幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

文字の大きさ
上 下
342 / 474
第十一章〜王子は誇りを胸へ〜

26.南の都へ

しおりを挟む
 最南の街であるリラーティナ領。昔からこの街は、特に大きな災害や事件も起きない穏やかな街として知られる。
 オリュンポスが他の都市を差し置いて、ここにクランハウスを置いたのはそれが理由だろう。その半数以上が常にいないのだから、安全な所に置きたくもなる。
 この街は便利にはなっているものの、昔ながらの雰囲気も残した良い街と言えた。

「歓迎しよう、アース殿下。私は必ず中立ではあるが、君を含め、国がより良くなるのを祈るぐらいならできる。」

 屋敷にてアースを出迎えたのは、リラーティナ公爵家現当主であるシェリル・フォン・リラーティナであった。
 相変わらず、この人には得体のしれない圧迫感を感じる。カリスマ性と、そう言うのだろうか。この人を疑えないような、そんなオーラがそこにはあった。
 このオーラはリラーティナ公爵だけのものではない。お嬢様にも感じたし、その兄であるノストラからも少し感じた。この家が持つ雰囲気なのだろうか。

「……そうだな。私は殿下と打ち合わせを行わなくてはならない。後ろの二人は、フィルラーナに案内をさせよう。それでいいかい?」

 そう問いかけられたアースは、ああ、と頷いた。

「こうやって客人を無碍に扱うのは本来なら失礼な事であるが、今回は時間がない。誠には残念ではあるが話は後にしよう。それでは失礼する。」

 そのままリラーティナ公爵とアースは俺たちを置いて移動し、俺とヒカリは案内に来るというお嬢様を待つことになった。
 流石、お嬢様の父親だ。こうやってまともに対面するのは初めてであるが、それでも直ぐに似ていると分かった。まるで一目で、自分の奥底まで見抜かれたかのような気分にさえなった。
 俺がそう振り返っている内に、直ぐに足音が聞こえ始める。

「あら、待たせたかしら。」

 いつも通り、お嬢様は特に再会を喜ぶこともなく、堂々とここまで歩いてきた。こちらが客のはずなのに、俺の方が下であると言われているような気分だ。
 俺とお嬢様では人としての格式が違うから、しょうがないと言えるだろう。無法大陸出身と貴族では、一挙手一投足から差が出るのも当然である。
 だから、こんな極めてどうでもいい敗北感は一度置いておくことにしよう。

「久しぶりね、ヒカリ。」
「お久しぶりです。」

 お嬢様はヒカリへ挨拶をして、ヒカリも軽く頭を下げる。それからお嬢様は俺の方を見た。

「貴方はもっと頑張りなさい。」
「……厳しくないですか?」
「褒められたらサボるタイプじゃない、アルスは。」

 事実だから強く出れない。自分を追い詰めないと俺は全力で働けない性格なのだ。
 褒められて伸びる人もいるけど、俺の場合は褒められるとやる気がなくなる。もうそれ以上頑張らなくていいか、という風に考えてしまって手を抜いてしまう。
 そこら辺を昔からお嬢様はよく分かっている。

「それに私はこれでも優しくしている方よ。実際、口頭での注意しか今までしていないでしょう?」

 そう言ってお嬢様は少し口元に笑みを浮かべたが、恐怖以外の何ものでもない。
 お嬢様を怒らせるような事をもし俺がやっていたとしたら、どうなっていたのだろうか。考えるだけで血の気が引く。

「……さて、私はお父様から二人を部屋に案内するように仰せつかっている。このまま普通に案内しても良いのだけれど、それではきっと暇でしょう。」
「暇って言ったって、俺は仕事ですよ。」
「仕事にだって刺激は必要よ。何も変わらなくて飽きがくれば、それは単なる作業となる。作業は人の効率を落とすわ。」

 お嬢様はそのまま歩いて、俺たちの後ろ、つまりは屋敷の扉の方へと向かう。片手でその扉を開け、そして振り向いた。

「折角だから見て回らないかしら? アルスもこの街をしっかりと見て回った事はないでしょう。」

 どうせ、その言い方からして拒否権なんてない。それでもここで黙ってついていっては、それはそれで問題である。俺がここに来たのは決して観光の為でなく、アースの護衛なのだ。それを完全に放棄して街に出ることはできない。

「ですけどお嬢様、俺は仕事中ですよ。」
「今日は安全よ。私が保証するわ。」
「その根拠は?」
「運命神の寵愛を受けた私が、今日は嫌な予感がしないと言っている。それだけじゃ不服かしら?」

 普通の人なら、嫌な予感なんて言っても信じられる理由にはならないだろう。
 お嬢様だけが、例外なのだ。一生に三度、あらゆる事象を予言する事ができる上に、実際に何が起こるかは分からないが、こうやって安全かそうでないかまで予測できる。
 これが嘘や妄言の類でないのは、俺やアースがその身で何度も実感している。お嬢様にとって嫌な予感がしないということは、その周辺の安全が保証されているようなものなのだ。

「あ、だけど、流石に公爵家の人が街中を歩いていたらまずいんじゃ……」

 ヒカリがそう言うと、そうやって質問が来るのを分かっていたかのようにお嬢様は「問題ないわ。」とそう言った。

「認識阻害の指輪があるの。これをつけていれば、しっかり見ようとしなければ私とはわからない。」
「へえ……確かフランさんもつけてたッスよね。」
「高価だけど、それに足る価値があるから持っている人は多いわね。私も細かい原理は分からないのだけど……」

 お嬢様と俺に視線を飛ばす。解説しろと、そう目で訴えかけられているようだ。
 しかし専門的過ぎて俺も詳しいわけではない。それに会社独自技術で作られている物が多いし、確実にこうだと言い切ることもできない。殆どが予想になるが、まあ、言わないよりかはマシだろう。

「人を認識をする時、基本的に人は聴覚、触覚、そして視覚を使います。多分ですけど、視覚部分の効果はちょっとぼやけて見える、程度のものです。そこだけ視力が少し悪くなって見えるような、そうでもないようなという感覚しかないでしょう。きっと強い効果は聴覚と触覚の方です。」

 というか、そうじゃなければ逆に魔力がそこで動き過ぎてバレてしまう。燃費も悪くなるだろう。

「例えば足音、これが聞こえなくなると途端に認識が難しくなります。加えて人が歩けば、必ず空気の流れが生まれるものです。感覚が鋭い人はそれを触覚で、いわゆる気配という形で感じ取ります。これを消すだけで、その人をしっかりと見ようとしなければそうだとは気付かなくなる、という絡繰りかと。」

 自信はない。けど、多分そうだとは思う。師匠に聞けば、恐らくもっと分かりやすく、詳しい原理まで教えてくれるだろう。

「だそうよ。それじゃあ、街に行きましょうか。」

 満足したのか、お嬢様は口元を微かに緩ませた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~

はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。 俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。 ある日の昼休み……高校で事は起こった。 俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。 しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。 ……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

処理中です...