幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

文字の大きさ
上 下
456 / 474
第十三章〜聖剣の担い手は闇の中でこそ輝く〜

26.怪しげな二人

しおりを挟む
 ヴァルバーン連合王国とは、三つの国が所属する連盟のようなものだ。地図上では世界の最北端に位置し、強力な魔物が多く気温も年間を通して低い。建国の発端はその厳しい環境を協力して乗り越えようというものだ。
 そのため三国の間では関税がなかったり、出入りするのにパスポートが必要なかったりする。
 しかし忘れてはいけないのは、連合王国とは言うが三国にはそれぞれ国家元首が存在する。それぞれの国が独立して動く中で、協力の決め事があるというだけだ。

 その中でもヴァルトニアは過激派で有名だ。ヴァルバーン連合王国の中でも最も強大な軍隊を持ち、隙があればその軍隊によって利益を得ようとする。
 だからこそ、この暴挙を簡単に鎮める事はできない。強い国が悪を為しても、それを咎めることは簡単ではないのだ。世界はそう単純ではないから。

「グレゼリオンは最低限の支援だけ、ですか。」

 新聞を読みながらティルーナはオルゼイの地を進む。
 グレゼリオン王国からオルゼイ国までは船が最短経路となる。魔術によって高速化された船であれば、一日ぐらい乗っているとオルゼイに到着できる。金はかかるし揺れは凄いし部屋は狭いし沈む可能性もあるしで、決して楽とは言えないが到着だけは早い。
 到着した港町で馬を借りて新聞を買い、王都へとティルーナは向かっていた。オルゼイはそう大きな国ではない。一日もかければ王都にはつくだろう。

 新聞には自国と他国の状況が事細かに書かれていた。宣戦布告をされたからこそか、その新聞には力が入っており、それがティルーナにとっては助かった。
 グレゼリオン王国は後方支援の部隊を派遣し、食料や武器などの物資を送る事を決定した。逆に言えば、それ以上の事を直ぐに行う事はできない。
 また、オルゼイ王は協力者を募集している。義勇兵でも何でも、とにかく王都に来てくれという風に新聞には書いてあった。だからこそティルーナは王都を目指している。

『幸運だな、まだ戦争は始まっていない。』

 影の中から悪魔の声が響く。

「そうですね。降伏してくれるかもしれない、という期待があったのでしょう。」
『しかし、そうはならなかった。』
「ええ。この程度で降伏するのなら前の内乱で降伏していたでしょう。最近、魔法部隊を結成してかなり兵を強化していますし、迎え撃つのは間違いありません。」

 だからこそ、ティルーナは大急ぎで来た。戦争がほぼ確実なら死傷者が出る前に行くべきだ。遅れた治療はその分だけ後遺症を生む可能性が増える。そもそも直ぐに死んでしまう可能性もあるのだ。

『……主人、やはり皇帝にならないか? 主人にはその素質がある。』
「いえ、結構です。」
『やはりそうか、残念だ。』

 一人旅の話し相手としては悪くないサブナックだが、こうやって時折皇帝にさせようとしてくるのが欠点である。

 道を進めば人と会うこともある。ティルーナが見る人達のほとんどは大荷物を持って、ティルーナの向かう方の逆へ進んでいた。つまりは最も戦地から遠い最南端だ。
 ここですらこの調子だ。きっと最前線ではもっと大きな移動が起こっているだろう。最前線の街などもう人はいないのではないだろうか。

「オルゼイはこれから、という時期だったのに。この戦争を乗り切れてもきっと――」

 その先の言葉は口にできなかった。
 戦争は残酷だ。仕掛た方も仕掛けられた方も、必ず元の状態には戻れない。それが誰にとっても望まない結末になったとしても、誰もそれを救ってはくれない。
 それでも人は戦争を繰り返してしまう。それは一体、どうしてなのだろうか。





 王都に着く頃には日は傾きかけていた。借りた馬を返して、ティルーナは王城に向かっていた。そこで審査と具体的な仕事の振り分けをしてくれるらしい。
 この準備の良さを見るに、きっとオルゼイ王はこうなる事を予測していたのだろう。

「これは……かなり待たされそうですね。」

 城門の前にはかなりの人集りがあった。それぞれの思惑はあれど、全ての人が戦争の為にここに集まっていた。向こう側で騎士が案内しているのが見えるが、人の進む速度から察するに数時間は並ぶ必要がありそうだ。

『私が出て、歩くだけで道は開くぞ。そうすれば待つ必要もない。』
「もう戦争が始まっているならその選択肢もありますけど、そうではないなら目立つだけです。ゆっくり並んで待ちましょう。」

 サブナックは不満げだが、ティルーナはそれを無視する。ティルーナはオルゼイの王に会ったことがない。いきなり目立つ事をして悪印象を植え付けるのを恐れた。

『……主人、右の方を見ろ。』
「何ですか、さっきからうるさいですよ。」
『そこの路地に女と、それを追いかける男が入っていったぞ。見過ごしていいのか?』

 ティルーナの影の形が変わり、それが家の間にある細い路地裏の方角を示す。目の前の人集りを見て、それから路地裏の方を見てティルーナは溜息を吐いた。
 サブナックは楽しげで、もしかしたら嘘をつかれているかもしれない。ただ本当の可能性もある。どうせここに並んでいても時間がかかる。ちょっと確認してきて、違うなら戻って来るぐらいの余裕はある。

「嘘だったら怒りますからね。」
『私は主人に嘘はつかない。』

 ティルーナが路地裏まで辿り着くと、確かにその路地裏を駆ける2つの人影があった。
 奥の行き止まりで男が少女が追い詰めている。ティルーナは走る足を早める。まだ16歳程度の女の子に30近い男が迫っているのに犯罪性を感じない者はいない。
 走っていくとティルーナは直ぐにそこまで辿り着いた。どうやら何かを言い合っているようである事を、ここまで来てやっと理解した。

「――ですので、今離れられるのは困るのです!」
「うるっせえな! 今日だけって言ってるのが聞こえねえのか!?」

 前者が男、後者が女の子の言葉だ。ティルーナにはその構図に違和感を感じながらも、その言い争いを止めるために前へ出る。

「失礼、何か揉め事ですか?」

 そうティルーナが尋ねると2人は言い争いを止める。そこで女の子の方がニヤリと笑い、男の隣を通ってティルーナの後ろに回る。男は困ったように頬をかいた。

「ああ、いえ、少し誤解があります。これは、なんというかですね……」
「追われてるんだ、助けてくれ!」

 言葉に詰まる男の声を遮るように、大きな声で女の子は言う。ティルーナが少し警戒度をあげて男の方を見ると、それが分かったのか男は慌て始めた。

「本当に誤解です! 今は私服ですが私は――」

 言い訳をすればするほど怪しく見える。だからティルーナは一度、わかりやすい手段に頼ることにした。
 師匠デメテル直伝、肉体言語である。
 武芸百般を使いこなすグローリー流はあらゆる物を武器として活用する。その中でもティルーナが好むのは棒術だ。懐にある直径2センチ、長さは20センチ程の棒を取り出す。それは軽く魔力を流すだけで1メートル以上に伸びた。

「危ないっ!」

 鋭く放たれた突きを男は間一髪でかわす。どうやら武術の心得があることはこれだけでわかった。ティルーナは続け様に棒を男へと振り下ろす。
 対して男は腰にぶら下げる剣を抜き、またもや間一髪でそれを防いだ。

「ありがと! そいつ、悪い奴じゃないからやり過ぎないようにしてくれよ!」

 ティルーナはそう言って逃げ出そうとする女の子の後ろ襟を掴む。首がしまってグエ、と汚い声が鳴る。
 何故掴まれたのか理解できないのか女の子は恨めしそうな顔をして振り向く。

「何すんだよ!」
「私は仲裁に来たんです。双方の意見を聞かずに仲裁はできません。まず名前を教えてください。」

 女の子は露骨に嫌そうな顔をして、それから口を開いた。

「……私はテルム、そっちはヴァダーだ。」

 悪事がバレた子供のように落ち込み、服が汚れることを構わずテルムは地べたに座り込んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~

はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。 俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。 ある日の昼休み……高校で事は起こった。 俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。 しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。 ……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...