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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

19.待ち望んだ招待状

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 賢者の塔に来てから半月と少し経った。決して順調とは言えないが、この生活にも慣れてきた。
 基本的には工房にこもって研究をして、呼び出しがあったら開発局に行って奴隷のように実験を受ける日々である。これ以外の事は滅多にしないし、する必要もなかった。
 そして今日はというと、週に最大3回ある地獄の開発局行きの日である。

「――これぐらいか。それでは実験を終わりにしよう。」

 アローニアのそんな一言で、半日に渡る実験は終わりを迎えた。
 全身のデータを計測しながら、延々に魔法とスキルを使わされ続けて、久しぶりに魔力切れ一歩手前まで来ていた。精神的にもかなり限界である。
 アローニアは疲れを全く感じさせず、紙の束を持って実験結果をまとめていた。とても話しかけようとは思えない。

「あの、お疲れ、様。魔力を回復する薬、です。どうぞ。」

 地面に座り込む俺に、丸眼鏡をかけた短髪の女性が小さなガラス瓶を差し出す。青い液体が中に入っていた。
 彼女の名前はスネークである。アローニアの助手に当たる人物であり、内気ではあるもののとても優秀な人らしい。イーグルがそう言っていた。
 俺は瓶の蓋を開けて、中の液体を一息に飲み干す。

「……助かった、ありがとうスネーク。」
「いえ、そのように言われるほどの事では……わ、私は局長を手伝いに行きますね。」

 スネークはアローニアの所へと走って行った。スネークは会う人全員にあんな感じだ。長い仲であろうイーグル相手にもあの様子だったから、単に極度の人見知りなのだろう。
 俺はそう結論付けながら地面に寝転ぶ。このまま寝てしまいたいぐらいだ。
 ボーっと天井を眺めていると、足音が響く。こちらに近付いている事は直ぐに分かった。視線を向けると、イーグルがそこにいた。

「お疲れさん。もうここには慣れたか?」
「まあ、慣れたと言えば慣れたが……ここ、人が少ないからな。」

 嫌でも直ぐに慣れるというものだ。開発局は全員で5人だけで、顔も名前も覚えるのは直ぐである。ホースという人だけは開発局の外で仕事をしているらしく会った事はないが。

「なんせ局長があんな性格だからな。殆どの人はついて来ないってモンだ。残ったのは気弱な奴か、相当に優しい奴か、俺みたいに金の為なら何でもやるような奴だけだよ。」
「……お前、金の為に賢神になったのか?」
「俺は局長に無理矢理賢神にさせられた元冒険者だよ。左手を治してもらう代わりにな。」

 そう言ってイーグルは鉄で作られた左腕を俺に見せる。俺は上半身を起こして、その腕をよく見た。
 肩の部分から全てが機械であり、素人目でも精巧なものであると分かった。きっとアローニアが作ったものなのだろう。

「この開発局にいる局員はスネーク以外は真っ当な魔法使いじゃないのさ。局長たった一人の存在で開発局は成り立っているんだ。」

 頭のおかしい人物ではあるが、結果を出しているのだから非難もできない。彼女以上に人類に貢献している魔法使いは現代にいないと言えるだろう。
 魔法の祖と呼ばれるシンス・ヴィヴァーナの生まれ変わりとも呼ばれる程だ。多少の無法は許されてしまうのだろう。

「だから俺も文句は言っても逆らう事はしねえってワケ。あの人に従順な内は俺は安全だからな。」
「それはそうだろうけどな……」

 安全かもしれないが過酷過ぎる。アローニアは人の事を道具のように限界まで扱うから、普通の精神を持つ人なら一月ももたないだろう。俺だって毎日じゃないから我慢できるって感じだ。
 それにイーグル程の実力者ならば、別にアローニアの庇護下にいる必要もなかろうに。

「それよりも、アルス。研究の調子はどうなんだ?」

 ここで俺の話になるとは思わず、俺は自分でも嫌な顔をした事が分かった。それは口にせずとも答えを言っているようなものだ。

「……どうやら、あまり上手くいっていなさそうだな。」
「まあ、そうだな。どこから手をつければいいものか悩んでるんだ。」

 元より、俺は研究者になりたくて魔法使いになりたかったわけではない。こういう知識は少し後回しにしていたが故に、他の賢神に比べて魔法に対する理解は一歩劣る。色々な事を調べながら行うからこそ効率が悪いし、どうしても段取りが悪くなってしまう。
 師匠に聞きたいところだが、教えてくれなさそうなんだよなあ。いつも必要がない時に来る癖に、本当に大切な時には何もしてくれないのがあの人だ。

「そう言えばお前さん、ウァクラートの血筋なんだろ。あの魔女に協力を頼んだならどうなんだ?」
「却下だ。あの人に迷惑をかけるわけにはいかない。」
「家族に迷惑もクソもないと思うがねえ。」

 学園長には、オーディンには頼めない。それは他の誰よりも、だ。ずっと自分の事にも嘘をついて、迷惑をかけてばかりの俺があの人に頼み事なんてできるものか。俺にはその資格がない。

 二人で話しているとふと、足音が聞こえてくる。遠くからでも聞こえる大きな足音だ。音の方に視線を向けると、その先にはこちらへ向かってくるグリズリーの姿があった。

「アルスく~ん! 手紙だよ~!」

 そう言われてよくよくグリズリーの手元を見ると、便箋を持っているようであった。グリズリーの体に対して小さ過ぎて気付かなかった。
 俺の目の前でグリズリーは止まって、そっと手紙を地面に置いた。

「手紙はヴィリデニアさんからだよ。下に行った時にもらったんだ。」

 俺は急いで封を開けて中の手紙を読む。前置きとか季節の挨拶がつらつらと書かれてあるが、これは申し訳ないけどどうでもいい。さして重要な事ではない。
 大切なのは、前にした約束が現実となったか否か、そこにある。
 読み進めていくと最後の方に、何でもないように一言、『ハデスさんと会えるようにしといたわ』と書かれていた。場所や日時も簡潔に書かれてある。

「なあ、イーグル。頼みがある。」
「ん、どうした?」

 この予定は何としてでも外せない。だからといってアローニアとの契約は破れない。しかしそれでもやりようはある。

「明後日、用事ができた。アローニアに呼び出されないように何とかしてくれ。」
「はぁ? 何で俺がそんな事――」
「俺を呼び付ける係のお前が、もし俺が不在で見当たらなかったら、果たしてアローニアの命令は果たせるのかな?」

 アローニアは事情を考慮しない。俺も色々と言われるだろうが、間違いなくイーグルにも飛び火する。これは互いの為の取引なのだ。

「ひ、卑怯だぞ。俺は平穏に暮らしたいだけなのに……!」
「平和には代償つきものだ。悪いが受け入れてくれ。」

 面倒くさそうにイーグルは頭をかく。

「……わかった、貸し一つだぞ。」
「いいよ、構わない。」

 あの第三席、『術式王』ハデスに会えるのならば貸しの一つや二つ作ってやろう。それ程の価値がある。
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