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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜

20.王子として

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 アースの演説会場はファルクラム領の中央付近にある。大部分の騎士はこの演説の為に中央にいる上、魔物も領地の端の方に落ちたので演説会場は安全と言えた。
 むしろ問題なのは、中央からどれだけの数の騎士を送るかである。ここに人が集まっている以上、警備を減らし過ぎるのは問題だ。しかしかなりの数を送り出さなければ辺境の被害は大きくなるに違いないだろう。
 流石の四大公爵の当主であっても、それらを即決する事はできなかった。何より情報が足りない。

『――魔物の場所と数を教えよう。後は君で考え給え。』

 しかし、この場に冠位がいるなら話は変わる。
 アルドール・フォン・ファルクラムは魔導生活科と呼ばれる、魔法を生活に活用する学問における冠位を務めており、その中でもアルドールの専門は空間魔法である。
 物体を移動させる転移魔法、物体を異空間に出し入れする収納魔法を主とするが、空間魔法の初歩である感知魔法のレベルも最上位に位置する。
 彼ほどの腕前であれば、ファルクラム領全域にいる魔物の数と位置など手に取るように分かった。

 アルドールが的確に魔物の現在地を伝える中、それを聞きながらアースは別の事を考えていた。
 誰が何の為にこれを行っているか、である。
 この緊急時に悠長な、と思うかもしれないがこれは重要な事であった。

 確かにこの事件で少なくない人が死ぬだろう。少なくない被害をグレゼリオンは出すだろう。
 だが、それをして誰が得をすると言うのか。これだけの魔物を用意して、そして尚且つ上空から落とすのにかかる費用と釣り合うとはとても思えない。
 それを考えれば、相手が誰で、そして狙いは何かまで大まかには予想がついてくる。

『これで、情報としては以上だ。復唱はしないが、構わないかね?』

 自分の持つ情報を全て語り終え、アルドールはそう聞いた。
 アースもウォーロイドも何も言わない。沈黙を肯定とみなし、『よろしい。』と無感情に頷くと、話は次に移る。

『私含め、第二学園教師一同も協力しよう。我々は学園を中心とした北部周辺で活動を行う。駆除が済み次第、その活動範囲を広げる。』
「協力感謝する、父上。」
『親としても、元当主としても、そしてこの街に住む一領民としても当然の事だ。感謝を言われる事ではない。』

 第二学園の教師は、その戦闘力で言うなら一般の騎士に並ぶ。その中にはアルドールのように飛び抜けた存在だって何人もいる。これ以上に頼もしい味方は早々見つからない。
 こうなれば、南部の方に兵を集中させやすいだろう。冠位から逃れられる魔物などいるものか。

『ああ、そうだ。アース殿下、君に伝えておかねばならない事があるのを忘れていた。』
「……何だ?」
『丁度、魔物が落ちてくる前にスカイ殿下がこの街に入っている。』

 アースの顔は分かりやすく険しくなった。それは、アースの中に考えうる最悪の考えが思いついたからである。
 自分の予想を信じたくない、そう思ったのはアースにとっては久しぶりのことだった。

「南からか?」

 アースは短くそう尋ねる。

『その通りだ。現在も魔物を倒しながらそちらへ向かっている。丁度良過ぎるぐらいだ。』
「ああ、そうだな。これ以上なく完璧な登場だぜ、これは。」

 今一番に人手が欲しい南部に丁度現れて、加えて何を言われるまでもなく救助活動を行っている。考えうる限り、最善の行動をスカイは取っていた。

「オルグラーも来ないみてーだし、今は少しでも数がいる。取り敢えずは幸運と捉えておこう。」

 実は、既にオルグラーを呼ぶ笛をアースは使っていた。オルグラーであれば今いるはずの王都から一分程度でここには来れるはずだ。しかし未だ、来る兆候すら見せていない。
 考えられる可能性は二つ。一つはこの魔物の量と大結界で魔力が乱れて、オルグラーまで届かないというもの。二つ目は魔力を阻害する何かが使われているというものだ。
 その両方が合わさって、という見方もできる。

『それでは健闘を祈る。』

 アルドールは一方的にそう言って通話を切った。
 ウォーロイドとアースの間には沈黙が流れる。互いに考える事があるのだろう。数秒の沈黙の後にアースが口を開いた。

「……取り敢えず、騎士への指示を出してくれ。俺様の言葉じゃあいつらは動かねーからな。」
「ああ、ああ、勿論それはやろう。だけどいいのか? 恐らくだが、この戦いで一番得をするのは――」

 会場内が騒がしくなる。しかしそれは暴動の類ではなく、喜びに満ちたような叫び声だった。

「随分と早かったな。多分、移動は馬のゴーレムか。」

 アースはウォーロイドを置いて、再び壇上へと移動する。ウォーロイドも黙ってその後についていく。
 しかし二人が現れたというのに注目は一切そこには向かわない。民衆は揃って南側を向いていた。

「グレゼリオン王国が第二王子、スカイ・フォン・グレゼリオンが参上した! ファルクラム公爵はいるか! 騎士を貸してほしい!」

 馬上で剣を持ち、そう呼びかけるスカイの姿が視線の先にあった。その登場はまるで英雄のようで、人の心を釘付けにする。
 ウォーロイドは拡声器を持って、それに答える。

『第二騎士団と第三騎士団を貸し出そう。ここの警備は第一騎士団と王国騎士で十分だ。』
「感謝する!」

 無駄な会話は挟まれない。この間にも、人が死ぬかもしれないのだから。
 ウォーロイドにとってもスカイの国民人気は侮れないものだ。この状況において士気を大きくあげれるスカイに兵を託す事は、そう悩むことでもなかった。

「僕はこれから南で救助活動を行う! この中に僕に付いてこれる者はいるか! 愛するこの街を共に守り、人を救いたいという勇者はいないか!」

 そのスカイの言葉に、直ぐには手を挙げる人はいなかった。それを見て、スカイは迷わずに振り返る。

「付いてこれる人だけ付いて来てくれ! 今は少しでも数が欲しい!」

 スカイは待つこともなく、馬を走らせた。この強行的な移動についていけたのは、優秀なファルクラムの騎士達だけだった。
 だが、遅れて自分の腕に自信がある冒険者や退役した騎士などでついてくる。それを逃した、自信のないものは置いていかれる事になる。これは一種の、弱い者を連れて行かないふるいのように機能していた。

「僕が先陣を切る! 後に続け!」

 何より王子が先頭にいるのだ。それに遅れを取るまいと、士気は否が応でもあがる。馬がない人がいるにも関わらず、その一行はとてつもない速度で街の南部へと駆けていった。
 会場は一気に騒がしくなり、そして静かになった。この行動力と決断力、そして人を動かすカリスマ。これがスカイが、根強い勢力を持ち続けた理由であった。

「……殿下、これで良かったのか?」

 ウォーロイドは走り去っていくスカイ一行を見ながら、そう言った。

「良かったに決まってるだろーが。あの勢いなら相当な速度で魔物を倒してくれるぜ。被害も少なくて済む。」
「いや、いや、そうなんだろうけども、これはかなりスカイ殿下に有利に働くよ。」

 何に有利に働くかなど聞かなくても分かりきっている。当然、王選にだ。
 この人の心を動かす様を見れば、この影響が如何に大きいかなど誰であっても分かる。それを聡明なアースが分からないはずもなかった。

「スカイ殿下はあの剣についた血から見るに、魔物を倒してきたらしい。重要なのは何体倒したかじゃなくて、倒した事があるか否かだ。実際、それに触発されて多くの戦士が動いた。」
「それで?」
「分かっているだろう。スカイ殿下自身の活躍が大したものでなくとも、集団が成果を出せばそれらは全て率いたスカイ殿下の功績になる。平民は勿論、貴族だって傾きかねない。」

 第二王子が騎士を率いて魔物の討伐に協力した、これは王選に大きな影響を与える。それこそ均衡に近いこの勢力図を塗り替えるぐらいには大きな出来事だ。
 ウォーロイドとしては構う事ではない。しかし、当事者にして王を目指すアースが、一切それを構う様子すら見せなかった事に少し驚いたのだ。

「このままでは、負けるぞ。しかも僅差ではなく、大敗を喫する事になる。」

 アースは呆れたような目をウォーロイドへと向け、大きく溜息を吐いた。そして諭すように話し始める。

「王国の平和、国民の安全、その為なら命を懸ける覚悟がある俺様が、わざわざ王位の為に失策を取ると思っているのか。」

 ウォーロイドは舐めていた。アースの覚悟は、自分の想像より遥かに高貴なものであると想像すらしていなかったのだ。
 そして納得した。これが、王国の第一王子であるのだと。

「それに、俺様はまだ負けてねーよ。」

 この明らかに不利な状況であっても、アースは堂々とそう言い放った。
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