幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜

51.国の為に

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 国王の自室と呼ばれるものは複数ある。用途や状況によってそれを使い分けるが、主に使われるのが書斎である。
 だからこそ、何か報告に来る際にはまず自室の中でも書斎を訪れるという暗黙の了解があった。それは王子であっても例外ではない。
 王国に戻って最低限の事を済ましてから、二人は書斎へと向かった。

「よく、無事に戻ってきてくれたな。」

 立ち並ぶ二人に向けて、現国王であるロードはまずそう言った。

「本来ならば、ゆっくりと休んで欲しいところではあるが、お前達に聞いておかねばならない事がある。わかっているな?」

 二人は頷いた。
 アースはまだ疲労が残るだけだが、スカイは全身ボロボロだ。今こうやって動けているのも、魔法で無理矢理に動かしているからである。
 今直ぐに休みたい状況の中でも、二人はここに来て父親である王と話さなくてはならなかった。

「今日は王選の最終日だ。慣例に従い、王選の最終演説をしてもらうつもりだった。しかし今、国内は少し荒れている。演説を聞く余裕のない民もいるだろう。」

 今も教会で治療を受ける人がいる。失った家を前にして途方に暮れる人もいる。家族を失ってしまった人も、いる。
 そんな中で国のこれからを語られても、多くの人が反感を抱くだけだろう。落ち着くまで待つのが安定したやり方だ。

「では問おう。それでも、王選を続けるつもりはあるか?」

 王は二人に答えを委ねた。

 デメリットを先に挙げたが、このまま王選を続けるメリットもある。
 第一のメリットは再び離れた日に王選の最終演説を行えば、その分だけ多額の費用がかかる事だ。今日の準備だけでも大勢の騎士を動かしたのに、もう一度用意するのは勿体ない。
 第二のメリットは対外への印象である。名も無き組織のせいで王選が延期となった、という事実は名も無き組織がそれだけ強大であることを知らしめるようなものである。他国は王国への信頼度を下げ、人々を不安にさせてしまう一因にもなってしまう。
 最後のメリットは国内が安定する事だ。今、第一王子派と第二王子派で分かれている貴族達も、王が決まれば統一される。このどっち付かずの状況は不和を生みかねない。

 この判断は、必ずどちらを選んでも反感が生まれる。どうしようもない二択だ。
 だからこそ当事者である二人に選択させると決めた。王選はたった一度切り、二回目ややり直しなどありはしない。心残りを作らないことが重要だった。

「当然だ。その為に急いで戻ってきたんだぜ。」
「僕も同意見だ。」

 返答には迷いがなかった。

「……そうか。ならば、当初の時程通りに最終演説を執り行う。知っているだろうが、最終演説は魔道具を使って国中に放送される。相応の覚悟を伴って臨め。」

 二人は無言で頷く。それに満足したのか、微かにロードの表情から力が抜けた。
 沈黙が書斎の中に響き渡る。相変わらずロードの表情は硬く、そこから思考は読み取れない。そのせいか、実の息子である二人でさえも口を開きにくかった。
 そんな中、スカイが最初に口を開いた。

「父上、僕は報告しなくてはいけないことがある。」

 声は微かに震えていた。スカイは深く息を吐いて、父親であるロードを視界の中心に捉える。
 何を言いたいのかは、もうアースには察しがついていた。今回の一件は、間接的にではあるがスカイの責任でもある。スカイの生真面目な性格はアースが一番よくわかっていた。
 まだ誰にも今回の一件の詳細は話していない。事の真相を知るのはあの場にいた数名だけだ。隠そうと思えば隠せるだろうが、スカイ自身がそれを許さない。

「僕は――」
「そんな勿体ぶることじゃねーだろうが。」

 意を決して話そうとしたスカイの頭を、アースが手刀で叩く。痛くはないがスカイの会話を遮るのには十分だった。

「スカイに平民の恋人ができたって話だ。こいつは生真面目だから、相手の家柄とかそーいうのを気にしちまってんだ。」
「ほう、そうだったのか。」
「ちがっ、いや、違くないけど!」

 それも報告の一つではある。ただ、それより大事な報告があるというだけで。
 否定しようにも話の流れは既にアースの手にあった。何よりそれでロードも納得してしまっていた。

「確かに歴史を見れば平民との婚姻は稀ではあるが、存在しないわけではない。別に気に病む必要はないぞ。」
「いや、まだ婚姻とか決まったわけじゃ……」
「そうだな。流石に父上に顔を見せる前に婚姻を決めるわけにはいかないな。」

 そうじゃないと、そう言いたくとも混乱しすぎて声が出ない。スカイは言いたいことを言えぬまま、訂正できないまま話が進んでいく。

「それじゃあ、演説の準備があるから俺様とスカイは失礼するぜ。父上も楽しみにしとけよ。」
「ちょ、ちょっと兄上!?」

 スカイの手首を掴んで、それを引っ張ってアースは書斎を後にした。ロードはそれを止めることはせずに、「うむ。」と頷いただけだった。

 部屋を出た後、そのまま何も言わずにアースはスカイの腕を引っ張る。書斎から少し離れた場所まで移動して、やっとアースは手を離した。
 スカイは別に、手を振りほどくことだってできた。それをしなかったのは、アースが考えなしにこんなことをする人物でないのを知っているからだ。

「……何でこんな事するんだよ。僕がこれを打ち明ければ、兄上だって王選に有利になるだろう?」

 だから、開口一番にそう聞いた。

「俺様、有利になるだろーな。だけど国にとってお前の悪行を広める事に利益はねーよ。王族に対する不信感を生むだけだ。」
「だけど、僕はもう王になるつもりなんてない。父上にだけ伝えて、僕を負けさせるようにすればいい。」
「……おいおい、まさか自分が勝つ気でいるのか?」

 スカイは言葉に詰まる。スカイは今回の事件の解決に貢献したとして、人々の支持を集めている。それに王選の間、国中を走り回った姿を見てスカイを王へ推薦する声は大きい。このままいけば間違いなく自分が勝つと、そう思っていた。
 アースは違った。まだ負けたなんて、アースは欠片も思っていない。

「フェアじゃない勝負をすれば、どこからそれを嗅ぎつけられるかわからねーよ。それに前からお前とは本気でやり合いたかったんだ。」
「でも――」
「でももクソもあるか。納得できねーなら、それがお前への罰だと思ってればいいさ。」

 話は終わりだと、そう言わんばかりにアースは背を向けて歩きはじめた。
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