幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

文字の大きさ
上 下
393 / 474
第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

17.開発局を発つ

しおりを挟む
 俺はイーグルに案内されながら、行く先にいるだろうヒカリの事を考えていた。何か酷い事をされてはいないだろうか、縛られたりしているんじゃなかろうかと。今こそ歳は近いが、ヒカリは俺にとって子供のようなものだ。やはり、連れて来なかった方が良かったのかもしれない。
 憂鬱な気分になりながらも、開発局の中でも入口に近い小綺麗な一角に辿り着いた。ここには機械が少なく、仮設の小屋のようなものもある。きっと客人が来た時はここに案内するのだろう。

「この奥の方にいるから、後は自分で行ってくれ。ちゃんと案内したいところなんだが、仕事が山積みでな。」
「いや、ここまで案内してくれれば十分だ。感謝する。」

 俺は軽くイーグルへ頭を下げて、棚が立ち並ぶ道を歩いて進む。陶器などの美術品や絵画なども飾られてはいるが、どれも雑に置かれていた。
 なんとなくで魔力を辿って二人の元へと向かう。自分でも少し急ぎ足になっている事が分かった。さっきまでイーグルと歩いてきた手前、走り出すことはしないがいつもの二倍は速く歩いている。
 大丈夫だろうと信じてはいるが、それでも心配にならずにはいられない。

「――このケーキおいしい! どこで売ってるんスか!?」
「賢者の塔の近くにあるソグノっていう店だよ。あの店はケーキだけじゃなくてね――」

 俺の心配は、泡のように弾けて消えた。
 恐らくは巨人族であろう大男とヒカリが、随分と可愛い内容で盛り上がっていた。想像の何倍もヒカリが元気で、全身から力が抜けていってしまう。
 血を抜かれて貧血なのもあって、一瞬だけ視界がグラリと揺れた。倒れこそはしないが、そこら辺の棚に手をついた。

「あ、先輩!」

 ヒカリが俺に気付いたのかフォークを置いて立ち上がり、俺の元へと駆け寄る。そして下から俺の顔を覗き込んだ。

「大丈夫ッスか、顔色が悪いみたいッスけど……」
「大丈夫だ。顔色が悪いのは今日ずっと走り回ってたからだろうよ。」

 アローニアとの契約の話はしない。気を遣わせる理由になってしまう。こんなに元気そうなのにそれを陰らせるような事をしてはいけない。
 それを聞いてヒカリも少し安心したらしく、ホッと胸を撫で下ろしていた。

「……今日は、すみませんでした。私のせいで先輩に迷惑をかけてしまって。」
「いいよ、こんなの迷惑の内に入らないし避けれるような事でもなかった。ヒカリがいなかったとしても、きっと別の手段で面倒事がやって来ていただろうしな。」

 アローニアは、きっと手段を選ぶような奴じゃない。最も楽な選択肢がたまたま今回はこれだったから選んだだけだ。これが無理だったとしても、即座に別の選択をくだせるだろう。実際に会ってそれをよく感じた。
 それよりもあの巨人族の大男は誰なのだろうか。ここにいるという事は無論、開発局の人ではあるだろうが。
 椅子に座っていたレーツェルも立ち上がり、その大男と一緒にこっちの方へと歩いて来た。レーツェルが俺に向ける表情は少し申し訳なさそうである。

「……すまんな、アルス。ヒカリを任せられたのに、こんなザマになっちまって。」
「任せたのは俺だ。責任も全部俺にある。」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、これは俺の矜持の問題だ。工房をより防犯寄りに改造しておくと約束する。」

 そう言ってレーツェルは右手で自分の左胸を軽く叩く。もう表情に暗さはなく、その顔は力強いレーツェルらしいものに戻っていた。

「で、その人は誰なんだ?」

 俺はやっと巨人族の男にそう尋ねる。

「ぼくはグリズリー、開発局のしがない雑用係さ。はじめましてアルス君。」

 背丈と体格の割に、随分と温和そうな男である。イーグルもそうだったし、開発局でおかしいのは局長だけなのかもしれない。

「もう帰るのかい?」
「ああ、俺はそのつもりだ。」
「それなら余ったケーキは包んで渡すよ。ちょっと待っていてね。」

 グリズリーは大きな手で器用に、ケーキを崩れないように箱へしまい始める。一分もかからずに二つの箱を持ったグリズリーが戻って来て、一つをヒカリに、一つをレーツェルへ渡した。
 二人はそれぞれ感謝の意をグリズリーへ告げて、照れ臭そうに構わないとグリズリーは答えた。

「それでは失礼する。」

 俺はそう言ってこの場を後にした。こうして、長い長い一日はやっと終わりを迎える事となった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

安全第一異世界生活

笑田
ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん) 異世界で出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて 婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の冒険生活目指します!!

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

転生少女と聖魔剣の物語

じゅんとく
ファンタジー
あらすじ 中世ヨーロッパによく似た国、エルテンシア国… かつてその国で、我が身を犠牲にしながらも国を救った 王女がいた…。 その後…100年、国は王女復活を信じて待ち続ける。 カクヨム、小説家になろうにも同時掲載してます。

処理中です...