439 / 474
第十三章〜聖剣の担い手は闇の中でこそ輝く〜
9.三人旅
しおりを挟む
この世界は大きく六つに分けることができる。
人々や魔物が住まう基本世界、精霊が住処とする精霊界、神々が存在できる神界、天使が職務を行う天界、悪魔が産み落とされる魔界、死んだものが向かう冥界。
どれも基本世界に住む人類にとって身近なものではないが、最も知られているのは魔界である。古来から悪魔と人は交流を持っていた。実際に魔界を見たものは少ないが確かに存在する。そして見た人がいるのなら、それを書き記した本だって存在する。
常人なら体調を壊すほどに濃密な魔力、毒々しい色をした不毛の大地、永遠に月光が照らし続ける空、そして何よりも――凶暴な悪魔と魔獣が闊歩している。
どれも人類が生きるにはあまりにも適していない環境である。そんな地に、フィルラーナとヒカリは落ちてしまった。
「――どうしようかしら。」
流石にこの状況までは読みきれなかったようで、珍しくそんな言葉を口にした。いつも用意周到でどんな状況にも迷わず対処するフィルラーナらしくない言葉だ。
それは逆に言えば、フィルラーナでさえも予想できなかった程の異常事態である。
既に二人は数分間も魔界を歩いていた。取り敢えず脱出の糸口を探さなくてはいけなかったからだ。このままでは救助が来るより先に飢え死にしてしまう。
そんな二人の目の前に現れた最初の生物は、意外にも会った事のある人物であった。これこそがフィルラーナを悩ませる原因である。
それは角はないものの鬼人族特有の赤い肌を持ち、長い杖を手に持つ――つまりは先程、道案内をしてあげた老婆であった。
その老婆はこの荒野の中で体を縮こませてスヤスヤと眠っていた。
「起こした方が、いいッスよね?」
「ええ、そうね。罠である可能性も考えたけど、嫌な予感はないし……何かが原因で巻き込まれたのかしら。」
幸いにも未だに魔獣や悪魔とは遭遇していない。しかし魔界にいる内はいつ襲われてもおかしくない状態である。そんな中、呑気な眠っている人を放っておくことなど二人にはできない。
ヒカリは近寄って老婆の体を揺らす。すると直ぐに目を覚まし、薄く目を開いた。
「……ん、おはよう。」
そう言って老婆は上体を起こし、辺りをぐるりと見渡す。どうやらまだ寝惚けているらしく声は弱々しい。
「どこや、ここ。」
「魔界よ。覚えてないの、ここに来る直前のこと。」
杖を支えにして立ち上がり、今度はヒカリとフィルラーナの顔をジーッと覗き込む。
「ああ、思い出した。お嬢ちゃん達に案内してもろうた後に、店前が騒がしい思うて店を出たら――」
「巻き込まれてしまった、というわけね。」
「そやなあ。こんな無理矢理に転移させられるのは初めてやわあ。」
特定の個人だけを転移させる魔法は、相手が許容しなければ普通は通らない。自分に飛んでくる魔力を弾いてしまえば、それだけで簡単に防ぐことが可能だ。
以前、ハデスが精霊王を転移で連れ去るのに成功したのは様々な要因が重なったが故だ。少なくとも前準備なしで相手を無理矢理転移させるなどあり得ない事である。
「しかもよりによって魔界に来るなんてなあ。うちも絵本の中でしか見たことないわ。」
思いの外、老婆は落ち着いている。それを不審に思ったのかフィルラーナは老婆へ尋ねる。
「随分と落ち着いているのね。」
「この年にもなればなあ。旅を続けてれば死にそうになる事なんてようあるし、変な事に遭遇した経験も二人に比べたら多い。七十年も生きとればお嬢ちゃんもそうなるよ。」
そういうものかしら、と言ってフィルラーナは詮索を止める。七十を過ぎて世界を旅するのは、いくらこの世界でも普通ではない。しかも女の一人旅となれば狙われる機会も多いだろう。きっと様々な事情もあるはずだ。
フィルラーナにだって隠し事の一つや二つはある。それ以上を知ろうとはしなかった。
「それにこういう時の為に、準備もしてる。食べ物や飲み物はぎょうさんあるで、不味いけど。」
「……それ、分けてもらう事ってできるかしら?」
「勿論。道案内してくれたし、一人で見知らぬ地を歩くのは怖いからなあ。」
それを聞いてフィルラーナは思わず安心して息を吐く。取り敢えず目先の問題は解決しそうだ。魔界から脱出するという最大目標は残るが、それでも猶予時間が増えたのは僥倖だろう。
旅に慣れている人物を仲間にできたのも嬉しい。フィルラーナは貴族であるし、ヒカリも元はそこそこに裕福な日本の家で生まれている。先導できる人物がいるのは安心できる理由となりえる。
「ほな改めて。うちの名前はプラジュ、どうぞよしなに。」
「私はフィルラーナ。好きに呼んでちょうだい。」
「私は光ッス! よろしくお願いするッス!」
――さて、一通り自己紹介を終えた三人は魔界の地を歩き始めた。
救助が来るまでには数日を要するだろうし、それまでに付近の環境を理解しておくのは重要な事だ。最低でも一週間、長ければ一年以上ここに滞在するかもしれない。とにかく付近の地形を知る事をフィルラーナは優先したのである。
それに、魔界に関しての話をフィルラーナは教養として知っていた。魔界の全ての王の中で最も偉大で強大な力を持つ『悪魔王』バアル――もし彼に謁見する事ができるのなら、自力での脱出もできるかもしれない。
一抹の不安はあれどそれを押し潰して3人は魔界の地を歩いていく。
人々や魔物が住まう基本世界、精霊が住処とする精霊界、神々が存在できる神界、天使が職務を行う天界、悪魔が産み落とされる魔界、死んだものが向かう冥界。
どれも基本世界に住む人類にとって身近なものではないが、最も知られているのは魔界である。古来から悪魔と人は交流を持っていた。実際に魔界を見たものは少ないが確かに存在する。そして見た人がいるのなら、それを書き記した本だって存在する。
常人なら体調を壊すほどに濃密な魔力、毒々しい色をした不毛の大地、永遠に月光が照らし続ける空、そして何よりも――凶暴な悪魔と魔獣が闊歩している。
どれも人類が生きるにはあまりにも適していない環境である。そんな地に、フィルラーナとヒカリは落ちてしまった。
「――どうしようかしら。」
流石にこの状況までは読みきれなかったようで、珍しくそんな言葉を口にした。いつも用意周到でどんな状況にも迷わず対処するフィルラーナらしくない言葉だ。
それは逆に言えば、フィルラーナでさえも予想できなかった程の異常事態である。
既に二人は数分間も魔界を歩いていた。取り敢えず脱出の糸口を探さなくてはいけなかったからだ。このままでは救助が来るより先に飢え死にしてしまう。
そんな二人の目の前に現れた最初の生物は、意外にも会った事のある人物であった。これこそがフィルラーナを悩ませる原因である。
それは角はないものの鬼人族特有の赤い肌を持ち、長い杖を手に持つ――つまりは先程、道案内をしてあげた老婆であった。
その老婆はこの荒野の中で体を縮こませてスヤスヤと眠っていた。
「起こした方が、いいッスよね?」
「ええ、そうね。罠である可能性も考えたけど、嫌な予感はないし……何かが原因で巻き込まれたのかしら。」
幸いにも未だに魔獣や悪魔とは遭遇していない。しかし魔界にいる内はいつ襲われてもおかしくない状態である。そんな中、呑気な眠っている人を放っておくことなど二人にはできない。
ヒカリは近寄って老婆の体を揺らす。すると直ぐに目を覚まし、薄く目を開いた。
「……ん、おはよう。」
そう言って老婆は上体を起こし、辺りをぐるりと見渡す。どうやらまだ寝惚けているらしく声は弱々しい。
「どこや、ここ。」
「魔界よ。覚えてないの、ここに来る直前のこと。」
杖を支えにして立ち上がり、今度はヒカリとフィルラーナの顔をジーッと覗き込む。
「ああ、思い出した。お嬢ちゃん達に案内してもろうた後に、店前が騒がしい思うて店を出たら――」
「巻き込まれてしまった、というわけね。」
「そやなあ。こんな無理矢理に転移させられるのは初めてやわあ。」
特定の個人だけを転移させる魔法は、相手が許容しなければ普通は通らない。自分に飛んでくる魔力を弾いてしまえば、それだけで簡単に防ぐことが可能だ。
以前、ハデスが精霊王を転移で連れ去るのに成功したのは様々な要因が重なったが故だ。少なくとも前準備なしで相手を無理矢理転移させるなどあり得ない事である。
「しかもよりによって魔界に来るなんてなあ。うちも絵本の中でしか見たことないわ。」
思いの外、老婆は落ち着いている。それを不審に思ったのかフィルラーナは老婆へ尋ねる。
「随分と落ち着いているのね。」
「この年にもなればなあ。旅を続けてれば死にそうになる事なんてようあるし、変な事に遭遇した経験も二人に比べたら多い。七十年も生きとればお嬢ちゃんもそうなるよ。」
そういうものかしら、と言ってフィルラーナは詮索を止める。七十を過ぎて世界を旅するのは、いくらこの世界でも普通ではない。しかも女の一人旅となれば狙われる機会も多いだろう。きっと様々な事情もあるはずだ。
フィルラーナにだって隠し事の一つや二つはある。それ以上を知ろうとはしなかった。
「それにこういう時の為に、準備もしてる。食べ物や飲み物はぎょうさんあるで、不味いけど。」
「……それ、分けてもらう事ってできるかしら?」
「勿論。道案内してくれたし、一人で見知らぬ地を歩くのは怖いからなあ。」
それを聞いてフィルラーナは思わず安心して息を吐く。取り敢えず目先の問題は解決しそうだ。魔界から脱出するという最大目標は残るが、それでも猶予時間が増えたのは僥倖だろう。
旅に慣れている人物を仲間にできたのも嬉しい。フィルラーナは貴族であるし、ヒカリも元はそこそこに裕福な日本の家で生まれている。先導できる人物がいるのは安心できる理由となりえる。
「ほな改めて。うちの名前はプラジュ、どうぞよしなに。」
「私はフィルラーナ。好きに呼んでちょうだい。」
「私は光ッス! よろしくお願いするッス!」
――さて、一通り自己紹介を終えた三人は魔界の地を歩き始めた。
救助が来るまでには数日を要するだろうし、それまでに付近の環境を理解しておくのは重要な事だ。最低でも一週間、長ければ一年以上ここに滞在するかもしれない。とにかく付近の地形を知る事をフィルラーナは優先したのである。
それに、魔界に関しての話をフィルラーナは教養として知っていた。魔界の全ての王の中で最も偉大で強大な力を持つ『悪魔王』バアル――もし彼に謁見する事ができるのなら、自力での脱出もできるかもしれない。
一抹の不安はあれどそれを押し潰して3人は魔界の地を歩いていく。
0
お気に入りに追加
374
あなたにおすすめの小説
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅
聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。

女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)
土岡太郎
ファンタジー
自分の先祖の立派な生き方に憧れていた高校生の少女が、ある日子供助けて死んでしまう。
死んだ先で出会った別の世界の女神はなぜか彼女を気に入っていて、自分の世界で立派な女性として活躍ができるようにしてくれるという。ただし、女神は努力してこそ認められるという考え方なので最初から無双できるほどの能力を与えてくれなかった。少女は憧れの先祖のような立派な人になれるように異世界で愉快で頼れる仲間達と頑張る物語。 でも女神のお気に入りなので無双します。
*10/17 第一話から修正と改訂を初めています。よければ、読み直してみてください。
*R-15としていますが、読む人によってはそう感じるかもしないと思いそうしています。
あと少しパロディもあります。
小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様でも投稿しています。
YouTubeで、ゆっくりを使った音読を始めました。
良ければ、視聴してみてください。
【ゆっくり音読自作小説】女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)
https://youtu.be/cWCv2HSzbgU
それに伴って、プロローグから修正をはじめました。
ツイッター始めました。 https://twitter.com/tero_oo
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

異世界転生!俺はここで生きていく
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。
同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。
今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。
だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。
意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった!
魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。
俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。
それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ!
小説家になろうでも投稿しています。
メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。
宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる