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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜
30.蜘蛛の巣に飛び込む
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2階から通気口などを使って上階へと駆ける。道中には魔物の姿も人の姿もなかった。魔物の侵攻は上に速かったが、下に向かうのは遅いらしい。階層間の移動魔法陣も停止した関係で、こんな中途半端な場所に残っている人もいないわけだ。
当然ながらこんな道を通った事もなく、少し迷いながらも俺は第6階へと辿りついていた。
「何だ、これ。」
俺は目を見開いた。第6階の天井には、大木の根のようなものがあった。それも天井一面にである。その根には魔力が流れていて、魔法かそれに類するものである事がわかる。
7階にはオーディンの大魔導図書館がある。あそこは賢者の塔にとっても重要な場所であり、他の階層よりも堅牢な造りとなっているはずだ。それが何故、一体どうしてこんな事になっているのか。
「ああ、少年! 君もここに来ていたのか!」
意識の外から声が鳴る。呆けている内に近付かれていたらしい。
その人物はこの一件が始まる直前に俺を呼び寄せたロロスだった。彼女はこの緊急時であっても前と同じ様子で、親しげに俺へと話しかけてきている。
「緊急時ではあるが、君に出会えた事は僥倖と言える。ちょっと協力して欲しい事があるんだけど、いいかな?」
怪しい、そう反射的に思った。彼女を疑うのには十分な証拠が揃っていて、逆に彼女を信頼するには関係が浅い。警戒するのは当然とも言える。
「協力って言われても、状況が分からない事には何も言えないぞ。」
「ああ、そうだね。それじゃあ私がここにいる経緯からちゃんと説明しておこうか。変に急いで仕方ないというものです。」
コホン、とわざとらしくロロスは咳払いをした。
「君に伝書鳩を送った後、私は用があって一度ここに来たんだ。もう戻ろうというタイミングでこんな事が起こって、しかも上階の様子もどうやらおかしい。だから今までずっと上で何が起きているかを調べていたわけだよ。」
なるほど、行動に違和感はない。俺でも上がこうなっていたら調べずにはいられないだろう。
「色々と調べた結界、上では戦闘が起きているらしい。オーディンと誰かが戦っている。」
「オーディンって……あの第2席のか? ここに来ていたのか?」
「そう、君の想像する第2席で間違いないよ。私も直ぐに加勢しようと思ったんだけど、一人じゃ行っても邪魔になるだけかもしれない。そこに君が現れたってわけさ。」
知らなかった。一体いつから賢者の塔に来ていたのだろう。少なくとも俺の周りで噂などにはなっていなかった。
「一緒に上に行こう、少年。オーディンを助けるんだ。」
「……助けるって、あの人が危ない状況になるなんて想像できないけどな。」
「いや、敵は勝算があるから勝負を仕掛けてきているんだ。万が一はある。」
これもまた納得できる話だ。だが、何だろうか。誘導されているような感覚が拭えない。考え過ぎなのだろうか。
俺はこの人と一対一でしか話した事がない。他の人の口からこの人の話を聞いた事がない。もしこの人が言うことの全てが嘘であったとしても、俺はその確証を得ることができないのだ。
「悩む必要はないはずだ。断る理由もないはずだ。何をそこまで怖がるんだい、少年。」
逆に、この人の言う事の全てが真実であるのならば、行かなくてはならない。もうこれ以上に家族を失うなんて嫌だ。もし邪魔になりそうなら直ぐに逃げかえればいい。それができるぐらいの実力はあるはずだ。
俺は肯定の言葉を口にしようと口を開いて――
――その瞬間に俺の首が青く光った。
俺の魔力を使って魔法陣が宙に浮き出る。一体何が起きているのか理解するよりも早く、その魔法陣は形を成して何かを呼び寄せる。
真っ青な髪が俺の視界に映った。その人物を俺は知っている。
「――気に入らんな、ロロス。」
冠位魔導生命科であるハーヴァーンがそこに現れた。
「……びっくりした。何で君が急に現れるわけさ、ハーヴァーン。」
「こいつの首には寄生虫を入れておいたからな。お前の魔力に反応して転移の魔法陣を起動するように命令しただけだ。」
サラッととんでもない事をぬかした。
首筋を触ると小さなミミズのようなものが頭を出していた。俺はそれを引っ張り出して火の魔法で燃やす。こんなものがずっと俺の体内にいたと考えるとゾッとする。
「それで、何で来たんだい。私に会いたくなったとか?」
「白々しいな。魔物を呼び込んだ張本人がよく言うものだ。」
当然のように言い放ったハーヴァーンの言葉に、ロロスは笑みを見せた。
「お前の工房を調べれば直ぐに分かった事だ。何か言い訳があるなら聞こう。」
「……いや、いいよ。別にバレてもいい事だったからね。」
大気が揺らぎ、空間の狭間から大きな鎌が這い出る。それはロロスの手に握られた。
その鎌はまるで死神の持つ鎌であり、光を当てられていないように黒かった。魔法使いが持つ武器だ、きっと普通のものではない。人器の可能性だってある。
「その通りだよ。私、正確には私達はこの賢者の塔をぐちゃぐちゃにするための計画を立てた。アルス君を殺すところまで持っていければ良かったんだけど、君が来たからにはちょっと難しそうだね。」
ロロスは天井を指差す。
「ただ、全てが嘘ってわけじゃない。上ではオーディンと私の仲間が戦っている。もしかしたら負けて、死ぬかもしれない。行かなくてもいいのかな、アルス君。」
誘い込まれている。これは罠だと俺の本能は警笛を鳴らす。
「悩む必要はないはずだ。行けばいい。」
それでも俺に選択の余地はない。最初から、選択肢はたった一つしかないのだから。
ロロスを倒してから上へ向かう。俺にある選択肢はそれだけだ。俺は魔力を練り始め、戦闘態勢を整える。
「アルス、お前は上に行け。こいつは俺が片付ける。」
そんな俺の思考を読んだのか、ハーヴァーンが先にそう言った。
「お前は確かに気に入らん。あのラウロの倅で、人に魔法を使う事すら躊躇う臆病者だ。だが、それよりも気に入らんのはこいつだ。」
ハーヴァーンとロロスの視線が交差する。
「こいつは俺に勝てると思っている。ずっと昔から、俺を舐め腐っている。それ以上に許せない事がこの世にあるものか。」
そこには有無を言わせぬ迫力があった。ロロスは底が知れない、それでも尚、ハーヴァーンは自分の方が勝ると断言しているのだ。
「こいつは俺の獲物だ。お前は好きな場所に好きなように行くといい。」
「……わかった。ありがとよ。」
俺は風に体を変えて上階へと向かった。誰も俺を追いかける奴はいなかった。
アルスが去った後、残るのは当然ながらハーヴァーンとロロスの二人である。
「随分とあっさりと行かせるんだな。」
「まあ、少年が行ったところでどうしようもない事だ。それに君を殺してから追いかければいい、そうだろう?」
ロロスが最後の言葉を言った瞬間に、真っ赤な炎がロロス目掛けて飛ばされる。しかし結界がそれを阻んだ。
「その態度が気に入らんと言っているのが分からんのか、たわけが。」
「分からないねえ。だって君、私より弱いじゃないか。」
戦いの火蓋は切って落とされる。
当然ながらこんな道を通った事もなく、少し迷いながらも俺は第6階へと辿りついていた。
「何だ、これ。」
俺は目を見開いた。第6階の天井には、大木の根のようなものがあった。それも天井一面にである。その根には魔力が流れていて、魔法かそれに類するものである事がわかる。
7階にはオーディンの大魔導図書館がある。あそこは賢者の塔にとっても重要な場所であり、他の階層よりも堅牢な造りとなっているはずだ。それが何故、一体どうしてこんな事になっているのか。
「ああ、少年! 君もここに来ていたのか!」
意識の外から声が鳴る。呆けている内に近付かれていたらしい。
その人物はこの一件が始まる直前に俺を呼び寄せたロロスだった。彼女はこの緊急時であっても前と同じ様子で、親しげに俺へと話しかけてきている。
「緊急時ではあるが、君に出会えた事は僥倖と言える。ちょっと協力して欲しい事があるんだけど、いいかな?」
怪しい、そう反射的に思った。彼女を疑うのには十分な証拠が揃っていて、逆に彼女を信頼するには関係が浅い。警戒するのは当然とも言える。
「協力って言われても、状況が分からない事には何も言えないぞ。」
「ああ、そうだね。それじゃあ私がここにいる経緯からちゃんと説明しておこうか。変に急いで仕方ないというものです。」
コホン、とわざとらしくロロスは咳払いをした。
「君に伝書鳩を送った後、私は用があって一度ここに来たんだ。もう戻ろうというタイミングでこんな事が起こって、しかも上階の様子もどうやらおかしい。だから今までずっと上で何が起きているかを調べていたわけだよ。」
なるほど、行動に違和感はない。俺でも上がこうなっていたら調べずにはいられないだろう。
「色々と調べた結界、上では戦闘が起きているらしい。オーディンと誰かが戦っている。」
「オーディンって……あの第2席のか? ここに来ていたのか?」
「そう、君の想像する第2席で間違いないよ。私も直ぐに加勢しようと思ったんだけど、一人じゃ行っても邪魔になるだけかもしれない。そこに君が現れたってわけさ。」
知らなかった。一体いつから賢者の塔に来ていたのだろう。少なくとも俺の周りで噂などにはなっていなかった。
「一緒に上に行こう、少年。オーディンを助けるんだ。」
「……助けるって、あの人が危ない状況になるなんて想像できないけどな。」
「いや、敵は勝算があるから勝負を仕掛けてきているんだ。万が一はある。」
これもまた納得できる話だ。だが、何だろうか。誘導されているような感覚が拭えない。考え過ぎなのだろうか。
俺はこの人と一対一でしか話した事がない。他の人の口からこの人の話を聞いた事がない。もしこの人が言うことの全てが嘘であったとしても、俺はその確証を得ることができないのだ。
「悩む必要はないはずだ。断る理由もないはずだ。何をそこまで怖がるんだい、少年。」
逆に、この人の言う事の全てが真実であるのならば、行かなくてはならない。もうこれ以上に家族を失うなんて嫌だ。もし邪魔になりそうなら直ぐに逃げかえればいい。それができるぐらいの実力はあるはずだ。
俺は肯定の言葉を口にしようと口を開いて――
――その瞬間に俺の首が青く光った。
俺の魔力を使って魔法陣が宙に浮き出る。一体何が起きているのか理解するよりも早く、その魔法陣は形を成して何かを呼び寄せる。
真っ青な髪が俺の視界に映った。その人物を俺は知っている。
「――気に入らんな、ロロス。」
冠位魔導生命科であるハーヴァーンがそこに現れた。
「……びっくりした。何で君が急に現れるわけさ、ハーヴァーン。」
「こいつの首には寄生虫を入れておいたからな。お前の魔力に反応して転移の魔法陣を起動するように命令しただけだ。」
サラッととんでもない事をぬかした。
首筋を触ると小さなミミズのようなものが頭を出していた。俺はそれを引っ張り出して火の魔法で燃やす。こんなものがずっと俺の体内にいたと考えるとゾッとする。
「それで、何で来たんだい。私に会いたくなったとか?」
「白々しいな。魔物を呼び込んだ張本人がよく言うものだ。」
当然のように言い放ったハーヴァーンの言葉に、ロロスは笑みを見せた。
「お前の工房を調べれば直ぐに分かった事だ。何か言い訳があるなら聞こう。」
「……いや、いいよ。別にバレてもいい事だったからね。」
大気が揺らぎ、空間の狭間から大きな鎌が這い出る。それはロロスの手に握られた。
その鎌はまるで死神の持つ鎌であり、光を当てられていないように黒かった。魔法使いが持つ武器だ、きっと普通のものではない。人器の可能性だってある。
「その通りだよ。私、正確には私達はこの賢者の塔をぐちゃぐちゃにするための計画を立てた。アルス君を殺すところまで持っていければ良かったんだけど、君が来たからにはちょっと難しそうだね。」
ロロスは天井を指差す。
「ただ、全てが嘘ってわけじゃない。上ではオーディンと私の仲間が戦っている。もしかしたら負けて、死ぬかもしれない。行かなくてもいいのかな、アルス君。」
誘い込まれている。これは罠だと俺の本能は警笛を鳴らす。
「悩む必要はないはずだ。行けばいい。」
それでも俺に選択の余地はない。最初から、選択肢はたった一つしかないのだから。
ロロスを倒してから上へ向かう。俺にある選択肢はそれだけだ。俺は魔力を練り始め、戦闘態勢を整える。
「アルス、お前は上に行け。こいつは俺が片付ける。」
そんな俺の思考を読んだのか、ハーヴァーンが先にそう言った。
「お前は確かに気に入らん。あのラウロの倅で、人に魔法を使う事すら躊躇う臆病者だ。だが、それよりも気に入らんのはこいつだ。」
ハーヴァーンとロロスの視線が交差する。
「こいつは俺に勝てると思っている。ずっと昔から、俺を舐め腐っている。それ以上に許せない事がこの世にあるものか。」
そこには有無を言わせぬ迫力があった。ロロスは底が知れない、それでも尚、ハーヴァーンは自分の方が勝ると断言しているのだ。
「こいつは俺の獲物だ。お前は好きな場所に好きなように行くといい。」
「……わかった。ありがとよ。」
俺は風に体を変えて上階へと向かった。誰も俺を追いかける奴はいなかった。
アルスが去った後、残るのは当然ながらハーヴァーンとロロスの二人である。
「随分とあっさりと行かせるんだな。」
「まあ、少年が行ったところでどうしようもない事だ。それに君を殺してから追いかければいい、そうだろう?」
ロロスが最後の言葉を言った瞬間に、真っ赤な炎がロロス目掛けて飛ばされる。しかし結界がそれを阻んだ。
「その態度が気に入らんと言っているのが分からんのか、たわけが。」
「分からないねえ。だって君、私より弱いじゃないか。」
戦いの火蓋は切って落とされる。
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