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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜
25.組織と軍勢
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賢者の塔第7階オーディンの大魔導図書館。オーディンとアルドールはいつも通り、ファズアの資料を調べていた。一月かけても進捗はなかった。
それは単純に量が多いのもあるが、ファズアの字がお世辞にも綺麗とは言えないものであったり、独自の暗号文でメモ書きがなされていたりと、様々な事情が折り重なっていた結果である。そもそも見られる事を前提とした論文はともかく、メモ帳などの物は順番など気にせずに乱雑に書かれている。その中で情報を取捨選択するのは至難の技であった。
それでも時間をかければ、必ず結果が現れる。
「なるほど、のう。」
オーディンはそう言って息を大きく吐いた。目の前には一冊の本が置かれていて、その下には複雑な魔法陣が描かれている。
この世界の暗号技術の一つに、本を利用したものが存在する。伝えたい文章を魔法の術式へと変換し、それを一冊の本に細かく刻む事によって解読を困難とさせる技術である。方法を知らない限りは人力での解読はほぼ不可能であり、解析をするには専用の魔法陣が必須となるものだ。
そしてこの本に隠されていた暗号にこそ、二人が探し求めていた情報があった。
「アルドール、ここを出るぞ。もうこれ以上の情報は――」
少し離れた位置で違う資料を調べているアルドールに、オーディンが話しかけた瞬間の事だった。
膨大な魔力と共に賢者の塔が揺れた。
「――は?」
オーディンの第一声は、驚きや困惑を示すものではなかった。絶対に有り得ない事が起こった、そんな声だった。
「これは……賢者の塔に穴があけられたのか。遠くには魔物の反応もあるぞ。王選の比ではない数だ。」
「分かっておる。」
2人は落ち着いていた。いや、長年の魔法使いとしての経験が彼らを落ち着かせた。
魔法は想像の世界だ。慌てるほど魔法は形を崩し、恐れるほど魔法は威力を落とす。どんな状況でも冷静でいるのは、長く魔法使いを続けていくのに最も重要なスキルである。
冷静に、オーディンは頭を働かせていた。
賢者の塔はオーディンであっても傷をつけるのは難しい堅牢な要塞である。それが壊されるとなれば、可能性は2つある。
1つはそれを無視する程の強力な攻撃があった。もう1つは内側からその守りを弱くするように細工されていた。オーディンは2つの可能性から即座に決断する。
「――裏切り者がいるぞ。それも冠位の中にじゃ。」
「……本気で言っているのか?」
「この状況で冗談を言う馬鹿がどこにおる。アルドール、お主は裏切り者を探せ。わしは外の魔物を対処する。」
普段から賢者の塔にいて、尚且つ裏切りをしそうな人物像。オーディンの頭に浮かんだのは最近冠位になったばかりのハーヴァーンと、危険な思想を持っているアローニアだ。
誰と何故協力したのかは分からない。それでも裏切り者がいる前提で動く事が重要である。いくら最強の魔女であるオーディンであっても、頭と心臓を潰されれば死ぬ。敵かもしれない者に背中は任せられない。
「外に行くのはダメだよ。君達はここで死んでもらわなきゃ。」
さっきまで何もなかった場所に、何の魔力の予兆もなく人の影が2つ現れた。オーディンは反射的に雷の魔法をそれにぶつける。
「キャハハ、キャハハ、怖いね。こんな子供に向かってそんな危ない魔法を飛ばしてくるんだもん。」
高く耳障りな声が響く。オーディンの攻撃を受けた様子はない。
そこにいたのは黒髪の少年と、長い緑の髪をもつ長身の女であった。この大魔導図書館に侵入している時点で敵である事は確定している。オーディンとアルドールは戦闘体制を整える。
「僕は組織が幹部、『怠惰欲』のトッゼ。初めまして、二人とも。」
トッゼは冠位の二人を前にしてもケラケラと笑うだけで、怯える様子も警戒する様子もない。むしろこの状況を楽しんでいるように見えた。
オーディンはそんなトッゼには目を向けず、その隣にいる女の方を見ていた。トッゼがどんな攻撃をしてくるのかは知っている。前に闘技場に現れた時の話を聞いていたからだ。しかし女の方は一切情報がない。
同じ組織の幹部であるのか、もしくは別の何かか――
「僕達の目的はオーディンの命だ。アルドール、君が逃げるのなら追う気はないけど。」
アルドールは返事をしない。それが答えだった。
「私があの子供をやろう。構わないか?」
「好きにせい。わしも好きにやる。」
アルドールは一つの剣を虚空から取り出す。その剣は芸術品と見紛う程の美しい片手剣だった。それにトッゼが意識を寄せた瞬間に、アルドールの姿は消えていた。
「どこに――」
既にアルドールはトッゼの後ろで剣を構えていた。剣を中心として暴風が渦巻き、荒れ狂う魔力がたった一本の剣に収束する。
それは剣がトッゼの体に触れた瞬間に解き放たれる。
暴風が全てトッゼの肉体に叩きつけられ、一瞬でトッゼの体は彼方まで姿を消した。アルドールはトッゼが消えていった方へと足を進める。
「それでは、また後で会おう。」
アルドールは転移魔法で姿を消す。残ったのはオーディンと長身の女の二人だけだった。二人は動かずに互いに様子を見る。
「……一対一でよかったわけ? 正直、私はあのガキとは仲が悪いから嬉しいけど。」
「構わん。どっちでも大した違いはないわい。」
「あっそ。やっぱり数百年も生きていると肝の座り方が違うね。」
女のロングスカートの下から、巨大な木の蔓が這い出て地面を覆っていく。それはものの十数秒で辺りを覆い尽くした。女の肌は緑色に染まっていき、目は赤くなっていく。
彼女は人類種ではない。人が自分の体から蔓を生やす事などできようはずもない。ともなればそれは魔物であり、会話ができるほどの知能があるのならばそれは魔族である。その中でも植物を扱う魔族となれば、オーディンには心当たりがあった。
「お前、アルラウネか。」
「――正解。よく知ってるね。」
森の中で植物に擬態し、獲物を食らう魔物である。女の姿をしているのも人を油断させて誘い込む為のものである。その特性上、基本的に真正面からの戦いは苦手とされている種だ。
しかし、この女は例外だ。これ程の魔力を保有していて、能力を上手く扱える程の高度な知能を有するのならば話は変わってくる。
「私は魔王軍が四天王の一人、エダフォス。」
オーディンは目を細める。魔王はここ数百年現れていない、もはや伝説に近い存在である。当然ながら魔王が現れたなどという話はどこにも流れていない。
それでもエダフォスという魔族を前にすれば、それが嘘であると笑う事はできない。これ程に強大な魔族が頭を垂れる存在がいるというのは確かなのだから。
「今日こそが、魔王軍の華々しい第一歩だ。」
エダフォスは魔族らしく、歪に笑った。
それは単純に量が多いのもあるが、ファズアの字がお世辞にも綺麗とは言えないものであったり、独自の暗号文でメモ書きがなされていたりと、様々な事情が折り重なっていた結果である。そもそも見られる事を前提とした論文はともかく、メモ帳などの物は順番など気にせずに乱雑に書かれている。その中で情報を取捨選択するのは至難の技であった。
それでも時間をかければ、必ず結果が現れる。
「なるほど、のう。」
オーディンはそう言って息を大きく吐いた。目の前には一冊の本が置かれていて、その下には複雑な魔法陣が描かれている。
この世界の暗号技術の一つに、本を利用したものが存在する。伝えたい文章を魔法の術式へと変換し、それを一冊の本に細かく刻む事によって解読を困難とさせる技術である。方法を知らない限りは人力での解読はほぼ不可能であり、解析をするには専用の魔法陣が必須となるものだ。
そしてこの本に隠されていた暗号にこそ、二人が探し求めていた情報があった。
「アルドール、ここを出るぞ。もうこれ以上の情報は――」
少し離れた位置で違う資料を調べているアルドールに、オーディンが話しかけた瞬間の事だった。
膨大な魔力と共に賢者の塔が揺れた。
「――は?」
オーディンの第一声は、驚きや困惑を示すものではなかった。絶対に有り得ない事が起こった、そんな声だった。
「これは……賢者の塔に穴があけられたのか。遠くには魔物の反応もあるぞ。王選の比ではない数だ。」
「分かっておる。」
2人は落ち着いていた。いや、長年の魔法使いとしての経験が彼らを落ち着かせた。
魔法は想像の世界だ。慌てるほど魔法は形を崩し、恐れるほど魔法は威力を落とす。どんな状況でも冷静でいるのは、長く魔法使いを続けていくのに最も重要なスキルである。
冷静に、オーディンは頭を働かせていた。
賢者の塔はオーディンであっても傷をつけるのは難しい堅牢な要塞である。それが壊されるとなれば、可能性は2つある。
1つはそれを無視する程の強力な攻撃があった。もう1つは内側からその守りを弱くするように細工されていた。オーディンは2つの可能性から即座に決断する。
「――裏切り者がいるぞ。それも冠位の中にじゃ。」
「……本気で言っているのか?」
「この状況で冗談を言う馬鹿がどこにおる。アルドール、お主は裏切り者を探せ。わしは外の魔物を対処する。」
普段から賢者の塔にいて、尚且つ裏切りをしそうな人物像。オーディンの頭に浮かんだのは最近冠位になったばかりのハーヴァーンと、危険な思想を持っているアローニアだ。
誰と何故協力したのかは分からない。それでも裏切り者がいる前提で動く事が重要である。いくら最強の魔女であるオーディンであっても、頭と心臓を潰されれば死ぬ。敵かもしれない者に背中は任せられない。
「外に行くのはダメだよ。君達はここで死んでもらわなきゃ。」
さっきまで何もなかった場所に、何の魔力の予兆もなく人の影が2つ現れた。オーディンは反射的に雷の魔法をそれにぶつける。
「キャハハ、キャハハ、怖いね。こんな子供に向かってそんな危ない魔法を飛ばしてくるんだもん。」
高く耳障りな声が響く。オーディンの攻撃を受けた様子はない。
そこにいたのは黒髪の少年と、長い緑の髪をもつ長身の女であった。この大魔導図書館に侵入している時点で敵である事は確定している。オーディンとアルドールは戦闘体制を整える。
「僕は組織が幹部、『怠惰欲』のトッゼ。初めまして、二人とも。」
トッゼは冠位の二人を前にしてもケラケラと笑うだけで、怯える様子も警戒する様子もない。むしろこの状況を楽しんでいるように見えた。
オーディンはそんなトッゼには目を向けず、その隣にいる女の方を見ていた。トッゼがどんな攻撃をしてくるのかは知っている。前に闘技場に現れた時の話を聞いていたからだ。しかし女の方は一切情報がない。
同じ組織の幹部であるのか、もしくは別の何かか――
「僕達の目的はオーディンの命だ。アルドール、君が逃げるのなら追う気はないけど。」
アルドールは返事をしない。それが答えだった。
「私があの子供をやろう。構わないか?」
「好きにせい。わしも好きにやる。」
アルドールは一つの剣を虚空から取り出す。その剣は芸術品と見紛う程の美しい片手剣だった。それにトッゼが意識を寄せた瞬間に、アルドールの姿は消えていた。
「どこに――」
既にアルドールはトッゼの後ろで剣を構えていた。剣を中心として暴風が渦巻き、荒れ狂う魔力がたった一本の剣に収束する。
それは剣がトッゼの体に触れた瞬間に解き放たれる。
暴風が全てトッゼの肉体に叩きつけられ、一瞬でトッゼの体は彼方まで姿を消した。アルドールはトッゼが消えていった方へと足を進める。
「それでは、また後で会おう。」
アルドールは転移魔法で姿を消す。残ったのはオーディンと長身の女の二人だけだった。二人は動かずに互いに様子を見る。
「……一対一でよかったわけ? 正直、私はあのガキとは仲が悪いから嬉しいけど。」
「構わん。どっちでも大した違いはないわい。」
「あっそ。やっぱり数百年も生きていると肝の座り方が違うね。」
女のロングスカートの下から、巨大な木の蔓が這い出て地面を覆っていく。それはものの十数秒で辺りを覆い尽くした。女の肌は緑色に染まっていき、目は赤くなっていく。
彼女は人類種ではない。人が自分の体から蔓を生やす事などできようはずもない。ともなればそれは魔物であり、会話ができるほどの知能があるのならばそれは魔族である。その中でも植物を扱う魔族となれば、オーディンには心当たりがあった。
「お前、アルラウネか。」
「――正解。よく知ってるね。」
森の中で植物に擬態し、獲物を食らう魔物である。女の姿をしているのも人を油断させて誘い込む為のものである。その特性上、基本的に真正面からの戦いは苦手とされている種だ。
しかし、この女は例外だ。これ程の魔力を保有していて、能力を上手く扱える程の高度な知能を有するのならば話は変わってくる。
「私は魔王軍が四天王の一人、エダフォス。」
オーディンは目を細める。魔王はここ数百年現れていない、もはや伝説に近い存在である。当然ながら魔王が現れたなどという話はどこにも流れていない。
それでもエダフォスという魔族を前にすれば、それが嘘であると笑う事はできない。これ程に強大な魔族が頭を垂れる存在がいるというのは確かなのだから。
「今日こそが、魔王軍の華々しい第一歩だ。」
エダフォスは魔族らしく、歪に笑った。
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