上 下
2 / 137
01

はぐれ聖女ジル02

しおりを挟む
翌朝。
いつものように安宿を出る。
今回泊った宿は朝食が出ない。
朝食付きの宿を選んでも良かったけど、そういう宿は晩御飯も強制的に宿の料理を食べなければならなくなるから今回は避けた。
田舎町ではありがたいけど、他にたくさんの飲食店がある王都ではちょっともったいない。
そう思って、私は、都会に来た時は必ず素泊まりの安宿を選ぶようにしている。
(やっぱり息抜きのお酒って大事よね)
と少しおじさん臭いことを考えながら、今日も元気に石畳の道を歩き始めた。

朝の早い時間。
行商の品物をそろえにくる商人や通勤する勤め人、中には朝帰りの旦那なんかが行きかう市場をぶらついて、適当に朝食を物色する。
そうやって、露店を見て回った私が今日の朝食に選んだのは、下町の名物は豚バラサンド。
スパイスがたっぷりとかかった豚バラを、野菜と一緒にパンに挟み、たっぷりのマヨネーズをかけて食べるのが下町流。
朝からなかなかの脂っぽさだけど、冒険者も含めた肉体労働者が多い下町では定番中の定番だ。
私も、郷に入っては郷に従えの精神で、朝から盛大にかぶりついた。
ほんのちょっとの葉物野菜じゃ中和しきれないくらいコテコテの脂とスパイスが口の中を支配する。
(これは脂の暴力ね…)
と、正解なのか不正解なのかわからない感想を抱きつつ、豚バラサンド片手にまずはギルドを目指した。

冒険者ギルドは朝から忙しない。
依頼が張られた紙が貼りつけられた壁に冒険者が群がり、受付嬢が忙しく動き回っている。
私はそんな受付のカウンターから少し離れた買い取りの窓口に向かうと、
「お願いね」
と慣れた感じで、麻袋をカウンターの上に置いた。
ゴトリと重たい音がする。
「はーい」
と間延びした返事がして、何度も見たことのある買い取り係のお姉さんがその袋を受け取った。

このお姉さん、なんともぽんやりとした感じだが、じつはなかなかの目利きで、
「えっとー。ゴブリンが1、2、…7つと…あ、リーダーもあるから、普通の6つとリーダー1つですね。あとは…、狼が1、2、…5つと、あとは熊さんですね」
と、鑑定の魔道具も使わずにさっさと魔石の種類と数を数えていく。
そして、魔石を数え終わると、
「ちょっとおまちくださいねー」
と、またのんびりとした口調でそう言って、カウンターの奥から代金を持ってきてくれた。

「はーい。金貨6枚ですよー」
とまたのんびりとした口調で言うお姉さんだが、最後に、
「たまには素材も取って来てくださいねー」
と付け加えてくる。
私がいつものように、
「あー。ごめん。私ソロだから」
と答えると、
「うふふ。知ってますけどねー」
と、これまたいつものように笑われた。

金貨6枚。
これが、ここ20日ほどの私の稼ぎ。
王都の庶民が大体金貨2枚くらいで1月生活できるから、結構な額になる。
でも、旅から旅の冒険者稼業だと、普通は2か月くらい生活するのがやっとの金額かもしれない。
そんなお金を懐に入れ、ギルドを出ると、
(えっと…。絵物語が銀貨1枚くらいしちゃうから…あとは、下宿代に大銀貨5枚くらいは渡したいんだよね…。アンナさんはいつも遠慮するけど、そのくらいは払わなくっちゃ申し訳ないし。となると、残りが金貨5枚と大銀貨4枚、銀貨1枚か…。食料と武器は大銀貨4枚もあれば十分だから…。うん。十分だね)
と考えながら、とりあえずちょっとだけ裕福な人達が住んでる区域にある本屋を目指して、石畳の道を歩き始めた。

大きな商会が軒を連ねる通りを進んで行く。
この辺りに冒険者が立ち寄るのは珍しい。
道行くいかにも役所か大商会に勤めていそうな人たちからチラチラと視線を向けられながら、目的の本屋を目指した。

目抜き通りから1本入った瀟洒な通りに本屋はある。
(懐かしいな。学生時代は良く通ってたっけ。…まぁ、高くてあんまり買えなかったけど)
と、昔のことを思い出しながらその店の扉をくぐった。
この本屋の専門は薬学や魔法工学の専門書が中心だが、たしか、貴族や商家の子供向けに装丁の綺麗な絵物語なんかも扱っていた記憶がある。
(どうせなら、ちょっといいやつを買ってあげたいもんね)
と思いながら、さっそく絵物語の書棚を覗くと、子供向けにしてはなかなか立派な装丁の本がいくつも並べられていた。
(えっと『獅子王の冒険』。これは男の子向けかな?あ、こっちの『薔薇の女王』ってのは?)
と気になった本を少しめくってみる。
(あー。ダメだ。これちょっと絵が怖い。小さい子にはあんまり向いてないね)
と、明るい性格で、かわいいものが好きなユリカちゃんのことを考えながら品定めをしていった。
やがて、良さそうな本を見つけて値段を見てみる。
(あ、これいいかも。値段も銀貨1枚に収まるし、絵も綺麗。よし、これにしよう)
そう決めて『おしゃれ魔女リリトワの冒険』という絵物語を手に取った。

(まぁ、ついでだし薬学の本とかも見ていこっと)
と思って、専門書が並ぶ一角に向かう。
(懐かしいなぁ)
と思いつつ、本棚を物色していると、急に声を掛けられた。
「ジュリエッタ!」
聞き覚えのある声。
そして私を本名で呼ぶところ。
一瞬にして私のテンションが下がる。
(あちゃー…)
そう思って一応振り返ると、
「ああ、これこそまさに運命!やはり僕と君は運命の赤い糸で…」
とそこまで言われた所で食い気味に、
「お久しゅうございます、エリオット殿下!」
と書店には似つかわしくない大きな声でそのセリフを遮った。
「…おいおい。君と僕の仲じゃないか。殿下なんてやめてくれよ」
とやや情けない顔でそう言う、ちょっとチャラめの青年に向かって、
「殿下は殿下です。あと、ジルって呼んでください」
私はそう言い切ってため息を吐く。
「まったくもう…。相変わらずつれないねぇ」
と言って大袈裟に肩をすくめる男性に向かって、私は、
「…エリオット殿下。そういう所ですよ」
と、またため息を吐き眉間を揉みながら答えた。
「はっはっは。そんな所も可愛いよ!」
と私の態度をまったく気にしない様子でなんならウィンクまでしてくるエリオット殿下を無視しながら私は、
「で。なんでこんなところに?」
と淡々とした口調で聞く。
学生時代ならともかく、学院を卒業した今、いくら自由気ままな第4王子とはいえ、朝から書店にいることなど滅多に無いはずだ。
そう訝しんで訊ねるとエリオット殿下は、
「ああ、ちょっとおもしろい本が手に入ったって聞いてね。矢も楯もたまらずやってきたってわけさ。どうだい?一緒に見て見ないかい?」
と相変わらず軽い笑顔でそう言うエリオット殿下の言葉をまた無視しようかとも思ったが、その珍しい本という言葉に、私はうかつにも惹かれてしまった。

「まぁ、いいですけど…」
と私が答えると、
「ははは。君も相変わらず好奇心旺盛だね。さぁ、店主には伝えてあるからさっそく見に行こう」
そう言ってエリオット殿下はさっさと奥へ進んで行く。
私は自分の好奇心を抑えられなかったことを少しだけ悔やみながらも、苦笑いで後をついていった。

「やぁ、ベッツ。久しぶりだね」
「いらっしゃいませ、エリオット殿下。あと、そちらはジルさんでしたね。お久しぶりです」
とにこやかに答える店主に、
「ええ。お久しぶりです。朝から騒がしくしてすみません」
と一応謝りつつ挨拶をする。
「さぁ、さっそく例の本を持ってきてくれないかい?」
と少年のようにワクワクした顔で話を切り出すエリオット殿下に店主のベッツさんは、
「かしこまりました」
とやや苦笑いで答え、さっそく奥へと下がっていった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。  無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。  一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。  甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。  しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--  これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話  複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...