幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第十三章〜聖剣の担い手は闇の中でこそ輝く〜

23.森の主

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 魔界の森の中を、三人はひたすら歩き続ける。
 この幻惑の森に魔獣や悪魔が現れることはない。例え悪魔であってもこの幻惑の森に一度入れば迷ってしまうからだ。目印をつけても気付かぬ間に消え失せ、同じ方向を歩いていても曲がって進んでしまう。
 もし不用意に入れば死ぬまでこの中を彷徨い続け、万全な用意をしていてもただ抜け出す事ができる程度だ。普通なら、この3人は森に入った瞬間に死が確定していた。

「――こっちよ。」

 フィルラーナは歩く方向を突然180度変えた。普通に考えればただ元の道を戻るだけの意味のない行動だが、ヒカリとプラジュは大人しくそれについてきていた。
 どうせ、まともに歩いていても抜け出す方法はない。2人はフィルラーナに託したのだ。ある意味ではそれは、極限状態における思考の放棄とも言える。
 既に幻惑の森に入ってから二度は睡眠を取った。時間感覚は狂い始め、何十時間も風景が変わらない状況は精神を蝕んでいく。

「……フィルラーナさんは大丈夫なんスか?」

 ヒカリは先頭に立つフィルラーナにそう尋ねた。フィルラーナは足を止める。

「私は大丈夫よ。十分に休んだもの。」
「いや、体力じゃなくて精神がッスよ。こんなに同じ風景が続けば辛くなってこないッスか?」
「ならないわ。状況が悪化していないならそれだけで上々よ。」

 どうやらフィルラーナにとってこの状況はまだマシらしい。どこからが最悪なのか逆に気になってくるところではあるが、この状況下でそれを聞く勇気がある者はいない。

「それにずっと考え事をしていたの。だからあまり気にならなかった、というのもあるわね。」

 考え事? とヒカリは尋ねる。

「そもそも、この森は何が目的で作られたのか。入られたくないなら勝手に出るようにすれば良いし、弱らせて魂を奪いたいのならあまりにも間接的過ぎる。」

 フィルラーナが感じた違和感はそこだ。ここまで大きな森に、ここまで大きな仕掛け。それで得られるものが一つの魂では大損だ。
 これほどの森を作れる大悪魔が他の悪魔に怯える理由も必要もない。隣の領地を治めるベレトが居住地を持たないことからもそれは伺える。

「相当な悪趣味でもない限り、そこには目的があるはずよ。例えば――」

 フィルラーナの言葉を遮るようにして突風が吹く。その風に連れられるように真っ白な霧が辺りを覆い隠した。

「うわあ! 何ッスかこの霧は!」
「落ち着きや、ヒカリちゃん。うちの近くに――」

 声はまた風によって妨げられる。あまりにも濃い霧で目の前が見えなくなる。三人の視覚と聴覚が同時に遮られた。
 ヒカリは周囲にいるはずのプラジュとフィルラーナを手探りで探すが、その手は空を切るばかりで人の形を捕まえることはできない。
 風が止み霧が晴れた頃には――

「嘘、でしょ。」

 ――そこにはヒカリしかいなかった。あまりに一瞬の出来事で、ヒカリは理解が追いつくのに時間がかる。

「フィルラーナさーん! プラジュさーん!」

 大きな声で名前を呼ぶ。返事はない。森の中へ声が消えていくだけだ。焦りは増す。そして自分の判断の遅さを恨んだ。自分には何かできることがあったはずだと。
 視界内には当然、人の姿はない、草を踏む足音すらもだ。少なくとも今から走り回って簡単に会える位置にいないことは直ぐにわかる。

 誰がやったのか。そんなの決まり切っている。この森の主、アスモデウスに違いない。しかし見当がつかないのは動機だ。推理小説風に言うならwhydunit何故やったのかというやつだ。
 何時、何処で、誰が、何を、何故、どうやって。どれが不足していても真実には辿り着けない。
 何故、こんな事をしたのか。それによってどんな利益がアスモデウスに存在するのか。それがわからない以上、ヒカリには選択肢すら禄に与えられない。

「私は一体、どうすれば――」

 続く言葉を飲み込む。弱音を吐けば自分の心を疲弊させると知っているからだ。とにかく行動をするしかない。いや、ヒカリは何か行動をしなければ不安で心が落ち着かなかったのだ。
 森の中を歩き、大きな声で2人の名前を呼ぶ。何度言っても返事はない。繰り返す度にその無意味さを理解していった。

「落ち着け私……何か、何か手がかりがあるはず。」

 だから今度は喉ではなく頭を働かせる。フィルラーナはいなくなる前に、相手の目的に見当をつけていた。この少ないヒントでも何か答えを出すことはできるはずなのだ。
 敵を殺すのには間接的過ぎて、近寄られたくないだけなら抜け出せないというルールと矛盾する。

「私達を観察している……? でも何で?」

 ヒカリが出した結論は新たな謎を生む。何故、入り込む者を観察し選別する必要があるのか。そもそも何の基準で選別をしているのか。あの霧はそれとどんな関係があるのか。
 何故、霧で3人を散らばせる必要があったのか。3人でいると何が問題だったのか。ここまで直接的に干渉して尚、何故まだその姿を見せないのか。
 何故、何故、何故――

 迫りくる疑問は多く、ヒカリはそれに押し潰される。フィルラーナなら冷静に分類、整理し、解決できる問題もヒカリには難しい。時間があれば答えを出せるかもしれないがそれでは少し遅い。
 数時間も経てば腹が減るし喉が渇く。そうなってからヒカリが冷静な思考をできる保証はない。

どう考える?」

 だからその一切の疑問を全て捨て、別の視点から疑問を再び起こす。
 自分が支配している領地に何かが入ってきて、森の力によって迷っている。これ自体は別におかしな事じゃない。何か予想外の事があるとしたら、普通でない事が起きているとするなら、それはフィルラーナの存在に違いない。
 恐らく3人は正解の道を進んでいたのだ。フィルラーナの運命神の加護は正常に働いていた。だから強制的にやり直させた。それは殺すためじゃない、迷わせることが最大の目的であると言える。

「確かに、フィルラーナさんは霧が来ることを予知できなかった。いや問題ないから知る必要もなかった?」

 それなら、答えは次第に紐解ける。後必要なのは勇気だけだ。

「――よし。」

 靴紐を結び直し、怪我をしないように足の筋肉を伸ばす。
 ヒカリの予想が正しければこれが最も早い解決法だ。しかし、ヒカリの予想が間違っていればただいたずらに体力を消費するだけである。
 ただ、この場で留まって助けを持つより何倍も良い。ヒカリは仮にも勇者だ。この程度の勇気を持ち合わせないはずがない。

 ヒカリは直ぐに駆け出した。目印もなく何もなく、ただ目の前の道を我武者羅に。これが正しいと信じていても、心の中には一抹の不安が残る。
 それを振り切って前を走る。走って、走って、ただひたすら走った。闘気で体を強化していても息は切れ、そして足にも疲労感がつきまとってくる。

「思ったより、遠いんスねっ!」

 悪態をつきながらも走る。間違っていたのなら、それは体力が尽きた後に考えればいい。そう考えていると、一向に変わらなかった景色に変化が訪れる。
 木々の間隔は次第に遠くなり、鬱蒼と生い茂っていた足元の雑草も薄くなっていく。月明かりがちゃんと目に映るようになった頃、ヒカリは足を止めた。
 そして目の前にある木造の家を見つけた。丸太組のログハウスの家だった。

「ここが、アスモデウスの家……なの?」

 悪魔とは思えない住居を見て、疲れていながらもヒカリは首を傾げた。
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