幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

文字の大きさ
上 下
411 / 474
第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

35.童話の担い手

しおりを挟む
 アルス・ウァクラートとエダフォスの決着がついた時、他の場所でも戦局が動く。既に戦いは終盤へと移っていた。
 賢者の塔第6階層、ハーヴァーンとロロスが戦いを繰り広げる。
 片や当代の冠位、片や先代の冠位。その実力の差はそう大きなものではない。天秤はどちらにも未だ傾いていない。

「……あーあ、しくじっちゃったか。」

 燃える大樹の根を見上げながら、ロロスはそう呟いた。
 何がどうなったのかまでは分からない。それでも燃え尽きる様を見れば負けたのは分かる。生きていれば良いが、と思いながらも正面に立つハーヴァーンを見据える。

「じゃ、そろそろ終わらせようか。」

 ロロスの黒いローブの中にある刻印に魔力が走る。それはこの世でたった2つの術式化された希少属性の一つ、死した魂を扱う霊属性ソウル・エレメント。小瓶に封じたその霊体に土の体を与えれば、それは不死のゴーレムを生み出す。
 ハーヴァーンを取り囲むゴーレムの数はこれで5体目。対してハーヴァーンを守るように吠える狼の数は3匹。決して五分とは言いづらい状況となっていた。

「……もう勝ったかのような物言いだな。」
「勘違いしないように。私はいつだって君の首を刎ねる事ができた。それをしなかったのは単に暇だったからです。」

 そう言ってロロスは右手に持つ大きな鎌を肩に担ぐ。その顔はまるで生徒に忠告する教師のようで、それが更にハーヴァーンの神経を逆なでする。

「それに君、私に一度でも勝った事がある?」
「最後に戦ったのは5年以上前だ。まだ自分の方が強いと思っているなら辺り、脳味噌が劣化しているようだな。」

 狼が一斉に一体のゴーレムに飛びつき、その土の体を喰らった。しかし直ぐに他のゴーレムに突き飛ばされ、地面を転がる。
 一匹、二匹と動かなくなっていき、気付いたら物言わぬ狼が3匹転がっていた。

「だって仕方ないじゃん。事実なんだから。」

 ゴーレムの剛腕が、ハーヴァーンへと振り下ろされる。赤が飛び散って、溢れていく。夥しい程の赤が直ぐに地面を覆い尽くした。

「ありゃ、これで死ぬの?」

 それに驚いたのはそれを実行させたロロスである。避けるなり防ぐなり、対処法はいくらでもあった。強力な攻撃ではあるが何の抵抗もなく殺せる程には強くない。
 その結果はロロスの予想とはあまりにも違うものだった。

「逃げたのかな。いや、違うか。そんな奴じゃない。だからといって隠れる奴でもないはずなんだけど……」

 思い悩むが答えは出ない。ロロスはハーヴァーンと仲が良いわけではないが、関係が薄いわけでもない。その性格と実力を十分に理解しているが故の疑問だった。

「ご主人ー! おわったよー!」

 そんな緊迫感をついて破って、元気な子供の声が第6階層に響く。メイド服の着た小さな女の子だ。
 その少女はゴーレムの存在を気にする事もなく、赤い液体の上に立って辺りをキョロキョロと見渡す。そこでやっとロロスの存在に気付いたのか、驚いて2歩、3歩と下がった。

「こんにちは。しつれいしております。」
「あ、ああ……こんにちは。」

 ロロスは反射的に挨拶を返した。数ある疑問はあれど、長年染み付いた常識がそれよりも先に出たのだ。

「……私、この『あか』が好きなんです。『ひ』は好きじゃないんだけど、この子の『あか』は好きなの。おねえさんも、そう思わない?」

 そこでやっとロロスは気付いた。視覚も、魔力も、ハーヴァーンが死んだことを証明している。しかし何故か、こんなにも血が溢れているのに匂いがしない。
 鼻腔をくすぐるのは、にんにくのような、ニラのような不快な臭いだけだった。

「『マッチDen lille売りのPige medSvovlstikkerne』」

 死体は瞬きの内に消える。そこには血も何もなくて、小さな木の棒だけが転がっていた。

「――異世界には、マッチという道具があるそうだ。魔法がないからこそ、火種を作るのに苦労したらしく、そのようなものが開発されたらしい。」

 死体がないならば、当然死んでもいないわけだ。とどのつまり、ロロスは幻術にかかっていた。

「本題だが、それに関する有名な童話がある。雪の中、マッチを売る少女は商品であるマッチに火をつけて、幸せな幻覚をその火の中に見たそうだ。お前が見たのはだ。」

 ハーヴァーンは少し離れた位置で、右手に手のひらにおさまる程の大きさの箱を持っていた。

「低燃費で何より聞き分けのいい、俺の好きな『童話』だとも。」

 そのマッチ箱は魔道具ではない。魂を持った生き物だ。疑似魂魄と呼ばれるという人工の魂によって生きる生物なのだ。己で考え、動くからこそ、魔道具では為し得ない高度な能力を発揮する。
 ただ、たまに気を悪くして言う事を聞いてくれないのが難だが。

「ご主人ー!」
「抱きつくな、暑苦しい。」

 その腰に少女は飛びついて、ハーヴァーンの後ろからロロスを見た。
 ロロスは何も知らない。そんな魔法も、その少女の事も、何一つだって知らない。最後に戦った時とハーヴァーンは全てが違った。

「お前の敗因をあげるとするなら、この5年、魔法ではなく下らない裏切りの準備に費やした事だ。」

 少女はまるで人形のように力が抜けてその場に倒れ、それと代わるように大きな魔力の化身がそこに顕現する。属性は生命を象徴する木、その格は最上級。
 それは人ではなく、ただ思うがままにそこにある自由の化身だ。王には劣るものの、その単体の力は冠位にも並びうる。

「契約に従い、力を貸せ。木の大精霊コティマスカ――!」

 大木がハーヴァーンの背後で生え、急速に育ち葉をつける。枝には一羽のツバメが止まって、鋭く鳴き声をあげる。

「『童話作家テイル・テラー』。ここは、既に童話の中だ。」

 スキルの名を一言呼んで、本当の戦いが始まった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...