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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜
18.大魔導図書館
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賢者の塔第七階層、そこは端的に言えば大図書館である。
その階層全てを本が覆い尽くしており、その蔵書数は一千万冊に近い。その数多の本が魔法により自動的に管理、保存されている。存在する本のほとんどが魔法に関する事から、大魔導図書館とも呼ばれる場所である。
この図書館は単に本の保存を行うだけでなく、賢者の塔にも深く関わりを持つ。過去に賢者の塔で行われた研究や論文、そして在籍していた者のデータがここに保存されているのだ。賢神達は遠隔でそのデータを閲覧し、それぞれの研究に役立てている。アルスが論文を得たのもここからである。
しかし、この大図書館に直接訪れる者はいない。
第一に必要な情報は、この大図書館の管理システムを通じて簡単に手に入るのだ。わざわざアナログな大図書館の中から探すのは非効率的であり、非常に困難な事である。
二つ目にそもそも入る権限を持つ者が少ない。この大図書館にあるデータは個人情報に関わるものや、研究が禁止されている禁術のデータも多い。悪用されない為にも、この大図書館に入るには特別な手続きが必要である。
そして最後に、これは何よりも重要な点であるが、この大図書館は元々個人のものであるからだ。たった一人が作り上げた大図書館の一部を賢者の塔に貸し出し、そして活用させているのである。特別な手続きを踏んでその上で、彼女の許可を得なければ入る事は許されていない。
そんな大図書館に、二つの人影があった。
一人は長身の顰めっ面をした無愛想な男で、その服装や歩き方から市井の人でない事は見て取れる。ファルクラム公爵家前当主にして、生活科が冠位であるアルドール・フォン・ファルクラムその人であった。
もう一人はエルフ特有の長く尖った耳を持つ、子供のような背丈の女である。冠位魔導属性科たる『悠久の魔女』オーディン・ウァクラートがアルドールの前を歩いていた。
「ここが大魔導図書館、か。まさか生きている内に入れるとは思わなかった。」
「今の冠位の中で、わしの大図書館に入る事を許可した者はお主だけじゃ。光栄に思え。」
――オーディンの大魔導図書館。この図書館の正式な名称はソレである。
別にオーディンが自分でそう名付けたわけではない。書類上、名前があった方が便利であるから付けられた名前である。オーディンがただ自分の魔導を探求する為に創り出した工房、それこそがこの大図書館なのだ。
「奴が失踪した研究室には様々な資料が置いてあった。それは一度ラウロの手に渡り、今はわしの大図書館にしまっておる。」
「それがわざわざ塔に来た理由か。」
「そうじゃ。禁忌を起こした元冠位魔導生命科の資料など、わしの図書館の他に置いとらん。」
魔法使いにおける禁忌とは、大きく人の道を外れる行為を指す。しかし大抵の場合、その研究は人類の役に立つようなものではあるのだ。故に禁忌に手を出す者は少なくない。より大きな力を求めた結果、禁忌に触れてしまうのだ。
魔導会は少数の犠牲による進歩を良しとしない。研究で犠牲になって良いのは己の体だけ、という理念で動いている。それが良いか悪いかは分からないが、少なくともその規則に従って何百年も魔導会は存続を続けているのだ。
「――着いたぞ。この本棚の全てが、奴に関する資料じゃ。何か足取りを掴めれば良いんじゃがな。」
二人の足は一つの本棚の前で止まった。その本棚を隙間なく本や紙が埋めており、これだけで二人が追い求める人物がどれだけ研究熱心であったのかを推測できる。
少しの間、沈黙が流れる。二人は本を取るわけでもなく、ただ黙って本棚を眺めていた。先に沈黙を破ったのはアルドールだった。
「学園長、一つ聞いても良いか?」
「……ああ、構わん。」
「何故、これを今まで私に隠してきた。確かに私はあいつの――ファズアの資料があるかなど聞いて来なかった。しかし、私にはこれを見る資格があったはずだ。」
アルドールの表情は変わらない。しかし、その手は強く握られていて、オーディンは無意識の内にそれから目を逸らした。
オーディンは今でも確かに覚えている。自らの学舎で強く成長していく孫、ラウロの姿と、それと共に切磋琢磨するファズアとアルドールの姿。その姿は今でも鮮明に記憶の中にあった。
「理由は二つある。一つは、ラウロに見るなと言われておったからじゃ。」
「ラウロの奴が、か。それは何故だ?」
「知らん。じゃが、答えはきっとこの中にあるじゃろうな。」
アルスの父、ラウロが隠そうとしたものがここにある。親友であったはずのアルドールや、自分の祖母であるオーディンにすら隠したかったような真実がだ。
「それでは、2つ目は?」
「……教え子を殺したくなかった、それだけじゃ。例え禁忌を犯したとしても、奴はわしの生徒だったわけじゃからの。」
アルドールは言葉に詰まった。何を言おうか少し悩んで、それでも良い言葉は思い浮かばなかった。
「あなたは、優し過ぎる。」
「そうかもしれんな。」
無礼とも捉えられる発言かもしれない。それでも、アルドールは言わずにはいられなかった。オーディンもその言葉に悲しそうに頷くだけで、否定をする事はなかった。
「わしがもっと厳しくあれば、バルドルも、ラウロも、死なずに済んだのかもな……」
そう言ってより、オーディンの顔は暗くなる。
流石のアルドールもしまった、と思って眉を顰める。何か話題をと考えると、アルスの顔が真っ先に思い浮かんだ。
「……そう言えば、わざわざ賢者の塔に来たのにアルスに会っていかないのか?」
「な――何でそこでアルスの話が出てくるんじゃ! 関係ないじゃろう!」
目に見えてオーディンは狼狽える。
「それにな、アルスはもう成人しておる。今まで放っておいて、急に会いに行っても嫌じゃろうし……」
「む、そういうものか。私も人に言えるほど、息子と上手く関われているわけではないからな……」
二人は揃って考え込んでしまう。
いつの世も子育てに正解などはない。それぞれに自分だけの悩みがあって、人の心ほど難しいものはないからだ。だからこそ、公爵家の当主であっても、数百年生きる魔女であっても思い悩む。
二人が本来の目的である、ファズアの資料の調査を始めたのは数十分先だった。
その階層全てを本が覆い尽くしており、その蔵書数は一千万冊に近い。その数多の本が魔法により自動的に管理、保存されている。存在する本のほとんどが魔法に関する事から、大魔導図書館とも呼ばれる場所である。
この図書館は単に本の保存を行うだけでなく、賢者の塔にも深く関わりを持つ。過去に賢者の塔で行われた研究や論文、そして在籍していた者のデータがここに保存されているのだ。賢神達は遠隔でそのデータを閲覧し、それぞれの研究に役立てている。アルスが論文を得たのもここからである。
しかし、この大図書館に直接訪れる者はいない。
第一に必要な情報は、この大図書館の管理システムを通じて簡単に手に入るのだ。わざわざアナログな大図書館の中から探すのは非効率的であり、非常に困難な事である。
二つ目にそもそも入る権限を持つ者が少ない。この大図書館にあるデータは個人情報に関わるものや、研究が禁止されている禁術のデータも多い。悪用されない為にも、この大図書館に入るには特別な手続きが必要である。
そして最後に、これは何よりも重要な点であるが、この大図書館は元々個人のものであるからだ。たった一人が作り上げた大図書館の一部を賢者の塔に貸し出し、そして活用させているのである。特別な手続きを踏んでその上で、彼女の許可を得なければ入る事は許されていない。
そんな大図書館に、二つの人影があった。
一人は長身の顰めっ面をした無愛想な男で、その服装や歩き方から市井の人でない事は見て取れる。ファルクラム公爵家前当主にして、生活科が冠位であるアルドール・フォン・ファルクラムその人であった。
もう一人はエルフ特有の長く尖った耳を持つ、子供のような背丈の女である。冠位魔導属性科たる『悠久の魔女』オーディン・ウァクラートがアルドールの前を歩いていた。
「ここが大魔導図書館、か。まさか生きている内に入れるとは思わなかった。」
「今の冠位の中で、わしの大図書館に入る事を許可した者はお主だけじゃ。光栄に思え。」
――オーディンの大魔導図書館。この図書館の正式な名称はソレである。
別にオーディンが自分でそう名付けたわけではない。書類上、名前があった方が便利であるから付けられた名前である。オーディンがただ自分の魔導を探求する為に創り出した工房、それこそがこの大図書館なのだ。
「奴が失踪した研究室には様々な資料が置いてあった。それは一度ラウロの手に渡り、今はわしの大図書館にしまっておる。」
「それがわざわざ塔に来た理由か。」
「そうじゃ。禁忌を起こした元冠位魔導生命科の資料など、わしの図書館の他に置いとらん。」
魔法使いにおける禁忌とは、大きく人の道を外れる行為を指す。しかし大抵の場合、その研究は人類の役に立つようなものではあるのだ。故に禁忌に手を出す者は少なくない。より大きな力を求めた結果、禁忌に触れてしまうのだ。
魔導会は少数の犠牲による進歩を良しとしない。研究で犠牲になって良いのは己の体だけ、という理念で動いている。それが良いか悪いかは分からないが、少なくともその規則に従って何百年も魔導会は存続を続けているのだ。
「――着いたぞ。この本棚の全てが、奴に関する資料じゃ。何か足取りを掴めれば良いんじゃがな。」
二人の足は一つの本棚の前で止まった。その本棚を隙間なく本や紙が埋めており、これだけで二人が追い求める人物がどれだけ研究熱心であったのかを推測できる。
少しの間、沈黙が流れる。二人は本を取るわけでもなく、ただ黙って本棚を眺めていた。先に沈黙を破ったのはアルドールだった。
「学園長、一つ聞いても良いか?」
「……ああ、構わん。」
「何故、これを今まで私に隠してきた。確かに私はあいつの――ファズアの資料があるかなど聞いて来なかった。しかし、私にはこれを見る資格があったはずだ。」
アルドールの表情は変わらない。しかし、その手は強く握られていて、オーディンは無意識の内にそれから目を逸らした。
オーディンは今でも確かに覚えている。自らの学舎で強く成長していく孫、ラウロの姿と、それと共に切磋琢磨するファズアとアルドールの姿。その姿は今でも鮮明に記憶の中にあった。
「理由は二つある。一つは、ラウロに見るなと言われておったからじゃ。」
「ラウロの奴が、か。それは何故だ?」
「知らん。じゃが、答えはきっとこの中にあるじゃろうな。」
アルスの父、ラウロが隠そうとしたものがここにある。親友であったはずのアルドールや、自分の祖母であるオーディンにすら隠したかったような真実がだ。
「それでは、2つ目は?」
「……教え子を殺したくなかった、それだけじゃ。例え禁忌を犯したとしても、奴はわしの生徒だったわけじゃからの。」
アルドールは言葉に詰まった。何を言おうか少し悩んで、それでも良い言葉は思い浮かばなかった。
「あなたは、優し過ぎる。」
「そうかもしれんな。」
無礼とも捉えられる発言かもしれない。それでも、アルドールは言わずにはいられなかった。オーディンもその言葉に悲しそうに頷くだけで、否定をする事はなかった。
「わしがもっと厳しくあれば、バルドルも、ラウロも、死なずに済んだのかもな……」
そう言ってより、オーディンの顔は暗くなる。
流石のアルドールもしまった、と思って眉を顰める。何か話題をと考えると、アルスの顔が真っ先に思い浮かんだ。
「……そう言えば、わざわざ賢者の塔に来たのにアルスに会っていかないのか?」
「な――何でそこでアルスの話が出てくるんじゃ! 関係ないじゃろう!」
目に見えてオーディンは狼狽える。
「それにな、アルスはもう成人しておる。今まで放っておいて、急に会いに行っても嫌じゃろうし……」
「む、そういうものか。私も人に言えるほど、息子と上手く関われているわけではないからな……」
二人は揃って考え込んでしまう。
いつの世も子育てに正解などはない。それぞれに自分だけの悩みがあって、人の心ほど難しいものはないからだ。だからこそ、公爵家の当主であっても、数百年生きる魔女であっても思い悩む。
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