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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜
45.仲間がいるから
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サティアとスカイの関係は、意外にも長く続く事となった。
昼休みの屋上、その時だけ二人は会っていた。別に会う約束をしているわけではなく、いたら一緒に話しながらご飯を食べるという程度のものだ。それを許せるぐらいには互いに心を許していた。
王族と平民という最もかけ離れた身分であるにも関わらず、二人は友人と言うことができた。一番気を使わない関係でいてられたのだ。
「私、将来は法律家になりたいんだよね。だからこの学園に入ったんだ。」
これは、そんな他愛もない会話の一つである。
「へえ、意外だね。」
「意外とは失礼な。法律系の授業では私が首席なんだよ。」
「首席なら僕もだ。」
加えてスカイの言葉に足すならば、総合成績ではスカイが圧倒的である。サティアは勉学や運動には長けるが、礼儀作法は圧倒的に他より劣っていた。
しかし意外なのは事実である。学園に来る平民は大体が貴族とコネを作りに来た商人の一族であり、わざわざ法律家を目指すことは少ない。サティアの口数の多さでなれるとは思えない、ともスカイは思っていたが。
「……裁判官になれば、給料は多いし安定する。私は孤児だから、とにかく安定した土台が欲しいんだよ。」
「理にかなっているね。だけど裁判官はほとんどが貴族だ。きっと楽しい職場とは言えないよ。」
「生きていればそれだけで楽しいよ、私は。だってこの世は楽しい事が多すぎると思わない?」
サティアは立ち上がり、スカイの正面に立つ。
「人と話せるだけでも私は幸せなんだ。自分の思いを伝えられて、相手の思いを知ることができるんだよ。こんな事、他の生物にはできっこない。」
一度話し始めればサティアは止まらない。壊れた蛇口のように次々と言葉が零れ出す。その声はいつもより少し高く、興奮しているのが直ぐに分かる。
「本を読めば新しい事を知れる。演劇を見れば心が躍る。空を飛ぶ鳥にそれぞれ名前があって、違った生き方をしているんだと思うと興奮が止まらない。魔法なんて言うまでもなく最高だ。魔法がどれだけ私たちの生活に密接に関係しているかと思うと、それだけで私はワクワクしてくる。」
その瑠璃色の目はずっと、未来を向いていた。まるで子供のように、無邪気で自分の将来を疑っていなかった。子供と違うのは、それを成し遂げる計算と知恵が彼女にある事である。
「だから、私は世界を楽しむ為のお金と権力が欲しいんだ。お金が足りないなんてつまらない理由で、世界を楽しめなきゃ勿体無い。権力者に悩まされて、行動を制限されるなんて理不尽だ。そう思わない?」
スカイはそんな事、考えた事もなかった。生まれながらの王族で、本能的に自分は国の為に生きて死ぬんだと思っていた。それ以上は望まなかった。
だからこそ、兄の執念にも似た王への想いと戦うのを避け、適当な位置で国に貢献していければそれで良いと、漠然と思っていた。
だから人生を楽しむだとか楽しまないだとか、そんな風に人生を考えた事がなかった。
「スカイ君は、何か夢はある?」
その答えをスカイは持ち合わせていなかった。それでも、何か言わなきゃいけない気がして、頭をフル回転させて口を開いた。
「――あの時、僕は何て言ったっけ。」
サティアに笑われた事だけをスカイは覚えていた。小っ恥ずかしくて、沈めるようにして忘れたのだろう。それでも今は沈んでいるだけで、心の中に残っているはずなのだ。
スカイは剣を強く握る。目の前にいるのは、つい先刻自分を吹き飛ばしたばかりの銀色の巨大な狼だ。勝てる相手ではない。
「ちゃんと後で聞かなきゃな、サティアに。」
まだ諦めるわけには早い。スカイの心臓は動いている。頭はまだ働いている。命が尽きるまで諦める理由には決してならない。
鼓膜を潰すほどの遠吠えが鳴り響く。
全身の肌が栗立ち、体が勝手に後退りしそうだ。それをスカイは無理矢理押さえ込んで、前に足を出した。血のように赤い両の眼が、スカイをしっかりと捉えた。
今にも襲いかからんと体勢を低くし、全身のバネを縮めた。次の瞬間に狼王《マスターウルフ》は飛び込んで来るだろう。
それでもスカイは絶対に退かない。一人だったら逃げ出したくなったかもしれない。けど今は、仲間がいるから――!
「悪いね、フランからぼかぁ頼まれてるんだ。」
風が揺らぎ、狼が眼前に迫った瞬間、それは止められた。狼の巨大な牙と巨体が、たった一本の剣で堰き止められていた。
スカイは、その目の前に立つ人の事をよく知っていた。
「人器解放、双白剣『白帝』」
瞬きを一度する間に、狼王は全身を氷で閉じ込められていた。
「行け、スカイ!」
ユリウスのその声に押されて、スカイは狼の横を通ってニレアの下へと駆ける。ニレアは紐を引っ張って、サティアを引き摺って逃げ始めていた。見た目とは裏腹に意外と速い。だか、追いかけていればボロボロのスカイでもいつかは追い付くだろう。
ならば問題は、狼王と戦うユリウスである。氷で封じ込めていたが、直ぐにそれは壊される。ニレアを追うスカイへと視線を向けるが、ユリウスを無視は出来なかった。
「王種ともなれば頭が良いみたいだな。流石に殺すのには苦労しそうだ。」
ユリウスの持つ剣は、修正液をぶちまけたかのように真っ白な刀身の刀だった。長さは約一メートルで、反りは日本刀の標準的なものと同程度だ。
「まあ、ぼくは君を抑え込めば仕事としては十分だからね。頼りになる奴らが駆けつけてくれたよ。」
ユリウスはそう言って狼の王を前に笑みを浮かべた。
昼休みの屋上、その時だけ二人は会っていた。別に会う約束をしているわけではなく、いたら一緒に話しながらご飯を食べるという程度のものだ。それを許せるぐらいには互いに心を許していた。
王族と平民という最もかけ離れた身分であるにも関わらず、二人は友人と言うことができた。一番気を使わない関係でいてられたのだ。
「私、将来は法律家になりたいんだよね。だからこの学園に入ったんだ。」
これは、そんな他愛もない会話の一つである。
「へえ、意外だね。」
「意外とは失礼な。法律系の授業では私が首席なんだよ。」
「首席なら僕もだ。」
加えてスカイの言葉に足すならば、総合成績ではスカイが圧倒的である。サティアは勉学や運動には長けるが、礼儀作法は圧倒的に他より劣っていた。
しかし意外なのは事実である。学園に来る平民は大体が貴族とコネを作りに来た商人の一族であり、わざわざ法律家を目指すことは少ない。サティアの口数の多さでなれるとは思えない、ともスカイは思っていたが。
「……裁判官になれば、給料は多いし安定する。私は孤児だから、とにかく安定した土台が欲しいんだよ。」
「理にかなっているね。だけど裁判官はほとんどが貴族だ。きっと楽しい職場とは言えないよ。」
「生きていればそれだけで楽しいよ、私は。だってこの世は楽しい事が多すぎると思わない?」
サティアは立ち上がり、スカイの正面に立つ。
「人と話せるだけでも私は幸せなんだ。自分の思いを伝えられて、相手の思いを知ることができるんだよ。こんな事、他の生物にはできっこない。」
一度話し始めればサティアは止まらない。壊れた蛇口のように次々と言葉が零れ出す。その声はいつもより少し高く、興奮しているのが直ぐに分かる。
「本を読めば新しい事を知れる。演劇を見れば心が躍る。空を飛ぶ鳥にそれぞれ名前があって、違った生き方をしているんだと思うと興奮が止まらない。魔法なんて言うまでもなく最高だ。魔法がどれだけ私たちの生活に密接に関係しているかと思うと、それだけで私はワクワクしてくる。」
その瑠璃色の目はずっと、未来を向いていた。まるで子供のように、無邪気で自分の将来を疑っていなかった。子供と違うのは、それを成し遂げる計算と知恵が彼女にある事である。
「だから、私は世界を楽しむ為のお金と権力が欲しいんだ。お金が足りないなんてつまらない理由で、世界を楽しめなきゃ勿体無い。権力者に悩まされて、行動を制限されるなんて理不尽だ。そう思わない?」
スカイはそんな事、考えた事もなかった。生まれながらの王族で、本能的に自分は国の為に生きて死ぬんだと思っていた。それ以上は望まなかった。
だからこそ、兄の執念にも似た王への想いと戦うのを避け、適当な位置で国に貢献していければそれで良いと、漠然と思っていた。
だから人生を楽しむだとか楽しまないだとか、そんな風に人生を考えた事がなかった。
「スカイ君は、何か夢はある?」
その答えをスカイは持ち合わせていなかった。それでも、何か言わなきゃいけない気がして、頭をフル回転させて口を開いた。
「――あの時、僕は何て言ったっけ。」
サティアに笑われた事だけをスカイは覚えていた。小っ恥ずかしくて、沈めるようにして忘れたのだろう。それでも今は沈んでいるだけで、心の中に残っているはずなのだ。
スカイは剣を強く握る。目の前にいるのは、つい先刻自分を吹き飛ばしたばかりの銀色の巨大な狼だ。勝てる相手ではない。
「ちゃんと後で聞かなきゃな、サティアに。」
まだ諦めるわけには早い。スカイの心臓は動いている。頭はまだ働いている。命が尽きるまで諦める理由には決してならない。
鼓膜を潰すほどの遠吠えが鳴り響く。
全身の肌が栗立ち、体が勝手に後退りしそうだ。それをスカイは無理矢理押さえ込んで、前に足を出した。血のように赤い両の眼が、スカイをしっかりと捉えた。
今にも襲いかからんと体勢を低くし、全身のバネを縮めた。次の瞬間に狼王《マスターウルフ》は飛び込んで来るだろう。
それでもスカイは絶対に退かない。一人だったら逃げ出したくなったかもしれない。けど今は、仲間がいるから――!
「悪いね、フランからぼかぁ頼まれてるんだ。」
風が揺らぎ、狼が眼前に迫った瞬間、それは止められた。狼の巨大な牙と巨体が、たった一本の剣で堰き止められていた。
スカイは、その目の前に立つ人の事をよく知っていた。
「人器解放、双白剣『白帝』」
瞬きを一度する間に、狼王は全身を氷で閉じ込められていた。
「行け、スカイ!」
ユリウスのその声に押されて、スカイは狼の横を通ってニレアの下へと駆ける。ニレアは紐を引っ張って、サティアを引き摺って逃げ始めていた。見た目とは裏腹に意外と速い。だか、追いかけていればボロボロのスカイでもいつかは追い付くだろう。
ならば問題は、狼王と戦うユリウスである。氷で封じ込めていたが、直ぐにそれは壊される。ニレアを追うスカイへと視線を向けるが、ユリウスを無視は出来なかった。
「王種ともなれば頭が良いみたいだな。流石に殺すのには苦労しそうだ。」
ユリウスの持つ剣は、修正液をぶちまけたかのように真っ白な刀身の刀だった。長さは約一メートルで、反りは日本刀の標準的なものと同程度だ。
「まあ、ぼくは君を抑え込めば仕事としては十分だからね。頼りになる奴らが駆けつけてくれたよ。」
ユリウスはそう言って狼の王を前に笑みを浮かべた。
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