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幕間〜刹那に生きる魔法使い〜
魔女の心臓
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オーディン・ウァクラートは魔法を失った。
幼少の頃から魔法を学び、幼くして不老の秘術をその身にかけて百年近くを魔法にだけ費やした。エルフの寿命は人の倍あるが、それでも百年をそのまま魔法に費やす者は少ない。普通は結婚をしたり、自分の趣味に時間をかけてしまったりするものだ。
学び舎を開き魔法を教え、子を産み育てる中でも、魔法の研鑽と探求を欠かした事はなかった。魔法は彼女にとって常に隣にいる友人のようなものであり、心臓が脈打つが如く当然にあるものだった。
彼女はそれを失った。体に溢れるはずの魔力の感覚はなく、願い思えどその手から火は灯らない。
――それでは、彼女は不幸なのだろうか?
それに対しては答えが既に出ている。断じて否だ。彼女は不幸だなんて欠片も思っていないし、何より積み重ねた知識はその頭に残っている。決して全てを失ったわけじゃない。
加えて彼女は魔女だ。不可能、と言われて簡単に引き下がれる程に素直でもない。
「……心臓を作る、だァ? わざわざ俺を呼び出して言うことがそれかよ。」
オーディンが声をかけたのは『鍛冶王』イストである。物を造るという分野において彼に声をかけないわけにはいかない。
「第二席、それがどれだけ馬鹿げたモンかわかッてんのかァ?」
しかし『鍛冶王』であっても、臓器を作り出すなんて馬鹿げた事は考えない。そもそも心臓は未だに解明されていないものが多い分野だ。生命科によって研究こそされているが、明確な答えはまだ見つからない。
物理的な再現であれば、定期的なメンテナンスを必要とはするが何とかできる。しかし魔力を生み出す、本来の意味としての心臓の再現は未だ不可能だ。
「お主より万倍は理解してるわ、阿呆が。年長者の話はゆっくりと聞くものじゃぞ。」
「それを俺たちドワーフと同じぐらいの背丈の奴に言われてもなァ……」
「うるさいわい! これから伸びるんじゃ!」
ちなみに、ここは賢者の塔第22階刻印科の本部、その中にあるイストの工房である。刻印科に所属する者は殆どドワーフが多く住む新霊共和国で研究を行っている。その都合上いつもは空なのだが、こうやって塔に用があって来た人が使えるように設備は整っている。
そもそも、イストが塔に来たのはオーディンから頼みがあると連絡が飛んできたからだ。気持ちとしては多少面倒を見てもらった事もあるし、役に立ってやろうという100%の善意だ。
「だがそもそも専門外だぜ、第二席。俺が造れるのは魔道具や魔剣の類だけだ。魔法生物じャねェ。」
「何度も言わせるな、分かっとる。これは以前からわしが研究していた事じゃ。初めてわしの体で試すことになる。それに二人だけでやるわけでもない。」
工房のドアが無造作に開けられる。この工房は普段空だ。当然、鍵なんてものもかかっていない。
入って来たのは二人、幼い子供の姿を取る木の大精霊コティマスカとその契約者たる『童話作家』ハーヴァーン・ウォルリナだった。
「うわぁ、ひろいよご主人! お花畑を作ってもいい?」
「駄目だ。そこに高炉があるのが見えるだろ。どうせ直ぐに燃えるぞ。」
残念そうな顔をコティマスカは浮かべるが、それを見ないフリをしながら二人の前までハーヴァーンは足を進める。
「……背丈の低い奴しかおらんな。一瞬誰もいないかと思ったぞ。」
そしてそんな失礼な事を平然と宣った。
「なるほどなァ、第十席か。機嫌が悪いのは新入りに席次が抜かれたからか?」
「煩い。機嫌が悪いのは常にだ。あいつは関係ない。」
ハーヴァーンは顔を顰める。そんな顔をされればほぼ答えを言っているようなもので、愉快げにイストは笑った。
「分かった、そういう事にしてやらァ。そんで第二席、話を始めろよ。」
オーディンもハーヴァーンも不機嫌なまま、イストだけが楽しそうに笑う中で話は始まる。
手元の紙の束をオーディンはそれぞれ一つずつ二人に渡した。二人は何も言わずにその中に目を通す。
「普通、こういう時は心臓と魔力炉の機能を分離するのが普通じゃ。あれほどの機能をたった一つに集約し小型化する事はまず不可能じゃからな。」
例えば人工臓器として心臓を取りつけて、腕を機械に取り替えてそこから魔力を流し込むという手法がある。
しかしこれには大きな欠点がある。第一に魔力的感覚の遅延だ。血液を送り込む器官と魔力を送り込む器官が別にあるせいで、体調が悪くなりやすくなったり、そもそも魔法の使用に大きな違和感を生じてしまう。
第二にそもそも魔力炉というものは万能でない。魂は食事などによって得られるエネルギーによって、体外の膨大な魔力を体内魔力に変換する。これを心臓に流し、体内に運搬するのが普通だ。この役割を魔力炉が完璧にこなす事はできない。自然回復できる程度の魔力量は少なく、大量の魔力を生み出したいなら魔石をくべる必要がある。とても心臓と言える出力には至らない。
オーディンが問題としたのは前者、つまり違和感の方である。
「故にアローニアではなくハーヴァーンを呼んだのじゃ。ウォルリナ家が受け継ぐ魔法生物の知識、そして鍛冶王の魔術の知識、その二つを合わせて生きた魔道具を作る。」
「……理論上は可能だ。魔眼もその一種だからな。だが、完全に別の生物を体内に入れれば拒否反応で最悪死ぬぞ。」
魔眼はあくまで眼球に術式を刻むだけ、新しく作った眼をつけるわけじゃない。体内に心臓を入れて繋げるのとは話が違う。
「報酬は、わしの書庫から出そう。好きな本を一冊持っていけ。」
イストとハーヴァーンは目の色を変える。魔法使いであればオーディンの図書館に興味を持たない者はいない。この世のあらゆる禁術、禁忌すらも保管する伝説の書庫。一冊でもそこから持ち出せれば、歴史を変える研究成果を出せる可能性があるとも言われる。
「乗ッた。丁度気になる分野があッたところなんだ。完璧な魔道具を作ッてやらァ。」
「……それでお前が死んでも責任は負わんぞ。」
イストとハーヴァーンは順にそう言った。兎にも角にも人員は揃った。後は作り出すだけである。
「よし、それじゃあ始めるぞ。」
こうして半年に渡る、後に『鉄の心臓』と呼ばれる魔道具研究が始まったのだが、これはまた機会があれば語る事にしよう。
幼少の頃から魔法を学び、幼くして不老の秘術をその身にかけて百年近くを魔法にだけ費やした。エルフの寿命は人の倍あるが、それでも百年をそのまま魔法に費やす者は少ない。普通は結婚をしたり、自分の趣味に時間をかけてしまったりするものだ。
学び舎を開き魔法を教え、子を産み育てる中でも、魔法の研鑽と探求を欠かした事はなかった。魔法は彼女にとって常に隣にいる友人のようなものであり、心臓が脈打つが如く当然にあるものだった。
彼女はそれを失った。体に溢れるはずの魔力の感覚はなく、願い思えどその手から火は灯らない。
――それでは、彼女は不幸なのだろうか?
それに対しては答えが既に出ている。断じて否だ。彼女は不幸だなんて欠片も思っていないし、何より積み重ねた知識はその頭に残っている。決して全てを失ったわけじゃない。
加えて彼女は魔女だ。不可能、と言われて簡単に引き下がれる程に素直でもない。
「……心臓を作る、だァ? わざわざ俺を呼び出して言うことがそれかよ。」
オーディンが声をかけたのは『鍛冶王』イストである。物を造るという分野において彼に声をかけないわけにはいかない。
「第二席、それがどれだけ馬鹿げたモンかわかッてんのかァ?」
しかし『鍛冶王』であっても、臓器を作り出すなんて馬鹿げた事は考えない。そもそも心臓は未だに解明されていないものが多い分野だ。生命科によって研究こそされているが、明確な答えはまだ見つからない。
物理的な再現であれば、定期的なメンテナンスを必要とはするが何とかできる。しかし魔力を生み出す、本来の意味としての心臓の再現は未だ不可能だ。
「お主より万倍は理解してるわ、阿呆が。年長者の話はゆっくりと聞くものじゃぞ。」
「それを俺たちドワーフと同じぐらいの背丈の奴に言われてもなァ……」
「うるさいわい! これから伸びるんじゃ!」
ちなみに、ここは賢者の塔第22階刻印科の本部、その中にあるイストの工房である。刻印科に所属する者は殆どドワーフが多く住む新霊共和国で研究を行っている。その都合上いつもは空なのだが、こうやって塔に用があって来た人が使えるように設備は整っている。
そもそも、イストが塔に来たのはオーディンから頼みがあると連絡が飛んできたからだ。気持ちとしては多少面倒を見てもらった事もあるし、役に立ってやろうという100%の善意だ。
「だがそもそも専門外だぜ、第二席。俺が造れるのは魔道具や魔剣の類だけだ。魔法生物じャねェ。」
「何度も言わせるな、分かっとる。これは以前からわしが研究していた事じゃ。初めてわしの体で試すことになる。それに二人だけでやるわけでもない。」
工房のドアが無造作に開けられる。この工房は普段空だ。当然、鍵なんてものもかかっていない。
入って来たのは二人、幼い子供の姿を取る木の大精霊コティマスカとその契約者たる『童話作家』ハーヴァーン・ウォルリナだった。
「うわぁ、ひろいよご主人! お花畑を作ってもいい?」
「駄目だ。そこに高炉があるのが見えるだろ。どうせ直ぐに燃えるぞ。」
残念そうな顔をコティマスカは浮かべるが、それを見ないフリをしながら二人の前までハーヴァーンは足を進める。
「……背丈の低い奴しかおらんな。一瞬誰もいないかと思ったぞ。」
そしてそんな失礼な事を平然と宣った。
「なるほどなァ、第十席か。機嫌が悪いのは新入りに席次が抜かれたからか?」
「煩い。機嫌が悪いのは常にだ。あいつは関係ない。」
ハーヴァーンは顔を顰める。そんな顔をされればほぼ答えを言っているようなもので、愉快げにイストは笑った。
「分かった、そういう事にしてやらァ。そんで第二席、話を始めろよ。」
オーディンもハーヴァーンも不機嫌なまま、イストだけが楽しそうに笑う中で話は始まる。
手元の紙の束をオーディンはそれぞれ一つずつ二人に渡した。二人は何も言わずにその中に目を通す。
「普通、こういう時は心臓と魔力炉の機能を分離するのが普通じゃ。あれほどの機能をたった一つに集約し小型化する事はまず不可能じゃからな。」
例えば人工臓器として心臓を取りつけて、腕を機械に取り替えてそこから魔力を流し込むという手法がある。
しかしこれには大きな欠点がある。第一に魔力的感覚の遅延だ。血液を送り込む器官と魔力を送り込む器官が別にあるせいで、体調が悪くなりやすくなったり、そもそも魔法の使用に大きな違和感を生じてしまう。
第二にそもそも魔力炉というものは万能でない。魂は食事などによって得られるエネルギーによって、体外の膨大な魔力を体内魔力に変換する。これを心臓に流し、体内に運搬するのが普通だ。この役割を魔力炉が完璧にこなす事はできない。自然回復できる程度の魔力量は少なく、大量の魔力を生み出したいなら魔石をくべる必要がある。とても心臓と言える出力には至らない。
オーディンが問題としたのは前者、つまり違和感の方である。
「故にアローニアではなくハーヴァーンを呼んだのじゃ。ウォルリナ家が受け継ぐ魔法生物の知識、そして鍛冶王の魔術の知識、その二つを合わせて生きた魔道具を作る。」
「……理論上は可能だ。魔眼もその一種だからな。だが、完全に別の生物を体内に入れれば拒否反応で最悪死ぬぞ。」
魔眼はあくまで眼球に術式を刻むだけ、新しく作った眼をつけるわけじゃない。体内に心臓を入れて繋げるのとは話が違う。
「報酬は、わしの書庫から出そう。好きな本を一冊持っていけ。」
イストとハーヴァーンは目の色を変える。魔法使いであればオーディンの図書館に興味を持たない者はいない。この世のあらゆる禁術、禁忌すらも保管する伝説の書庫。一冊でもそこから持ち出せれば、歴史を変える研究成果を出せる可能性があるとも言われる。
「乗ッた。丁度気になる分野があッたところなんだ。完璧な魔道具を作ッてやらァ。」
「……それでお前が死んでも責任は負わんぞ。」
イストとハーヴァーンは順にそう言った。兎にも角にも人員は揃った。後は作り出すだけである。
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