幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

15.魂の契約

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 アローニア・シャウトは、この世界で二番目に有名な冠位である。
 革命と言えるほどの数々の発明、そしてあまり人前に出ないにも関わらず噂されるその美貌。この時代において彼女以上に完璧な魔法使いは存在しない。

「どうぞよろしく。」

 アローニアは俺へ手を差し出す。俺はその手を掴んで握手をしようとは思えなかった。
 彼女の悪評は有名であり、尚且つヒカリをさらってまで俺を連れ出した人物だ。敵の魔法使いの領域で身体の接触は最も避けたいと言っても良い。

「どうしたんだい。その目つきに魔力の動き、大分私を警戒しているみたいだが……ああ、そうか。安心しなよ、キミの仲間は無事さ。キミが私に従順な内はね。」

 ほら、と言って再びアローニアは握手をするように俺へ求めた。レーツェルとヒカリの状況が分からない今、素直に従っていた方が身の為だろう。
 恐ろしいが、それでも二人に何かされるよりはマシだ。わざわざこんな遠回りな方法を選ぶぐらいだし、俺の命を奪おうとか、そんな考えはないはずだろう。
 俺はゆっくりと、その雪のように白い手を掴んだ。

「ああ、ありがとう。」

 次の瞬間に、俺は信じられないほどの膂力で腕を引っ張られて、首筋に何かを刺された。

「いっ――!」
「大人しくしたまえよ。針が折れれば困るのはお互いだ。」

 痛いが、我慢できない程ではなかった。ほんの数秒間、何かが抜けるような感覚が続いた後に針を抜かれた。
 立ち眩みが俺を襲ったが、根性で耐える。アローニアの手には大量の血が入った注射器が握られており、現代日本の採血を見習って欲しいと切に願った。

「……見た感じでは人と変わらないな。」

 当たり前だろ、ふざけるな。こちとらエルフの血は混ざっているが、ほとんど人間と一緒だ。まさか俺の血が青かったりするとでも思っていたのか。
 アローニアの手元の空間が歪み、注射器は姿を消す。きっと収納の魔法だろう。
 一体俺の血液なんか何に使うか見当がつかないが、きっと教えてくれないだろうし聞くべきじゃない。そんな事で機嫌を損ねては本末転倒だ。

「できる事ならキミの腹を開いて内臓まで確認したいところだが、そこまではやめておいてあげよう。後からオーディン・ウァクラートにとやかく言われても面倒だからね。」

 あの人はそんなに俺に気をかけてはいないと思うがな。勘違いしてくれている分には楽でいい。

「それじゃあ用件を話そうか。私の要求はキミの体を私に研究させる事だ。これに同意してくれるなら、仲間を解放してやってもいい。」
「……研究ってのは、具体的に言うと何だ?」
「さっきみたいな採血だとか、魔道具の人体実験がそれに当たる。勿論、丁重に扱う事を約束しよう。神を宿した肉体など他にサンプルがない。」

 ……一体どこで神の話を知ったんだ。この事を話したのは限られた人だけで、その人達が口外するとはとても思えない。
 思い当たる節と言えば、学園の学内大会での一件である。ハッキリ見えた人はいなかっただろうが、それでも多くの人前に触れた。その時にアローニアに関わる人が見ていたのかもしれない。
 賢神クラスの魔法使いならば見当がついてもおかしな話ではないだろう。

「別に開発局に入れと言っているわけじゃない。そんなに難しい事を言っているかな?」

 俺に選択権があるような問いかけだが、その実はほぼ一択の問いかけである。俺は人質を取られている以上、断る選択肢がない。
 イーグルに言われた通り、大人しく従っておくのが吉だ。例え提示された条件がどれだけ不穏なものでも。

「分かった、条件を飲む。」
「それなら気が変わらない内に契約を結ばせてもらおう。」

 アローニアは俺の胸に手を当てる。

「『契約コントラクト』」

 そうアローニアが唱えた瞬間に、俺の魂に楔が打ち込まれたような感覚があった。
 これは魂を使った契約である、俺はそう直感した。聞いたことがある。高位の魔法使いは民間でよく使われるような契約魔法とは比にならない程の、強力な契約魔法を使う事ができると。それがこれなのだ。

「契約期間は……半年もあれば十分か。契約内容は週に三度まで、私が呼びに来た時に直ぐにここへ来て実験へ協力する事。対価として私はキミの仲間の安全を保証する。契約に異論はあるかい?」
「……問題ない。」
「なら、契約成立だ。」

 ドクン、と一度だけ心臓が大きく揺れる。しかし気持ちが悪いぐらいに、それ以外に不調な点もなく拍子抜けした。
 アローニアの反応から察するに契約は無事に終わったらしい。アローニアは何も言わずに俺から離れて最初に座っていた場所に戻った。

「今日はもう帰りたまえ。キミの血の調査が終わったらまた呼ぶ。」
「いや待て。ヒカリとレーツェルはどこにいるんだ?」
「あー……イーグル!」

 アローニアは少し悩んだ後に、大声でイーグルの名を呼んだ。少し経った後にさっき会ったイーグルがここまでやって来た。

「そいつを仲間の所まで案内してやれ。」
「了解しやした。アルス、ついて来な。」

 イーグルは俺に背を向けて歩き始める。俺は少しアローニアを警戒しながらもイーグルの後に続いた。

「そんで、どういう話になったんだ?」
「アローニアの研究に協力する事になった。週に3回は行かなきゃいけないらしい。」
「そりゃ残念だな。だけどその程度で済んで良かったとも言える。」

 まあ、そういう見方もあるのだろうか。取り敢えず無事に終わったのは良かった。そもそも今回の一件は、ヒカリがさらわれないように対策をしなかった俺に非がある。この契約は甘んじて受け入れるしかない。

「そこまでお前の研究が出ないように、俺が助けてやるから安心しろ。それがレーツェルとの約束だからな。」
「約束?」
「ああ、そうだ。大人しくついて来てもらう代わりに、俺は丁重にお前さん達を扱わなくちゃいけなくなったわけだ。負けはしないだろうが、レーツェルとやり合うのは面倒くさすぎて嫌だったからな。」

 そうだったのか。レーツェルには後で感謝を伝えておこう。
 俺は大きく溜息を吐きながら、広い開発局の中を歩いて進む。今日は全体的によくなかった。最初に会ったレーツェルがやけに親切だから油断していたのかもしれない。
 これからはもっと注意深く、慎重に動かなくてはならない。本当に憂鬱だ。俺はこれから先、うまくやっていけるのだろうか。
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