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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜
15.王選四日目
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懐かしい、俺は真っ先にそう思った。
ヴェルザードから北東へ、グレゼリオンの最東端に位置するファルクラム領へと俺達は辿り着いた。
俺の母校たる第二学園がある街であり、5年も通ったわけだから何処よりも馴染み深く、もう一つの故郷とも言える街だ。来るのは大体、二年ぶりぐらいだろうか。
当然、二年程度では街の景観が変わるよしもなく、見慣れた景色そのままだった。
「凄い……!」
対して初めてこの街に来たヒカリの、第一の感想がそれだった。街道を行く馬車の中から、目を輝かせている。
ヴェルザードは綺羅びやかな都である。美しい湖に美しい聖堂、そして芸術品とまで言える家の並び。近くにロギアがある事もあってか、観光都市としての側面が強かった。
ファルクラムは違う。街を並ぶ無数の学舎、時計塔を始めとする高層建築群。教育都市にして学術都市であり、王国で最も最新の知識が揃う場所だ。凄いという感想は、これ以上なくファルクラム領の特徴を簡潔に表している。
「そうだろ。勿論、王国の中に凄くない都市なんて存在しねーが、その中でもファルクラム領は群を抜いている。」
そう言って、アースはまず最初に目に入るだろう時計塔を指差した。
「あの時計塔は時間を知らせる役割もあるが、それだけじゃなくこのファルクラム領全体を覆う結界の核としての役割も持つ。」
「結界って……この街全体を、って事ッスか? そんな事、できるんスか?」
「普通ならできない。だけど、この街には賢神第2席オーディン・ウァクラートがいる。そして何より、有能なグレゼリオンの研究者がな。」
ファルクラム領程の広大な面積を覆う結界を作るに際し、浮かぶ問題は主には三つ。
一つ、その結界を維持する魔力。魔法使い一人分程度の魔力じゃ1秒も持たないだろう。
二つ、結界を構築する為の魔法陣。想像できないぐらいに緻密に書かなきゃいけないし、それを書くスペースも必要だ。
三つ、結界の強度。上の2つの条件を満たしながら、安定した強度を出し、そして簡単に破られないようにするのは難しい。
これらの理由から街全体を覆う結界という案は数千年間前から存在するが、実現した例は非常に少ない。ハイコストローリターンの机上の空論というわけだ。
ファルクラム領においてのみは話が違うが。
「あの巨大な時計塔そのものが、一つの魔道具なんだ。あの時計塔の内部には魔法陣がびっしりと刻まれてるし、巨大な魔石に魔力を溜め込んでいる。そして非常時に、いつでも結界が張れるようにしてあるんだよ。」
恐らく魔道具の規模としては世界最大級であろう。
賢者の塔も魔法の叡智を結集させた建築物ではあるが、あれそのものは魔道具ではない。建築物に大量の魔道具が組み込まれているだけだ。
電気製品が大量に置いてあるビルがあったとして、そのビルという建築物を電気製品とは呼ばない。それと一緒だ。
「それに、ファルクラム家は最優と謳われるだけあって、あらゆる物の水準が高い。王都ほどじゃねーが何でも揃う場所だ。」
それにここは学術都市、つまり学問の情報が集まるところである。調べ物をするならここより向いている場所はないだろうし、もし俺が隠居するなら住むのはここだろう。
派手な観光場所こそないが、どこよりも住みやすい街であると言える。まあ、俺がここを隠居先に選びたい理由はそれだけではないが。
「と、そろそろ着くぞ。」
そうこう話している内に馬車はスピードを落とし、止まる。領主の屋敷であろうものの、正門の前に青き髪の男が立っていた。
「あれが、ファルクラムの当主か。」
それを見てポツリと俺は呟く。想像していた姿とは違ったからだ。
アルドール先生の息子なのだから、先生みたいにいつも眉間にしわを寄せている堅物だと思っていた。しかしふたを開けてみればそこにいるのは、穏やかそうな優男である。規律や義を重んじる先生とは対照的に見えた。
俺とヒカリが先に馬車を降り、俺とヒカリが背筋を正した辺りでアースも降りる。
「ようこそ殿下、ファルクラム領へ。以前と変わりなさそうで何より。」
「出迎え感謝する。案内してくれ。」
「ええ、ええ、勿論是非。しかし初対面の、しかも名高き賢神を前に自己紹介もなしでは通りが悪い。」
男の視点はアースから俺に移る。
「どうも、アルス・ウァクラート殿。初めまして。私はウォーロイド・フォン・ファルクラムだ。」
「ああ、どうも。知ってるみたいだが、アルス・ウァクラートだ。」
ウォーロイドと俺は握手をして、それから屋敷の中へと俺たちは案内された。
一晩泊まる部屋、屋敷内の簡易な説明、重要な部屋の場所の確認。滞りなくそれらは終わり、そのまま軽い打ち合わせを行って、休む暇なくもう一度屋敷を出る事になった。
だが荷物の整理やらに少し時間がかかるそうで、十数分程度なら余裕はできた。それならば俺は行きたい場所がある。演説に間に合えば怒られることもないだろう。
「それじゃあアース、ヒカリを頼んだ。」
「ああ、よろしく伝えておいてくれ。」
事前に行きたいと言っていたから、特段止められる事もなく俺は一人で屋敷を出た。移動は俺の魔法なら直ぐだ。
体を雷へと変え、一分もかからずに俺は目的地へとたどり着いた。
「第二グレゼリオン学園、この銘板も懐かしい。」
俺が向かった先は第二学園。俺の母校にして、今でも様々な思い出が残る学び舎だ。ここで学んだことの全てが、今の俺の魔法に繋がっている。
流石に王選の儀の間は休校中みたいだが、きっと俺の会いたい人は二人ともいるだろう。祝日、祭日であるという理由で学園から離れるような人達ではない。
「悪い、入校許可証をもらいたいんだが構わないか?」
俺は門番にそう尋ねる。
「それなら身分証を出してくれ。」
「わかったわかった、ちょっと待ってくれよ……」
俺は無題の魔法書が持つ空間収納の中をまさぐり、賢神の身分証明書を探す。小さいから正確な位置が分かりづらい。
確かこの辺に……あれ、おかしいな。ない。いや、そんな馬鹿な。確かにしまったはずだ。
「おい、出せないのか?」
「いや直ぐに見つける。もうちょっとだけ待ってくれ。」
失くしても再発行はできたはずだが、かなり金がかかったはずだ。というより、最悪それは失くしてもいいが今日の内に学園に入れないのは非常に困る。
「――いや、提出の必要はない。そいつは私の教え子だ。」
手間取っていたところに、聞きなれた声が聞こえた。さんざん授業で聞いた声だ。今更、忘れるはずもない。
「久しぶりだな、アルス。背が高くなったか。」
「アルドール先生!」
賢神の冠位にして俺の恩師、アルドール・フォン・ファルクラムがそこにいた。
ヴェルザードから北東へ、グレゼリオンの最東端に位置するファルクラム領へと俺達は辿り着いた。
俺の母校たる第二学園がある街であり、5年も通ったわけだから何処よりも馴染み深く、もう一つの故郷とも言える街だ。来るのは大体、二年ぶりぐらいだろうか。
当然、二年程度では街の景観が変わるよしもなく、見慣れた景色そのままだった。
「凄い……!」
対して初めてこの街に来たヒカリの、第一の感想がそれだった。街道を行く馬車の中から、目を輝かせている。
ヴェルザードは綺羅びやかな都である。美しい湖に美しい聖堂、そして芸術品とまで言える家の並び。近くにロギアがある事もあってか、観光都市としての側面が強かった。
ファルクラムは違う。街を並ぶ無数の学舎、時計塔を始めとする高層建築群。教育都市にして学術都市であり、王国で最も最新の知識が揃う場所だ。凄いという感想は、これ以上なくファルクラム領の特徴を簡潔に表している。
「そうだろ。勿論、王国の中に凄くない都市なんて存在しねーが、その中でもファルクラム領は群を抜いている。」
そう言って、アースはまず最初に目に入るだろう時計塔を指差した。
「あの時計塔は時間を知らせる役割もあるが、それだけじゃなくこのファルクラム領全体を覆う結界の核としての役割も持つ。」
「結界って……この街全体を、って事ッスか? そんな事、できるんスか?」
「普通ならできない。だけど、この街には賢神第2席オーディン・ウァクラートがいる。そして何より、有能なグレゼリオンの研究者がな。」
ファルクラム領程の広大な面積を覆う結界を作るに際し、浮かぶ問題は主には三つ。
一つ、その結界を維持する魔力。魔法使い一人分程度の魔力じゃ1秒も持たないだろう。
二つ、結界を構築する為の魔法陣。想像できないぐらいに緻密に書かなきゃいけないし、それを書くスペースも必要だ。
三つ、結界の強度。上の2つの条件を満たしながら、安定した強度を出し、そして簡単に破られないようにするのは難しい。
これらの理由から街全体を覆う結界という案は数千年間前から存在するが、実現した例は非常に少ない。ハイコストローリターンの机上の空論というわけだ。
ファルクラム領においてのみは話が違うが。
「あの巨大な時計塔そのものが、一つの魔道具なんだ。あの時計塔の内部には魔法陣がびっしりと刻まれてるし、巨大な魔石に魔力を溜め込んでいる。そして非常時に、いつでも結界が張れるようにしてあるんだよ。」
恐らく魔道具の規模としては世界最大級であろう。
賢者の塔も魔法の叡智を結集させた建築物ではあるが、あれそのものは魔道具ではない。建築物に大量の魔道具が組み込まれているだけだ。
電気製品が大量に置いてあるビルがあったとして、そのビルという建築物を電気製品とは呼ばない。それと一緒だ。
「それに、ファルクラム家は最優と謳われるだけあって、あらゆる物の水準が高い。王都ほどじゃねーが何でも揃う場所だ。」
それにここは学術都市、つまり学問の情報が集まるところである。調べ物をするならここより向いている場所はないだろうし、もし俺が隠居するなら住むのはここだろう。
派手な観光場所こそないが、どこよりも住みやすい街であると言える。まあ、俺がここを隠居先に選びたい理由はそれだけではないが。
「と、そろそろ着くぞ。」
そうこう話している内に馬車はスピードを落とし、止まる。領主の屋敷であろうものの、正門の前に青き髪の男が立っていた。
「あれが、ファルクラムの当主か。」
それを見てポツリと俺は呟く。想像していた姿とは違ったからだ。
アルドール先生の息子なのだから、先生みたいにいつも眉間にしわを寄せている堅物だと思っていた。しかしふたを開けてみればそこにいるのは、穏やかそうな優男である。規律や義を重んじる先生とは対照的に見えた。
俺とヒカリが先に馬車を降り、俺とヒカリが背筋を正した辺りでアースも降りる。
「ようこそ殿下、ファルクラム領へ。以前と変わりなさそうで何より。」
「出迎え感謝する。案内してくれ。」
「ええ、ええ、勿論是非。しかし初対面の、しかも名高き賢神を前に自己紹介もなしでは通りが悪い。」
男の視点はアースから俺に移る。
「どうも、アルス・ウァクラート殿。初めまして。私はウォーロイド・フォン・ファルクラムだ。」
「ああ、どうも。知ってるみたいだが、アルス・ウァクラートだ。」
ウォーロイドと俺は握手をして、それから屋敷の中へと俺たちは案内された。
一晩泊まる部屋、屋敷内の簡易な説明、重要な部屋の場所の確認。滞りなくそれらは終わり、そのまま軽い打ち合わせを行って、休む暇なくもう一度屋敷を出る事になった。
だが荷物の整理やらに少し時間がかかるそうで、十数分程度なら余裕はできた。それならば俺は行きたい場所がある。演説に間に合えば怒られることもないだろう。
「それじゃあアース、ヒカリを頼んだ。」
「ああ、よろしく伝えておいてくれ。」
事前に行きたいと言っていたから、特段止められる事もなく俺は一人で屋敷を出た。移動は俺の魔法なら直ぐだ。
体を雷へと変え、一分もかからずに俺は目的地へとたどり着いた。
「第二グレゼリオン学園、この銘板も懐かしい。」
俺が向かった先は第二学園。俺の母校にして、今でも様々な思い出が残る学び舎だ。ここで学んだことの全てが、今の俺の魔法に繋がっている。
流石に王選の儀の間は休校中みたいだが、きっと俺の会いたい人は二人ともいるだろう。祝日、祭日であるという理由で学園から離れるような人達ではない。
「悪い、入校許可証をもらいたいんだが構わないか?」
俺は門番にそう尋ねる。
「それなら身分証を出してくれ。」
「わかったわかった、ちょっと待ってくれよ……」
俺は無題の魔法書が持つ空間収納の中をまさぐり、賢神の身分証明書を探す。小さいから正確な位置が分かりづらい。
確かこの辺に……あれ、おかしいな。ない。いや、そんな馬鹿な。確かにしまったはずだ。
「おい、出せないのか?」
「いや直ぐに見つける。もうちょっとだけ待ってくれ。」
失くしても再発行はできたはずだが、かなり金がかかったはずだ。というより、最悪それは失くしてもいいが今日の内に学園に入れないのは非常に困る。
「――いや、提出の必要はない。そいつは私の教え子だ。」
手間取っていたところに、聞きなれた声が聞こえた。さんざん授業で聞いた声だ。今更、忘れるはずもない。
「久しぶりだな、アルス。背が高くなったか。」
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