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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜
31.王選六日目
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王選六日目の早朝、いつも通り出発した。昼前ぐらいにはきっとアグラードル領につくだろう。
ノストラの言葉が引っかかりはするが、アースも今更やめるなんて無理だ。警戒をしながらアグラードル領に向かうしかない。
「はぁ……」
馬車の中でアースが大きく溜息を吐いた。
「どうしたの、アース。何か嫌な事でもあった?」
「おめーだよ! 普通できてもしねーからな、こんな事!」
昨日からアースはずっとこんな調子である。エルディナがここまで来るなんて思いもしなかったのだろう。いや、予想できた奴などいまい。
エルディナは自由過ぎるからな。気付いたらどっか行ってるし、連れて行かれるし、ついてこないと怒るし。アースが元気な時だったら大丈夫だろうが、王選六日目で疲労も溜まっている頃である。だからこそ余計に憂鬱そうなのだろう。
「絶対に何もすんじゃねーぞ。お前の事を行く先々で説明するだけでも面倒なんだ。わかるな?」
「何度も言われなくてもわかってる。私がそんな事するわけないじゃない。」
「一番するよーな奴だから俺様は言ってるんだ!」
アースは再び溜息を吐く。エルディナは能天気そうに外の景色を眺めながら鼻歌を歌っているだけで、アースの様子など気にも留めていない。
もはやこれはいつも通りである。アースも一応言っているが、聞いてくれるなんて思っていないだろう。それに問題を起こしはするが、致命的なラインを踏み越える事はないのが微妙に恨めないところである。
「……そう言えば、次のアグラードル領は武術の街なんスよね?」
この空気に慣れていないせいか、話題を変えようとヒカリが口を開いた。それに嬉々として反応したのはエルディナである。
「そうよ。王都の闘技場も有名だけれど、あそこの闘技場も凄いんだから。アグラードルの闘技場を世界一っていう人もいるの。」
「ホルト皇国よりも、ッスか?」
「私はアグラードルの方が凄いと思うわよ。皇国のは見たことないけど。」
何でこいつは見たことがないのにそんなに自信満々に言えるんだ。確かにそう思えるぐらいに有名だし立派なのは納得だが。
ヒカリが言ったことは正しい。アグラードルは様々な武術の流派が集まり、頻繁に武術大会が開かれる。その賞金もかなりのもので、一獲千金を求めて様々な人が集まるし、強さを求める人だって大勢来る。
「私は武術にはあまり詳しくないけど、優れた騎士の中にはこの街出身の人も多いんだって。有名な人で言うと、十大英雄の一人『騎士王』ディザストとかね。」
へえ、とヒカリは興味深そうに頷く。
十大英雄はこの世に存在する英雄の中で特に有名な十人の事である。その中でもディザストは、その圧倒的な強さが資料として残っている。
素手で最高位の悪魔を殺したとか、たった一人で世界を股にかける大組織を潰したとか、一人で他の人類全員と同等の戦闘力を持っていたとか。一人だけ話のスケールが違う。
流石に嘘だと思ったが、資料としてはそこまで古くないのだ。何より学園長が証言しているのが大きい。
「噂をすればほら、見えてきたわよ。」
木々が生い茂る一帯を抜け、大分開けた場所に出た。そうすると遠いところに、大きな都市とそれを守る外壁が見えた。
あそこまでの規模間の街だ。アグラードル領で違いないだろう。
「アグラードル領と言えば、決闘ね。アルスも何かでやってみたら?」
エルディナがそう言う。
「嫌だよ。そもそも魔法使いが出るのは違うだろ。」
「アルスならバレないんじゃない。ほら、近接攻撃が主体じゃん。」
「そういう問題じゃない。」
確かあれは武器の使用禁止で近距離の殴り合いだったはずだ。確かにルールには抵触しないかもしれないが、モラルに欠ける。何よりやる意味がない。
「あの……決闘って?」
「……ああ、そうか。ヒカリには言ってなかったな。」
アグラードル領は五大都市の中で一番独特なのだ。独自のルールがいくつもあり、それを上手く活用して生きている。
その中でも最も有名なのが、エルディナの言った決闘と呼ばれるシステムだ。
「アグラードルには決闘法という独自の法律がある。何か個人間のいざこざを、殴り合って解決しようというものだ。」
「野蛮じゃないッスか!?」
「いや、案外そうでもないんだよ。あの街に住んでいる奴は強い奴が多いし、何より互いの同意と中立な審判が必要だから頻繁に起きるわけじゃない。」
拒否できるというのが大きなポイントだ。しかも別に決闘法自体に取引だとか賭けを担う要素はない。本当に些細な気に入らない事を殴り合って決めるだけの法律である。
「元々は個人間の争いが頻発するって問題があったのを、あえてルールの下で認めて管理するのが目的なんだ。」
全面的に禁止すれば逆に反感を買うし、結局やる奴は関係なくやってしまうのだ。それなら管理できるようにルールを決めた方が早い、という考えなのだろう。
どうしても強い奴が集まるという特性上、普通の街より喧嘩は多いからな。
「……なんかちょっと恐いッスね。そこら辺を歩いているだけで殴りかかられたりしそうじゃないッスか?」
「大丈夫だと思うけどな。来ても返り討ちにできる自信はあるし、こんな騎士に囲まれた馬車に突っ込んでくる馬鹿もいないだろ。」
「まあ、それもそうッスね。」
俺が気になるのはそれよりも、もっと大規模な何かが動いているんじゃないかってことだ。
ファルクラムの一件、そしてお嬢様の嫌な予感。アースも何か起きるならここと言っていたはずだ。しかも起きるとするなら、きっとファルクラムのアレと同規模かそれ以上になるはず。
「そろそろつくぞ。一応言っておくが、観光をしに来たわけじゃねーからな。」
アースがそう釘を刺した。馬車はもう、遠くに見えたはずのアグラードル領の前まで来ていた。
ノストラの言葉が引っかかりはするが、アースも今更やめるなんて無理だ。警戒をしながらアグラードル領に向かうしかない。
「はぁ……」
馬車の中でアースが大きく溜息を吐いた。
「どうしたの、アース。何か嫌な事でもあった?」
「おめーだよ! 普通できてもしねーからな、こんな事!」
昨日からアースはずっとこんな調子である。エルディナがここまで来るなんて思いもしなかったのだろう。いや、予想できた奴などいまい。
エルディナは自由過ぎるからな。気付いたらどっか行ってるし、連れて行かれるし、ついてこないと怒るし。アースが元気な時だったら大丈夫だろうが、王選六日目で疲労も溜まっている頃である。だからこそ余計に憂鬱そうなのだろう。
「絶対に何もすんじゃねーぞ。お前の事を行く先々で説明するだけでも面倒なんだ。わかるな?」
「何度も言われなくてもわかってる。私がそんな事するわけないじゃない。」
「一番するよーな奴だから俺様は言ってるんだ!」
アースは再び溜息を吐く。エルディナは能天気そうに外の景色を眺めながら鼻歌を歌っているだけで、アースの様子など気にも留めていない。
もはやこれはいつも通りである。アースも一応言っているが、聞いてくれるなんて思っていないだろう。それに問題を起こしはするが、致命的なラインを踏み越える事はないのが微妙に恨めないところである。
「……そう言えば、次のアグラードル領は武術の街なんスよね?」
この空気に慣れていないせいか、話題を変えようとヒカリが口を開いた。それに嬉々として反応したのはエルディナである。
「そうよ。王都の闘技場も有名だけれど、あそこの闘技場も凄いんだから。アグラードルの闘技場を世界一っていう人もいるの。」
「ホルト皇国よりも、ッスか?」
「私はアグラードルの方が凄いと思うわよ。皇国のは見たことないけど。」
何でこいつは見たことがないのにそんなに自信満々に言えるんだ。確かにそう思えるぐらいに有名だし立派なのは納得だが。
ヒカリが言ったことは正しい。アグラードルは様々な武術の流派が集まり、頻繁に武術大会が開かれる。その賞金もかなりのもので、一獲千金を求めて様々な人が集まるし、強さを求める人だって大勢来る。
「私は武術にはあまり詳しくないけど、優れた騎士の中にはこの街出身の人も多いんだって。有名な人で言うと、十大英雄の一人『騎士王』ディザストとかね。」
へえ、とヒカリは興味深そうに頷く。
十大英雄はこの世に存在する英雄の中で特に有名な十人の事である。その中でもディザストは、その圧倒的な強さが資料として残っている。
素手で最高位の悪魔を殺したとか、たった一人で世界を股にかける大組織を潰したとか、一人で他の人類全員と同等の戦闘力を持っていたとか。一人だけ話のスケールが違う。
流石に嘘だと思ったが、資料としてはそこまで古くないのだ。何より学園長が証言しているのが大きい。
「噂をすればほら、見えてきたわよ。」
木々が生い茂る一帯を抜け、大分開けた場所に出た。そうすると遠いところに、大きな都市とそれを守る外壁が見えた。
あそこまでの規模間の街だ。アグラードル領で違いないだろう。
「アグラードル領と言えば、決闘ね。アルスも何かでやってみたら?」
エルディナがそう言う。
「嫌だよ。そもそも魔法使いが出るのは違うだろ。」
「アルスならバレないんじゃない。ほら、近接攻撃が主体じゃん。」
「そういう問題じゃない。」
確かあれは武器の使用禁止で近距離の殴り合いだったはずだ。確かにルールには抵触しないかもしれないが、モラルに欠ける。何よりやる意味がない。
「あの……決闘って?」
「……ああ、そうか。ヒカリには言ってなかったな。」
アグラードル領は五大都市の中で一番独特なのだ。独自のルールがいくつもあり、それを上手く活用して生きている。
その中でも最も有名なのが、エルディナの言った決闘と呼ばれるシステムだ。
「アグラードルには決闘法という独自の法律がある。何か個人間のいざこざを、殴り合って解決しようというものだ。」
「野蛮じゃないッスか!?」
「いや、案外そうでもないんだよ。あの街に住んでいる奴は強い奴が多いし、何より互いの同意と中立な審判が必要だから頻繁に起きるわけじゃない。」
拒否できるというのが大きなポイントだ。しかも別に決闘法自体に取引だとか賭けを担う要素はない。本当に些細な気に入らない事を殴り合って決めるだけの法律である。
「元々は個人間の争いが頻発するって問題があったのを、あえてルールの下で認めて管理するのが目的なんだ。」
全面的に禁止すれば逆に反感を買うし、結局やる奴は関係なくやってしまうのだ。それなら管理できるようにルールを決めた方が早い、という考えなのだろう。
どうしても強い奴が集まるという特性上、普通の街より喧嘩は多いからな。
「……なんかちょっと恐いッスね。そこら辺を歩いているだけで殴りかかられたりしそうじゃないッスか?」
「大丈夫だと思うけどな。来ても返り討ちにできる自信はあるし、こんな騎士に囲まれた馬車に突っ込んでくる馬鹿もいないだろ。」
「まあ、それもそうッスね。」
俺が気になるのはそれよりも、もっと大規模な何かが動いているんじゃないかってことだ。
ファルクラムの一件、そしてお嬢様の嫌な予感。アースも何か起きるならここと言っていたはずだ。しかも起きるとするなら、きっとファルクラムのアレと同規模かそれ以上になるはず。
「そろそろつくぞ。一応言っておくが、観光をしに来たわけじゃねーからな。」
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