幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜

19.空と地で

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 魔物の出現場所は雲がある高度であり、高度で言うなら数千メートルはある。距離としては遠く感じるが、実際はこれらの魔物が落ちてくるまで一分もありはしない。
 それも、雨のように限りない量の魔物である。どう考えても個人で対処できる量ではない。

「ファルクラム公爵!」

 真っ先に駆けつけたのは演説会場の舞台裏にいるファルクラム公爵の所であった。
 何よりこの状況では人手がいる。人を動かせる人に動いてもらわなくちゃいけない。

「空から魔物が落ちて来ている! 量は迷宮的暴走スタンピート級だ!」
「……ああ、ああ、分かっているさ。」

 こんな状況でも、ファルクラム公爵は落ち着いていた。

「時計塔に結界を起動する連絡を飛ばした。直ぐに街を覆うように結界が張られる。」

 丁度その瞬間である。時計塔から異様な程に膨大な魔力を感じた。この魔力は転移門などの超大型魔道具よりも更に多い。噂に聞いていた街一つを守れるような結界が張られるのだろう。
 しかしこの調子では間に合わない。恐らく結界が展開されるのは、ほとんどの魔物が落ち切った後であろう。

「――アルス殿、結界を張るまでの時間稼ぎを頼めるか?」

 この人の目は、短い一瞬で覚悟を決めていた。その姿に、あの時、『睡眠欲』と対峙していたアルドール先生と姿を重ねる。
 やはりこの人は先生の息子だ。この状況下で逃げ出すこともなく、怯えることもなく、悩むこともなく、眼前の状況と向き合って最善手を選ぼうとしている。
 俺としても、悩む時間が惜しかった。

「了解、下は任せた。」

 それは、降り注ぐ魔物を防ぎ切ることはできないと暗に示した言葉である。
 俺一人でなんとかできるレベルを既に越えている。しかも場所が街の中なのも良くなかった。他の人を巻き込まないために広範囲の魔法は制限されている。それは俺以外の魔法使いもそうだろう。
 下は任せるしかない。幸いこの街には優秀な騎士が多い。

「『神話体現ロスト・ファンタジー』」

 俺にはこの状況をなんとかする策は思いつかない。元々それは俺の役割じゃない。だから俺にできるのは、与えられた役割を全力でまっとうする事だ。
 俺は空へと浮き上がる。もう地上の近くへ魔物は来ていた。

建速須佐之男命タケハヤスサノヲノミコト

 風と雷と共に、俺の体は加速する。
 基本属性のうち、最も広範囲の攻撃に適した属性とは何か。それは風である。風属性の物理的な攻撃力は全属性の中でも最低クラスだが、その攻撃範囲に限っては全属性最強とも言える。
 その風属性を賢神が使えば、街一つを飲み込む暴風だって起こしてみせるとも。

「巻き起これ、『神風』」

 俺から上、その全ての魔物を巻き込むようにして暴風が吹き荒れる。
 広いファルクラム領全域に大嵐を起こす。しかも下に風がいかないように調整までしなくてはならない。何より、こんな大規模な魔法は魔力をありえないぐらい使う。
 こんな俺の努力を嘲笑うかのように、魔物はいくつか風を抜けて街へ降りる。特に俺から離れた位置では風が弱く、かなり抜けられた感覚があった。
 それでも追うわけにはいかない。そっちに行けば、もっと多くの魔物が落ちてくる。

「……鐘が。」

 時計塔の鐘が鳴る。まだ鳴る時刻には遠い。何故、と思うより早く俺の真下に結界が生まれる。
 俺はやっと魔法を解いて、空に浮かぶ大量の魔物が結界へと叩きつけられた。しかし元々、数千メートル上空から街を強襲する予定だったのだ。加えて風魔法で減速しているのだから死ぬわけがない。

「こっからが、第二ラウンドってわけだ。」

 俺は結界が切れるより先にこの魔物達を駆逐し切る必要がある。どうせもう、結界内には入れない。
 残り魔力は八割程度。十分な量だ。

「――来いよ、一瞬で片付けてやる。」

 白い十束剣を右手に持ち、俺は自分を鼓舞するようにそう言った。





 鐘が鳴る。それは結界が張られたという合図である。しかし、ファルクラム公爵家現当主たるウォーロイドにとって、それは安心する理由にはなり得ない。
 既に領地内に侵入した魔物の数は多数だ。それは下から見ているだけでも分かった。
 確かにアルスの尽力によって入った数は大きく減っている。それは結界の上に乗っている異様な数の魔物を見れば直ぐに分かる。だがそれは最悪の事態を避けれただけであり、未だに状況は悪い。

「私の護衛はいらない! まずは演説に来ている民を守れ!」

 自分の付近にいる騎士にそう言って、ウォーロイドも走り始める。
 アルスの魔法は、当然だがアルスから離れれば離れるほど弱くなっている。だからここに落ちた魔物は少ないし、ここよりも遠い場所であればあるほど魔物が多い。
 ともなればいち早くこの場の魔物を一掃し、各地へ騎士を送らなくてはならなかった。今日は演説の為に、騎士がこの場所に集まっている。いつもより辺境の警備は甘い。

「アース殿下、演説は中止だ。いち早く避難を。」

 ウォーロイドが向かった場所は演説会場の、壇上にいるアースの下であった。この場において最も優先される命は彼である。
 演説中での犯行であることから、アースが狙われている可能性は高い。

「……どこに逃げる気だ?」
「私の屋敷だ。そこには騎士もいるし、このような事態に備えた設備もある。」
「そーか。分かった。」

 アースは壇上から下を見た。人はもみくちゃになっており、悲鳴と恐怖の声が飛び交う阿鼻叫喚の状態となっていた。
 今はまだ、騎士の指示に従ってこの場に留まっているが、魔物が来たら錯乱してバラバラに逃げ出すかもしれない。そうなったら本当の地獄である。
 一箇所にいれば魔法で守れるし、騎士だって攻めに転じやすい。しかし散らばられれば守り切る事はできない。逃げた先に別の魔物がいれば、きっとそのまま死ぬだけである。
 アースは、一度置いた拡声器を持った。

「殿下、何を?」
「ウォーロイド、グレゼリオンの民はそんなに弱かったか? いや、違う。」

 肺の中に呼吸を入れる。拡声器を使うのだとしても、そうした方がアースの心持ちは変わる。

『鎮まれ!』

 大音量でアースの声が鳴り響いた。そこにいる人達はあまりの音の大きさに口を閉じた。

『慌てるな。ここはグレゼリオン王国だぞ。この程度の魔物の量が、物の数になるものか。』

 堂々とそう言い放った。
 これは嘘である。どれだけグレゼリオン王国の騎士が優秀とはいえ、被害は免れないだろう。
 しかしここまで大声で、そして自信満々に言えばこの場に限り嘘も事実になる。

『グレゼリオンは最も古き王国! この程度の災害や苦難など、既に何度も乗り越えている!』

 信じない人もいるだろう。それでも大衆の意識を引っ張る事ができたのなら、それで十分であった。

『だからこそ、冷静なれ。周囲の騎士の指示に従え。その騎士達が命をかけて我らを守るのだ。その誇りに敬意を表することはあっても侮蔑を向けることは許されない。』

 アースは拡声器を置いた。会場内の人は明らかに落ち着きを見せ、話す声も小さくなった。
 そのままアースは壇上を降り、ウォーロイドを連れて舞台裏に回った。

「学園との連絡手段はあるか、ウォーロイド。」
「……ああ、ああ、あるとも。」

 正直に言って、ウォーロイドは驚いていた。ウォーロイド自身も、若くして公爵家を引き継いだ神童である。しかしそれでも、ここまでのカリスマ性はない。
 アースの凄いところは、その言葉の一つ一つに緊張や不安が欠片も感じられないところである。迷わない、だからこそ他者を迷わせない。それがアースの強みだった。

「冠位と連携して動くぞ。ここからが正念場だぜ。」
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