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第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜
3.工房
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賢者の塔の魔法陣の使い方は至って簡単なものである。その上に立って魔力を魔法陣に流しながら念じるだけだ。
魔法に慣れていない人物であれば手間取るかもしれないが、魔法使いにとっては簡単なイメージである。賢神にとっては猶更に簡単な事だ。
しかしそれだけではセキュリティも何もないので、さっきヒカリが貰った許可証や賢神の身分証やらを持っていないと通れないようになっているのだ。
そんなわけで、特筆するような事もなく、普通に魔方陣は起動して目当ての場所へとたどり着いた。
すなわち賢者の塔第48階層、魔導神秘科の本部がある場所であった。屋内であるというのに太陽が空に昇り、一つの街のように家々が並び立つ。賢者の塔の中でもこんな場所は流石に珍しいだろう。
「え、外?」
ヒカリがそんな疑問をこぼすのも仕方がない。よくよく見てみれば太陽が異様に近いだとか、人通りが少ないとか、家の様子がおかしいとか違和感もあるんだがな。それを即座に見破るのは難しい。
前回は俺の事を神秘科冠位の代理であるミステアが待ち構えていたが、今回は幸運にもいないようだ。
別に後ろめたい事があるわけではないが、あの人に見られながら動くのは気を遣う。いない方が俺の心としては穏やかである。
「ようこそ、偽物の街へ。外の街とよく似ているが、ここでは全てが魔力で作られた偽物だ。本物なのはそれこそ人ぐらいだな。」
レーツェルは自慢げにそう言った。確かにこれは自慢したくなるような出来である。
「ここには空き家がいくつもある。別に誰に許可を取らずとも勝手に使っていいぜ。ああ、だけど住むなら侵入できねえようにちゃんと改造しろよ。さもなきゃ研究成果を盗まれても文句は言えないからな。」
そう言ってまたレーツェルは笑った。
言われずとも自衛はちゃんとするつもりだ。今回は俺だけでなくヒカリもいる。念には念を入れて対策を取るつもりだ。
「もっと案内したいところだが……俺にも研究がある! また、困った事があったら俺を探してくれ!」
そう言って風のようにレーツェルは走って去って行った。こちらが別れの言葉を言うよりも早くにだ。
「……行っちゃったッスね。」
「まあ、また会えるだろ。同じ階層にいるわけだし。」
言葉通り、神秘科までの案内だった。しかしここまで案内してくれれば十分である。
むしろ自分第一な人が多い賢神にしては、異様なぐらいに気を使ってくれた方である。これは単純な彼の人柄か、もしくは……
「適当な空き家に入るんスか?」
「ああ、いや、その必要はない。宛があるんだ。」
取り敢えず、レーツェルの事は一度置いておこう。感謝を言うにもまた今度の話だ。
それよりも、今日寝泊まりする場所だ。俺の予想が正しければこれ以上ないぐらい安全な拠点が手に入るはずである。
「宛ッスか? ここに来たのは一度だけって言ってたのに?」
「確かに、俺は一度だけだな。」
俺はそう言いながら無題の魔法書の空間収納から一つの鍵を取り出した。
金色のウォード錠の鍵だ。しかもただの鍵ではなく、魔法文字が刻まれた魔道具の一つである。これが俺の言う宛である。
取り出した瞬間に鍵が持つ魔力はある方角へと向かい始める。まるで俺を導くようにだ。
「ついてきてくれ。」
その鍵の魔力に従い、俺はこの街の中を迷わずに歩いていく。
魔法書の収納魔法の中を整理している時に、これは見つかった。最初は何の鍵なのか全く分からなかった。だけど考えれば、それは直ぐに予想できた。
この鍵は賢者の塔を指し示している。この鍵は親父が残したものの鍵である。そこまで分かれば、自然と答えは一つに定まる。
「ここだ。」
俺は立ち並ぶ一つの家の前に止まる。別に目立つように豪勢な家ではなく、一瞬間違ったかと思ったが、他ならぬ鍵がここであると言っている。
「ここは……」
「俺の親父の工房だ。神秘科の冠位の、な。」
家の扉の前まで移動し、鍵穴に鍵をさすより先に扉に手を当てる。予想通り、複雑そうな防衛システムがあるようである。
三段階のセキュリティを突破する必要がありそうだ。一つはこの物理的な鍵、二つ目はこの家を起動させる大量の魔力、最後は適切なルートで魔力を通す魔法陣型の魔力鍵。
「……取り敢えず一回、試してみるか。」
三つ目はよく分からない。こればかりはヒントがないのだ。当ててみろ、という親父からの挑戦状なのかもしれない。
俺は鍵を入れて回し、大量の魔力を流し込む。そしてその鍵の先端にある魔法陣に慎重に魔力を流し始める。
「――いってえ!!」
だがしかし、上手くいかずに俺の手に電撃が走った。思わず手を離して俺は後ろに下がる。
「大丈夫ッスか!?」
「いや、気にするな。初見トラップに引っかかっただけだ。」
この魔法陣二重構造になってやがる。しかも失敗してもこんな弱い電撃だけって、嫌がらせとしか思えない。
だけどこの二重の魔法陣なら覚えがある。無題の魔法書の中にこんな感じの二重魔法陣があったはずだ。今度は慎重に、的確に魔力を巡らせる。
この小さな魔法陣に魔力を通すのも、昔の俺にはできなかっただろう。しかし今の俺ならば、難しい事ではない。
「開いた。」
音は鳴らない。それでも、感覚で分かった。俺は鍵を抜いてノブを捻って扉を開ける。
中は埃だらけで思わず咳をする。風魔法で適当に換気をしながら進むと、この家の構造が見えてきた。
一階にはどうやら、完全に実験をするための場所らしい。地面には実験器具や魔道具が雑多に広がっており、トイレぐらいしかない。
この家は三階建てだし、他のものは全て上の階にあるかもしれない。
「……取り敢えず、掃除をするか。」
「……そうッスね。」
俺とヒカリの考えは一致した。
魔法に慣れていない人物であれば手間取るかもしれないが、魔法使いにとっては簡単なイメージである。賢神にとっては猶更に簡単な事だ。
しかしそれだけではセキュリティも何もないので、さっきヒカリが貰った許可証や賢神の身分証やらを持っていないと通れないようになっているのだ。
そんなわけで、特筆するような事もなく、普通に魔方陣は起動して目当ての場所へとたどり着いた。
すなわち賢者の塔第48階層、魔導神秘科の本部がある場所であった。屋内であるというのに太陽が空に昇り、一つの街のように家々が並び立つ。賢者の塔の中でもこんな場所は流石に珍しいだろう。
「え、外?」
ヒカリがそんな疑問をこぼすのも仕方がない。よくよく見てみれば太陽が異様に近いだとか、人通りが少ないとか、家の様子がおかしいとか違和感もあるんだがな。それを即座に見破るのは難しい。
前回は俺の事を神秘科冠位の代理であるミステアが待ち構えていたが、今回は幸運にもいないようだ。
別に後ろめたい事があるわけではないが、あの人に見られながら動くのは気を遣う。いない方が俺の心としては穏やかである。
「ようこそ、偽物の街へ。外の街とよく似ているが、ここでは全てが魔力で作られた偽物だ。本物なのはそれこそ人ぐらいだな。」
レーツェルは自慢げにそう言った。確かにこれは自慢したくなるような出来である。
「ここには空き家がいくつもある。別に誰に許可を取らずとも勝手に使っていいぜ。ああ、だけど住むなら侵入できねえようにちゃんと改造しろよ。さもなきゃ研究成果を盗まれても文句は言えないからな。」
そう言ってまたレーツェルは笑った。
言われずとも自衛はちゃんとするつもりだ。今回は俺だけでなくヒカリもいる。念には念を入れて対策を取るつもりだ。
「もっと案内したいところだが……俺にも研究がある! また、困った事があったら俺を探してくれ!」
そう言って風のようにレーツェルは走って去って行った。こちらが別れの言葉を言うよりも早くにだ。
「……行っちゃったッスね。」
「まあ、また会えるだろ。同じ階層にいるわけだし。」
言葉通り、神秘科までの案内だった。しかしここまで案内してくれれば十分である。
むしろ自分第一な人が多い賢神にしては、異様なぐらいに気を使ってくれた方である。これは単純な彼の人柄か、もしくは……
「適当な空き家に入るんスか?」
「ああ、いや、その必要はない。宛があるんだ。」
取り敢えず、レーツェルの事は一度置いておこう。感謝を言うにもまた今度の話だ。
それよりも、今日寝泊まりする場所だ。俺の予想が正しければこれ以上ないぐらい安全な拠点が手に入るはずである。
「宛ッスか? ここに来たのは一度だけって言ってたのに?」
「確かに、俺は一度だけだな。」
俺はそう言いながら無題の魔法書の空間収納から一つの鍵を取り出した。
金色のウォード錠の鍵だ。しかもただの鍵ではなく、魔法文字が刻まれた魔道具の一つである。これが俺の言う宛である。
取り出した瞬間に鍵が持つ魔力はある方角へと向かい始める。まるで俺を導くようにだ。
「ついてきてくれ。」
その鍵の魔力に従い、俺はこの街の中を迷わずに歩いていく。
魔法書の収納魔法の中を整理している時に、これは見つかった。最初は何の鍵なのか全く分からなかった。だけど考えれば、それは直ぐに予想できた。
この鍵は賢者の塔を指し示している。この鍵は親父が残したものの鍵である。そこまで分かれば、自然と答えは一つに定まる。
「ここだ。」
俺は立ち並ぶ一つの家の前に止まる。別に目立つように豪勢な家ではなく、一瞬間違ったかと思ったが、他ならぬ鍵がここであると言っている。
「ここは……」
「俺の親父の工房だ。神秘科の冠位の、な。」
家の扉の前まで移動し、鍵穴に鍵をさすより先に扉に手を当てる。予想通り、複雑そうな防衛システムがあるようである。
三段階のセキュリティを突破する必要がありそうだ。一つはこの物理的な鍵、二つ目はこの家を起動させる大量の魔力、最後は適切なルートで魔力を通す魔法陣型の魔力鍵。
「……取り敢えず一回、試してみるか。」
三つ目はよく分からない。こればかりはヒントがないのだ。当ててみろ、という親父からの挑戦状なのかもしれない。
俺は鍵を入れて回し、大量の魔力を流し込む。そしてその鍵の先端にある魔法陣に慎重に魔力を流し始める。
「――いってえ!!」
だがしかし、上手くいかずに俺の手に電撃が走った。思わず手を離して俺は後ろに下がる。
「大丈夫ッスか!?」
「いや、気にするな。初見トラップに引っかかっただけだ。」
この魔法陣二重構造になってやがる。しかも失敗してもこんな弱い電撃だけって、嫌がらせとしか思えない。
だけどこの二重の魔法陣なら覚えがある。無題の魔法書の中にこんな感じの二重魔法陣があったはずだ。今度は慎重に、的確に魔力を巡らせる。
この小さな魔法陣に魔力を通すのも、昔の俺にはできなかっただろう。しかし今の俺ならば、難しい事ではない。
「開いた。」
音は鳴らない。それでも、感覚で分かった。俺は鍵を抜いてノブを捻って扉を開ける。
中は埃だらけで思わず咳をする。風魔法で適当に換気をしながら進むと、この家の構造が見えてきた。
一階にはどうやら、完全に実験をするための場所らしい。地面には実験器具や魔道具が雑多に広がっており、トイレぐらいしかない。
この家は三階建てだし、他のものは全て上の階にあるかもしれない。
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「……そうッスね。」
俺とヒカリの考えは一致した。
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