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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜
35.童話の担い手
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アルス・ウァクラートとエダフォスの決着がついた時、他の場所でも戦局が動く。既に戦いは終盤へと移っていた。
賢者の塔第6階層、ハーヴァーンとロロスが戦いを繰り広げる。
片や当代の冠位、片や先代の冠位。その実力の差はそう大きなものではない。天秤はどちらにも未だ傾いていない。
「……あーあ、しくじっちゃったか。」
燃える大樹の根を見上げながら、ロロスはそう呟いた。
何がどうなったのかまでは分からない。それでも燃え尽きる様を見れば負けたのは分かる。生きていれば良いが、と思いながらも正面に立つハーヴァーンを見据える。
「じゃ、そろそろ終わらせようか。」
ロロスの黒いローブの中にある刻印に魔力が走る。それはこの世でたった2つの術式化された希少属性の一つ、死した魂を扱う霊属性。小瓶に封じたその霊体に土の体を与えれば、それは不死のゴーレムを生み出す。
ハーヴァーンを取り囲むゴーレムの数はこれで5体目。対してハーヴァーンを守るように吠える狼の数は3匹。決して五分とは言いづらい状況となっていた。
「……もう勝ったかのような物言いだな。」
「勘違いしないように。私はいつだって君の首を刎ねる事ができた。それをしなかったのは単に暇だったからです。」
そう言ってロロスは右手に持つ大きな鎌を肩に担ぐ。その顔はまるで生徒に忠告する教師のようで、それが更にハーヴァーンの神経を逆なでする。
「それに君、私に一度でも勝った事がある?」
「最後に戦ったのは5年以上前だ。まだ自分の方が強いと思っているなら辺り、脳味噌が劣化しているようだな。」
狼が一斉に一体のゴーレムに飛びつき、その土の体を喰らった。しかし直ぐに他のゴーレムに突き飛ばされ、地面を転がる。
一匹、二匹と動かなくなっていき、気付いたら物言わぬ狼が3匹転がっていた。
「だって仕方ないじゃん。事実なんだから。」
ゴーレムの剛腕が、ハーヴァーンへと振り下ろされる。赤が飛び散って、溢れていく。夥しい程の赤が直ぐに地面を覆い尽くした。
「ありゃ、これで死ぬの?」
それに驚いたのはそれを実行させたロロスである。避けるなり防ぐなり、対処法はいくらでもあった。強力な攻撃ではあるが何の抵抗もなく殺せる程には強くない。
その結果はロロスの予想とはあまりにも違うものだった。
「逃げたのかな。いや、違うか。そんな奴じゃない。だからといって隠れる奴でもないはずなんだけど……」
思い悩むが答えは出ない。ロロスはハーヴァーンと仲が良いわけではないが、関係が薄いわけでもない。その性格と実力を十分に理解しているが故の疑問だった。
「ご主人ー! おわったよー!」
そんな緊迫感をついて破って、元気な子供の声が第6階層に響く。メイド服の着た小さな女の子だ。
その少女はゴーレムの存在を気にする事もなく、赤い液体の上に立って辺りをキョロキョロと見渡す。そこでやっとロロスの存在に気付いたのか、驚いて2歩、3歩と下がった。
「こんにちは。しつれいしております。」
「あ、ああ……こんにちは。」
ロロスは反射的に挨拶を返した。数ある疑問はあれど、長年染み付いた常識がそれよりも先に出たのだ。
「……私、この『あか』が好きなんです。『ひ』は好きじゃないんだけど、この子の『あか』は好きなの。おねえさんも、そう思わない?」
そこでやっとロロスは気付いた。視覚も、魔力も、ハーヴァーンが死んだことを証明している。しかし何故か、こんなにも血が溢れているのに匂いがしない。
鼻腔をくすぐるのは、にんにくのような、ニラのような不快な臭いだけだった。
「『マッチ売りの少女』」
死体は瞬きの内に消える。そこには血も何もなくて、小さな木の棒だけが転がっていた。
「――異世界には、マッチという道具があるそうだ。魔法がないからこそ、火種を作るのに苦労したらしく、そのようなものが開発されたらしい。」
死体がないならば、当然死んでもいないわけだ。とどのつまり、ロロスは幻術にかかっていた。
「本題だが、それに関する有名な童話がある。雪の中、マッチを売る少女は商品であるマッチに火をつけて、幸せな幻覚をその火の中に見たそうだ。お前が見たのはそれだ。」
ハーヴァーンは少し離れた位置で、右手に手のひらにおさまる程の大きさの箱を持っていた。
「低燃費で何より聞き分けのいい、俺の好きな『童話』だとも。」
そのマッチ箱は魔道具ではない。魂を持った生き物だ。疑似魂魄と呼ばれるという人工の魂によって生きる生物なのだ。己で考え、動くからこそ、魔道具では為し得ない高度な能力を発揮する。
ただ、たまに気を悪くして言う事を聞いてくれないのが難だが。
「ご主人ー!」
「抱きつくな、暑苦しい。」
その腰に少女は飛びついて、ハーヴァーンの後ろからロロスを見た。
ロロスは何も知らない。そんな魔法も、その少女の事も、何一つだって知らない。最後に戦った時とハーヴァーンは全てが違った。
「お前の敗因をあげるとするなら、この5年、魔法ではなく下らない裏切りの準備に費やした事だ。」
少女はまるで人形のように力が抜けてその場に倒れ、それと代わるように大きな魔力の化身がそこに顕現する。属性は生命を象徴する木、その格は最上級。
それは人ではなく、ただ思うがままにそこにある自由の化身だ。王には劣るものの、その単体の力は冠位にも並びうる。
「契約に従い、力を貸せ。木の大精霊コティマスカ――!」
大木がハーヴァーンの背後で生え、急速に育ち葉をつける。枝には一羽のツバメが止まって、鋭く鳴き声をあげる。
「『童話作家』。ここは、既に童話の中だ。」
スキルの名を一言呼んで、本当の戦いが始まった。
賢者の塔第6階層、ハーヴァーンとロロスが戦いを繰り広げる。
片や当代の冠位、片や先代の冠位。その実力の差はそう大きなものではない。天秤はどちらにも未だ傾いていない。
「……あーあ、しくじっちゃったか。」
燃える大樹の根を見上げながら、ロロスはそう呟いた。
何がどうなったのかまでは分からない。それでも燃え尽きる様を見れば負けたのは分かる。生きていれば良いが、と思いながらも正面に立つハーヴァーンを見据える。
「じゃ、そろそろ終わらせようか。」
ロロスの黒いローブの中にある刻印に魔力が走る。それはこの世でたった2つの術式化された希少属性の一つ、死した魂を扱う霊属性。小瓶に封じたその霊体に土の体を与えれば、それは不死のゴーレムを生み出す。
ハーヴァーンを取り囲むゴーレムの数はこれで5体目。対してハーヴァーンを守るように吠える狼の数は3匹。決して五分とは言いづらい状況となっていた。
「……もう勝ったかのような物言いだな。」
「勘違いしないように。私はいつだって君の首を刎ねる事ができた。それをしなかったのは単に暇だったからです。」
そう言ってロロスは右手に持つ大きな鎌を肩に担ぐ。その顔はまるで生徒に忠告する教師のようで、それが更にハーヴァーンの神経を逆なでする。
「それに君、私に一度でも勝った事がある?」
「最後に戦ったのは5年以上前だ。まだ自分の方が強いと思っているなら辺り、脳味噌が劣化しているようだな。」
狼が一斉に一体のゴーレムに飛びつき、その土の体を喰らった。しかし直ぐに他のゴーレムに突き飛ばされ、地面を転がる。
一匹、二匹と動かなくなっていき、気付いたら物言わぬ狼が3匹転がっていた。
「だって仕方ないじゃん。事実なんだから。」
ゴーレムの剛腕が、ハーヴァーンへと振り下ろされる。赤が飛び散って、溢れていく。夥しい程の赤が直ぐに地面を覆い尽くした。
「ありゃ、これで死ぬの?」
それに驚いたのはそれを実行させたロロスである。避けるなり防ぐなり、対処法はいくらでもあった。強力な攻撃ではあるが何の抵抗もなく殺せる程には強くない。
その結果はロロスの予想とはあまりにも違うものだった。
「逃げたのかな。いや、違うか。そんな奴じゃない。だからといって隠れる奴でもないはずなんだけど……」
思い悩むが答えは出ない。ロロスはハーヴァーンと仲が良いわけではないが、関係が薄いわけでもない。その性格と実力を十分に理解しているが故の疑問だった。
「ご主人ー! おわったよー!」
そんな緊迫感をついて破って、元気な子供の声が第6階層に響く。メイド服の着た小さな女の子だ。
その少女はゴーレムの存在を気にする事もなく、赤い液体の上に立って辺りをキョロキョロと見渡す。そこでやっとロロスの存在に気付いたのか、驚いて2歩、3歩と下がった。
「こんにちは。しつれいしております。」
「あ、ああ……こんにちは。」
ロロスは反射的に挨拶を返した。数ある疑問はあれど、長年染み付いた常識がそれよりも先に出たのだ。
「……私、この『あか』が好きなんです。『ひ』は好きじゃないんだけど、この子の『あか』は好きなの。おねえさんも、そう思わない?」
そこでやっとロロスは気付いた。視覚も、魔力も、ハーヴァーンが死んだことを証明している。しかし何故か、こんなにも血が溢れているのに匂いがしない。
鼻腔をくすぐるのは、にんにくのような、ニラのような不快な臭いだけだった。
「『マッチ売りの少女』」
死体は瞬きの内に消える。そこには血も何もなくて、小さな木の棒だけが転がっていた。
「――異世界には、マッチという道具があるそうだ。魔法がないからこそ、火種を作るのに苦労したらしく、そのようなものが開発されたらしい。」
死体がないならば、当然死んでもいないわけだ。とどのつまり、ロロスは幻術にかかっていた。
「本題だが、それに関する有名な童話がある。雪の中、マッチを売る少女は商品であるマッチに火をつけて、幸せな幻覚をその火の中に見たそうだ。お前が見たのはそれだ。」
ハーヴァーンは少し離れた位置で、右手に手のひらにおさまる程の大きさの箱を持っていた。
「低燃費で何より聞き分けのいい、俺の好きな『童話』だとも。」
そのマッチ箱は魔道具ではない。魂を持った生き物だ。疑似魂魄と呼ばれるという人工の魂によって生きる生物なのだ。己で考え、動くからこそ、魔道具では為し得ない高度な能力を発揮する。
ただ、たまに気を悪くして言う事を聞いてくれないのが難だが。
「ご主人ー!」
「抱きつくな、暑苦しい。」
その腰に少女は飛びついて、ハーヴァーンの後ろからロロスを見た。
ロロスは何も知らない。そんな魔法も、その少女の事も、何一つだって知らない。最後に戦った時とハーヴァーンは全てが違った。
「お前の敗因をあげるとするなら、この5年、魔法ではなく下らない裏切りの準備に費やした事だ。」
少女はまるで人形のように力が抜けてその場に倒れ、それと代わるように大きな魔力の化身がそこに顕現する。属性は生命を象徴する木、その格は最上級。
それは人ではなく、ただ思うがままにそこにある自由の化身だ。王には劣るものの、その単体の力は冠位にも並びうる。
「契約に従い、力を貸せ。木の大精霊コティマスカ――!」
大木がハーヴァーンの背後で生え、急速に育ち葉をつける。枝には一羽のツバメが止まって、鋭く鳴き声をあげる。
「『童話作家』。ここは、既に童話の中だ。」
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