幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜

17.唯一にして遠き

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 第二学園の学園長にして、俺の曾祖母にあたる人。賢神第二席にして冠位を担い、そして最も古き魔法使いである存在。かつての破壊神との戦争も経験した、生ける伝説。
 全ての魔法使いが憧れ、そして届かない存在だ。俺はその血を引いているらしいが、正直言ってその実感は薄い。学園にいた頃も、特別に贔屓された事も厳しくされた事もなかったからだ。
 それでも、家族である。生まれた子供が最初、無条件に母親を愛するように、俺は強い親愛の情をあの人に抱いているのだ。

 ただ、あっちがどう思っているかは分からない。
 話した回数なんて片手で数え切れるほどだ。魔法使いには変人奇人が多いし、あの人が俺に情を抱いているとは限らない。だから俺はあの人に気軽に接せられない。
 何より俺はアルスではあるが、草薙真でもある。彼女にとっては曾孫の体を乗っ取った奴に見えてもおかしくないだろう。
 だからちょっと後ろめたくて、俺はあの人に家族として接せられない。

「……久しぶりじゃのう、アルス。」

 俺が学園長の部屋に入ってすぐに、学園長はそう言った。最後に会った時から、学園長の姿は一才変わらない。背丈は子供と同じで、白い髪が長く伸びている。
 その体には不釣り合いな大きさの椅子に座り、これまた不釣り合いな大きさの机に頬杖をついている。
 昔はその姿に特に何も思わなかった。しかし今見ると、まるで時間からオーディン・ウァクラートだけが切り離されているような、そんな感覚を覚えた。

「活躍はよく聞いておるぞ。元気そうで何よりじゃ。」
「元気に見えるのか? 最近はずっと忙しくて、そろそろ休みたいぐらいなんだけど。」
「忙しい時に休みたいと思える、それこそが健康の証じゃよ。まだ生きた感情がある証拠じゃからな。」

 そういうものだろうか。いや、千年以上を生きる学園長が言うのだからきっとそうなのだろう。

「して、今日は何の用じゃ。お主は第一王子の護衛なのじゃろう。ここにいても良いのか?」
「ちゃんとアースに許可を貰ってる。それに、ファルクラムの騎士は優秀だし俺がいなくても多少は大丈夫だよ。」

 通信機器で呼んでくれれば、直ぐに駆けつけられるしな。昨日の一件があるから今日は余計に警戒度が高いだろうし、大事は起こるまい。
 それにこっち側の用事も大切なものだ。折角ファルクラム領に来たんだから済ませておきたい。

「冠位になる為の推薦を貰いに来た。魔導神秘科のな。」
「……なるほど、合点がいったわい。確かに大切な用事じゃのう。先延ばしにするのも嫌じゃろうな。」

 学園長は話しながら引き出しを開け、そして中から紙とペンを取り出す。

「書いてやろう。仮にもお主は、魔法においてこの学園を首席で卒業しとるわけじゃからな。」

 想像の何倍もあっさりと、学園長は俺が欲しかった言葉を告げた。もう少し何か問答やらがある思って身構えていたのだが拍子抜けだ。
 こうなれば三つ必要な推薦の内、二つを既に手に入れた事になる。
 もっと大変だと思っていた分、なんというか力が抜ける。これで師匠からも推薦を貰えたら、もう冠位からの推薦はクリアした事になるわけだ。

「……そんなに気軽に推薦状なんて書いてもいいのか? 条件とかがあったりするんじゃないのか?」
「そんなもん別に決まっとらん。簡単に冠位になれないようにする為の措置じゃ。ヴィリデニアの奴は推薦状を売っておるぐらいじゃよ。」

 そんな事もアリなのか。確かに冠位になれる推薦状なんて、一枚でも大金だろう。商売としてはこれ以上ないぐらいの商品ではあるが、色々とそれで良いのかと思わなくはない。

「それにわしだって誰にだって書くわけではない。冠位に足ると認めた奴だけじゃ。」

 学園長の手元から封蝋が施された手紙が飛んでくる。俺はそれを右手で掴んだ。そのまま魔法書の空間魔法でしまい込む。
 流石に一度失くせばもう一回は書いてくれないだろう。手で持つよりは空間魔法で収納しておいたほうが安心である。

「身内だから甘くなっているというのもあるが、例えお主がわしのひ孫でなかったとしても変わらん。賢神第二席が言うのじゃ。誇りに思え。」

 ……ちょっと恥ずかしいな。こうやって素直に誉められる事は滅多にないからこそばゆい気持ちになる。学園長に言われれば尚更だ。

「わしが最近で推薦状を書いた奴はお主を除けば二人だけじゃ。冠位魔導戦闘科ロード・オブ・ウォーのヴィリデニア・ガトーツィアとお主の父親であるラウロ・ウァクラート。どちらも冠位に実際になっておる。」
「最近って……それ最低でも20年ぐらい前だろ。全然最近じゃないじゃないか。」
「千年も生きれば二十数年前など最近じゃよ。体験してみたいのなら不老の秘術を教えてもええぞ?」

 不老の秘術、ねえ。
 どんな原理なのかとか、単純に好奇心として知りたい気持ちはある。確かに魔法使いにおいて年齢はそのまま知識となり力にもなるだろうけど……

「いや、いらない。」
「じゃろうな。自分で言うのもなんじゃが、碌な魔法じゃないわい。」

 学園長は知っていた、と言わんばかりの態度でそう述べた。

「わしだって後悔しておる。もし生まれた頃からやり直せるなら、今度は絶対、不老は選ばんじゃろうな。」
「……学園長って望んで不老になったわけじゃないのか?」
「偶然の産物じゃよ。好奇心の果てと言っても良い。できる気がして、つい自分の体で試してしまった。何より背が伸びんのが一番気に入らん。せめてもっと歳を取ってから試せば良かったものを……」

 この言い方からして、この人、十数歳の時に不老の秘術を開発したのだろうか。それが本当なら天才なんてものじゃない。第二席にいるのも納得だ。
 それを越える師匠がおかしいのは言うまでもないが。

「さて、用がないならもう帰れ。お主には仕事があるじゃろう?」
「あ、ああ。そうだな。演説も直ぐに始まるだろうし。」
「わしなどに構っている暇があるなら、さっさと行け。どうせわしはいつでも暇じゃ。いつでも話せるような奴と忙しい時に話すのは勧めんよ。」

 もっと何か話したい気持ちはあったけれど、話題があるわけでもない。それに、仕事があるのも事実である。大人しく帰る他あるまい。

「元気での、アルス。」
「ありがとう学園長! また何かでこの恩は返す!」

 そう言って俺は学園長室を出た。
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