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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜

14.王子は街を渡り歩く

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 王選三日目は終わりを迎え、陽は沈み月が空で輝く。アース達一行が屋敷で眠りにつく中、とある街道を馬車が走っていた。
 その馬車にはグレゼリオン王家の証である、竜と太陽が象られた家紋が刻まれていた。
 馬車を引くのは動物の馬ではない。魔力で動く馬型のゴーレムだった。この月明かりと馬車に取り付けられた簡易証明だけを頼りに、その馬車は走る。

「兄上はきっともう、教皇との話を終えたんだろうな。それにもう僕達の動きも耳に入ってる頃だろうね。」

 馬車の中、第二王子であるスカイはぼーっと天井を眺めながらそう言った。

「いや、もしかしたら取り止めかもねえ。だってそもそも、アースが王になれるかも分からない。王になれないんだったら、結局はアースの得にはならないだろ。」

 その独り言のようなスカイの呟きを、同じく馬車の中にいるユリウスが拾った。
 スカイは首を横に振る。

「いいや、絶対にやるさ。兄上は勿論王になりたいけど、それは決して打算的な理由じゃない。この国を愛してやまないからだ。例え自分の不利になる事でも、この国の為になるなら兄上はやる。歴代国王と同じようにね。」

 それは、王家の呪いと言っても良い。グレゼリオンの血を引く者は王国を愛さずにはいられない。ただ一人の例外なくそうだ。
 それはスカイだってそうだ。誰に言われたわけでもなく、国の為に生きるのだと納得し、そしてその人生を自ら望んでいた。

「……ぼくたち四大公爵もそういう所があるけど、やっぱり王家はおかしいなあ。やっぱり遠い祖先が竜だから、ってのもあるのかな?」
「かもね。竜の血が混ざったからそうなったのかもしれない。初代国王が何かしたんじゃないかって僕は思ってるけど……」

 グレゼリオン王国の始まりは、黄金竜と神に選ばれた初代勇者が番になった事とされる。そこから竜と神の加護を受けて、急速にグレゼリオンが発達したのだと。
 建国神話として脚色された結果なのではないかとも言われるが、この世界ではそういう事も起こりうる。結局のところ、真偽は冥界に行って本人に問い質さない限りは分からない。

「国の為に愛する者を殺し、家族を殺し、英雄を殺し、そして己をも殺す。正直言って、呪われた一族と言われた方が僕はしっくりくるかな。」

 スカイのその発言は、かなり的を射た言葉だった。
 グレゼリオン王国は建国より三千年以上、未だに王政が稼働している。これが如何におかしいかは歴史を見れば明らかだ。

 知っての通り、王政には数多くのメリットがある。権力を集中させる事により、緊急時に議会を挟まずに政策を打ち出せたり、複雑な問題も一声で解決できたりもする。その分、効率的な政治が可能と言える。
 しかしそのデメリットは大きい。議会を挟まないという事はその方策がどれだけ劣悪なものでも世に出てしまうし、一人の権力が強ければその分格差も生まれやすい。つまりは国王が賢王である事を前提とした政治である。
 どれだけ優秀な初代国王がいても、その孫、更にその孫の代まで一度も愚王を出し続けないというのは不可能に近い。だからこそ、民主政へと自然と時代は移り変わっていく。

 ただ、もし私欲の為に絶対に権力を使わず、知識を得ることに貪欲で、聡明な王が生まれ続ければ……それがグレゼリオンという一族である。
 数多もの国がグレゼリオンを真似て失敗した。何故ならグレゼリオン王国が上手く行くのはその構造が良いからではない。王が優秀であるから、その一点に尽きる。
 だからこそ、無能な王が生まれれば、それを想定してこなかったグレゼリオン王国は容易く滅びるだろう。

「……まあ、個人としては良くないかもねえ。だからと言って呪われた、とまで言う必要があるとはぼかぁ思わないけど。」
「いいや、呪われているさ。父上も、兄上も、僕の祖母に至るまで、一族にはそんな人しかいない。異端なのは僕だけさ。」

 ユリウスは「異端?」と言い、不思議そうな顔をした。彼にとってスカイとは、王族のイメージそのままの人物である。
 人徳もあり、武術や魔法にも秀でて、豊富な知識とそれを十分に扱える賢さがある。
 どちらかと言うのなら異端と言えばアースの方だ。アースには己の頭以外にほとんど武器を持っていないのだから。

「王になる為に、、王族として異端ねえ……むしろイメージそのままだけど。」
「僕は、王になりたいだけ。王になる必要があるだけ。その為に僕は、国を犠牲にしたっていい。」

 それは、きっと民衆や貴族に聞かれれば非難されるような事である。そんな事、スカイは理解している。
 ユリウスだから話したのだ。幼少期から関わりがあり、兄のように慕うユリウスだからこそ。

「……そうかい。」
「理由は聞かないのかい?」
「その台詞は、できれば君が頭を下げた初日に言うべきだったと思うけどねえ。」

 ユリウスに協力を求めたのは初日、ユリウスがそれを了承したのも初日だ。この二人の協力関係はあまりに急造なものと言えた。当然、互いの思惑なんて知りえない。

「それに言っただろう。ぼかぁ生まれて初めて、スカイに頭を下げて頼まれたんだ。きっとその裏には、ぼくには想像できない程の悩みと覚悟があるに違いない。その理由を聞くのは、野暮ってものさ。」
「……悪い、助かる。」
「良いって事さ。結局、やるって決めたのはぼくだからねえ。」

 そう言ってユリウスは大きく欠伸をする。

「そろそろ寝た方がいいよ。今日も十個近くの領地を殆ど休みなしで来たわけだ。明日、途中で倒れられても困る。」
「そう、だね。それじゃあ、そろそろ寝るよ。」

 スカイは広い馬車の座席に寝転がった。揺れがあり、寝心地が良いとは思えない。それでも、スカイは目を閉じた。
 ユリウスは照明を消し、前の方にあるカーテンを開ける。そこには御者の部分に座るフランがいた。

「君も休みなよ。数時間なら変わってあげるよ。」
「……構うな。俺にできる事はこれぐらいしかない。ならば、その部分を他者に譲るわけにもいかん。」

 フランはそう言って突っ撥ねる。

「それにお前も疲れているだろう。敵を斬ることだけを考えていれば良い俺とは違って、お前は気にしなければならない者が多過ぎる。」
「君って、案外見てるよね。本質を見抜くのが上手い。理解は追いついてないみたいだけど。」

 更に大きく、ユリウスは欠伸をする。フランは一度も振り返らない。

「ぼかぁ、逆だ。一番大事な所に辿り着くのがいつも遅い。色んな事が理解できちゃうから、いちばん大切な物がどれかを見失う。」
「そうか。」
「だから、ぼくが何かを見失いそうだったら言ってくれ。君はまあ、信用できる人だからね。」

 ユリウスは適当な席に座って、目を閉じた。
 今夜は月が綺麗だった。雲一つなく、燦々と輝く星空はまるで一つの絵画のようで、不気味なほどに静かだった。
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