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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜

42.第一学園での出来事

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 王都にある第一グレゼリオン学園、そこにまだスカイが通っていた頃の事である。
 スカイは成績優秀、眉目秀麗、文武両道と非の打ちどころがない人物であり、王族であるという事も相まって常に人の中心にいた。第一学園の大半は貴族や商家の子供などで、優秀な第二王子と関係を結んでおこうと考える者も多かったのだ。

「……よーし、誰もいないな。」

 スカイは忍び足で校舎の屋上へと足を踏み出す。立ち入り禁止の場所であるが、教師からの同情もあって鍵を貰っていたのだ。実際、ここぐらいでしかスカイの気の緩まる場所などなかった。
 屋上の中でも日陰となる場所へと腰を落ち着け、持ってきた弁当箱を地面へと置いた。
 ここに来るのもかなり大変な事だった。昼休みに入ると直ぐに誰か来るので、急いで身を隠して魔道具を使ってここまで辿り着く必要があったのだ。かなり大変ではあるが、それに見合う価値はあった。

 生まれながらの王子であるスカイにとって、人に囲まれるというのは慣れたものである。だがそれは、人に囲まれるのを好む理由にはならない。むしろ慣れ過ぎたからこそ、こうやって静かな場所に行くのが何よりスカイの心を落ち着かせた。
 昔からずっと、スカイは争いを好まない。それでも生まれもった才能が、ただ真面目に生きているだけで他者を惹きつけ、逆に嫉妬させたりもする。どれだけ喧騒から逃れようとも落ち着ける暇なんてほとんどない。
 それは、今日であっても例外ではなかった。

「よっ!」

 そんな元気の良い声が聞こえて、空へと人が飛び出る。それは綺麗な目の色をした少女だった。その少女はどういう方法を使ったのかはわからないが、壁を登ってここまで来たらしい。
 問題であったのはその少女が着地するであろう場所には既にスカイがいて、「あ。」という言葉が漏れ出そうな顔を少女がしていた事である。

「ごめん!」
「何でっ!?」

 少女の謝罪の声と、唐突な理不尽を呪うスカイの声が同時に響いた。
 足がスカイの胴に突き刺さり、腹を抱えてスカイがのたうち回る。それを気まずそうな顔で少女は見ていた。

「い、いやあまさかこんな所に私以外が来るなんて思ってなくてね。それで今日は特に気分が良かったから、体操選手みたいに綺麗に飛び出して着地しようなんて思っちゃった次第でして……別に悪気があったわけじゃないんですよ。」

 問い詰める前に弁解を始める姿にスカイは若干の苛立ちを覚えたが、簡単に声が出るような体の状態ではなかった。

「ええと……大丈夫?」
「そんなわけないだろ……!」

 これこそが、サティアとスカイが初めて出会った瞬間である。





「本当にごめん! わざとじゃないんだ!」

 手を合わせながらサティアは頭を下げた。謝罪をする作法としては0点だが、しっかりと謝る気はあるらしい。

「だから、もう別に気にしてないよ。反省しているなら屋上から出て行ってもらえると助かるんだけど?」
「いや、それだけは勘弁して欲しい。下にいると気まずくて仕方ないんだよ。」
「気まずい?」

 こんなに明るくて裏表もなさそうな性格だ。気まずいなんていう感情を覚えるようには見えなかった。

「私は昔からテーブルマナーとか敬語だとかが苦手でね。どこで何をしても見られているようで、どうも落ち着かないんだ。平民出身だから仕方ないんだけどさ。」

 そこでスカイは合点がいった。第一学園は貴族だらけだが、決して平民が入れないわけじゃない。幼少の頃から英才教育を受けている貴族に一般の受験生じゃ普通は勝てないというだけだ。中には優秀な平民が貴族を押しのけて入る事だってある。
 しかし入っても貴族だらけの環境であれば浮くのは間違いない。貴族が教養として既に身につけている礼儀作法や言葉遣いなどを全く習得していないからだ。いじめなんてものは滅多にないものの、そういった事情もあって入学した平民たちは全員で固まったグループを形成することが多い。

「そう言えば、三年生で平民は一人だけだったな。それが君というわけか。」
「まあね。王子様が入学するからって貴族がこぞって入れさせたらしいけど、私からしたらはた迷惑な話だよ。貴族と違って平民は命がかかってるんだから。」

 そこまで話して再びやらかしたような表情をサティアは浮かべる。そして慌てながら言葉をまくし立てる。

「いや別に今のは貴族に向かっての悪口というわけじゃなくて、嫌な時代に産まれちゃったなあっていうだけの事であって……」
「別にそんなに慌てる必要なんてないよ。僕だって同じ考えだし。」

 そこでスカイはこの少女が自分を誰か知らないという事に気が付く。スカイの姿は新聞などでよく取り上げられているし、何より同じ学校にいて知らないのは普通ないような気もするが、ありえない話ではなかった。

「王族に媚びるような奴は、結局役に立たないからね。真に役立つのは王族を叩いてでも止めてくれるような人達さ。四大公爵やペンドラゴン伯爵みたいなね。」

 これはスカイの本心である。王族とて人である。必ずいつかは間違え、意図せずに国を苦しめる事だってあるかもしれない。そんな時に正し、そして共に歩んでくれる者こそが真の友人となれる。
 兄であるアースにはそんな友人が何人もいる。それも、スカイがアースになるべきだと考える理由の一つであった。

「……それじゃあ、僕は降りるよ。」
「え? ここで昼ご飯食べるんじゃないの?」
「さっきも言ってたじゃないか、貴族に見られていると落ち着かないって。互いにそんなに気を遣って食事はしたくないだろ。」

 弁当箱を持って、スカイは立ち上がった。サティアは慌ててスカイの手を掴む。

「いや、いやいやちょっと待ってよ。それは流石に私だって申し訳ないよ。それぐらいだったら私が降りる。」
「だけど僕は貴族だ。平民に気を遣わせるような事があっては父上に申し訳ない。」
「それだったら一緒に食べればいいじゃん。それで解決じゃない?」

 スカイは面倒な事になったと言わんばかりに溜息を吐き、またその場に座った。

「……君、名前は?」
「私はサティア。特技は何でも食べれること。将来の夢は法律家だね。」

 当然ながら、片方が名乗り終えたら次はもう片方の番だ。サティアの視線はスカイへと注がれる。
 スカイは何と自己紹介しようかと少し悩んで、直ぐに面倒くさくなったのかこともなげにスカイは話し始める。

「僕はスカイ・フォン・グレゼリオン。グレゼリオン王国の第二王子だよ。」
「え――」

 サティアの表情が固まり、そして口を開けたまま停止する。

「――えええええええ!!?」

 青空の果てまでどこまでも、サティアの声が木霊した。
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