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幕間〜王選の幕は落ちる〜

二人の剣士は語り合う

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 王選終了から一月経った。
 アグラードル領は国の全面的なバックアップを受け、あっという間に復興を終えようとしていた。元々、建物への被害などは軽微であり、修復が容易であった事が大きい。
 しかし、見た目は直す事ができても中身までは上手くいかない。どれだけ以前と似せようとしても、失ったものは決して戻ってこないのだから。

 今回の一件における死者数は13人、負傷者は数万人だ。
 死者数に対して異常に負傷者が多いが、これはニレアの洗脳の能力を考えれば驚くべき事ではない。問題は行方不明者の数である。
 一月経った今でも百人近くの人が発見されていない。一体何があって、どこに行ったのかは推測することしかできない。得たものもあったが、無視できないほどに失ったものが多過ぎた。

 それは、アグラードル家当主であるユリウスにとって他人事ではない。

「――よろしいのですか?」

 そう問いかけたのは、アグラードル家の代わりに領地を運営している代理議会の者であった。
 もっと正確に言えば代理議会議長にして、実質的な領主とも呼ばれるプロクスという女である。議会に基本的な政策は任せられており、特別な事がない限りは領主の承諾なしに動くことができる特異な組織である。
 逆に言えば、今回ほどの大きな事案であればユリウスの許可を得る必要があった。

「いいって言ったじゃないか、プロクス。」

 そう言ってユリウスは大きく溜息を吐く。

「君にとっては都合のいい話だ。違うかい?」
「違いませんが、逆に言えばユリウス様にとっては都合の悪い話です。」
「……仕方ないよ。ここでどうせ対策を打たなきゃ人が離れて税収は減る。長期的に見たら得だ。」

 再び大きく溜息を吐く。ユリウスはだらしない体制で椅子に座って、精魂を使い果たしたように項垂れていた。
 流石にそれを咎めるような人はいない。それ程に今回の一件の後処理は大変だった。数え切れないほどの怪我人に、壊れた街道や公共施設などの修復、住民への特別な援助。ユリウス1人でやったわけじゃないが、その大部分に彼は関わっていた。
 プロクスもそれを理解しているか、次の話題に移る。

「そう言えば、ユリウス様に会いたいという方がお越しになられています。いかがなされますか?」
「どうせぼくに恩を売りたい貴族か商人だろ。君に任せる。」
「いえ、それは我々代理議会で全て処理し終えました。」

 じゃあ何だ、という風にユリウスは視線を向ける。

「フラン・アルクスという方です。お知り合いではないのですか?」

 ユリウスは立ち上がった。





 ユリウスは屋敷の中を走る。目的地は言うまでもなく、客人が待たされている客間だ。そして目的地に着くやいなや、ノックもせずにドアを開け放つ。
 中にいるのは、いつも通り硬い表情で椅子に座るフランだ。

「久方ぶりだな。」

 最初に口を開いたのはフランだった。ユリウスは呼吸を整えながら部屋の中を歩き、フランの対面に腰を落ち着かせる。

「いやあ、よく来てくれた。ぼかぁ嬉しいよ。」
「……何故だ?」
「そりゃあ、君とはあの一件からずっと忙しくて話せていなかったからだよ。また時間を作って王城に行こうかと考えていたし、とても都合が良かった。」

 そうか、とだけフランは言った。

「アルスと戦った時の傷はもう大丈夫なのか?」
「一月もあれば治る。それより、お前の方が大丈夫なのか。大変だと聞いたぞ。」

 ユリウスは力無く笑う。とても大丈夫そうには見えなかった。
 フランも王城でユリウスが何をしていたを聞いていた。会いに来るのが遅れたのは、忙しい最中に来てはいけないと考えたからである。

「……アグラードル領の最大の問題は金だ。ぼくら復興支援の為に金を使ったせいで足りない。領民は怪我のせいで働けなくて金を稼げない。だから金回りを何とかして、少しでも早く元に戻さなくちゃいけなくてね。」

 しかし単に金を配っても経済が再生するわけじゃないし、金を捻出するのも大変な事だ。

「だから三ヶ月の間、住民税をほぼゼロにした。おかげで当分は極貧生活だよ、ぼかぁ。」

 だから取り敢えず、ここに残る理由を作る事にしたのだ。人が流出さえしなければ、街はまたやり直せる。
 それに領民にとっても分かりやすく好印象で生活が楽になる政策だ。この状況で領主に不安を抱かせない為のものでもあった。

「アグラードル家の貯蓄は大分減ったし、他の領に持っていた土地もいくつか手放して、屋敷の美術品もほとんど売却する予定だよ。まあ美術品に関しては前々から多過ぎると思っていたし、ぼくとしては丁度いいけどね。」

 そう言えば、屋敷の中がやけにスッキリしていた事をフランは思い出す。ここに来た事はないが、それでも公爵家の屋敷にしてはやけに落ち着いているというか、無駄に広い感覚があったのだ。
 それが美術品を片付けたからであると聞いて納得した。本来物が置いてあった場所に何もないという違和感だったのだ。

「……ああ、もうぼくの話はどうでもいいんだ。こんな事、思い出したくもない。それよりも、スカイは元気だったかい?」
「ああ。王選中より、終わった後の方が生き生きとしていた。」
「それなら良かった。ぼくもわざわざ付き添った甲斐があるってもんだ。」

 ユリウスはホッと一息つく。大丈夫であろうとは思っていたが、彼にとってスカイは弟のようなものだ。心配になるのも当然である。

「改めて、ありがとうフラン。君がいなきゃあ、この王選は終えられなかった。」
「……俺は何もしていない。むしろ迷惑をかけた。」

 ユリウスは、いや、と言葉を続ける。

「君がいなくちゃあ、最初にニレアに会ったあの酒場で終わってたさ。何より君は、会って一週間も経たないぼくを信じて、託してくれた。」
「お前は強いからな。」
「君の方が何倍も強いさ。体も心も、どっちもね。」

 フランは納得していないようではあるが、取り敢えず否定もせずに流した。
 心はともかく、自分の方が剣は強いという自信があったのもある。それはそれで少し気になることがあるのは事実だが。

「……気になっていた事がある。聞いても良いか?」
「ああ、勿論。答えられる範囲なら。」
「お前は双剣使いじゃないのか?」

 ユリウスは口を噤む。想像したような質問ではなかったからだ。

「スカイからお前は一本の剣を使っていたと聞いた。しかし、そうではないような気がする。」
「……それは、どうしてだい?」
「勘だ。」

「なるほどね。」と、そう言って何度かユリウスは頷く。そして少し悩んだ後に、意を決して口を開いた。

「君の言う通りだよ。ぼくは本来なら剣を二本使って戦う。だけど誓って言おう。決して手を抜いていたわけじゃない。」

 別にフランは疑っていたわけじゃないが、まるで弁明するかのように真剣な表情でユリウスは言った。

「ぼくの双白剣そうはくのつるぎは使うのにいくつか条件があってね。片方は簡単な条件なんだけど、もう一つはちょっとややこしくてね。」
「人器か?」
「ああ。アグラードル家に伝わる宝剣ってやつさ。」

 『神匠』クラウスター・グリルが作った千の人器、その中には貴族や王家に寄贈されたものも存在する。その内の二つが双白剣そうはくのつるぎである。

「だけどいつか、本当に必要な時には二つ揃えて君と一緒に戦うよ。これは約束だ。」
「……そうか。楽しみにしていよう。」

 フランはほんの少しだけ口角をあげて、頷いた。
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