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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜

26.南の都へ

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 最南の街であるリラーティナ領。昔からこの街は、特に大きな災害や事件も起きない穏やかな街として知られる。
 オリュンポスが他の都市を差し置いて、ここにクランハウスを置いたのはそれが理由だろう。その半数以上が常にいないのだから、安全な所に置きたくもなる。
 この街は便利にはなっているものの、昔ながらの雰囲気も残した良い街と言えた。

「歓迎しよう、アース殿下。私は必ず中立ではあるが、君を含め、国がより良くなるのを祈るぐらいならできる。」

 屋敷にてアースを出迎えたのは、リラーティナ公爵家現当主であるシェリル・フォン・リラーティナであった。
 相変わらず、この人には得体のしれない圧迫感を感じる。カリスマ性と、そう言うのだろうか。この人を疑えないような、そんなオーラがそこにはあった。
 このオーラはリラーティナ公爵だけのものではない。お嬢様にも感じたし、その兄であるノストラからも少し感じた。この家が持つ雰囲気なのだろうか。

「……そうだな。私は殿下と打ち合わせを行わなくてはならない。後ろの二人は、フィルラーナに案内をさせよう。それでいいかい?」

 そう問いかけられたアースは、ああ、と頷いた。

「こうやって客人を無碍に扱うのは本来なら失礼な事であるが、今回は時間がない。誠には残念ではあるが話は後にしよう。それでは失礼する。」

 そのままリラーティナ公爵とアースは俺たちを置いて移動し、俺とヒカリは案内に来るというお嬢様を待つことになった。
 流石、お嬢様の父親だ。こうやってまともに対面するのは初めてであるが、それでも直ぐに似ていると分かった。まるで一目で、自分の奥底まで見抜かれたかのような気分にさえなった。
 俺がそう振り返っている内に、直ぐに足音が聞こえ始める。

「あら、待たせたかしら。」

 いつも通り、お嬢様は特に再会を喜ぶこともなく、堂々とここまで歩いてきた。こちらが客のはずなのに、俺の方が下であると言われているような気分だ。
 俺とお嬢様では人としての格式が違うから、しょうがないと言えるだろう。無法大陸出身と貴族では、一挙手一投足から差が出るのも当然である。
 だから、こんな極めてどうでもいい敗北感は一度置いておくことにしよう。

「久しぶりね、ヒカリ。」
「お久しぶりです。」

 お嬢様はヒカリへ挨拶をして、ヒカリも軽く頭を下げる。それからお嬢様は俺の方を見た。

「貴方はもっと頑張りなさい。」
「……厳しくないですか?」
「褒められたらサボるタイプじゃない、アルスは。」

 事実だから強く出れない。自分を追い詰めないと俺は全力で働けない性格なのだ。
 褒められて伸びる人もいるけど、俺の場合は褒められるとやる気がなくなる。もうそれ以上頑張らなくていいか、という風に考えてしまって手を抜いてしまう。
 そこら辺を昔からお嬢様はよく分かっている。

「それに私はこれでも優しくしている方よ。実際、口頭での注意しか今までしていないでしょう?」

 そう言ってお嬢様は少し口元に笑みを浮かべたが、恐怖以外の何ものでもない。
 お嬢様を怒らせるような事をもし俺がやっていたとしたら、どうなっていたのだろうか。考えるだけで血の気が引く。

「……さて、私はお父様から二人を部屋に案内するように仰せつかっている。このまま普通に案内しても良いのだけれど、それではきっと暇でしょう。」
「暇って言ったって、俺は仕事ですよ。」
「仕事にだって刺激は必要よ。何も変わらなくて飽きがくれば、それは単なる作業となる。作業は人の効率を落とすわ。」

 お嬢様はそのまま歩いて、俺たちの後ろ、つまりは屋敷の扉の方へと向かう。片手でその扉を開け、そして振り向いた。

「折角だから見て回らないかしら? アルスもこの街をしっかりと見て回った事はないでしょう。」

 どうせ、その言い方からして拒否権なんてない。それでもここで黙ってついていっては、それはそれで問題である。俺がここに来たのは決して観光の為でなく、アースの護衛なのだ。それを完全に放棄して街に出ることはできない。

「ですけどお嬢様、俺は仕事中ですよ。」
「今日は安全よ。私が保証するわ。」
「その根拠は?」
「運命神の寵愛を受けた私が、今日は嫌な予感がしないと言っている。それだけじゃ不服かしら?」

 普通の人なら、嫌な予感なんて言っても信じられる理由にはならないだろう。
 お嬢様だけが、例外なのだ。一生に三度、あらゆる事象を予言する事ができる上に、実際に何が起こるかは分からないが、こうやって安全かそうでないかまで予測できる。
 これが嘘や妄言の類でないのは、俺やアースがその身で何度も実感している。お嬢様にとって嫌な予感がしないということは、その周辺の安全が保証されているようなものなのだ。

「あ、だけど、流石に公爵家の人が街中を歩いていたらまずいんじゃ……」

 ヒカリがそう言うと、そうやって質問が来るのを分かっていたかのようにお嬢様は「問題ないわ。」とそう言った。

「認識阻害の指輪があるの。これをつけていれば、しっかり見ようとしなければ私とはわからない。」
「へえ……確かフランさんもつけてたッスよね。」
「高価だけど、それに足る価値があるから持っている人は多いわね。私も細かい原理は分からないのだけど……」

 お嬢様と俺に視線を飛ばす。解説しろと、そう目で訴えかけられているようだ。
 しかし専門的過ぎて俺も詳しいわけではない。それに会社独自技術で作られている物が多いし、確実にこうだと言い切ることもできない。殆どが予想になるが、まあ、言わないよりかはマシだろう。

「人を認識をする時、基本的に人は聴覚、触覚、そして視覚を使います。多分ですけど、視覚部分の効果はちょっとぼやけて見える、程度のものです。そこだけ視力が少し悪くなって見えるような、そうでもないようなという感覚しかないでしょう。きっと強い効果は聴覚と触覚の方です。」

 というか、そうじゃなければ逆に魔力がそこで動き過ぎてバレてしまう。燃費も悪くなるだろう。

「例えば足音、これが聞こえなくなると途端に認識が難しくなります。加えて人が歩けば、必ず空気の流れが生まれるものです。感覚が鋭い人はそれを触覚で、いわゆる気配という形で感じ取ります。これを消すだけで、その人をしっかりと見ようとしなければそうだとは気付かなくなる、という絡繰りかと。」

 自信はない。けど、多分そうだとは思う。師匠に聞けば、恐らくもっと分かりやすく、詳しい原理まで教えてくれるだろう。

「だそうよ。それじゃあ、街に行きましょうか。」

 満足したのか、お嬢様は口元を微かに緩ませた。
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