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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

5.問題は山積み

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 手紙を見つけた後は掃除を再開し、なんとか日が沈む前にはかなり片付ける事ができた。色々と足りないものがある事がわかったのだが、流石に買い出しに出るような時間もなく、持ってきた寝袋を使って眠りについた。
 取り急ぎ必要なのは寝具だ。この家にもベッドはあったのだが、流石に何十年前のものを使う気にはならなかった。ちょっと衛生的に怖いし。
 ちなみに、手紙の事はヒカリに言っていない。言う必要もないし、そこから万が一俺が泣いてしまったことがバレると恥ずかしい。これでも俺はあの子の先輩だからな。見栄ぐらい張りたいのだ。

 朝早くに起きると、俺の頭にはやらなくてはいけない事が無数に浮かび、思わず大きなため息を吐いた。
 冠位になるための研究、推薦状の確保、手紙の内容の確認。その他にもやらなくてはいけないことがいくつかある。研究に専念できるのはいつになる事やら。
 だが、取り敢えず今日やる事は決まっている。これは前々から取り付けておいた予定だ。

「まだ時間はあるな。ヒカリは寝てるし……」

 俺は魔力を探って、別の部屋にいるヒカリが横になっている事を確認した。
 朝食の準備でもしようかと思ったが、そう言えばここはどこに食べ物が売っているのだろうか。折角だから街に出て探してみるのもありかもしれない。持ち込んでいる携帯食料は不味いし。
 俺は直ぐに着替えて、一階にヒカリへの書き置きを残して家を出る。

 この階層の人工太陽は正常に起動しているらしく、丁度朝日が上っているところだった。一体どんな原理なんだか。
 そんなに長く出るつもりはないが一応鍵をかける。開くのに対してしめるのは簡単で、鍵をさして捻るだけで良い。
 俺は意気揚々と街へと繰り出した。

「――それより先に行くべき場所があるんじゃないか?」

 繰り出そうとはした。できなかっただけで。
 その声は俺の背後、正確には家のすぐ近くの塀の方から聞こえた。この厭味ったらしい声を俺は知っていた。

「急に戻って来たと思えば、仮にも冠位の代理を務めている私に挨拶もせずに住み始めるだなんて。随分と肝が座っているものだね。」

 神秘科の冠位代理、ミステアである。どうやら家の前で待ち伏せていたらしい。

「私に言うことはないか?」

 一瞬、そのまま何の理由もなしに謝ってしまいたい衝動に駆られたが踏みとどまる。別に俺は何も悪いことをしていないのだし、謝る必要なんてどこにもない。
 何よりここで引き下がっては舐められてしまう。この人は俺を試すためにここまで来たのだ。

「……ないな。俺は何のルールも違反していない。」
「しかし私の不興を買ったぞ。」
「それなら余計に問題はないな。直ぐに冠位になってあんたより偉くなる。」

 ミステアは面白そうにクツクツと笑う。何が面白いのだろうか。俺には全く理解できない。

「その大見得を切った言い方は貴殿の癖みたいだな。前も同じような事を言っていた。」

 図星をつかれて口を噤む。
 あまり意識はしていなかったが、確かにそうだ。俺は今の自分にはできないような事を言って、自身を追い詰める癖がある。そうでもしないと俺は目標に怯えて逃げ出してしまうからだ。
 この癖は多分、エルディナに負けた日からの癖だ。弱い自分を押し殺すために身につけたのだろう。

「しかしまあ、前回とは違って冠位に届きうる程度の実力は備えているようだ。それでもまだ程遠いが。」

 俺を品定めをするようにミステアは見る。魔力はあまり漏れていないはずだが、それでも今の俺の実力は分かるのだろうか。
 魔眼かスキルか、何か特別な魔法か。代理ではあるが冠位を務める彼女ならどれを持っていてもおかしくない。果たして俺の実力はどこまで冠位に近付けているのだろうか。

「……もういいか? 俺は俺で忙しいんだ。」
「待て。一つだけ質問に答えていけ。」
「何だよ。言っておくが、俺は脅しには屈しないからな。」

 別に質問されるだけなら良いが、絶対に答えられない質問が俺にはある。仮にも国家で働く魔法使いだからな。

「棟梁の、ラウロ・ウァクラートの工房には何があった?」
「……質問の意図が分からない。あったのはただの魔道具や実験道具、そして遺品だけだ。逆にそれ以外に何がある?」
「いや、それはありえない。」

 俺の目の前までミステアは来て、右の手のひらを差し出す。

「貴殿が分からないのなら良い。鍵を私に渡せ。家なら別に、あそこにこだわる必要はないだろう。」
「余計に渡したくなくなってきたな。あの工房は俺が親父から受け継いだものだ。決してお前のものじゃない。」

 ミステアの体から魔力がにじみ出る。俺は決して引かずに、ミステアと目を合わせた。

「力づくでも、私は別に構わない。」
「物騒だな。負ける気はしないけど。」

 体内の魔力を動かして臨戦態勢に移行する。正に一触即発の空気の中、十数秒に渡って沈黙が響き続ける。
 まだ今なら引き返せる。これはミステアなりの最後通牒なのだろう。譲れないものであるし、俺が降伏することは決してないが。

「よろしい、ならば――」
「おーい!」

 沈黙を破ったミステアの言葉を遮り、男の声が響き渡る。その声には聞き覚えがあった。
 遠くから足音と共にレーツェルが走って来ていた。その声を聞いたからかミステアは魔力を落ち着かせ、俺も戦闘態勢を解いた。

「何してんだ、こんな所でって……アルスじゃねえか! 昨日ぶりだな!」

 今気付いたらしく、レーツェルは少し驚きながらも俺に挨拶をした。どうやらミステアとは知り合いらしい。

「どうしたんだ、ミステア。お前がわざわざ後輩の所に出向くなんて珍しい。」
「……知らないのか、レーツェル。こいつはあの棟梁の息子だぞ。」

 棟梁、息子、とレーツェルは言葉を反復し、その後に理解が追い付いたのか急に眼を見開いて話し始めた。

「ラウロ先輩の息子か!? ということは、あのアルス・ウァクラートって事なのか!?」
「……お前は、本当に魔法以外の話になると馬鹿だな。」

 ミステアはそう言いながら踵を返して、俺に背を向けて歩いていく。

「もう気分じゃなくなった。工房は貴殿の好きにすると良い。貴殿の主張は間違いじゃない。」
「ああ、えーと悪い。色々聞きたいことはあるんだが、今はちょっとミステアに用があるんだ。また後で来るから!」

 レーツェルは去っていくミステアを追いかけて行った。
 結局、街の散策をする気分ではなくなった。一度家に戻って、朝食をとってから街に出よう。それに工房にまだ俺の知らない何かがあるらしいし、それを調べなくちゃいけない。
 またやらなくちゃいけない事が増えたわけだ。それにあの様子だったらレーツェルも俺に色々と尋ねに来るだろうし、それも面倒くさそうである。

 やはり、一番面倒なのは人間関係というわけか。これは前世から変わらないな。
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