幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

文字の大きさ
上 下
396 / 474
第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

20.老魔法使いは語る

しおりを挟む
 冠位魔導術式科ロード・オブ・スペルにして賢神第三席たるハデスは、最も人が想像する魔法使い像そのものだ。
 長い髭をたくわえ、つばの広い帽子と黒いローブを身にまとう。老齢で嗄れ声でありながらも、魔法への探究心は未だ尽きぬ研究者。それこそが『術式王』とまで呼ばれるハデスの姿である。
 会うのは難しいと聞いていたからこそ、こうやって会える事になったのは嬉しかった。冠位の中でもハデスならば多くの事を知っているのではないかと、そういう期待があったのもある。

 術式科の本部である第14階層に俺は来ていた。入り口にはビルにあるようなエントランスがあり、その奥には無数の部屋が並んでいた。
 俺が向かうのは、当然ハデスの工房がある部屋だ。エントランスにあった地図を思い出しながら歩いていくと、思ったよりも直ぐにハデスの工房に辿り着いた。
 扉の前に立ち、その扉をノックする。

「……入れ。」

 数秒経った後に、中から声が響いた。俺はドアノブを掴んで、一息に開いて中へと入る。
 中は薄暗く、数本の蝋燭だけが光源である部屋だ。見えにくいが部屋の中は整理整頓されており、来客用の椅子や机もある。恐らくだが実験用の部屋は別にあるのだろう。奥にある扉がきっとその部屋に通じる扉だ。
 暗闇の中から足音が響く。工房の主であるハデスは闇の中から滲み出るように俺の目の前に現れた。

「久しいな、アルス・ウァクラート。まずは座れ。」

 そう言って俺に背を向け、ハデスは長椅子に腰掛ける。俺はその対面の椅子に座った。間にある机の真ん中には蝋燭が一本立っていて、その炎がゆらゆらと揺れている。

「お前の活躍は聞いている。随分と苦労したそうだな。」

 否定はしない。どう考えてもここ最近の忙しさは尋常ではなかった。今も忙しくないわけではないが、王選などと比べると暇な方である。
 それにしても、ハデスが俺の話を知っているというのは少し意外だ。研究にしか興味がないとばかり思っていたからな。新聞とか読むのだろうか。

「そして今、冠位を目指して研究をしている。随分と生き急ぐものだ。」
「……そういうつもりはないけどな。ちゃんと休みは取っているし、無理に研究を進めているわけでもない。」
「ラウロの奴も、同じ事を言っていた。同じように儂に教えを乞い、冠位へと至り、生き急いで死んだ。」

 帽子に隠れるハデスの黒い瞳が俺を射抜く。その目は俺の奥底を見透かしているように感じた。

「お前の夢は、未だに変わっていないか?」
「……ああ、勿論。俺は世界中の人を助けられる魔法使いになる。それはずっと変わってない。」

 そうか、とハデスは頷く。部屋が暗いせいでハデスの表情が俺にはわからない。声色もただ無感情で、生きていないんじゃないかと思ってしまう程に正気を感じない。
 俺は何故こんな事を問われているのだろうか。ハデスは俺から何を知ろうとしているのだろう。

「その夢に冠位は必要あるまい。冠位の称号など何の価値も持たない。何に代わる物でもない。果たしてそれは、お前の時を捧げるに足るものなのか?」

 なんとなく、俺は止められているような気がした。冠位にはなるなと、そう言われているような気がした。
 何故ハデスがそう考えているかは分からない。わざわざ俺を止める理由だってハデスにはないはずた。ハデスの所属するオリュンポスと少し縁がある、その程度の関係性のはずである。
 だがどっちにしろ、俺の答えは決まりきっている。俺の夢は、学園を卒業したあの時から一瞬たりとて変わっていない。

「俺は冠位になって親父を超える。そうやって初めて俺は、夢を叶える資格を手に入れられる。」
「誰も、それを求めていなかったとしてもか?」
「当然だろ。これは他の誰でもない、俺の夢なんだから。」

 ハデスは口を閉じた。部屋の中に不気味なまでの沈黙が響く。

「……妙な質問をしたな、忘れろ。その代わりにお前の質問に答えてやる。」

 そう言われては追及する事などできない。だから大人しく俺は、事前に考えていた質問をハデスへとぶつけた。





 想像していた通り、様々な俺の質問にハデスは答えてくれた。明確な回答ではないが、そのヒントになるような事を色々と教えてくれた。
 これだけでここに来た意味が確かにあった。

「それじゃあこれが質問としては最後なんだけど、異世界に渡る魔法について知らないか?」
「……それを何の代償もなく行えるのは神だけだ。禁忌に触れたいのなら、話は別だが。」

 訝しむような目でハデスは俺を見た。

「いやいや、流石にそんなつもりはない! 人に道に反する事はしねえよ!」

 俺は慌てて否定する。禁忌には禁忌になるだけの理由がある。どうやっても人の犠牲なくしては進歩しない研究こそが禁忌なのだ。
 ヒカリは必ず元の世界に帰らせる。禁忌なんかじゃなく、別の方法で。

「なら良い……他に何かあるか?」
「お願いできるなら、冠位になるための推薦状が欲しい。」
「良いだろう。後でお前の工房に送ってやる。」

 おお、やった。これでやっと推薦状が三つ揃った。後顧の憂いは断てたことになる。後は研究に集中して成果をたげるだけだ。

「ありがとう。俺の用はこれが最後だ。邪魔をしたな。」
「構わん。儂の研究も一段落ついた所だ。」

 ハデスの研究、か。どんな内容か少し気になるが、もう用がないと言ったし聞くのはやめておこう。きっと発表された時に知れるだろう。
 それよりも、今は急いで試してみたい事が沢山ある。早く自分の工房に戻りたい。俺は焦る気持ちを抑えながら椅子から立ち上がり、軽くハデスへと頭を下げる。

「……最後に、儂から一つ忠告をしておこう。」

 俺は足を止めた。

「人の力には限界がある。どれだけ力を手に入れても、どれだけ知識を得ても、どれだけの名声をその身に浴びようと、人は必ず失敗をする。理想のままに願いを叶えれる者など存在しない。」

 その言葉はあまりにもハデスのイメージに似合わない。常に余裕を持ち取り乱さず、知恵を巡らせる者こそがハデスだからだ。そんなハデスの口から、限界だとか失敗だとかそんな言葉を聞くとは思わなかった。

「お前の夢もそうだ。夢が叶う時、必ず何かが犠牲になる。その覚悟をしておけ。本当に夢を叶えたいのであればな。」

 違うと、そう言いたかった。だけど既に目線は外れていて、さっきより遥かにハデスが遠い距離にいるような気がした。
 これを言ったのがハデスでなかったのなら、俺はすぐさまに否定していただろう。だって夢に犠牲が必要だなんて馬鹿らしい話だ。犠牲の上に叶う夢なんて、喜べるようなものじゃない。
 だけど、あんなに思慮深く俺に知恵を授けてくれたハデスが言ったのであれば、一口に否定することはできなかった。それでも――

「……まあ、覚えとくよ。」

 ――肯定しない事が、せめてもの俺の抵抗だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

処理中です...