幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

36.雪解け水

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 遥か昔、魔法は貴族のものだった。多大なる鍛錬と知識を必要とするそれは、平民が使うにはあまりに難度が高かったのだ。優秀な魔法使いを輩出し続ける名家も存在し、魔法使いにとって血脈が最重視される時代もあったのだ。
 ただしそれは昔の話だ。今や魔法を使えない人を探す方が難しく、魔法の知識は独占されるものではなくなった。知識の優位を失った魔法使いの名家は一つ、また一つと潰えていったのだ。
 そんな中残った数少ない魔法使いの名家こそが、ウォルリナ家である。

 初代であるアンダー・ウォルリナが賜った『童話作家テイル・テラー』というスキルがある。そのスキルの特性は継承である。
 スキルの根幹を成す希少属性、生命属性と共にそのスキルを受け継ぐ。故にこの新しい時代であっても、唯一性を損なわずに名家であり続けた。
 時には弟子に、時には養子に、時には親友に。兎にも角にも、その童話は受け継がれ続けてきた。当代の担い手であるハーヴァーン・ウォルリナまで。

「5年前は、そんなの使ってなかったはずだけど。」
「当然だ。こんなもの、大精霊の助けなしに俺が作れるものか。」

 うんざりした様子でハーヴァーンは言った。
 ウォルリナ家が受け継いで来た童話の生き物達は、代を重ねる毎に改良され、より強い形へと姿を変えていった。故に現在では作成が困難なものばかりである。
 その劣化版程度なら作ることもできたが、それを他人に見せるのはハーヴァーンのプライドが許さなかったのだ。だから今、大精霊の協力によって完成品を作れるようになった今、彼は歴代最高の童話作家としてロロスの目の前に立つ。

「実用性、再現性を無視して最高の生物を作ろうとした馬鹿の傑作。それこそが俺の受け継いでしまった『童話』だ。」

 肌を刺すように、寒さがここに訪れる。あっという間にここはまるで真冬のように寒くなってしまった。

「『雪のSneedron女王ningen』」

 大きなドレスが宙を舞い、透き通るような白い肌が姿を見せる。その顔は見えず、降り注ぐ雪が隠している。そこはもはや雪の世界。その支配者たる雪の女王は空に浮かんで、2人を上から眺めている。
 空気は凍り、大きな氷塊となってロロスへと放たれる。ロロスはそれを結界で防いだ、が――

「何これ、目茶苦茶過ぎる!」

 一撃じゃ済まない。数え切れない程の氷塊が振り、ロロスのゴーレムもろとも全てを打ち砕く。攻撃は防げても、このままではジリ貧だ。ただ魔力がすり減るだけである。
 相手の魔力切れを期待しようにも、あの化け物に底があると考えるのは楽観的過ぎる。
 ただ、ロロスだって元は冠位だ。理不尽に理不尽をぶつけられるだけの札ぐらい持っている。そうでなくては魔導会を裏切るなどという命知らずなマネはできない。

「……ちょっと勿体ないけどそうも言ってられなさそうだな。」

 黒い鎌から、紫がかった霧が這い出る。
 霊属性があやつる霊というのは、霊体だけでは存在を維持できない為、先程のゴーレムのように依り代が必要だ。それなら生前から肉体を必要としない生き物はどうだろうか。
 精霊、悪魔、天使、そのどれも肉体を必要としない生命体。その霊体であれば、肉体に拘る必要もなく性能を100%引き出せる。

 蝙蝠のような大きな翼が開いて、2メートルを越える巨体で大地に足をつける。その目は黒一色に染まっていて、手足は人より長い。身体中は甲殻のような天然の黒い鎧で覆っていた。
 人のようで人でない異形の存在がそこに降り立った。

「上位悪魔か。」
「御名答!」

 叫び声をあげる。それは聞くだけで人の心を揺らし、恐怖を抱かせるようなものであった。悪魔はその鋭い爪を構えて、一直線にハーヴァーンへと迫る。
 雪の女王の攻撃は広範囲で、尚且つ強力ではあるものの悪魔を殺し切るには威力が足りない。その鋭い爪は呆気なくハーヴァーンを貫いた。

「なるほど、幻覚か!」

 二度目は気付くのが早い。あまりにも都合の良すぎる結果は、それが幻想であることを容易く実感させる。マッチの火が消えて、幻覚が晴れるとハーヴァーンの姿はなく、ロロスの頭上に巨大な氷の塊が作り出されていた。
 ロロスは急いで走って、それが落ちる前になんとかその場から逃れた。悪魔もその頃にはハーヴァーンの居場所を掴んでいる。
 再び悪魔は駆ける。ハーヴァーンは燃え尽きたマッチを手に持ちながら、稲妻のように迫る悪魔を視界に捉える。悪魔が辿り着くまで数秒もなく、もうマッチを擦る時間もない。

「『DerødeSko』」

 人の全身が入る切るほどの巨大な靴が宙に現れる。その二足の靴は意志を持って、無礼者の悪魔を踏み潰した。悪魔の膂力は人とは比べ物にならない程に強い。しかしそうであっても逃げられない程の、不思議な何かがあって悪魔は逃げられない。
 ただ、悪魔は肉体を持たない。あるのは霊体と膨大な魔力だけ。悪魔は器用に体を変形させて、その赤い靴の足元から逃れる。

「俺を殺したいなら、七十二柱の一匹や二匹連れてくるんだな。」

 やっとの思いで這い出た悪魔を氷塊が押し潰す。その上から更に、赤い靴が落ちる。死にはしないが、この調子では役に立つのは難しかろう。

「――いや、上位悪魔一匹で十分だ。」

 雪が止む。ロロスの鎌は雪の女王の首を刈り取った。悪魔の方へと注意を向けた一瞬の事である。その一瞬で、ロロスは決着を狙う。

「人器解放『リッパー』」

 ロロスの体は闇に溶け込み、空から一直線に迫り来る。その両手に持つのは千魔人器、命を刈り取り魂を管理する鎌。一度当たれば、その傷はもう二度と癒えない傷となる。

「『親指姫Tommelise』」

 その鎌が届く直前に、ハーヴァーンは一つの童話の名前を呼ぶ。ツバメが鳴き声をあげて、その瞬間には既にハーヴァーンの姿は掻き消えていた。
 ロロスの鎌は宙を切り裂いた。そしてロロスは離れた場所に立っているハーヴァーンを睨みつけた。

「……魔力すら誤魔化す幻覚、予備動作の必要のない転移、無制限に氷魔法を使う魔女。いくら何でも出鱈目過ぎる。魔法の大原則ってものを無視し過ぎてると思うんです、私。」

 ハーヴァーンは鼻で笑う。それはハーヴァーンの台詞だった。雪の女王がこんなに早くやられるとは彼は思っていなかった。
 雪の女王は生半可な攻撃では雪が集まって再生する、ハーヴァーンの中でも屈指の不死性と攻撃能力を持つ童話だ。それを一撃で倒せたのは、間違いなくあの黒い鎌が理由だろう。それを理解しているからこそ、確実に攻撃を避けたのである。
 童話は強力であるが、使うのには条件が必要だったり大きなデメリットがあったりと扱うのが難しい。使えば使うほどに弱点を見破られる猶予を与える事になる。それはハーヴァーンにとって良いとは言えない。

「雪の女王が降らす雪は、魔力によるものではなく純粋な自然現象によるものだ。雪の女王の周囲だけ、この世の法則が捻じ曲がる。」

 雪は、主である女王を失って既に溶け始めている。どこに足を伸ばそうとも靴を水に浸らせてしまう。その水は魔力をあまり含まない、極めて純粋な水だ。

「少し水の量は物足りないが……まあ、構わん。久しぶりの戦場だ、文句は言わんだろう。」

 生える大樹の葉の上を、青い水が伝って下に落ちる。

「来い、『人魚Den lilleHavfrue』」
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