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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜
9.教会での一息
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「だーはっはっは! 全治一週間だそうだ! 派手にやったな、アルス!」
喧しい声が病室の中で響き渡った。
ここは賢者の塔21階、医療科の本部にして教会がある場所だ。ここで俺は治療と検診を受けていた。ここに俺を連れてきたのはレーツェルである。
ヒカリは俺を引っ張って教会に連れて行こうとしたんだが、当然ながら土地勘もないしどこに行けば良いか分からない。そこに音がしてやって来たレーツェルが助け舟を出したという感じだ。
医者がいなくなった今、この部屋に残ったのはレーツェルとヒカリだけである。
「笑い事じゃないッスよ。私は本当に肝が冷えたんスから。」
「おお、そうか? 俺としてはよく見る事だから驚いていないぞ。この俺も既に何度もここに運ばれているしな。」
それを聞いて信じられない、というような怪訝な視線をヒカリはレーツェルへ向けた。
「しかしまあ、変な怪我をしたな。こんな物理的な怪我を魔法使いがするなんざ珍しい。」
俺は笑ってそれを誤魔化す。俺が話したくないのを察してか、何故こんな怪我をしたかをレーツェルは聞いてこなかった。
実際、俺も何が起きたのかよく分かっていない。戻ったら調べなくてはいけないな。
「とにかく、今日は絶対安静ッスよ。」
「わかってるわかってる。俺は研究の為に見えてる危険に突っ込んだりはしない。」
こんな事が何回もあれば流石に死んでしまう。まずは実験結果をまとめて、考察した後でないと同じことをやっても意味がないしな。
それにこの教会でもできる事はある。別に急いで工房に戻る必要もない。
「そう言えばアルス、あんたの研究は何なんだ?」
「俺の研究は希少属性の原理解明だ。厳密に言うなら、希少属性のみに存在する要素とは何か、って感じだな。」
「へえ、面白そうだな。内容も神秘科らしい研究だ。」
レーツェルは明るく笑う。
そうだ、折角レーツェルがいるのだから今の内に気になることを聞いておこう。レーツェルだっていつもは研究に忙しいはずだし、こんな機会はもうないかもしれない。
「……なあ、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「お、研究の事か? いいぜ、何でも俺に聞いてくれ。」
気前良くレーツェルはそう返してくれる。その眼差しはどこか楽しそうで、俺の研究に興味があるのだろうと推測できた。
「基本属性を使う時と希少属性を使う時、何か魔法の感覚に違いはあるのか?」
ついさっき見たアレが希少属性特有のものであるのなら、魔法を使う際に何らかの違和感があるはずである。こればかりは希少属性を持っていない俺には分からない。
レーツェルはそう聞かれて一度キョトンとした顔を浮かべ、その後に天井を仰ぎながら腕を組んで考え込む。
「……難しい、な。基本属性の方は違和感があるってのはそうなんだが、その違和感が何かまでは分からねえんだ。魔力が動きづらくなるっていうか、なんというか……やっぱりわからねえ。」
あまり考えた事はなかったらしい。感覚的な部分が多いことだから無理もない事である。
特に最近、希少属性と基本属性の違いの研究がされていないというのも大きい。手がかりはないし、その殆どが推論の域を出ないからな。
「もしかしたら俺に聞くよりも、生命科に行った方がいいかもな。魂と希少属性の関係性について研究している奴がいたはずだぜ。」
「そうか……それならその人を探してみるか。」
情報は少しでも多い方が良い。ついでに生命科の冠位に会えたら尚良いだろう。
「それなら先輩がいない間、私はレーツェルさんの工房に行ってみたいッス!」
ヒカリの言葉に俺は少し顔を顰める。
意図は分かる。きっと前に俺がいなかった時も暇だったからレーツェルの研究を見てみたいのだろう。しかし、流石に人の工房に入るというのはいかがなものだろうか。
いくらお人好しに見えるレーツェルでも同じ賢神の関係者である者を工房に入れるのは嫌がるのではないだろうか。
「俺は別に構わんが、アルスはどうなんだ?」
しかしそんな俺の心配はレーツェルの言葉で杞憂となった。
俺も別に困りはしない。この数日でレーツェルが悪人でない事は分かっている。きっとヒカリに害をなす事はしないだろう。
「……いいけど、レーツェルに迷惑をかけないようにな。」
「勿論ッス、邪魔はしません。」
「別に余程の事をしない限り、俺は迷惑だなんて思わないがな。」
最初に会った日から思っていたが、レーツェルとヒカリは波長が合うらしい。二人とも口数が多くて社交的だからだろうか。きっとここにエルディナを足しても仲良く話せるだろう。
「それじゃあ行けそうになったらまた連絡するよ。」
「おうよ、待ってるぜ。」
とにかく次の予定は決まったわけだ。生命科に行って、少しでも希少属性の情報を手に入れる。できる事なら関係者に会って、更に欲を言うなら冠位にも会いたい。取り敢えずはそんなところか。
ハデスと会う話はどうやらかなり後になりそうな気がするし、今週の間にできるような事はその程度だろう。
「ああ、そうだアルス。ミステアから伝言がある。」
レーツェルは立ち上がりながらそう口を開いた。
「好きにやってもいいが私の工房には決して近付くな、だってよ。あいつ怒らしたら怖いから気をつけとけよな。」
俺に背を向けてレーツェルは部屋を出ていった。
何だろう、余計に怖くなった気がする。許されることが怖いっていう事もあるんだな。初めて知った。
喧しい声が病室の中で響き渡った。
ここは賢者の塔21階、医療科の本部にして教会がある場所だ。ここで俺は治療と検診を受けていた。ここに俺を連れてきたのはレーツェルである。
ヒカリは俺を引っ張って教会に連れて行こうとしたんだが、当然ながら土地勘もないしどこに行けば良いか分からない。そこに音がしてやって来たレーツェルが助け舟を出したという感じだ。
医者がいなくなった今、この部屋に残ったのはレーツェルとヒカリだけである。
「笑い事じゃないッスよ。私は本当に肝が冷えたんスから。」
「おお、そうか? 俺としてはよく見る事だから驚いていないぞ。この俺も既に何度もここに運ばれているしな。」
それを聞いて信じられない、というような怪訝な視線をヒカリはレーツェルへ向けた。
「しかしまあ、変な怪我をしたな。こんな物理的な怪我を魔法使いがするなんざ珍しい。」
俺は笑ってそれを誤魔化す。俺が話したくないのを察してか、何故こんな怪我をしたかをレーツェルは聞いてこなかった。
実際、俺も何が起きたのかよく分かっていない。戻ったら調べなくてはいけないな。
「とにかく、今日は絶対安静ッスよ。」
「わかってるわかってる。俺は研究の為に見えてる危険に突っ込んだりはしない。」
こんな事が何回もあれば流石に死んでしまう。まずは実験結果をまとめて、考察した後でないと同じことをやっても意味がないしな。
それにこの教会でもできる事はある。別に急いで工房に戻る必要もない。
「そう言えばアルス、あんたの研究は何なんだ?」
「俺の研究は希少属性の原理解明だ。厳密に言うなら、希少属性のみに存在する要素とは何か、って感じだな。」
「へえ、面白そうだな。内容も神秘科らしい研究だ。」
レーツェルは明るく笑う。
そうだ、折角レーツェルがいるのだから今の内に気になることを聞いておこう。レーツェルだっていつもは研究に忙しいはずだし、こんな機会はもうないかもしれない。
「……なあ、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「お、研究の事か? いいぜ、何でも俺に聞いてくれ。」
気前良くレーツェルはそう返してくれる。その眼差しはどこか楽しそうで、俺の研究に興味があるのだろうと推測できた。
「基本属性を使う時と希少属性を使う時、何か魔法の感覚に違いはあるのか?」
ついさっき見たアレが希少属性特有のものであるのなら、魔法を使う際に何らかの違和感があるはずである。こればかりは希少属性を持っていない俺には分からない。
レーツェルはそう聞かれて一度キョトンとした顔を浮かべ、その後に天井を仰ぎながら腕を組んで考え込む。
「……難しい、な。基本属性の方は違和感があるってのはそうなんだが、その違和感が何かまでは分からねえんだ。魔力が動きづらくなるっていうか、なんというか……やっぱりわからねえ。」
あまり考えた事はなかったらしい。感覚的な部分が多いことだから無理もない事である。
特に最近、希少属性と基本属性の違いの研究がされていないというのも大きい。手がかりはないし、その殆どが推論の域を出ないからな。
「もしかしたら俺に聞くよりも、生命科に行った方がいいかもな。魂と希少属性の関係性について研究している奴がいたはずだぜ。」
「そうか……それならその人を探してみるか。」
情報は少しでも多い方が良い。ついでに生命科の冠位に会えたら尚良いだろう。
「それなら先輩がいない間、私はレーツェルさんの工房に行ってみたいッス!」
ヒカリの言葉に俺は少し顔を顰める。
意図は分かる。きっと前に俺がいなかった時も暇だったからレーツェルの研究を見てみたいのだろう。しかし、流石に人の工房に入るというのはいかがなものだろうか。
いくらお人好しに見えるレーツェルでも同じ賢神の関係者である者を工房に入れるのは嫌がるのではないだろうか。
「俺は別に構わんが、アルスはどうなんだ?」
しかしそんな俺の心配はレーツェルの言葉で杞憂となった。
俺も別に困りはしない。この数日でレーツェルが悪人でない事は分かっている。きっとヒカリに害をなす事はしないだろう。
「……いいけど、レーツェルに迷惑をかけないようにな。」
「勿論ッス、邪魔はしません。」
「別に余程の事をしない限り、俺は迷惑だなんて思わないがな。」
最初に会った日から思っていたが、レーツェルとヒカリは波長が合うらしい。二人とも口数が多くて社交的だからだろうか。きっとここにエルディナを足しても仲良く話せるだろう。
「それじゃあ行けそうになったらまた連絡するよ。」
「おうよ、待ってるぜ。」
とにかく次の予定は決まったわけだ。生命科に行って、少しでも希少属性の情報を手に入れる。できる事なら関係者に会って、更に欲を言うなら冠位にも会いたい。取り敢えずはそんなところか。
ハデスと会う話はどうやらかなり後になりそうな気がするし、今週の間にできるような事はその程度だろう。
「ああ、そうだアルス。ミステアから伝言がある。」
レーツェルは立ち上がりながらそう口を開いた。
「好きにやってもいいが私の工房には決して近付くな、だってよ。あいつ怒らしたら怖いから気をつけとけよな。」
俺に背を向けてレーツェルは部屋を出ていった。
何だろう、余計に怖くなった気がする。許されることが怖いっていう事もあるんだな。初めて知った。
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