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第十三章〜聖剣の担い手は闇の中でこそ輝く〜
20.オルゼイにて
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アルスが魔界へ行った後、フィルラーナ達が丁度幻惑の森で迷っている時だ。
ティルーナとガレウはアラヴティナの領の領主の屋敷に来ていた。勿論、悪魔であるサブナックも同行している。
「はーはっは! どうやら遅かったみたいだね!」
「笑い事ではありません、お母様!」
話を聞いて領主であるディーベルは高らかに笑う。それを咎めるティルーナを意にも介さない。
ここは屋敷の地下室に当たる。基本的には書庫として使われ、領主であるディーベルの許可なくして立ち入る事を許されない部屋だ。悪魔を屋敷に入れるのだから、流石に客間や普通の部屋に案内するわけにはいかなかった。
「しかし、選ばれたのはティルーナか。理由を聞いてもいいかい?」
「選んだのではない。私はただ呼ばれ、それに応えただけの事。もし選んだ者がいるのなら、このルールを作り出したティナラートに他ならない。」
「なるほどね……しっかし随分な男前だ。私はてっきりおっかない怪物だと思っていたんだがね。」
さて、と話を切り替えてディーベルは立ち上がる。椅子に座るティルーナとガレウ、そしてティルーナの後ろに立つサブナックを見て再び口を開いた。
「ティルーナ、どちらにせよ今日教える話だったんだ。このアラヴティナ家がどうやって生まれ、どんな役目を担ってきたのかをね。本来は跡取りにだけ教える秘中の秘なんだけど、もう私は跡取りなんか産む気もないし。」
要はタイミングが悪かったのだ。流石のディーベルもこのタイミングでサブナックが召喚されるなんて予想していなかった。しかし逆に言えばちょうど良い。これ以上ないタイミングでアラヴティナ家の知識を継承できるのだから。
そうなればガレウは場違い感を覚えずにはいられなかった。流れでここまで来てしまったからこそ、抜け出すタイミングを逸してしまったのである。
「……じゃあ僕は外で待ってるね。流石に聞いちゃいけない話だろう?」
「いや、その必要はない。こうやって契約が履行された時点で、秘密は秘密じゃなくなった。もう隠すことじゃないんだ。」
「本当? そんなこと言って、後から捕まったりしないかい?」
「……君、過去に貴族から嫌な事でもされたのか?」
落ち着かないながらも、ガレウは椅子の上に留まった。それにこの出来事に対する知的好奇心がないわけでもなかった。
「まずはアラヴティナ家の歴史について話さなくてはならない。かつてのリラーティナ公爵家当主の弟は、領地の一部を貰いアラヴティナの領主となった。知っての通り、うちはリラーティナの分家だからね。」
ここまではティルーナも知っている話だ。自分の家の歴史を語る事すらできない貴族はいない。逆に言えばこれからが知らない話だ。
「その時は丁度、時代の変わり目だった。邪神によって世界中の国々が焦土と化し、あらゆる人がグレゼリオン王国に集まった。それはかつて、グレゼリオンに比肩するオルゼイの民であっても例外ではない。」
オルゼイ帝国は、今ヴァルバーン連合王国やロギア民主国家がある一帯を支配していた巨大な帝国だった。最高の戦力を保有する国と呼ばれ――故にこそ邪神に狙われた。
優れた七つの騎士団も国を守り切る事はできず、その帝国は最盛期のまま突然終わりを迎えたのだ。
しかし国が滅びたからといって、全てがなくなるわけではない。そこでリラーティナ家に繋がってくる。
「アラヴティナの始まりは、リラーティナ家とオルゼイ帝国の姫様、ティナラート・オルゼイとの婚姻だ。だから私たちはオルゼイ皇帝の血を引いている。」
生き残ったオルゼイの血筋は、国を再興するのではなくここで暮らす事を選んだ。その時に協力したのがリラーティナであったのだ。
「そしていつか訪れる災厄に備えて、資金を蓄えていたってわけさ。私もあまり信じてなかったがな。」
ケラケルウスの言葉をティルーナは思い出す。いずれ訪れる厄災に備えて、七大騎士は眠りについたのだと。それとディーベルの言葉は一致する。
取り敢えず、納得はした。サブナックが何故ティルーナを主人と呼ぶのか、そしてオルゼイの女王になれと言うかも。
ただそれじゃあ女王になります、なんてティルーナが言うわけもなく。未だに不満げな顔をティルーナはしていた。
「……私は女王になんかなりませんよ。」
「いや、私もそんな話は聞いてない。しかし当人がそうだと言うからなあ。」
目線はサブナックに向く。
「その話は本当だ。それも私の役目だが、オルゼイ帝国の復興が私にとっては最も重要だ。」
「それ、私である必要ありますか? あなたが帝王になれば良いのでは?」
「それは駄目だ。契約に反する。」
その頭の固さにティルーナは目眩がした。だからといって、そんな面倒且つ興味のない事に時間を割こうとは思わない。
そもそも、人の上に立つのが向いてないとティルーナは自分を評価している。フィルラーナと違って感情的で、アースと違って短絡的だ。彼女にとって自信があるのは癒し手としての技術が大半を占める。
「何を拒む必要がある。私にそうしろと命じれば、主人は世界の一部を手中に収める事ができる。貴方にはその資格があるのだぞ。」
「例え世界の半分だったとしても要りませんよ。そんなの手に入れて何になるんですか。」
ティルーナは興味がないのだ。優雅で綺羅びやかな暮らしも、何もかもが自分の思い通りの世界も、価値は認めるが興味を持たない。それを得るために努力する事も決してない。
彼女はもっと美しいものを知っている。もっと楽しいことを知っている。だから興味なんてない。
しかしそれを知らないサブナックにとってはその回答は意外だったようで目を細めた。どうするか思案して、その答えが出たらしくティルーナに歩み寄る。
「……そうか、であれば私は待とう。主人がそれを求めるまで。時間ならいくらでもある。」
サブナックの体は黒一色に染まり、影の中に溶けていく。ティルーナの目はサブナックの体が己の影に入り込んだのを確かに見た。
「え、なんですかこれ。何か入っていったんですけど。」
「良かったじゃないか、優秀なボディーガードがついたようだ。」
「はあ!? そんなの嫌です、お母様! こんな奴がずっと近くにいては心が休まりません!」
高笑いをしながらディーベルは立ち上がり、地下室の入り口の方へ歩いていく。
「話はこれで終わりだ。後はティルーナの好きなようにすると良い。ティルーナは私の自慢の娘だが、もうアラヴティナじゃない。あらゆる責任も義務もティルーナにはないんだ。決めるのはティルーナで、私は手伝うだけ。」
あんまりな放り出され方にティルーナは唖然として立ち尽くした。自由に決めろと言われても、この悪魔に言うことを聞かせる方法がないのなら決定権がないのと同じだ。
その後ろを追いかけようとしたところで、大きな音を立てて扉が開かれる。
その人物はティルーナが幼い頃からいる信頼できる使用人だった。彼は服が乱れる程に慌てた様子でこの地下室に入ってきた。
「会談を邪魔をして申し訳ございません。」
「構わないさ、どうせもう終わったところだった。それよりも何があったか教えてくれ。」
その使用人は一呼吸だけして、大声を出したり取り乱さないように心を落ち着かせた。そして口を開く。
「ヴァルバーン連合王国の一国、ヴァルトニアが連合王国から脱退し、名も無き組織と同盟を結ぶ事を宣言しました。」
ディーベルは絶句する。ヴァルトニアが独立したのはまだ良い。前の内乱で国際的にも追及されていたし、独立の兆候はあった。
ただ、名も無き組織と手を結ぶなら話は別だ。グレゼリオン王国は名も無き組織と完全な敵対関係にある。ロギア民主国家やホルト皇国だってそうだ。
これはほとんど、世界を敵に回すのと同義である。
「加えて、隣国のオルゼイに宣戦布告をしました。戦争が、始まったのです。」
急いでいた理由をディーベルは十分理解した。グレゼリオンは世界最大の国家として、この戦争を無視できないのだ。
ティルーナとガレウはアラヴティナの領の領主の屋敷に来ていた。勿論、悪魔であるサブナックも同行している。
「はーはっは! どうやら遅かったみたいだね!」
「笑い事ではありません、お母様!」
話を聞いて領主であるディーベルは高らかに笑う。それを咎めるティルーナを意にも介さない。
ここは屋敷の地下室に当たる。基本的には書庫として使われ、領主であるディーベルの許可なくして立ち入る事を許されない部屋だ。悪魔を屋敷に入れるのだから、流石に客間や普通の部屋に案内するわけにはいかなかった。
「しかし、選ばれたのはティルーナか。理由を聞いてもいいかい?」
「選んだのではない。私はただ呼ばれ、それに応えただけの事。もし選んだ者がいるのなら、このルールを作り出したティナラートに他ならない。」
「なるほどね……しっかし随分な男前だ。私はてっきりおっかない怪物だと思っていたんだがね。」
さて、と話を切り替えてディーベルは立ち上がる。椅子に座るティルーナとガレウ、そしてティルーナの後ろに立つサブナックを見て再び口を開いた。
「ティルーナ、どちらにせよ今日教える話だったんだ。このアラヴティナ家がどうやって生まれ、どんな役目を担ってきたのかをね。本来は跡取りにだけ教える秘中の秘なんだけど、もう私は跡取りなんか産む気もないし。」
要はタイミングが悪かったのだ。流石のディーベルもこのタイミングでサブナックが召喚されるなんて予想していなかった。しかし逆に言えばちょうど良い。これ以上ないタイミングでアラヴティナ家の知識を継承できるのだから。
そうなればガレウは場違い感を覚えずにはいられなかった。流れでここまで来てしまったからこそ、抜け出すタイミングを逸してしまったのである。
「……じゃあ僕は外で待ってるね。流石に聞いちゃいけない話だろう?」
「いや、その必要はない。こうやって契約が履行された時点で、秘密は秘密じゃなくなった。もう隠すことじゃないんだ。」
「本当? そんなこと言って、後から捕まったりしないかい?」
「……君、過去に貴族から嫌な事でもされたのか?」
落ち着かないながらも、ガレウは椅子の上に留まった。それにこの出来事に対する知的好奇心がないわけでもなかった。
「まずはアラヴティナ家の歴史について話さなくてはならない。かつてのリラーティナ公爵家当主の弟は、領地の一部を貰いアラヴティナの領主となった。知っての通り、うちはリラーティナの分家だからね。」
ここまではティルーナも知っている話だ。自分の家の歴史を語る事すらできない貴族はいない。逆に言えばこれからが知らない話だ。
「その時は丁度、時代の変わり目だった。邪神によって世界中の国々が焦土と化し、あらゆる人がグレゼリオン王国に集まった。それはかつて、グレゼリオンに比肩するオルゼイの民であっても例外ではない。」
オルゼイ帝国は、今ヴァルバーン連合王国やロギア民主国家がある一帯を支配していた巨大な帝国だった。最高の戦力を保有する国と呼ばれ――故にこそ邪神に狙われた。
優れた七つの騎士団も国を守り切る事はできず、その帝国は最盛期のまま突然終わりを迎えたのだ。
しかし国が滅びたからといって、全てがなくなるわけではない。そこでリラーティナ家に繋がってくる。
「アラヴティナの始まりは、リラーティナ家とオルゼイ帝国の姫様、ティナラート・オルゼイとの婚姻だ。だから私たちはオルゼイ皇帝の血を引いている。」
生き残ったオルゼイの血筋は、国を再興するのではなくここで暮らす事を選んだ。その時に協力したのがリラーティナであったのだ。
「そしていつか訪れる災厄に備えて、資金を蓄えていたってわけさ。私もあまり信じてなかったがな。」
ケラケルウスの言葉をティルーナは思い出す。いずれ訪れる厄災に備えて、七大騎士は眠りについたのだと。それとディーベルの言葉は一致する。
取り敢えず、納得はした。サブナックが何故ティルーナを主人と呼ぶのか、そしてオルゼイの女王になれと言うかも。
ただそれじゃあ女王になります、なんてティルーナが言うわけもなく。未だに不満げな顔をティルーナはしていた。
「……私は女王になんかなりませんよ。」
「いや、私もそんな話は聞いてない。しかし当人がそうだと言うからなあ。」
目線はサブナックに向く。
「その話は本当だ。それも私の役目だが、オルゼイ帝国の復興が私にとっては最も重要だ。」
「それ、私である必要ありますか? あなたが帝王になれば良いのでは?」
「それは駄目だ。契約に反する。」
その頭の固さにティルーナは目眩がした。だからといって、そんな面倒且つ興味のない事に時間を割こうとは思わない。
そもそも、人の上に立つのが向いてないとティルーナは自分を評価している。フィルラーナと違って感情的で、アースと違って短絡的だ。彼女にとって自信があるのは癒し手としての技術が大半を占める。
「何を拒む必要がある。私にそうしろと命じれば、主人は世界の一部を手中に収める事ができる。貴方にはその資格があるのだぞ。」
「例え世界の半分だったとしても要りませんよ。そんなの手に入れて何になるんですか。」
ティルーナは興味がないのだ。優雅で綺羅びやかな暮らしも、何もかもが自分の思い通りの世界も、価値は認めるが興味を持たない。それを得るために努力する事も決してない。
彼女はもっと美しいものを知っている。もっと楽しいことを知っている。だから興味なんてない。
しかしそれを知らないサブナックにとってはその回答は意外だったようで目を細めた。どうするか思案して、その答えが出たらしくティルーナに歩み寄る。
「……そうか、であれば私は待とう。主人がそれを求めるまで。時間ならいくらでもある。」
サブナックの体は黒一色に染まり、影の中に溶けていく。ティルーナの目はサブナックの体が己の影に入り込んだのを確かに見た。
「え、なんですかこれ。何か入っていったんですけど。」
「良かったじゃないか、優秀なボディーガードがついたようだ。」
「はあ!? そんなの嫌です、お母様! こんな奴がずっと近くにいては心が休まりません!」
高笑いをしながらディーベルは立ち上がり、地下室の入り口の方へ歩いていく。
「話はこれで終わりだ。後はティルーナの好きなようにすると良い。ティルーナは私の自慢の娘だが、もうアラヴティナじゃない。あらゆる責任も義務もティルーナにはないんだ。決めるのはティルーナで、私は手伝うだけ。」
あんまりな放り出され方にティルーナは唖然として立ち尽くした。自由に決めろと言われても、この悪魔に言うことを聞かせる方法がないのなら決定権がないのと同じだ。
その後ろを追いかけようとしたところで、大きな音を立てて扉が開かれる。
その人物はティルーナが幼い頃からいる信頼できる使用人だった。彼は服が乱れる程に慌てた様子でこの地下室に入ってきた。
「会談を邪魔をして申し訳ございません。」
「構わないさ、どうせもう終わったところだった。それよりも何があったか教えてくれ。」
その使用人は一呼吸だけして、大声を出したり取り乱さないように心を落ち着かせた。そして口を開く。
「ヴァルバーン連合王国の一国、ヴァルトニアが連合王国から脱退し、名も無き組織と同盟を結ぶ事を宣言しました。」
ディーベルは絶句する。ヴァルトニアが独立したのはまだ良い。前の内乱で国際的にも追及されていたし、独立の兆候はあった。
ただ、名も無き組織と手を結ぶなら話は別だ。グレゼリオン王国は名も無き組織と完全な敵対関係にある。ロギア民主国家やホルト皇国だってそうだ。
これはほとんど、世界を敵に回すのと同義である。
「加えて、隣国のオルゼイに宣戦布告をしました。戦争が、始まったのです。」
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