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幕間〜王選の幕は落ちる〜

賢者の塔は揺れる

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 ロギア民主国家は魔導の国と、そう呼ばれている。事実、これ程までに魔法文明が発達し、それを活用している国家など他にはないと言えるほどだ。最大国家であるグレゼリオン王国でさえも、ここまで魔法が一般的になってはいない。
 そんなロギアを象徴するのは、オーディン・ウァクラート主導で建造された賢者の塔である。あらゆる魔法使いが最後に行きつく場所とも呼ばれる。
 優秀な魔法使いが数えきれないほど集まり、個人では用意できないような器具がいくつも並び、国からの援助が絶え間なく送られ続ける。これ程に魔法の研究に適した場所は存在しない。

 それは冠位と呼称される究極の魔法使いであっても変わりない。

 賢者の塔第30階、それはロギア民主国家魔導省の開発局に割り当てられた階層である。
 この階層を自由に扱う権限を持つ開発局の最高責任者こそが、魔導機械科の冠位である魔法使いだった。

「……なるほど。」

 少なくとも我々にとってはゴミとしか思えない金属製のガラクタ達の上で、その魔法使いは一人呟く。
 魔法使いらしく少し大きめのサイズのローブを着ていて、そのフードを目深に被っていた。そのローブは埃だらけで薄暗いこの場所でも分かるほどに汚れていた。髪もフードから溢れる程に無秩序に伸び切っていて、見た目に関心がないだろう事は想像に難くない。
 それでもこの魔法使いこそが、たった十席しかない冠位に座る存在であるのだ。

「イーグル!」

 大声で叫ぶと、遠くから直ぐに足音が聞こえてくる。この部屋は大量の機械がそこら辺に置いている為か、いわゆる壁だとか部屋だとかはない。足音がここに辿り着くのは早かった。
 そしてこの場所の惨状を見て、「きったな。」と思わずそう言った。

「何の用ですかい、局長。知っての通りあんたが出した命令で死ぬほど忙しいわけですが、その上で何か用があると?」
「アルス・ウァクラートについて調べ上げてくれ。興味が湧いた。」
「ウァクラート……まさか、ラウロの倅のあいつですかい? 前は興味ないって言ってやしたでしょう?」

 そう言われると魔法使いは首を傾げ、数秒ほど口を閉ざす。

「記憶がないな。勘違いじゃないのかい?」
「……ああ、まあ、そうかもしれやせんね。それなら今の仕事をキャンセルして、調べればいいんですかい?」
「いや、両方やれ。キミならできるだろ。」

 イーグルは大きな溜息を吐いて肩を落とす。しかしその感情を口に出す事はない。黙って従うことがこの開発局に居続けるためのコツである。

「それとハーヴァーンの奴には断ると、そう伝えておけ。」

 だから、何を断るのかもイーグルは聞かない。ただ言われた通りの言葉を、そのハーヴァーンという人物に伝えればいいだけだ。
 イーグルは適当に頷きながらこの場を去る。残るのは魔法使いただ一人だ。
 魔法使いはガラクタの山の上で目を閉じる。寝心地は悪いが、彼女にとっては床で寝るよりかは幾分かマシであった。

「……ふふふ、楽しみだな。神を降ろした肉体というのは、どれ程に人と違うのか。」

 魔法使いの本質とは、研究者である。真実を究明し、解き明かし、より洗練された技術を創り出す事にこそ価値を感じる。
 そういう意味では、この人物よりも魔法使いらしい奴はいない。

「是非一度、バラバラにして観察してみたい。」

 文字通り、目的達成の為なら手段は選ばないのだから。





 8月。グレゼリオン第二学園は夏休みの時期に入っていた。部活動そのものがない第二学園においては、教員にとっても少し心休まる期間であると言える。
 決して暇というわけではないが、いつもよりかは遥かに時間を取りやすい時期と言えた。

「賢者の塔に、か。」

 学園長室に呼び出されていたアルドールは、オーディンから話を聞いてそう呟いた。

「ちょいと用があっての。お主がついて来てくれるなら助かる。」
「暇を取るのはそう難しい事ではないが、本当に私が必要なのか?」

 賢神を探すのなら、この学園の教師だけでも十数人いる。些細な用事で冠位のアルドールをわざわざ連れ出す必要はない。
 アルドールは時間を作れるとは言ったが、公爵家前当主が国外に出るのはそこそこの手続きを踏む必要がある。そんな手間をかけてまで、わざわざアルドールを連れて行く必要は普通はない。

「ただの魔法使いには話せない事じゃ。それにそこらの奴を連れて行くのならわし一人で行っても変わらん。」

 ふむ、とアルドールは頷いた。

「それもそうだな。学園長には恩がある、同行する事自体は構わない。」
「それなら、出立は来週の今日じゃ。目的は元冠位魔導生命科ロード・オブ・ソウルの記録の確認。」

 アルドールは目を見開く。その人物には確かに覚えがあったからだ。
 魔導生命科の冠位は二十年ほど前に禁忌を犯し、魔導賢神会を追放されている。その行方は分からず失踪状態であった。
 アルドールはその人物の事をよく知っていた。何せ、同じ学び舎で魔法の腕を競い合った親友とも言える存在だ。その男の事をアルドールより知る人は少ないだろう。

「あやつを探し出さねばならん。今どこで何をしているかは分からんが、あやつの知識と腕が必要じゃ。」
「それは、追放処分を解除するという事か?」
「……場合による、としか言いようがないわい。今も禁忌の研究を続けておるのなら、無理じゃがな。」

 部屋の中には沈黙が響いた。アルドールは目を閉じて、「そうか。」とだけ言った。
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