。


「ならどうして、助けてくれなかったの? リアムお兄ちゃん」


さらに、あのとき俺が見捨てた子どもが冷たい声で俺にそう問いかけた。
ごめんなさい、それは俺が弱かったから。


「嘘つけ。村に湧いて出た化け物全部を屠ったくせに」


それは彼女に会えると信じていたから。きっと洞窟あそこにいるかもしれないと思っていたから。


「だか、ら……ッ、だからッ、俺は……ァッ!」


けれど、あそこには誰もいなかった。
ああ、もうなにも分からない。先程解いたばかりの複雑な仮定達も、また絡まってしまう。

何故マナがいなくなって、『ゴースト』なんて存在に村が襲われたのかも。
はたして全ての元凶がマナなのか、それともソフィアなのかも今は判断することなんて出来ない。ただ今分かるのは、俺が重罪人だと言うことだけだ。

瞬間、俺は血走った眼で自身の手のひらを見る。

切り傷だらけで、手の皮は捲れ、血が滲んだ惨い手のひら。
こんな手をしていながら、俺はなに1つ守れない罪を負い、挙句には多くの人の命を助からないと切り捨てた。

はたしてこんな手で彼女を守れるのか? 彼女を抱きしめる資格などあるのか?
こんな惨たらしい手が掴むのは、彼女の白く柔らかな手ではなく――


「『ゴースト』の死骸がお似合いだ」




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