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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜
47.冠位をかけた決闘を
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賢者の塔第25階層、そこには戦闘科がよく使う闘技場がある。
戦い方を研究する学問だから実戦は欠かせない。安全に戦闘ができる場所は必要不可欠である。その頑丈さからか前の一件でも損傷が少なかったらしい。
グレゼリオンの闘技場と同じで、中から外に攻撃がいかないように結界が張られている。それこそ師匠が暴れ回ったりしない限りは大丈夫だろう。
「……まあ、もう今は封印されてるけど。」
最初に聞いた時は信じられなかったが、今では疑いようのない真実である。開発局で魔道具に組み込まれているのを見た時は笑い死にそうになったし、多少天罰だと思わないこともないが、それでももう話せないとなれば悲しいものだ。
俺はあの人に魔法を教わった。俺が天才であるエルディナに追いつけたのも、冠位に手が届きそうなのも全て師匠からの教えあっての事だ。
そう考えれば今日の決闘は負けられない。師匠の唯一の弟子として、それに恥じない試合をしなきゃ復活した時にぶん殴られる。
「――よし、やるか。」
気合が入ったところで、俺は闘技場の決戦の舞台へと足を進める。
観客席には大勢の観客が並んでおり、向かい側にはミステア、審判としてヴィリデニアが間に立っていた。恐らく、この観客のほとんどは戦闘科だろう。冠位レベルが戦うところなんて滅多に見れないからな。
よく見てみればヒカリが手を振っているのが見えた。隣にはレーツェルもいる。何を言っているのかは聞こえないが、応援してくれているのだと信じよう。
「始める前に、何か言っておきたい事はあるかしら?」
ヴィリデニアがそう聞いてくれた。俺には何もないが、きっとミステアにはあるはずだ。
「……私は未だに、貴殿を認めるつもりはない。」
開口一番からその言葉である。やはり、殺されるんじゃないかと少し身構える。
「ただ、貴殿は資格を得た。それは認めなくてはならない。これは折衷案だ。私が敗れれば貴殿が冠位となる事を認めよう。」
「……俺が負ければ?」
「私は私の出来る限りの全力を尽くして、貴殿が冠位になるのを妨げる。」
俺はミステアのおかしさをヴィリデニアへ目で訴えかける。何故かウインクを返された。
勝たなきゃ冠位になれない、って言われているようなものじゃないか。そんな大事な戦いだって分かってたなら、それに対する作戦をもっと立てて来たのに。
「話はこれで十分そうね。その指輪の結界が先に割れた方の負け。追撃は禁止、それ以外だったら何でもオーケー。いいわね?」
俺とミステアは互いに頷く。
この闘技場での戦いでは結界の指輪をつける事が定められている。一定のダメージが入れば割れる結界を体の周りを覆うように展開するのだ。
殺し合いをするわけじゃないのだから安全装置は必要となる。
「それじゃ互いに離れて。」
俺とミステアは互いに背を向けて距離を取る。ある程度歩いた後に振り向いて、目線が交差したその瞬間――
「始め!」
――心の準備をする間もなく火蓋は落とされた。
「『神話体現』」
「――演算開始。結界の構築完了、方向設定完了、戦闘態勢へ移行。」
神の力に呼応するように大気が揺れる。この身に宿すは嵐の化身、建速須佐之男命。相対するは神秘科最強の魔法使いだ。これでもむしろ足りない。
神を模するだけの俺じゃあ、神に迫ろうとする賢神の強者には及ばない。だからそこは気合と気力でカバーする。幸運な事にそれを許してくれるぐらいに恵まれた魔力量が俺にはある。
「『嵐』」
周囲の環境を、一瞬にして変容させる。立っている事ができないぐらいの暴風、前が見えない程の大雨を降らす。
気付けば審判のヴィリデニアは会場内にいなかった。適当な所に避難したらしい。俺としてもそっちの方がありがたい。俺は人一人に細かく大魔法をぶつけるなんて器用な事はできないのだから。
「――私だけが、一方的に貴殿を知っているのは不公平だ。先に説明しておこう。」
雨の中でも何故かその声はハッキリと聞こえた。いや、それどころか水滴一つ彼女に落ちていない。まるで雨が避けるようにミステアを避けて通り、風の影響も全くなかった。
「私が持つ希少属性は方向属性。見ての通り、魔法や物質のベクトルを多少操れる。より大きなエネルギーを持つものであれば、その分だけ魔力を消費する。それに有効射程も短い。本当に使い勝手の悪い属性だ。」
ただ、とミステアは言葉を続ける。
「使いようはある。大気での魔力抵抗と空気抵抗、例えばそれを無視できるようにするのならば、それどころかそれすらも推進力に変えれるなら、それは最速最強の魔法と言えるのではないか?」
ミステアが右手を開くと、そこに白い杖が現れる。握られたその杖の先端に魔力が集まっていく。
あれは無属性の魔法だ。ただ圧縮させた魔力に形を与えただけのもの。普通は属性魔法に威力で劣るし、好んで使う人はいない。当たったところで何の問題もないはずの攻撃だが――
「――嘘だろ?」
引き攣った笑みが出るほどにそれは鋭い魔弾だった。放たれたその次の瞬間に眼前に迫るそれを、俺は避けるのが精一杯だった。
その魔弾は俺に辿り着くまでに速度と魔力を大幅に増していた。希少属性のおかげだろうが、それを細かく分析する暇なんてない。だって魔弾の強みは連射性と速射性だ。次が直ぐに来る。
飛び回る俺に向かって数多の魔弾が迫り来る。避けても避けても次がやって来る。視界不良なんてものともしていない。雨のせいで俺の魔力は追いづらいはずなんだがな。
なら雨はやめるか。効かないのに魔力を使い続けるのは無駄だ。
俺は空に浮かぶ雲を晴らし、空を高速で飛び回りながら両手に魔力を集める。込める属性は雷、相手が最速の一撃を放つならそれで返すまで。
「『晴天霹靂』」
音を置き去りにする一瞬の攻撃を放つ。威力は控えめな方だが、普通の人は食らったら即死だ。せめて攻めの手を緩められればと思った一撃だった。
「弾丸装填、方向決定。」
そんな甘えた気持ちの雷撃はミステアに利用される。雷はミステアの髪先を焦がすことさえ叶わず、手に持つ白い杖の前で束ねられた。
相手の魔力を利用するなんて燃費が悪過ぎるが、それも希少属性なら話が異なってくるのだろう。
「射出」
雷の砲撃が俺へと放たれる。さっきまでの魔弾より遥かに広範囲のその砲撃を避ける事はできない。
防ぎ切るしかない。俺は無題の魔法書を開き、その中のとあるページの魔法を呼び起こす。使うのは俺の知りうる限りの最高の防御魔法。
「『隔絶結界』」
空間は俺の目の前で断絶され、砲撃は俺にまで届く事はない。だが息をつく暇はまだない。
あんな風に魔法を利用されたのは俺が隙を見せたからだ。打つならもっと強力で、もっと複数の魔法を飛ばさなくちゃいけない。
「『八岐大蛇』」
さっきの雨で地面を覆う水に魔力を流し、それに八匹の大蛇の形を与える。しかしミステアは冷静だった。魔弾を即座に装填し、八つの頭を一瞬で潰したのだ。魔法への対処が終われば当然、その照準は俺に向く。
「『巨神炎剣』」
なら、その魔弾が放たれるより早く剣を叩きつけてやればいい。距離は詰めた。未だ二メートル程はあるが、俺の剣なら十分に届く。
対してミステアも魔弾の準備を整えている。当たれば一発で俺の負けだ。勝負を焦っては台無しだ。
踏み込みながら一撃目で放たれた魔弾を先に斬る。重要なのは二撃目、魔弾は用意されるが踏み込んだ分さっきより近い。この距離ならば圏内だ。
しかし胴へと振るわれた炎の剣は、その目的を果たすには至らない。剣はミステアに近付けば近付く程に減速した。まるで泥に沈んでいくように、近付けば近付く程に魔力が弱まる。
そのほんの少しの時間のズレが、この勝負にとってはあまりにも大きい。
「『重力反転』」
魔弾を撃つのをやめて、違う魔法をミステアは唱える。俺の体は空に落ちた。剣もあと少しのところで届かない。
少し離れたところで魔法は自動的に解ける。流石にどの距離でも使える魔法じゃないらしい。距離は再び離れ、仕切り直しの形となった。
「……次だ。」
なんとなくミステアの手札も見えてきた。ここからが本番だ。
戦い方を研究する学問だから実戦は欠かせない。安全に戦闘ができる場所は必要不可欠である。その頑丈さからか前の一件でも損傷が少なかったらしい。
グレゼリオンの闘技場と同じで、中から外に攻撃がいかないように結界が張られている。それこそ師匠が暴れ回ったりしない限りは大丈夫だろう。
「……まあ、もう今は封印されてるけど。」
最初に聞いた時は信じられなかったが、今では疑いようのない真実である。開発局で魔道具に組み込まれているのを見た時は笑い死にそうになったし、多少天罰だと思わないこともないが、それでももう話せないとなれば悲しいものだ。
俺はあの人に魔法を教わった。俺が天才であるエルディナに追いつけたのも、冠位に手が届きそうなのも全て師匠からの教えあっての事だ。
そう考えれば今日の決闘は負けられない。師匠の唯一の弟子として、それに恥じない試合をしなきゃ復活した時にぶん殴られる。
「――よし、やるか。」
気合が入ったところで、俺は闘技場の決戦の舞台へと足を進める。
観客席には大勢の観客が並んでおり、向かい側にはミステア、審判としてヴィリデニアが間に立っていた。恐らく、この観客のほとんどは戦闘科だろう。冠位レベルが戦うところなんて滅多に見れないからな。
よく見てみればヒカリが手を振っているのが見えた。隣にはレーツェルもいる。何を言っているのかは聞こえないが、応援してくれているのだと信じよう。
「始める前に、何か言っておきたい事はあるかしら?」
ヴィリデニアがそう聞いてくれた。俺には何もないが、きっとミステアにはあるはずだ。
「……私は未だに、貴殿を認めるつもりはない。」
開口一番からその言葉である。やはり、殺されるんじゃないかと少し身構える。
「ただ、貴殿は資格を得た。それは認めなくてはならない。これは折衷案だ。私が敗れれば貴殿が冠位となる事を認めよう。」
「……俺が負ければ?」
「私は私の出来る限りの全力を尽くして、貴殿が冠位になるのを妨げる。」
俺はミステアのおかしさをヴィリデニアへ目で訴えかける。何故かウインクを返された。
勝たなきゃ冠位になれない、って言われているようなものじゃないか。そんな大事な戦いだって分かってたなら、それに対する作戦をもっと立てて来たのに。
「話はこれで十分そうね。その指輪の結界が先に割れた方の負け。追撃は禁止、それ以外だったら何でもオーケー。いいわね?」
俺とミステアは互いに頷く。
この闘技場での戦いでは結界の指輪をつける事が定められている。一定のダメージが入れば割れる結界を体の周りを覆うように展開するのだ。
殺し合いをするわけじゃないのだから安全装置は必要となる。
「それじゃ互いに離れて。」
俺とミステアは互いに背を向けて距離を取る。ある程度歩いた後に振り向いて、目線が交差したその瞬間――
「始め!」
――心の準備をする間もなく火蓋は落とされた。
「『神話体現』」
「――演算開始。結界の構築完了、方向設定完了、戦闘態勢へ移行。」
神の力に呼応するように大気が揺れる。この身に宿すは嵐の化身、建速須佐之男命。相対するは神秘科最強の魔法使いだ。これでもむしろ足りない。
神を模するだけの俺じゃあ、神に迫ろうとする賢神の強者には及ばない。だからそこは気合と気力でカバーする。幸運な事にそれを許してくれるぐらいに恵まれた魔力量が俺にはある。
「『嵐』」
周囲の環境を、一瞬にして変容させる。立っている事ができないぐらいの暴風、前が見えない程の大雨を降らす。
気付けば審判のヴィリデニアは会場内にいなかった。適当な所に避難したらしい。俺としてもそっちの方がありがたい。俺は人一人に細かく大魔法をぶつけるなんて器用な事はできないのだから。
「――私だけが、一方的に貴殿を知っているのは不公平だ。先に説明しておこう。」
雨の中でも何故かその声はハッキリと聞こえた。いや、それどころか水滴一つ彼女に落ちていない。まるで雨が避けるようにミステアを避けて通り、風の影響も全くなかった。
「私が持つ希少属性は方向属性。見ての通り、魔法や物質のベクトルを多少操れる。より大きなエネルギーを持つものであれば、その分だけ魔力を消費する。それに有効射程も短い。本当に使い勝手の悪い属性だ。」
ただ、とミステアは言葉を続ける。
「使いようはある。大気での魔力抵抗と空気抵抗、例えばそれを無視できるようにするのならば、それどころかそれすらも推進力に変えれるなら、それは最速最強の魔法と言えるのではないか?」
ミステアが右手を開くと、そこに白い杖が現れる。握られたその杖の先端に魔力が集まっていく。
あれは無属性の魔法だ。ただ圧縮させた魔力に形を与えただけのもの。普通は属性魔法に威力で劣るし、好んで使う人はいない。当たったところで何の問題もないはずの攻撃だが――
「――嘘だろ?」
引き攣った笑みが出るほどにそれは鋭い魔弾だった。放たれたその次の瞬間に眼前に迫るそれを、俺は避けるのが精一杯だった。
その魔弾は俺に辿り着くまでに速度と魔力を大幅に増していた。希少属性のおかげだろうが、それを細かく分析する暇なんてない。だって魔弾の強みは連射性と速射性だ。次が直ぐに来る。
飛び回る俺に向かって数多の魔弾が迫り来る。避けても避けても次がやって来る。視界不良なんてものともしていない。雨のせいで俺の魔力は追いづらいはずなんだがな。
なら雨はやめるか。効かないのに魔力を使い続けるのは無駄だ。
俺は空に浮かぶ雲を晴らし、空を高速で飛び回りながら両手に魔力を集める。込める属性は雷、相手が最速の一撃を放つならそれで返すまで。
「『晴天霹靂』」
音を置き去りにする一瞬の攻撃を放つ。威力は控えめな方だが、普通の人は食らったら即死だ。せめて攻めの手を緩められればと思った一撃だった。
「弾丸装填、方向決定。」
そんな甘えた気持ちの雷撃はミステアに利用される。雷はミステアの髪先を焦がすことさえ叶わず、手に持つ白い杖の前で束ねられた。
相手の魔力を利用するなんて燃費が悪過ぎるが、それも希少属性なら話が異なってくるのだろう。
「射出」
雷の砲撃が俺へと放たれる。さっきまでの魔弾より遥かに広範囲のその砲撃を避ける事はできない。
防ぎ切るしかない。俺は無題の魔法書を開き、その中のとあるページの魔法を呼び起こす。使うのは俺の知りうる限りの最高の防御魔法。
「『隔絶結界』」
空間は俺の目の前で断絶され、砲撃は俺にまで届く事はない。だが息をつく暇はまだない。
あんな風に魔法を利用されたのは俺が隙を見せたからだ。打つならもっと強力で、もっと複数の魔法を飛ばさなくちゃいけない。
「『八岐大蛇』」
さっきの雨で地面を覆う水に魔力を流し、それに八匹の大蛇の形を与える。しかしミステアは冷静だった。魔弾を即座に装填し、八つの頭を一瞬で潰したのだ。魔法への対処が終われば当然、その照準は俺に向く。
「『巨神炎剣』」
なら、その魔弾が放たれるより早く剣を叩きつけてやればいい。距離は詰めた。未だ二メートル程はあるが、俺の剣なら十分に届く。
対してミステアも魔弾の準備を整えている。当たれば一発で俺の負けだ。勝負を焦っては台無しだ。
踏み込みながら一撃目で放たれた魔弾を先に斬る。重要なのは二撃目、魔弾は用意されるが踏み込んだ分さっきより近い。この距離ならば圏内だ。
しかし胴へと振るわれた炎の剣は、その目的を果たすには至らない。剣はミステアに近付けば近付く程に減速した。まるで泥に沈んでいくように、近付けば近付く程に魔力が弱まる。
そのほんの少しの時間のズレが、この勝負にとってはあまりにも大きい。
「『重力反転』」
魔弾を撃つのをやめて、違う魔法をミステアは唱える。俺の体は空に落ちた。剣もあと少しのところで届かない。
少し離れたところで魔法は自動的に解ける。流石にどの距離でも使える魔法じゃないらしい。距離は再び離れ、仕切り直しの形となった。
「……次だ。」
なんとなくミステアの手札も見えてきた。ここからが本番だ。
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