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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜
16.開発局の裏側
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『俺の工房の中でやり合っても、互いに怪我をするだけだ。ここは一つ契約をしないか?』
そんなレーツェルの言葉で、工房の中の一戦は呆気なく終わりを迎えた。その結果、安全をイーグルが保証する代わりにヒカリとレーツェルは開発局まで足を運んだのだ。
レーツェルが一人であったのなら、戦う選択肢もあっただろう。しかしあの場にはヒカリもいて、相手の戦力も未知数だった。だからこそこの交換条件をレーツェルは選んだ。
そして二人は開発局の客間と言うべき、来客用の椅子や机が並ぶスベースにいた。
待遇こそ人質とは思おない程に丁寧なものであったが、人質とであるのは確かである。当然ながら見張りも必要である。
見張りについていたのは三メートル近くの背丈がある巨人族の男だった。強いかどうかはさておいて、その丸太のような腕と足は圧力を与えるのには十分と言えた。
「そう言えばこの前買ってきたケーキがあるんだ。三人で食べないかい?」
――その表情と声を除けば、だが。
彼の声は虫の一匹も殺せない程に温和で、その顔つきと目は人を憎むという事を知らないように見える。身構えていたヒカリにとっては拍子抜けだった。
巨人族の男は棚からお皿とティーセットを取り出す。どうやら冗談などではなく本気らしい。
「そう言えば名前を聞いていなかったね。ぼくはグリズリーって言うんだ。君達の名前は?」
「俺は神秘科のレーツェルだ。」
「わ、私はヒカリです。」
レーツェルがあまりに直ぐ答えたので、慌ててヒカリも自分の名前を言った。
この場所に来てもレーツェルが動じている様子はない。むしろいつも通りの明るい表情を見せていた。さっきまで名前も知らないのにグリズリーと話し込んでいたぐらい、レーツェルは慣れた様子であった。
「なるほど、レーツェルとヒカリか。二人ともごめんね、局長のせいでこんな所にまで連れてこられて。」
「それは本当にそうだが……ここの局長ってアローニア・シャウトだろ。一体何が目的でアルスを呼び出すなんて事をしてるんだ?」
「ぼくは聞かされてないけど、多分研究のためだよ。局長は研究以外の面倒ごとを嫌うからね。」
なるほど、とレーツェルは頷く。グリズリーの言葉が噂通りで納得したのだろう。
しかしその部下の印象は真逆だ。イーグルもグリズリーも丁寧に接してくれている感覚がレーツェルにはあった。一番以外だったのはそれだろう。
「二人とも、紅茶は飲めるかい?」
二人は頷く。グリズリーはこの場を少し離れて、棚の中を漁ってお茶とケーキの準備をし始めた。
「レーツェルさん、なんか想像と違うッスね。」
「そうだな、しかし幸運だ。もし部下までも局長と同じくらいにイカれていたら、俺達は終わりだったからな。」
そう言ってレーツェルは明るく笑う。だがヒカリの表情は少し暗く、不安そうに奥歯を噛み締めていた。
アルスの状況がヒカリには分からない。自分のせいで迷惑をかけているのかもしれない、そう思うとヒカリの胸は苦しかった。
「まあ安心しろ、ヒカリ! アルスならば上手くやるさ!」
「……そう、ッスかね。」
アルスの前世を見てきたヒカリにとって、それはあまり信じられない事だ。
ヒカリの知る『先輩』という人物は、普通に生きようとしても普通に生きられないぐらい不器用で、それでいて人並みに人の幸せを願える人物だ。決して人より優しかったり、器用だったりはしないのだ。
こういう面倒事を何よりも嫌うし、『先輩』はどうしようもない事でも悩み苦しむ。優しいからではない、自分に嘘を付きたくないからだ。
「待たせたね。」
ヒカリの思考を切るようにしてグリズリーは戻ってきた。カップに紅茶を注ぎ、巨人の体に見合った大きな苺のケーキを切り分ける。
ヒカリの前にも当然、ケーキの乗った皿とフォークが差し出されるが食欲はわかなかった。嫌いなわけではない。これは心の問題だった。
「……本当にごめんね。こんな所、来たくなかったよね。ぼくが局長を止めれたら良かったんだけど。」
「いや、違うッス! グリズリーさんのせいじゃないッスよ!」
グリズリーはヒカリの様子を感じ取って、申し訳なさそうにその体に対して小さな椅子に座って縮こまる。
「ただ、私は――」
その先の言葉をヒカリは持ち合わせていなかった。
自分が何をしたいか、何をするべきか。その答えは未だに見えて来ない。元の世界に帰れるとしても、この世界の出来事の全てを忘れて帰ってもいいのかとさえ考えていた。
これはヒカリの責任感の強さ故の考えである。実際、元の世界に帰る彼女を責める人物などこの世のどこにもいない。ただ、ヒカリの心が納得できないだけなのだ。
「――若いのに、色々悩んでいるんだね。」
グリズリーは紅茶を飲みながらそう呟いた。
「何に悩んでいるのかぼくには分からない。ただ、変に考え過ぎると大切なものを見落としてしまうよ。たまにはこうやって、ケーキでも食べて心を落ち着かせるとまた違った見え方がしてくるものさ。」
「違った見え方、ッスか。」
「ああ、そうさ。案外、答えは物凄く簡単な事かもしれないからね。」
ヒカリは更に頭を傾け、悩み込んでしまった。それを見てグリズリーは優しく笑った。
「きっともう少しでアルスさんも来るよ。それまでゆっくりしていくといいさ。」
そう言ってグリズリーはケーキを頬張った。
そんなレーツェルの言葉で、工房の中の一戦は呆気なく終わりを迎えた。その結果、安全をイーグルが保証する代わりにヒカリとレーツェルは開発局まで足を運んだのだ。
レーツェルが一人であったのなら、戦う選択肢もあっただろう。しかしあの場にはヒカリもいて、相手の戦力も未知数だった。だからこそこの交換条件をレーツェルは選んだ。
そして二人は開発局の客間と言うべき、来客用の椅子や机が並ぶスベースにいた。
待遇こそ人質とは思おない程に丁寧なものであったが、人質とであるのは確かである。当然ながら見張りも必要である。
見張りについていたのは三メートル近くの背丈がある巨人族の男だった。強いかどうかはさておいて、その丸太のような腕と足は圧力を与えるのには十分と言えた。
「そう言えばこの前買ってきたケーキがあるんだ。三人で食べないかい?」
――その表情と声を除けば、だが。
彼の声は虫の一匹も殺せない程に温和で、その顔つきと目は人を憎むという事を知らないように見える。身構えていたヒカリにとっては拍子抜けだった。
巨人族の男は棚からお皿とティーセットを取り出す。どうやら冗談などではなく本気らしい。
「そう言えば名前を聞いていなかったね。ぼくはグリズリーって言うんだ。君達の名前は?」
「俺は神秘科のレーツェルだ。」
「わ、私はヒカリです。」
レーツェルがあまりに直ぐ答えたので、慌ててヒカリも自分の名前を言った。
この場所に来てもレーツェルが動じている様子はない。むしろいつも通りの明るい表情を見せていた。さっきまで名前も知らないのにグリズリーと話し込んでいたぐらい、レーツェルは慣れた様子であった。
「なるほど、レーツェルとヒカリか。二人ともごめんね、局長のせいでこんな所にまで連れてこられて。」
「それは本当にそうだが……ここの局長ってアローニア・シャウトだろ。一体何が目的でアルスを呼び出すなんて事をしてるんだ?」
「ぼくは聞かされてないけど、多分研究のためだよ。局長は研究以外の面倒ごとを嫌うからね。」
なるほど、とレーツェルは頷く。グリズリーの言葉が噂通りで納得したのだろう。
しかしその部下の印象は真逆だ。イーグルもグリズリーも丁寧に接してくれている感覚がレーツェルにはあった。一番以外だったのはそれだろう。
「二人とも、紅茶は飲めるかい?」
二人は頷く。グリズリーはこの場を少し離れて、棚の中を漁ってお茶とケーキの準備をし始めた。
「レーツェルさん、なんか想像と違うッスね。」
「そうだな、しかし幸運だ。もし部下までも局長と同じくらいにイカれていたら、俺達は終わりだったからな。」
そう言ってレーツェルは明るく笑う。だがヒカリの表情は少し暗く、不安そうに奥歯を噛み締めていた。
アルスの状況がヒカリには分からない。自分のせいで迷惑をかけているのかもしれない、そう思うとヒカリの胸は苦しかった。
「まあ安心しろ、ヒカリ! アルスならば上手くやるさ!」
「……そう、ッスかね。」
アルスの前世を見てきたヒカリにとって、それはあまり信じられない事だ。
ヒカリの知る『先輩』という人物は、普通に生きようとしても普通に生きられないぐらい不器用で、それでいて人並みに人の幸せを願える人物だ。決して人より優しかったり、器用だったりはしないのだ。
こういう面倒事を何よりも嫌うし、『先輩』はどうしようもない事でも悩み苦しむ。優しいからではない、自分に嘘を付きたくないからだ。
「待たせたね。」
ヒカリの思考を切るようにしてグリズリーは戻ってきた。カップに紅茶を注ぎ、巨人の体に見合った大きな苺のケーキを切り分ける。
ヒカリの前にも当然、ケーキの乗った皿とフォークが差し出されるが食欲はわかなかった。嫌いなわけではない。これは心の問題だった。
「……本当にごめんね。こんな所、来たくなかったよね。ぼくが局長を止めれたら良かったんだけど。」
「いや、違うッス! グリズリーさんのせいじゃないッスよ!」
グリズリーはヒカリの様子を感じ取って、申し訳なさそうにその体に対して小さな椅子に座って縮こまる。
「ただ、私は――」
その先の言葉をヒカリは持ち合わせていなかった。
自分が何をしたいか、何をするべきか。その答えは未だに見えて来ない。元の世界に帰れるとしても、この世界の出来事の全てを忘れて帰ってもいいのかとさえ考えていた。
これはヒカリの責任感の強さ故の考えである。実際、元の世界に帰る彼女を責める人物などこの世のどこにもいない。ただ、ヒカリの心が納得できないだけなのだ。
「――若いのに、色々悩んでいるんだね。」
グリズリーは紅茶を飲みながらそう呟いた。
「何に悩んでいるのかぼくには分からない。ただ、変に考え過ぎると大切なものを見落としてしまうよ。たまにはこうやって、ケーキでも食べて心を落ち着かせるとまた違った見え方がしてくるものさ。」
「違った見え方、ッスか。」
「ああ、そうさ。案外、答えは物凄く簡単な事かもしれないからね。」
ヒカリは更に頭を傾け、悩み込んでしまった。それを見てグリズリーは優しく笑った。
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