マナイズム・レクイエム

織坂一

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“赤いもの”を見て青年は剣を取る

青年は剣を取り、残酷な現実の始まりを知る

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「ルルッ!」


ルルの名を呼んだ瞬間、ルルは俺の目の前で真っ二つにされて地に堕ちる。

ルルの内から弾けたあの赤い嫌な血しぶきいろは、人間と比べればまだマシな方だ。なにせ人間と小鳥じゃ随分と大きさが違う。

俺は無惨に裁断された小さな体を拾い上げ、ただ今黄泉へと旅立ってしまった家族をただ見ることしか出来ずにいた。

すると、粘着質で生暖かいなにかが俺の手のひらへと乗る。

夥しく、言葉に形容出来ない程まで無惨なルルの亡骸。無慈悲にも切り裂かれた愛しい家族は鳴き声1つ上げない肉片へと変えられてしまったのだ。


「……なんだよ、俺は盾にすらなれなかったじゃあないか」


先日、マナと子供の話をしたときのこと。
俺は自身の内で万が一のときは2人の盾になると意気込んだくせに結果はこれだ。


「はは、はははは、ははは……ッ」


しかし、血の臭いに咽びながらも俺は吐くことはしなかった。

当然だ。だってルルは大事な家族だから、家族の死体を前に吐くわけにもいかない。けれども決して心地の良いものではなくて、酷く悲しくて、虚しくて、辛くて、痛くて。

再び、俺の心は折れそうになった。

一体、マナはどこに行ってしまったのだろう? 何故こんな悪夢が突然辺鄙な村を襲うのだろう?
そんな疑問を並べ続けていれば、とうとう悲鳴なんてものは聞こえなくなった。

それは俺が遠くに逃げたからではなく、既に悲鳴を上げる存在自体が減っていっただけ。それだけのこと。

いや、しかし本当に? 本当にこの村で生きている人間などごく僅かなのか?
俺は1人自分にそう問いかけるが、俺は再び自身の手のひらへと視線を落とす。

そうだ、現にこうして大事な家族が1匹死んでいる。
なにより俺は、先程目の前で子供に助けを求められながらも、呆気なく彼を見捨てた。

なに1つ、なに1つ残っていやしない。
残っているのは、正体不明の黒い爪の化け物達だけ――そんなことは心神喪失状態の俺にも理解出来る。

しかし、本当に?
懲りもなくそう問いかけると、俺は無意識のうちにルルの死体を埋めていた。

愛しい家族の亡骸を埋めて、代わりに俺が手に取ったのは鈍刀。
ああ、そうだと俺は思う。
確かにあの村には、生き残っている人間はほぼいないだろう。そう、生きている人間は。

生きている人間はごく僅か――最悪俺しか生き残っていないかもしれないが、化け物共は未だ生きている。
そう思うと、どこか俺は奴らが憎くて仕方がなかった。

何でお前らが生きて、大事な家族が死ななければいけないんだ。
正に幽霊のような姿をした存在が、何故こうも生者のいる世界にのうのうと居座るのか。

それは憎い、なんてものじゃない。
俺が、あの化け物共が生きていると再度認識すれば、家族を亡くした悲しみが、家族をされた憎しみが死体に群がる蛆のように這い出ていった。

殺せ。あの化け物共を殺せ。
いいや、殺すなんて生温いものじゃない。お前らも俺が味わった苦痛を、地獄を、恐怖を味わって死んで逝け。

内側からとめどなく溢れる怨念は、まるで奴らが纏う不気味な気配と同じだったと俺は認識する。
先程まで奴らの気配など察知出来なかったのに、今では奴らの姿はあり得ないほど鮮明に可視化されていて、あんな不安定な瘴気など微塵も感じなかった。

今、奴らから感知出来るのは、奴らが抱いている謎の悲しみ。
奴らと同じく、哀傷交じりの呪詛があふれ出る意識の向こう側で、奴らは俺へとただただ訴え続ける。


「カエ、シテ……」


返して。
返して、返して、返して。
返して、返して、返して、返して、返して、返して。
返して、返して、返して、返して、返して、返して返して、返して、返して、返して、返して、返して返して。

ただ、それだけだった。
なにを返して欲しいのか、全く理解など出来ないし、理解する気もない。


「…むしろ、『返して』なんてのは俺が言いたいよ」


平穏な日常を、ルルを返せ。
けれど失った命や日常が帰って来るなんてこと2度とないと、俺はとうに知っている。知りすぎているからこそ、悲しく、虚しく、憎い。


「だから、ころせ」


俺が今亡くした全てを、お前らの命を以て。
お前らが奪ったものの代償を払い終わるまでは、俺から断罪の刃を受けて斬り刻まれろ。

俺はそう誓い、奴らを憎み、斬り、奴らへ命を代償に対価を払わせ続ける。
その一心で、俺はただただ鈍刀を振るい続け、気づけば奴らの「返して」と言う声は聞こえなくなっていた。

同時に残っていたのは、俺と散らばった無数の黒い爪の破片と、1本の剣。
既に夜闇に包まれる中、俺は剣を月明りに照らしては刀身の状態を確認する。

以前見たときは確かに錆びていたはずなのに、今見てみれば剣は銀色しろく綺麗な状態で、錆びどころか曇りの1つすらない。

一体何故――と思うも、今はそんなことはどうだっていい。


「今はマナを探して、奴らの正体を知らないと……」


そう当面の目的を口にすると同時に、俺は剣を収める。

俺が過去にこの剣を見て刀身が錆びていたと勘違いしていたのなら、恐らく原因は俺が過去から逃げていたからだろうなんて、どうでもいいことが脳を過る。

もう彼女マナの髪と瞳以外の“赤いもの”なんて見たくない。
その拒絶心が、今まであの剣が浴びてきた血の痕を写した――ただそれだけ。

なにせもう、刀身に血痕など映っていやしない。
その代わり、大事な家族と平穏を奪った憎い奴らの黒い爪の欠片が、銀色しろい刀身を漆黒にくろく蝕んで、俺の網膜に焼きついていた。



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