幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

4.過去からの手紙

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 親父の工房に到着したのは太陽が真上にある頃だ。寝るまでに半日も時間があれば、最低限住めるぐらいには整理整頓できる。
 一階は魔道具が散乱していて危険なので、ヒカリには居住スペースである二階の掃除を頼んでいた。

「……」

 黙々と、危険度別に魔道具を分類して移動させていく。
 よく見たことのあるような一般的な魔道具や実験器具もあれば、見たことはないが明らかに危険そうな魔力を孕んだ物もあった。
 それぞれがどんな魔道具であるかは後で調べるとして、とにかく安全に生活できるようにしなくてはならない。

 机の上を片付けていると、魔道具の下に写真立てがある事に気が付いた。魔道具をどけてそれを持ち上げる。
 中には沢山の人が写った写真があった。当然かもしれないが見知った顔はいない。それでもよくよく見てみると、今よりずっと幼いレーツェルの顔があった。
 そして、俺と同じ白い髪の男が中央に座っている。
 この人がきっと、ラウロ・ウァクラートなのだろう。顔は見たことがないから知らないけど、きっとそうだ。これは神秘科の集合写真なのだろうか。

「あんまり触るものじゃないな。」

 俺はその写真立てを適当な場所に置いた。後で大切にしまっておこう。これは親父にとって、きっと大切なものだったはずだ。
 そう言えば、机の引き出しには何が入っているのだろうか。こんなに外に物が散乱しているわけだから、引き出しの中もさぞ汚いだろうがな。
 俺は空きづらい引き出しを左右に揺らしながら、少し強引に開ける。すると、その中は予想外にも殆ど物はなかった。
 あったのは一封の封筒だけである。洋形封筒で大きさも普通のものだ。

 赤い蝋で封印されており、開けられた形跡はない。真っ白な封筒には何も書かれておらず、これが何であるかというヒントすらない。
 中を透かして見ようともするが、封筒が分厚いためか透ける事はなかった。
 わざわざ封蝋まで使って閉じているのだ。きっと軽い気持ちで開けて良い物ではない。しかしそれなら、この封筒は誰に宛てたものなのだろうか。

「書いたのは間違いなく親父だろうな。親父が受け取ったんだったら、開けてないわけがない。」

 出しそびれたのか、それともこの引き出しにわざと残したのか。
 前者ならば二十年近く前の事だし、宛先も書いていないし探しようはない。後者ならば、俺……正確には鍵の持ち主へと宛てた置き手紙と言えるだろう。
 俺は意を決して蝋を土属性の魔法で作ったナイフで切り、手紙を開ける。どちらにせよ、この手紙は俺に開ける権利があるはずだ。

「……二枚入ってるな。」

 写真が一枚と手紙が二枚だ。手のナイフを消しながら、それらを抜き出して手に持つ。
 ――その瞬間に、まるで頭をハンマーで叩かれたかのような、そんな衝撃を受けた。

 その写真には一組の男女が写っていた。一人はさっきの写真にもいた、俺の親父だろうと思われる人物。そして、もう一人は。

「おかあ、さん。」

 今はもう亡き俺の母親、フィリナ・ウァクラートだった。二人とも笑顔で、幸せそうにしていた。
 あの日の、シルード大陸での日常がフラッシュバックする。ベルセルクがいて、お母さんがいて、前世から憧れていた魔法を我武者羅に勉強していた、あの短い幸せの日々を。
 決して忘れた事はない。それでも、顔を見ればその思い出はより色濃く俺の中に現れる。

 今まで熱心に写真を撮る人の気持ちがいまいち理解できなかったが、今なら分かる。写真というのはただ風景を切り取るものじゃない。その向こう側にある思い出まで切り取ってくれるものなのだ。
 事実、俺はこんな何でもない写真一枚で、どうしようもなく心を揺らされていた。

「畜生……ああ、クソ。泣くんじゃねえよ。」

 涙が目から溢れる。俺は心を落ち着かせて涙を袖で拭う。
 まだ泣くのには早い。俺はまだ、お母さんに誇れるような自分にはなっていない。俺はこれから冠位に挑むというのに、こんなところで泣いていてはいけない。
 涙はもう止まった。大きく息を吸って、吐いて、そして手紙の方を開いた。

 俺の予想した通り、手紙の最後には親父の名前であるラウロ・ウァクラートという文字があった。であればやはり、これは俺に読む権利がある。
 そう思いながら、手紙の一行目に目線を伸ばす。

『俺はこれから無法の地、シルード大陸へ向かう。万が一に備えこの手紙を残す。』

 最初の一文はそんな簡潔なものだった。親父はもしかして、シルード大陸に行くその時から死を覚悟していたのかもしれない。
 だが、それならば親父は何を追っていたのだ。何を探していたのだ。それもやっと、この手紙でわかるのだろうか。

『これを誰が最初に読むのか、俺には見当がつかない。鍵を託せるほど信用できて、賢者の塔に辿り着けるほどの行動力があり、この扉を開けれるほどに優れた魔法使い。この条件を満たす奴は、俺の中ではアルドールと婆さん以外にはいない。だけどあいつらは、ここには辿り着く事はないような気がする。』

 婆さんとはきっとオーディン・ウァクラート、つまりは学園長の事だろう。学園長は血縁であるし、アルドール先生は親友であったと聞いている。それほどに信用できる人じゃないと託せないとなれば、この手紙はそれほどに重要なのだろうか。

『この手紙を最初に読む人物は俺の子であると、なんとなくそんな気がしている。まだこの世に存在すらしていないが、それでも俺とフィリナの子だ。絶対にここに辿り着ける、そうに違いない。ただしそうならば、この事を直接口で伝えられなかった父を恨んでくれ。フィリナを残して死んでしまった俺を呪ってくれ。この手紙に辿り着くという事は、きっと俺は敗れてしまったのだから。』

 手紙を読む手に自然と力がこもった。

『例えどんな道筋を歩み、どんなも奴になったとしても、俺は産まれてくる子を愛している。どうか強く生きて欲しい。これから歩むであろう人生は、きっと辛く険しいが、それでも幸せに生きられる事を願っている。できるならば、二枚目の手紙を俺の婆さん、オーディン・ウァクラートに渡してくれ。俺の知りうる情報の全てをそこに記している。』

 二枚目の手紙を見ようとして、そこで手が止まった。そこに書かれている文字は世界共通語であるレイシア語ではなかった。暗号文のようなもので、俺に読み解くことはできない。
 これはきっと、わざと俺に読めないように書いたのだろう。親父が追っていたものと俺を関わらせないために。

「……悪いな、親父。あんたの息子はバカ息子だよ。」

 俺は体から力を抜いて、天井を見つめる。

「お母さんは救えなかった。何度も何度も、数えきれないぐらい間違えた。そして今回も、親父の足跡を追うって決めちまった。」

 全てを学園長に任せるのはどれだけ楽な事か。きっと俺なんかよりも完璧に対処できるはずだ。それでも、俺は親父の死の真相を知らなくてはならない。例え誰にも望まれていなかったとしても。
 俺は愛されている。異世界から来た、本物のアルス・ウァクラートではないのかもしれないのに、その愛情の全てが俺に注がれている。だからこそせめて、俺が犯した罪の償いは必ず俺がする。俺の存在を誇れるようになるために。

「これでやっと、敵がハッキリとするわけだ。」

 学園長に会わなくてはいけない。全てを知るために。
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