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第十三章〜聖剣の担い手は闇の中でこそ輝く〜
2.故郷へ
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シルード大陸とグレゼリオン大陸を往復する船は存在しない。だから間の小さな島を渡っていって、数日かけてやっとシルードへ到着する。
シルード大陸で停泊できる場所はたった一箇所だけだ。それが人狼の集落である。ここ以外に船を出せば基本的に錨を下ろす前に沈められてしまう。
「……出る前にも言ったがよ。ここで降りても、集落の中に入れるかどうかは別の話だぜ。」
俺を気遣ってか、ここまで連れてきてくれた船頭がそう言った。
シルード大陸行きの定期便は存在しない。そもそも行きたがる奴はいないからな。だから俺みたいに大金持って行って船を動かしてもらわなくちゃいけない。
飛んで行っても良かったんだが、流石にそれじゃ味気ないしな。ここを出た時みたいに船を魔法で動かしていくのも面倒くさいし。
「あそこの連中は別に行ったからって歓迎してくれるわけでもない。むしろ敵だと思われたら殺されかねないぞ。」
「だから大丈夫だって。魔法使いって言っただろう?」
「そうだとしても、だ。帰りの便はねえんだよ。たとえ人より強くたって、一人で生きていける理由にはならねえじゃねえか。」
まあ、船頭の気持ちも分かる。自分が送り出した奴に死なれたら寝覚めが悪いに違いない。こうやって呼び止めるのは人としての良心が故であろう。
「俺はここで生まれたんだ。だから大丈夫だよ。」
俺はそう言って船から飛び降りる。
「……まさかお前、十年前のガキか!? シルードから小さな船で渡って来たって法螺吹いてたあの!?」
法螺吹きとは失礼な奴だ。それに、人のことをまるで妖怪みたいに呼ばないで欲しい。
少し腹が立ったから、あえて振り返らずにそのまま歩いていく。別に言わなくても分かるだろう。俺の白髪は珍しいだろうしな。
砂浜を越えて、迷いなく歩く。久しぶりのはずなのに体が何となくここを覚えていた。
地面は凸凹で歩きづらく、草も伸び切っていて整備されている気配すらない。遠目に見える集落の家は、とにかく住めれば良いと言わんばかりに木や石で雑に作られている。加えて少し周りの魔力を見るだけで魔物がそこら中にいる事が分かる。
何もかもが懐かしい。少し形は変わっても、根本は何も変わっていない。いや、変わることができなかったのだろう。この無法の地では。
「おい、そこで止まれ人間。」
黒い毛並みの人狼が、集落に近付く俺を呼び止める。
知らない奴だ。まあ、この集落は広い。会ったことがない奴らもいて当然だろう。知り合いであれば話が早かったんだがな。
「何の用でここに近付く。ここを知らねえってわけじゃねえだろ。」
武器は何も持っていない。しかし、人狼にとってはその身こそが最大の武器だ。人狼は十歳の頃には素手で鉄を歪め、その足で千里を駆ける事ができるという。彼らはほんの少し腰を落とすだけで、剣を構えるのと同じ効果を得るのだ。
事を荒立てるのは本意じゃない。できるだけ揉めないようにしなくては。俺としてはベルセルクに会って墓参りができればそれで十分だし。
「アルスという名前に心当たりは?」
「知らないな。」
「そうか……俺はベルセルクの知り合いなんだ。久しぶりに会おうと思って来た。」
怪訝な顔でそいつは俺の顔を覗き込む。しかし疑われようにも、証明する手立てを俺は持たない。俺ができるのは祈るだけだ。
「ああ、そうだったのか。じゃあついて来い。案内してやるよ。」
しかしあまりに呆気なくそいつは受け入れ、手でついてくるように合図しながら集落の方へと足を向けた。
「目的があの人に会いてえって話なら、嘘ついてたらその場で殺されるだけだ。何も問題ない。」
なるほど、合点がいった。人とは違ってここでは強い奴が偉いわけだ。そこら辺を練り歩くのは駄目だが、ボスに会うのを止める理由がない。
実際、今でも俺がベルセルクに勝てるかは微妙だろう。そもそも魔法使いが剣士と一対一をすればその時点で不利だ。俺がおかしいだけで魔法使いは普通、近接戦闘が得意じゃないからな。
「にしても、丁度良いタイミングで来たな。つい先週までうちの集落は大忙しだったんだぜ。先週に来ていたらベルセルクさんには会えなかっただろうな。」
それは、幸運だったな。もしベルセルクに会えないなら野宿をする可能性があった。シルード大陸で、集落から外れた場所で眠るなんてほぼ自殺行為である。
まあ、俺なら大丈夫だけど。
「何があったんだ?」
「最近、周辺の勢力の様子がおかしてくよ。魔王がなんだっていって、勝てねえに決まってるのに勝負を挑んできやがる。そいつらをベルセルクさんが倒して回ってたんだ。」
「……魔王の影響はここまで来てるのか。」
魔王が現れたという話はもう半年以上も前の事だ。未だ、主だった動きはない。流石にあれほどの勢力を塔につぎ込んだのは痛手だったのか、それとも別の何かをしているのか。兎も角、楽観視はできない不気味な状況と言えた。
しかし、もしかしたらこっちの方で動いているのかもしれない。魔王というのは魔物や魔族の王だ。魔族が多くいるシルードで何かしていてもおかしな事ではない。
「ベルセルクは大丈夫そうか?」
「誰の心配してやがんだ、てめえ。無傷だよ。有名な魔族連中は来なかったしな。」
それもそうか。じゃなきゃ案内なんてしないだろう。
「そういえば人間、お前の名前は何だ? 俺はアセナだ。」
「アルス・ウァクラートと言う。ただの人間の魔法使いだ。」
「なるほど……覚えとくぜ。ベルセルクさんの知人だからな。」
最後の部分を強調してアセナはそう言った。
「そんじゃ、俺は仕事に戻る。ベルセルクさんがいるのは向こうの方にある一番でっけー家だ。」
「……俺を見張らなくていいのか?」
「馬鹿言え。そんな面する奴が危険人物だったら、俺は戦士を引退するぜ。」
……そんなに分かりやすい顔をしているのだろうか。よく言われるせいで気になってきた。どちらかというと前世ではしかめっ面だったし、今世でも別に感情豊かな方ではないと思うのだが。
そんな俺のひそかな悩みを気にする様子もなく、アセナはどこかへと去って行った。
「……なんか釈然としないけど、いいか。」
ここまで来ればもう道も分かる。ベルセルクの住んでいる場所は前と変わらないみたいだし。
シルード大陸で停泊できる場所はたった一箇所だけだ。それが人狼の集落である。ここ以外に船を出せば基本的に錨を下ろす前に沈められてしまう。
「……出る前にも言ったがよ。ここで降りても、集落の中に入れるかどうかは別の話だぜ。」
俺を気遣ってか、ここまで連れてきてくれた船頭がそう言った。
シルード大陸行きの定期便は存在しない。そもそも行きたがる奴はいないからな。だから俺みたいに大金持って行って船を動かしてもらわなくちゃいけない。
飛んで行っても良かったんだが、流石にそれじゃ味気ないしな。ここを出た時みたいに船を魔法で動かしていくのも面倒くさいし。
「あそこの連中は別に行ったからって歓迎してくれるわけでもない。むしろ敵だと思われたら殺されかねないぞ。」
「だから大丈夫だって。魔法使いって言っただろう?」
「そうだとしても、だ。帰りの便はねえんだよ。たとえ人より強くたって、一人で生きていける理由にはならねえじゃねえか。」
まあ、船頭の気持ちも分かる。自分が送り出した奴に死なれたら寝覚めが悪いに違いない。こうやって呼び止めるのは人としての良心が故であろう。
「俺はここで生まれたんだ。だから大丈夫だよ。」
俺はそう言って船から飛び降りる。
「……まさかお前、十年前のガキか!? シルードから小さな船で渡って来たって法螺吹いてたあの!?」
法螺吹きとは失礼な奴だ。それに、人のことをまるで妖怪みたいに呼ばないで欲しい。
少し腹が立ったから、あえて振り返らずにそのまま歩いていく。別に言わなくても分かるだろう。俺の白髪は珍しいだろうしな。
砂浜を越えて、迷いなく歩く。久しぶりのはずなのに体が何となくここを覚えていた。
地面は凸凹で歩きづらく、草も伸び切っていて整備されている気配すらない。遠目に見える集落の家は、とにかく住めれば良いと言わんばかりに木や石で雑に作られている。加えて少し周りの魔力を見るだけで魔物がそこら中にいる事が分かる。
何もかもが懐かしい。少し形は変わっても、根本は何も変わっていない。いや、変わることができなかったのだろう。この無法の地では。
「おい、そこで止まれ人間。」
黒い毛並みの人狼が、集落に近付く俺を呼び止める。
知らない奴だ。まあ、この集落は広い。会ったことがない奴らもいて当然だろう。知り合いであれば話が早かったんだがな。
「何の用でここに近付く。ここを知らねえってわけじゃねえだろ。」
武器は何も持っていない。しかし、人狼にとってはその身こそが最大の武器だ。人狼は十歳の頃には素手で鉄を歪め、その足で千里を駆ける事ができるという。彼らはほんの少し腰を落とすだけで、剣を構えるのと同じ効果を得るのだ。
事を荒立てるのは本意じゃない。できるだけ揉めないようにしなくては。俺としてはベルセルクに会って墓参りができればそれで十分だし。
「アルスという名前に心当たりは?」
「知らないな。」
「そうか……俺はベルセルクの知り合いなんだ。久しぶりに会おうと思って来た。」
怪訝な顔でそいつは俺の顔を覗き込む。しかし疑われようにも、証明する手立てを俺は持たない。俺ができるのは祈るだけだ。
「ああ、そうだったのか。じゃあついて来い。案内してやるよ。」
しかしあまりに呆気なくそいつは受け入れ、手でついてくるように合図しながら集落の方へと足を向けた。
「目的があの人に会いてえって話なら、嘘ついてたらその場で殺されるだけだ。何も問題ない。」
なるほど、合点がいった。人とは違ってここでは強い奴が偉いわけだ。そこら辺を練り歩くのは駄目だが、ボスに会うのを止める理由がない。
実際、今でも俺がベルセルクに勝てるかは微妙だろう。そもそも魔法使いが剣士と一対一をすればその時点で不利だ。俺がおかしいだけで魔法使いは普通、近接戦闘が得意じゃないからな。
「にしても、丁度良いタイミングで来たな。つい先週までうちの集落は大忙しだったんだぜ。先週に来ていたらベルセルクさんには会えなかっただろうな。」
それは、幸運だったな。もしベルセルクに会えないなら野宿をする可能性があった。シルード大陸で、集落から外れた場所で眠るなんてほぼ自殺行為である。
まあ、俺なら大丈夫だけど。
「何があったんだ?」
「最近、周辺の勢力の様子がおかしてくよ。魔王がなんだっていって、勝てねえに決まってるのに勝負を挑んできやがる。そいつらをベルセルクさんが倒して回ってたんだ。」
「……魔王の影響はここまで来てるのか。」
魔王が現れたという話はもう半年以上も前の事だ。未だ、主だった動きはない。流石にあれほどの勢力を塔につぎ込んだのは痛手だったのか、それとも別の何かをしているのか。兎も角、楽観視はできない不気味な状況と言えた。
しかし、もしかしたらこっちの方で動いているのかもしれない。魔王というのは魔物や魔族の王だ。魔族が多くいるシルードで何かしていてもおかしな事ではない。
「ベルセルクは大丈夫そうか?」
「誰の心配してやがんだ、てめえ。無傷だよ。有名な魔族連中は来なかったしな。」
それもそうか。じゃなきゃ案内なんてしないだろう。
「そういえば人間、お前の名前は何だ? 俺はアセナだ。」
「アルス・ウァクラートと言う。ただの人間の魔法使いだ。」
「なるほど……覚えとくぜ。ベルセルクさんの知人だからな。」
最後の部分を強調してアセナはそう言った。
「そんじゃ、俺は仕事に戻る。ベルセルクさんがいるのは向こうの方にある一番でっけー家だ。」
「……俺を見張らなくていいのか?」
「馬鹿言え。そんな面する奴が危険人物だったら、俺は戦士を引退するぜ。」
……そんなに分かりやすい顔をしているのだろうか。よく言われるせいで気になってきた。どちらかというと前世ではしかめっ面だったし、今世でも別に感情豊かな方ではないと思うのだが。
そんな俺のひそかな悩みを気にする様子もなく、アセナはどこかへと去って行った。
「……なんか釈然としないけど、いいか。」
ここまで来ればもう道も分かる。ベルセルクの住んでいる場所は前と変わらないみたいだし。
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