幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第十三章〜聖剣の担い手は闇の中でこそ輝く〜

7.闇へ落ちる

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 降り注がれる岩石を前に、誰よりも早く動いたのは護衛の騎士二人であった。一人が剣を振るって迫り来る岩石を一つ、二つと両断し勢いを殺し、その内にもう一人が簡易的な結界を構築した。
 しかし咄嗟の結界で防げる数には限界がある。直ぐに次の対応を迫られる。

「――聖剣『如意輪』」

 大気を掴み、光と転じて剣となる。ヒカリは手に持つ聖剣をぐるりと回し、地面へと突き刺した。
 白い光の壁が球状に展開される。結界は壊れるが、次の攻撃はその障壁に全て防がれて中にいる四人には届かない。

「『落星メテオ』」

 それを確認して、男は空に浮かぶ魔法陣を書き換えた。先程までとは比べ物にならないほどの巨大な岩が魔法陣から這い出る。
 あれが落ちれば、ヒカリ達は無事でもその周りまで無事とは限らない。

「いいですか、ヒカリ殿。決して結界は解かぬよう。」

 一人の騎士が自ら結界の外に出る。
 騎士の剣からは炎が走る。岩が落ちる前に、自ら作り出した結界を足場として空へと駆け出す。炎は勢いを増し、熱量も急激に増加していく。

「『火剣ひけん』ッ!!」

 魔法は声にした方がイメージが明確になり上手くいきやすい。だからその騎士は技の名前を叫んだ。
 焔が巨大な岩を断ち切る。岩は空中で溶け出し、壊れた破片も落ちる前に燃え尽きて魔力に戻る。下へ落ちる岩はもうない。それ程の一撃だった。

 騎士は空に浮かぶ男へと視線を向ける。男はあの魔法を一瞬で出しただけでなく、未だ余裕を見せていた。
 さっきのは防ぐことができたが、次は防げるか分からない。様子見でなく本腰を入れて攻められれば、守るものが多いこちらの方が不利だ。
 であれば、多少のリスクを背負ってでも攻め立てる必要がある。

「『雷剣らいけん』」

 再び結界を足場にしながら、雷を剣にまとわせて男へと迫る。当然、詰めてくる騎士を無視はできない。
 しかしわざわざ己から姿を晒したのだ。接近されるデメリットも承知の上である。驚くこともなく、動揺することもなく、ただその冷徹な眼で騎士の姿を捉えていた。

「『怠惰スロウス』」

 剣を振るう瞬間、鉄の盾が現れてその一撃を防ぐ。直ぐに剣を構え直そうとするがここは空中である。踏み締める大地はなく、結界を張って足場にするにも地上と比べると遅くなる。
 その僅かな時間の差が、男に反撃の魔法を用意する時間を与えた。

「『天炎グランド・フレア』」

 燃え盛る巨大な炎そのものが、一瞬で騎士の体を飲み込む。男は安全の為にその炎を出すのと同時に更に上へと自分の体を飛ばした。
 炎の中から騎士の体が落ちる。その騎士は地面に両足でしっかりと着地し、体につく煤を軽く払った。

「すみません、斬れませんでした。」

 服が少し燃えた程度で、大した傷はなかった。その騎士の闘気が体の中まで火を通させなかったのだ。
 魔法使いの男は高度を落とし、足を地面につける。騎士は剣を向けながらもさっきと違って飛びかかりはしない。一度技を見せてしまったからこそ、二度目の方が対策されている可能性は高い。加えてフィルラーナとの距離も近い。無鉄砲に近付いてフィルラーナが負傷するなんてことはあってはならない。

「……最悪だな、これでは殺せん。」

 すると急に、そんな事を言い放った。

「これも運命神の差金というやつか……気に入らんな。」

 男の手には紫の拳銃が握られる。いつ取り出したのか、その拳銃はどんなものであるか。疑問はあれど騎士たちの行動は決まっていた。

「『聖域サンクチュアリ』」

 二発の銃弾が放たれるのと魔法の名前が唱えられるのは同時だった。
 ヒカリの聖剣による護りの上から結界が構築される。しかし、その護りの悉くをヒカリとフィルラーナの二人に命中した。

「お嬢様っ!」
「安心しろ。この銃に殺傷力はない。だからこそ、あらゆる護りに妨げられる事も決してない。ただ俺との間にほんの僅かな時間だけ、経路が出来るだけだ。」

 言葉の通りヒカリは腹、フィルラーナは腕に命中したがそこに傷跡はない。だからといって安心できる理由にはなりえない。本当に意味がないのなら、こんな事をする必要だってないのだから。

「心底、残念な事だがな。」

 男が指を弾くと、その次の瞬間にヒカリとフィルラーナは消えていた。
 まるで最初からそこに誰もいなかったかのように、聖剣による障壁も何もかも消えてなくなった。魔法の予兆すら何もなくただ忽然と。

「貴様、お嬢様に何をしたッ!?」
「それは説明してやれんな。これは痛み分けだ。お前たちは大切なお嬢様を一時的に失い、俺は厄介な女を始末し損ねた。ここが良い落とし所だろう。」

 飛び出そうとする騎士を、後ろに立つ騎士が止める。

「待て。ここで斬りかかってもお嬢様は帰ってこない。」
「だが、それなら! あの男を見逃せと言うのか!」
「いいから、待て。」

 もう一人の騎士の鬼気迫る表情を見て、飛び出そうとしていた騎士は足を止めた。

「しかしその様子では……まあいい。どちらにせよこうなったのだから、結果は同じことだ。これ以上残っては厄介な奴も来る。」
「……無事なんだろうな、お嬢様は。」
「お前は俺の言葉を信用できるのか?」
「悪魔は嘘をつけない。こちらの世界では常識だ。」

 感心したように男は笑う。

「何故分かった?」
「……言う必要はない。」
「それもそうか! 俺が隠し事をするのだから、お前らも隠し事をする権利がある。確かに公正公平だ。」

 ケタケタと不気味に悪魔は笑う。

「であれば、教えてやろう。俺が送り出した二人が死ぬ事はあり得ない。余程の何かがない限りな。」

 そう最後に言って悪魔は闇に包まれて姿を消した。
 騎士の二人は足早にその場を後にする。伝えなくてはならなかった。例えどんな処分が下る事になろうとも、ここで何が起き、どんな結果を齎したのかを。





「……はあ、最悪ね。」

 フィルラーナはそう呟く。辺り一面に広がるのは草一本も生えない不毛の大地。異常に待機中の魔力濃度は高く、土の色は見慣れた色ではなく薄紫に染まっている。
 この地形をフィルラーナは知っている。もっとも、見るのは初めてではあるが。

「ここ、どこッスか? 一体、何が……」
「落ち着きなさい。何が起きたのかは想像がつくわ。決して走り回ったり、大声をあげたりはしないように。」

 また大きく溜息をフィルラーナは吐いた。彼女の運命神の加護は警笛を鳴らしていない。だから取り敢えずは安全であるが、この先もずっと安全である保証はない。それが彼女を気怠げにさせていた。

「ここは全ての悪魔の始まりの地、魔界よ。」
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