上 下
5 / 79

ダンジョン03

しおりを挟む
翌日も森の中を順調に進んで行く。
(さて、いくらなんでももう少し狩りたいところだな。オークの群れでも出て来てくれればいいが…)
と思ってさくさくと歩を進めていると、
「にゃぁ」(お待ちかねのオークじゃぞい)
とチェルシーがつまらなさそうにそう言った。
「お。いいな」
と言いつつ、チェルシーが指し示した方へ歩いていく。
オークは実態を持たない魔物の中では割と上位の方に入る。
4、5匹も倒せば当面の路銀には困らなくなるはずだ。
そう思って私は若干ウキウキとした気持ちでオークの痕跡を探して歩いた。

やがて痕跡を見つける。
(お。意外と数が多そうだ)
と、ひとりほくそ笑みつつその痕跡を辿っていく。
すると、ややあって10匹くらいのオークがなにやら貪り食っているのを発見した。
餌は野生の獣だろうか。
(ほんと、よく食うよなぁ)
とあきれ顔でその光景を見る。
しかし、
(おっと。さっさとやってしまわねば)
と思って、私はさっそく行動を開始した。

素早く突っ込んでいってまずは手近にいた2匹に続けざまに風魔法を放つ。
「ブギャァ!」
と醜い声で悶絶するその2匹に構わず私はヤツらの群れの真ん中まで行くとそこで堂々と陣取った。
怒り狂って殴りつけてくるこぶしを防御魔法で防ぐ。
そして、出来た隙を突いて、また風魔法を叩き込んだ。
そんな感じで、群がるオークをかわしては魔法を叩き込むという作業をしばし繰り返す。
すると、耐えきれなくなった個体から順に霧になって消え始めた。

(あと…4匹か)
と、そんな作業が若干面倒になってきた私は動きの鈍ったヤツらの中央に立ち、風系の小規模な範囲魔法、旋風を発動する。
私を中心にちょっとした暴風が吹き荒れた。
その風に巻き込まれたオークの体に次々と傷がついて行く。
そして、残りのオークもあっさりと消えてなくなった。

「ふぅ…」
と息を吐いて、腰の辺りをトントンと叩く。
胸に下げた特製抱っこ紐の中から聞こえる、
「…うみゃぁ」(…もう少し、揺れんように戦ってくれんかのう)
という愚痴に、
「すまん、すまん。ちょっと運動がしたかったんだ」
と苦笑いで軽く謝罪の言葉を述べると、私はさっそく魔石を拾い集め始めた。

やがて作業が終わり、
「そろそろ、路銀には十分だが、どうする?」
と一応チェルシーの意向を聞いてみる。
チェルシーは当然、
「にゃぁ」(帰って肉だ)
と、やや不機嫌に答えてきた。
「あいよ」
と答えてさっさと荷物を担ぎ直す。
(意外とずっしりしてるな)
と、その魔石の重さを感じつつ、私たちは来た道を戻り始めた。

数日後、無事、村に着き、とりあえず一泊する。
冒険ともいえない冒険の汗を流し、久しぶりにまともな食事を堪能した。
それからまた1日半かけて出発地点の町へ向かう。
こちらも難なく旅ともいえない旅を終えると、私はさっそくギルドに魔石を持ち込んだ。
「えっと、ゴブリンが55匹で銀貨55枚、狼は10ですから、銀貨10枚ですね。熊は大きい方が金貨1枚で小さいほうが粒金貨5枚です。あと、オークは11匹ですから金貨11枚ですね」
と丁寧に内訳を教えてくれながら、金を出してくれる受付の女性に、
「ああ。ありがとう」
と礼を言って金を受け取る。
金貨は日本的な感覚で言えば10万円くらいだろうか。
粒金貨は1万円。
銀貨は5千円といったところだ。
なので、今回の稼ぎはおおよそ150万円とちょっとになった。
のんびりピクニック気分で狩りをしてきたお駄賃としてはそれなりだろう。
そんなことを思って、受け取った金を無造作にポケットに突っ込むと、
「さて。飯だな」
と胸の中で呑気に丸まっているチェルシーに声を掛けた。
「にゃぁ!」(肉じゃ!)
と言うチェルシーに、
「おいおい。たまには野菜も食えよ?」
と冗談半分で注意をすると、
「にゃぁ!」(ならばロールキャベツを食わせるがよい!)
となんとも素敵な要求が飛び出してきた。
「お。いいな、それ。たしかこの辺に美味い店があったと思うが…」
と思って、猫を相手に独り言を言っている奇妙なおっさんを少しかわいそうな目で見ている、受付の女性に、
「なぁ、たしか、この辺にロールキャベツの美味い店があったよな?」
と聞く。
すると、その女性は、ハッとして、
「え、ええ。それならこの先の『子熊亭』だと思いますが…」
と、なんとも言えない表情でそう答えてくれた。
「ああ、そんな名の店だったな。さっそく行ってみる。ありがとう」
とできる限り爽やかに礼を言う。
そして、
「みゃぁ」(早くいくぞ)
とせかしてくるチェルシーに苦笑いを浮かべつつ、私はその「子熊亭」を目指し軽い足取りで歩いていった。

やがてその「子熊亭」に着き、
「猫も一緒だが構わんか?」
と一応聞いて、
「あら。かわいい子猫ちゃんですわね。もしかしてラッキーキャットですか?だったら大歓迎ですよ」
と言ってくれる優しい女将さんの案内で席に着く。
(やっぱりラッキーキャットの人気はすごいな)
と思いつつ、席に着き、
「にゃふ」(むっふっふ)
とご満悦気味のチェルシーを苦笑いで撫でてやると、さっそくロールキャベツを注文した。
大盛りにしてもらって、チェルシー用の取り皿を頼む。
その注文を聞いて女将さんは、
「まぁラッキーキャットって人と同じものが食べられるって本当だったんですねぇ」
と言いつつ、
「いい子で待っててね」
と言ってチェルシーを微笑みながらひと撫でするとさっそく店の奥へ注文を通しに行ってくれた。

待つことしばし。
お待ちかねのロールキャベツがやって来る。
女将さんが気を利かせてくれて、最初から私の分とチェルシーの分を別々の皿に入れて持ってきてくれた。
「はい。どうぞ」
と言って、またチェルシーをひと撫でして笑顔で戻って行く女将さんの背中を見送り私たちはさっそく、
「いただきます」
「にゃ」(いただきます)
と言って、そのロールキャベツを口に運んだ。
(お。キャベツがとろっとろだ…。それにこのうま味の効いたスープ。やっぱりこれは絶品だな)
と感心しながら味わっていると、私の向かいでチェルシーも、
「にゃぁ!」(美味いぞ!)
と感動の声を上げる。
それから2人とも、夢中になってそのロールキャベツを食べ始めた。

やがて、腹が満たされ、食後のお茶にする。
「さて、明日からどこを目指すかねぇ…」
と言う私に、チェルシーは、
「にゃぁ…」(どこでもいいが、美味い物が食えるところにしてくれよ…)
とやや眠たそうな声でそう言ってきた。
(美味いものねぇ…)
と何となく考えていると、ふと、実家の飯の味が頭に浮かぶ。
(…ああ、そう言えば魔王討伐に出て以来帰ってないなぁ)
と思い出し、ふと懐かしい顔を思い浮かべた。

こちらのことはたまに手紙で元気にしていると伝えてはいるが、居所のはっきりしない冒険者稼業のことで、あちらの状況は全くわからない。
(そうだな。そろそろ王様とかその辺も諦めてくれているころだろうし、ほとぼり的なものは冷めてるよな。よし、じゃぁ、ちょっと実家に寄ってみるか)
と思って次は実家を目指すことを決める。
そして、テーブルの上で満足げに丸くなっているチェルシーに向かって、
「とりあえず、実家に顔を出そうと思ってるんだが、どうだ?」
と聞いてみた。
「にゃ?」(かまわんぞ?)
というチェルシーの目には、「飯は美味いんだろうな?」という疑問がありありと浮かんでいるように見える。
私はそんなチェルシーに、
「安心しろ。うちの飯はそれなりに美味い」
と答えて安心させると、また、チェルシーを軽く撫でてやった。
「にゃぁ」(うむ。ならばよい)
と鷹揚に答えるチェルシーをそっと抱えて抱っこ紐の中に入れてやる。
「ごちそうさま。美味かったよ」
と言って、店を出ると、夕暮れに染まっていた。

(うーん。空腹だったとはいえ、なんとも中途半端な時間に食べてしまったな…)
と思いつつ、とりあえず適当に宿のありそうな方面に向かって歩く。
夕暮れの宿場町は家路を急ぐ人やこれから飲みにでも行くのだろう冒険者でわりと賑わっていた。
そんな雑踏の中に私も足を踏み入れる。
ガヤガヤとした雰囲気の中を、人々の顔を見ながら歩いていると、
(ああ、この平和を守ったんだなぁ…)
という妙な感慨が込み上げてきた。
(おいおい。お前は何様だ?)
と、ついつい偉そうなことを考えてしまった自分に対し、自嘲気味に苦笑いを浮かべる。
すると、私の胸元から、
「にゃぁ…」(人間は忙しないのう…)
というチェルシーののんびりとした声が聞こえてきた。
「はっはっは。そうだな。そうかもしれんな」
と言って笑う。
(ヒトもエルフも消滅と復活を繰り返しながら悠久の時を生きる魔王から見れば一瞬を生きる忙しない生き物に映るのだろうな)
と妙に納得しながら、胸元でまた丸くなるチェルシーを眺めた。
(でもな、チェルシー。その忙しなさの中にも、喜怒哀楽ってものがあって、だから私たち人間の生活ってのはこんなにも美しく見えるんだ…)
と、心の中でそんな言葉を投げかけながらそっとその頭を撫でてやる。
すると、
「…うみゃぁ」
と鳴いてチェルシーが気持ちよさそうな表情になった。
微笑みを浮かべながら雑踏の中を歩く。
夕日に染まる街並みを見て、
(明日からまた旅だな)
と心の中でつぶやいた。
魔王とともに歩むあてのない旅はまだ始まったばかりだ。
そのことを不安に思う気持ちよりもどこか楽しみに思っている自分がいる。
私はそのことがなんともおかしくて、また微笑みながら歩き、適当な宿屋の扉をくぐった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

処理中です...