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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

7.レーツェルとラウロ

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 俺はヴィリデニアと話した後、いくつか欲しい資料を手に入れてから神秘科のある48階に戻った。合わせて数時間程度だったからまだ日は高い位置にあるはずだ。
 行きたいところはあるのだが、流石に二日目から気を張りすぎても仕方がない。長期戦になるだろうしゆっくりやった方が良いだろう。

 だから真っ直ぐに工房へ戻ったのだが、少し予想していた光景と違った。
 家の扉の前で、レーツェルとヒカリが談笑していたのである。いや、談笑というには声が大きかったがそこはどうでもいい。

「おお、アルス! 戻って来たのか!」

 どう声をかけようと迷っていると、先にレーツェルが気付いた。ここにいると示すためか、大きく右手を振っている。少し歩けば俺は二人のところに辿り着く。

「また後でと、そう朝に言っただろ。だから来たんだ。」
「いや、それはいいんだが、どうして家の前でヒカリと話してるんだ? 家の中に入れば良かったのに。」
「俺は人の工房に許可なく入らないようにしてるんだ。前に勝手に入って殺されかけた事があってな……」

 レーツェルは少し遠い目をした。俺は構わないが、確かに自分の工房に入られたくない魔法使いは多いだろう。自分の研究成果を盗まれる可能性もあるわけだからな。
 俺も気を付けておこう。まあ、大体は入れないように細工するものだから、誤って入るなんてことはないと思うが。

「兎に角、中で話そう。別に出せるものもないけど、立ち話をするよりマシだろ。」

 俺は扉を開けて、家の中に入った。レーツェルは物珍しいものを見るように、辺りをきょろきょろと見ながら後に続いて入ってくる。
 昨日、掃除をした時に端に寄せていた椅子を引っ張り出す。その椅子に二人を座らせた後に、俺も椅子に腰を落とした。

「それで、何の用だ?」

 俺は単刀直入にそう聞いた。レーツェルは一度口をまごつかせて、少し思考を整理した後に口を開いた。

「あー……ヒカリにはもう話したんだがな、あんたの父親について、色々気になることがあって来たんだ。」

 やはりその話か。ヒカリはどことなく気まずそうに押し黙っている。きっとこれからの話題が少し重苦しいものである事を察したが故であろう。
 親父が死んでから約20年もの間、冠位は空席となった。それは多くの人が、ラウロの後釜になることを許せなかったからに他ならない。いくらミステアが優秀な魔法使いでも、たった一人で冠位になろうとする魔法使いを押しとめられるはずがないのだ。
 それ程までに影響が大きい魔法使いだ。レーツェルとの関係も浅いものではないのだろう。

「俺は今こそ賢神だが、昔はてんでダメでよ。あんたと同じ第二学園に通ってたんだが、一度は退学寸前まで行ったんだ。」

 レーツェルの話自体は珍しい事じゃない。第二学園は卒業するだけでも難しく、それで世間で有名になるほどの人物は数人だけの超難関校である。
 四年生で中退、三年生で中退でも就職先が見つかるぐらいには厳しい評価が飛んでくる。俺の周りの人は全員漏れなく卒業したが、アースが卒業するまでには一悶着あったりしたのだ。さして重要ではないから割愛するけども。
 しかし賢神の中ではそんな人物は珍しいだろう。賢神になる人は、俺やエルディナのように同世代とは差がある。そう簡単に努力で埋められる差ではないからこそ、神の名を冠するのだ。

「そんな時に、あんたの父親のラウロ先輩と出会った。当時から校内で有名だったラウロ先輩が、俺の珍しいだけの魔法を褒めてくれたんだ。それだけで魔法を好きになるには十分だろ?」

 魔法が好きというのは、イメージによって姿を変える魔法の世界において最大の素養である。それがレーツェルの人生にどれだけの影響を与えたのかは想像に難くない。

「あの人は俺の恩人なんだ。だから、教えて欲しい。シルード大陸で一体何があったんだ? 一体どんな事があって、ラウロ先輩は死ぬ事になったんだ?」

 鬼気迫る様子でレーツェルは俺にそう尋ねた。
 答えにくい質問だ。俺は確かにラウロ・ウァクラートという人間の息子である。しかし一度も会ったことはないし、未だにどんな人物であるかも知らない。
 それでも俺の知りうる限りの話はするべきだろう。ここまで腹を割ってレーツェルが話してくれたのだから、俺もそれに応えなくてはいけない。

「……俺が生まれた時には、もう既に親父は死んでいた。何で、どうやって殺されたのかは俺も知らない。俺が知っているのは、母さんの目の前で力尽きたって事だけだ。」
「母さん……フィリナさんの事か。」
「もしかしたら、母さんは知っていたのかもしれない。もう死んでしまった今じゃ、聞きだすこともできないけどな。」

 俺がそう言うとレーツェルは目を見開いて、急に立ち上がった。

「――死んだのか、フィリナさんも。」

 そして発したその言葉で、その理由を察した。
 レーツェルは知らなかったのだ。母さんが既に死んでいたということを。無理もない、それを知らせるような人はいなかったのだから。

「俺が10歳の時に死んだよ。もう8年近く前の事だ。」
「まさか、シルード大陸に残ってたのか?」

 俺が頷くと、レーツェルは力が抜けて倒れるように椅子に座った。

「……あんた、大変だったろ。俺はてっきり二人でグレゼリオンに移り住んだもんだと思ってた。知っていたら、もっと早くに会いに行ったのに。」

 会ってから一番の驚き様である。母さんとも仲が良かったんだろうか。レーツェルの親しみやすい性格ならありえない事じゃない。

「本当に、何か困った事があったら俺に言ってくれ。俺にできる事なら何があっても力になる。」
「いや、そんなに大袈裟にならなくても……」
「素直に受け取っておいた方がいいんじゃないんスか?」

 ヒカリがようやく口を開いてそう言った。ヒカリの言う通り、あっちから手伝ってくれるって言ってるのに断るのも野暮か。

「じゃあ、分かったよ。と言っても頼むような事はあまりないだろうけど。」
「それでもいいんだよ。半分は俺の気持ちの問題だ。あんなにラウロ先輩のお世話になっておいて、その息子を無碍に扱ったとなればあの世で顔向けできねえ。」

 義理深い奴だ。魔法使いにこんな人はあまりいない。だからこそ、学園では最初上手くいかなかったのだろう。

「それじゃあ、俺はここで失礼する。悪かったな、邪魔して。」
「いや、いいよ。俺も親父の話を少し聞けて嬉しかった。」
「……そう思ってくれたなら、良かった。」

 レーツェルは家を出て行った。
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