幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第十三章〜聖剣の担い手は闇の中でこそ輝く〜

21.戦場へ向かう

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 ディーベルは後ろにいるガレウとティルーナをチラリと見た。一瞬の葛藤と思考の後に行動を決める。

「……場所を移す。王国からも直ぐに連絡が来るはずだ。」
「待ってくださいお母様、私も――」
「駄目だ。ここから先は国家機密に関わる可能性がある。私の一存でティルーナに教えるわけにはいかない。」

 もうティルーナは貴族ではない。言ってしまえば部外者だ。ディーベルの判断はあまりにも規範的で正しかった。

「家にいる分には構わないから、好きに過ごしてくれ。勿論、用事があるなら出て行って構わない。もし残るなら、後で教えられる範囲で伝えよう。」

 ディーベルは使用人と共に部屋を出た。ガレウとティルーナは部屋に取り残される。
 二人はオルゼイに関わりがない。どのような国であるかも詳しくは知らないだろう。それでも、戦争が良くないものという道徳観は有していた。
 何かできないか、そう反射的に考えるぐらいには二人は善良な人だった。

『主人、オルゼイとは何だ? まさかオルゼイ帝国と同じものではあるまい。』

 ティルーナの影の中から声が響く。魔界に長らくいたサブナックは最近の情勢を知らないようだ。

「オルゼイ帝国がなくなってかなり経った後、その生き残りによって建てられた国ですよ。私もそれ以上は知りません。」
『ほう、流石は屈強なる帝国民だ。首領を失っても尚、獅子としての誇りを持ち続けるとは。』

 サブナックは愉快げに笑う。それは二人の緊迫した雰囲気とは異なっていた。

「……僕は屋敷を出るよ。本当ならアルスが戻るまで待っていたかったけど、戦争が始まるならそうも言ってられない。仲間とオルゼイを援助をする準備をしなくちゃ。」

 ガレウは比較的早くそう決断した。まだ情報は広まっていないだろうが、その内にこれは誰もが知る話になるだろう。そうなってから準備をしては遅い。
 この5年、ただ無難に過ごしてきたわけではない。ガレウにはこういう時に動けるだけの準備があった。それを活かすためには何よりも時間が必要なのだ。

「ティルーナはどうする?」

 ティルーナはその問いかけに答えられない。だってまだ話を聞いたばかりで、心の整理も追いついていない。それでも決断を下さなくてはならなかった。
 師であるデメテルならどうするか、今、自分が最も必要とされる動きは何か。一瞬の迷いが、一つの命を失わせるかもしれないと自分を追い詰めて。
 答えは自然と出た。

「――私は一人でオルゼイへ向かいます。もしかしたらデメテル様と合流できるかもしれませんし、元より流浪の癒し手である私にできるのはそれだけです。」

 他の癒し手に知り合いはいるが、戦地に連れていける程の交友関係は築けてはいない。何よりあちこちを回っている内にも死者が出るかもしれない。ガレウと同様に、ティルーナも早く動くことを選んだ。

「ただ、医療道具を用意するのにどれだけ早くとも一日はかかります。ですのでもう一日は屋敷に残るつもりです。」
「……そっか。それじゃあここでお別れだね。」

 互いの目的は同じでも、人が違えばやり方も異なる。五年前に道は既に分かれた。その道の先で交差する事はあっても、同じ道を歩むことは決してない。

「サブナック、ティルーナをよろしく。アルスは警戒していたけど、僕は君のこと結構信頼してるから。」
『……』
「ティルーナも気を付けてね。幸運を祈る。」
「ええ、そちらこそ。」

 ガレウも地下室を出た。今朝には三人が揃っていたのに、気付けば残るのはティルーナだけだ。しかも影の中には未だに悪魔が残っている。
 ティルーナにとっては最悪な状況と言えるが、自分にできる事をやるしかない、と奮い立つ。まず手始めにと地下室にあるテーブルに自分の持つ道具を置き始めた。回復瓶ポーション、包帯、メス、注射器、ラベル付けがされた薬剤。その中から特に外傷を治す上で不足しているものを探し始める。

『主人は癒し手か。ティナラートとよく似ている。』
「……その人、私のご先祖様ですよね。」
『そうだ。私のかつての主人であり、世界で最も優れた癒し手と呼ばれ、皇帝の娘でありながら七大騎士の一人にまで上り詰めた。辿る道は同じという事だな。』

 へえ、と相槌だけを打ちながら手早く道具を確認していき、紙に不足品などを書き出していく。

『七大騎士の中で唯一、ティナラートは時代を越えなかった。いつか蘇る帝国より、今生きる自分を選んだ。私の契約には関係ないが、非常に残念だった。』
「へえ。悪魔に情なんてあるんですね。意外でした。」

 サブナックの声は一度止む。ただ、それも一時だけだ。

『違う。私はただ興味があっただけだ。オルゼイ帝国の末裔がどのような選択をし、どのように生き、そして死んでいくのか。それを見ることができなかったのが残念だったのだ。』

 それを情というのではないか、と言おうと思ったが面倒くさそうなのでティルーナは言うのをやめた。
 ティルーナにとってこの悪魔の過去は重要じゃない。何故ならオルゼイ帝国の女王になるつもりなどなく、この悪魔と長い付き合いをするつもりもない。アルスが帰ってくるまで、念の為に置いておくだけだ。全てが終われば魔界に送り返せばそれで良い。

『それより、何故主人はオルゼイに向かう。戦地にいる民を救ったところで、何も見返りはないぞ。』
「見返りを求めて人助けをする人はいませんよ。」
『ふむ、そういうものか。何であれ私がいる限り、主人の命だけは保証しよう。』
「……言っておきますが、私はそこまで弱くありません。」

 今度は道具を袋にしまっていく。魔法がかけられたその袋は、明らかに容量より遥かに多い量の道具をしまい込んだ。メモを書き留めた紙を持ってティルーナは立ち上がる。

「それと守るべきは患者であり私ではありません。どうせ治すんですから、そもそも傷はつけさせない方が治療の手間が省けます。」

 これはデメテルからの受け売りだ。ティルーナが好きな考え方でもある。
 勿論、癒し手が重症を負って人を救えないのは論外だ。しかし自分が軽い怪我をして一人を救えるのなら救うべきだ。それは最終的に効率的な治療に繋がる。
 逆に言えば、それを正確に判断できるのが優秀な癒し手である。

「私はアルスさんではありませんからね、魔力は有限です。」
『……気には留めておこう。保証はしないが。』

 もしアルス程の魔力があれば、デメテルはより多くの人を救えるだろう。特に戦地であればそれは顕著となる。速さと正確さを求められる治療において、魔力量を頭の中に入れなくて良いのは大きな利点だ。
 魔力が足りないから治療ができない、なんていう辛い思いだってせずに済む。

「分かったならいいです。私が治療している時は喋らないでくださいね。患者が暴れ出したら面倒ですから。」

 返事はない。それを肯定だと自分に言い聞かせて、ティルーナは街へと向かった。
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