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第十三章〜聖剣の担い手は闇の中でこそ輝く〜
27.遥か昔の誓いを
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テルムは大人しく地面に座り込み、ヴァダーも剣を鞘に戻してティルーナの方を向く。
「それで、一体どういう事情なんですか?」
戦えば多少の人間性が見えてくる。ティルーナは攻撃した後のヴァダーの反応をよく見ていた。本当に驚いたようではあるが、反撃しようという様子は一度も見せなかった。それだけで悪い人でないことはわかる。
それなら何か面倒な事情があるのは予想がつく。というか何だったら予想はついていた。テルムの服は平民にしてはやけに綺麗であり、ヴェルザードの公爵令嬢が似たようなことをしていたのを覚えていたからだ。
「私はテルム様に仕える騎士です。何をやっていたのかというと……」
「家を飛び出したのを追ってきたんですか?」
言いあぐねていたところを言い当てられ、ヴァダーは苦笑いした。
「まあ、そんな所です。仕事がまだ残っているので、急ぎ戻っていただかなければならないのです。」
「だから、今日だけって言ってるだろうが。いくらこの状況とはいえ休みなしでやれなんて無理だ。」
「しかし今回ばかりは、ですよ。平時ならともかくいつヴァルトニアが攻め入るかわからないのですから。」
再び2人は揉め始めた。それに半分呆れながらも、仲が良いんだろうなと感心した。騎士がここまで主君に言えるのだから、相当に心を許している証拠とも言える。
「……わかった。流石に他所の人を巻き込むのは私も御免だ。」
今回はテルムが折れるらしい。自分の友人よりは聞き分けが良く、ティルーナは少し感心した。
テルムは立ち上がって服についた土を払う。そしてティルーナへと体を向き直した。
「お前、名前は何て言うんだ?」
「ティルーナです。今は癒し手をやっています。」
「そうかティルーナ。迷惑かけたし、後で何か礼をしてやるよ。無事戦争を切り抜けられたら、の話だがよ。」
礼などいらないが、ここで断る方が面倒だと知っているティルーナは何も言わないでおいた。この後、再びあの列に並び直さなくてはならないのだ。あまり時間を無駄にできない。
「――お待ちください。今、ティルーナと言いましたか?」
しかしヴァダーが引き止める。信じられない、という表情だ。確かに最近は名が通ってきたが、ここまでの反応をされるのはティルーナにとっても初めてである。
それに驚きつつも、どこか違和感を感じた。そしてそう言えば、ここにはサブナックに誘導されて来たのを思い出す。
「知ってる名前なのか、ヴァダー?」
「ええ、陛下から一度だけ。しかしよく覚えております。」
嫌な予感がしてももう逃げられない。そもそも最初、サブナックの言葉に耳を貸した時点で詰んでいた。
「クラウン・ロードリッヒ陛下はずっとあなたが、アラヴティナの家の者がこの地を訪れるのを待ち望んでおりました。どうか、王城にお越しいただけないでしょうか?」
あの列を並ばずに王城に入れる。それは利点である。しかしそれ以上の面倒ごとの予感がして、ティルーナは少し目眩がした。
確かに、オルゼイについた時点で考慮はすべきだった。しかしティルーナの頭は度重なる嫌な出来事でパンクしていたのだ。それこそ自分がオルゼイ帝国の血を継いでいて、このオルゼイ国はオルゼイ人の生き残りが建国した国だという事を忘れるほどに。
テルムは用があるとどこかにいなくなり、ヴァダーとティルーナの2人で王城の廊下を歩く。元が貴族だったのでみっともなくあちこちを見たりはしないし、余計な言葉を挟んだりはしない。
ただ嫌だな、とだけ思った。
「――こちらの部屋で国王陛下がお待ちです。どうぞ中へ。」
そう勧められるが、ティルーナは直ぐに中に入らない。
「準備が早いですね。何か理由でも?」
「全ての仕事を後回しにしただけですよ。陛下にお伝えした時の顔は、私が今まで見たことがないほど驚いておりました。」
その情報が余計にティルーナの足を重くする。
「確かに教会が発行する身分証を見せましたけど、もし精巧な偽物だったらどうするんです。特にこの時期、暗殺など注意するべき事のはずです。」
「アラヴティナ家の事はオルゼイでもたった数人しか知らない秘密です。そこまでの情報を掴まれていたのなら、もう手遅れというものですよ。」
少し冗談めかすようにヴァダーは言った。
早くもティルーナはもう先延ばしにする良い理由が思いつかず、仕方なく目の前の部屋のドアノブに手をかけた。
ドアを開けると白髪の老人が椅子に座っていた。その老人はティルーナが来たことに気付くと慌てて立ち上がり、年老いた体であるにも関わらず小走りでティルーナの前へやって来た。
その顔は疲れ切っている。この状況下であれば休む暇もないのだろう。そんな状況下でも、ティルーナと会う時間を作ったというわけだが。
「あなたが、ティルーナ様ですか?」
乞い願うような声で国王であるクラウンはそう言った。
「……ええ、そうですが。」
「ずっと、ずっとお待ちしておりました。このような状況で申し訳ありませぬ。しかし遂にオルゼイ帝国は再び、蘇るのですね。」
クラウンは目尻に涙を浮かべる。
気まずい、まず最初にティルーナはそう思った。一国の王に敬語を使われている事も、皇帝になんかやる気がないという事も、あらゆる要素がティルーナを気まずくさせていた。
『――話がわかるではないか。乗っておくのが楽だぞ、主人。』
ティルーナの影の中から悪魔が声を出す。それに反応してヴァダーが剣に手を伸ばして周囲を警戒するが、当然見つかるはずもない。
「ロードリッヒ、その家名は聞いたことがある。確か第一騎士団で副団長を務めていたはずだ。まさかここまで大成していようとはな。」
部屋の中に既にサブナックは姿を現していた。ティルーナはクラウンの横を通り、サブナックの前に立って睨みつける。
「出ないでください。話がこじれるんです。」
「しかし出なければ断っていただろう? 皇帝なる気はない、とな。そう言われればそいつは主人の選択を拒めない。」
ヴァダーも部屋の中に入り、クラウンを守るように前に出る。
「ああ、安心したまえ。私は主人の忠実な下僕であるサブナック。敵ではない。」
「忠実なら私の話を聞いてください。」
「言われた通りに動く者が忠臣とは限らない。私は真に、主人の為を思って動いている。」
真面目な顔でそんなムカつく事を言うのだがら余計にティルーナは腹が立つ。どうやって断ろうかと悩んでいたのに、サブナックの説明までしなければならないなんて面倒極まりない。
ただ戦地に赴いて癒し手として働きに来ただけなのに、このサブナックのせいで面倒ごとに巻き込まれている気がしてならなかった。
「あー……ええと、一から説明します。取り敢えず座りませんか?」
「勿論、いくらでも話を聞きましょうぞ。」
クラウンの了承を得て、ティルーナはやっと腰を落ち着かせる事ができた。
「それで、一体どういう事情なんですか?」
戦えば多少の人間性が見えてくる。ティルーナは攻撃した後のヴァダーの反応をよく見ていた。本当に驚いたようではあるが、反撃しようという様子は一度も見せなかった。それだけで悪い人でないことはわかる。
それなら何か面倒な事情があるのは予想がつく。というか何だったら予想はついていた。テルムの服は平民にしてはやけに綺麗であり、ヴェルザードの公爵令嬢が似たようなことをしていたのを覚えていたからだ。
「私はテルム様に仕える騎士です。何をやっていたのかというと……」
「家を飛び出したのを追ってきたんですか?」
言いあぐねていたところを言い当てられ、ヴァダーは苦笑いした。
「まあ、そんな所です。仕事がまだ残っているので、急ぎ戻っていただかなければならないのです。」
「だから、今日だけって言ってるだろうが。いくらこの状況とはいえ休みなしでやれなんて無理だ。」
「しかし今回ばかりは、ですよ。平時ならともかくいつヴァルトニアが攻め入るかわからないのですから。」
再び2人は揉め始めた。それに半分呆れながらも、仲が良いんだろうなと感心した。騎士がここまで主君に言えるのだから、相当に心を許している証拠とも言える。
「……わかった。流石に他所の人を巻き込むのは私も御免だ。」
今回はテルムが折れるらしい。自分の友人よりは聞き分けが良く、ティルーナは少し感心した。
テルムは立ち上がって服についた土を払う。そしてティルーナへと体を向き直した。
「お前、名前は何て言うんだ?」
「ティルーナです。今は癒し手をやっています。」
「そうかティルーナ。迷惑かけたし、後で何か礼をしてやるよ。無事戦争を切り抜けられたら、の話だがよ。」
礼などいらないが、ここで断る方が面倒だと知っているティルーナは何も言わないでおいた。この後、再びあの列に並び直さなくてはならないのだ。あまり時間を無駄にできない。
「――お待ちください。今、ティルーナと言いましたか?」
しかしヴァダーが引き止める。信じられない、という表情だ。確かに最近は名が通ってきたが、ここまでの反応をされるのはティルーナにとっても初めてである。
それに驚きつつも、どこか違和感を感じた。そしてそう言えば、ここにはサブナックに誘導されて来たのを思い出す。
「知ってる名前なのか、ヴァダー?」
「ええ、陛下から一度だけ。しかしよく覚えております。」
嫌な予感がしてももう逃げられない。そもそも最初、サブナックの言葉に耳を貸した時点で詰んでいた。
「クラウン・ロードリッヒ陛下はずっとあなたが、アラヴティナの家の者がこの地を訪れるのを待ち望んでおりました。どうか、王城にお越しいただけないでしょうか?」
あの列を並ばずに王城に入れる。それは利点である。しかしそれ以上の面倒ごとの予感がして、ティルーナは少し目眩がした。
確かに、オルゼイについた時点で考慮はすべきだった。しかしティルーナの頭は度重なる嫌な出来事でパンクしていたのだ。それこそ自分がオルゼイ帝国の血を継いでいて、このオルゼイ国はオルゼイ人の生き残りが建国した国だという事を忘れるほどに。
テルムは用があるとどこかにいなくなり、ヴァダーとティルーナの2人で王城の廊下を歩く。元が貴族だったのでみっともなくあちこちを見たりはしないし、余計な言葉を挟んだりはしない。
ただ嫌だな、とだけ思った。
「――こちらの部屋で国王陛下がお待ちです。どうぞ中へ。」
そう勧められるが、ティルーナは直ぐに中に入らない。
「準備が早いですね。何か理由でも?」
「全ての仕事を後回しにしただけですよ。陛下にお伝えした時の顔は、私が今まで見たことがないほど驚いておりました。」
その情報が余計にティルーナの足を重くする。
「確かに教会が発行する身分証を見せましたけど、もし精巧な偽物だったらどうするんです。特にこの時期、暗殺など注意するべき事のはずです。」
「アラヴティナ家の事はオルゼイでもたった数人しか知らない秘密です。そこまでの情報を掴まれていたのなら、もう手遅れというものですよ。」
少し冗談めかすようにヴァダーは言った。
早くもティルーナはもう先延ばしにする良い理由が思いつかず、仕方なく目の前の部屋のドアノブに手をかけた。
ドアを開けると白髪の老人が椅子に座っていた。その老人はティルーナが来たことに気付くと慌てて立ち上がり、年老いた体であるにも関わらず小走りでティルーナの前へやって来た。
その顔は疲れ切っている。この状況下であれば休む暇もないのだろう。そんな状況下でも、ティルーナと会う時間を作ったというわけだが。
「あなたが、ティルーナ様ですか?」
乞い願うような声で国王であるクラウンはそう言った。
「……ええ、そうですが。」
「ずっと、ずっとお待ちしておりました。このような状況で申し訳ありませぬ。しかし遂にオルゼイ帝国は再び、蘇るのですね。」
クラウンは目尻に涙を浮かべる。
気まずい、まず最初にティルーナはそう思った。一国の王に敬語を使われている事も、皇帝になんかやる気がないという事も、あらゆる要素がティルーナを気まずくさせていた。
『――話がわかるではないか。乗っておくのが楽だぞ、主人。』
ティルーナの影の中から悪魔が声を出す。それに反応してヴァダーが剣に手を伸ばして周囲を警戒するが、当然見つかるはずもない。
「ロードリッヒ、その家名は聞いたことがある。確か第一騎士団で副団長を務めていたはずだ。まさかここまで大成していようとはな。」
部屋の中に既にサブナックは姿を現していた。ティルーナはクラウンの横を通り、サブナックの前に立って睨みつける。
「出ないでください。話がこじれるんです。」
「しかし出なければ断っていただろう? 皇帝なる気はない、とな。そう言われればそいつは主人の選択を拒めない。」
ヴァダーも部屋の中に入り、クラウンを守るように前に出る。
「ああ、安心したまえ。私は主人の忠実な下僕であるサブナック。敵ではない。」
「忠実なら私の話を聞いてください。」
「言われた通りに動く者が忠臣とは限らない。私は真に、主人の為を思って動いている。」
真面目な顔でそんなムカつく事を言うのだがら余計にティルーナは腹が立つ。どうやって断ろうかと悩んでいたのに、サブナックの説明までしなければならないなんて面倒極まりない。
ただ戦地に赴いて癒し手として働きに来ただけなのに、このサブナックのせいで面倒ごとに巻き込まれている気がしてならなかった。
「あー……ええと、一から説明します。取り敢えず座りませんか?」
「勿論、いくらでも話を聞きましょうぞ。」
クラウンの了承を得て、ティルーナはやっと腰を落ち着かせる事ができた。
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