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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜

8.王選三日目

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「また、機会があればお越しください!」

 当主直々の見送りを受けて、馬車は発車する。最後までペンドラゴン伯爵は良い意味でうるさかった。
 二日目、ペンドラゴン領での演説を終えて、三日目の朝にこうやって次の演説場所へと移動する。やる事がなさ過ぎて暇なぐらい、俺の仕事は想像より少なかった。

「……順調みたいだな、アース。」
「そりゃーな。演説内容も会場の設営も告知も、何もかも前々から準備してきた。これで上手くいかなきゃ余程だぜ。」

 それはそうか。昨日の流れはスムーズだったし、演説も派手な事は言っていないが人を引き込む話術と情熱があった。
 正に王道な王選の戦い方だ。誰もが任せられると思える程のカリスマ性が、あの演説一つで伝わるだろう。

「それよりもどうだった、二人とも。ペンドラゴン伯爵は。」

 そのアースの問いかけに俺とヒカリは顔を見合わせる。アースはニヤニヤと笑っていた。

「なんというか、良い意味で貴族らしくなかったな。騎士と酒を飲む貴族なんて聞いたことがない。」

 強い貴族というのなら、珍しいがいないわけじゃない。それこそ生まれつきスキルを持っている人や、祝福を受けた人ならばあれぐらい強くなるのは常識の範疇にある。
 しかし、あんなにも騎士と気安く付き合える貴族などいるものか。
 どれだけ仲良くなろうとしても、貴族と平民ではどうしようもない隔たりがある。生活の根幹が違うと言っても良い。価値観や物差しが合わないのだ、仲良くなろうとすら思わないだろう。

「面白いだろ。しかもペンドラゴン伯爵は暇な時は街に出て、領民の悩みを聞いて回っているらしい。おかげで領民からの支持率は全領土ナンバーワンだ。」
「ですけど、伯爵って忙しいんスよね。武術の稽古をして、街にも出る暇なんてあるんスか?」

 ヒカリの質問は俺も気になるところではあった。
 これだけ広い領地を運営するだけでも様々な書類仕事に追われるだろうし、伯爵ともなれば人付き合いも多いはずだ。

。」
「え?」
「やらなくてもいい事をこんなにやれば、ゆっくりできる時間なんてほぼゼロだ。それでもやるのが、あの伯爵なんだ。」

 それは、慕われるわけだ。言うは易く行うは難しとはよく言うものである。
 常に全力で民と向き合う、そうすれば領地運営は自然と上手くいくものだ。しかし全ての貴族がそれを分かっていながら、まっとうできる者は存在しない。そこまでモチベーションを保てないからだ。
 当たり前の事、やった方が良いとされる事を余さず行うだけ。それが最も難しい事である。

「だから信頼できる。伯爵は不正を行わない。俺様とスカイ、どちらが王に適しているかを忖度なしに発言できる。俺様が王となった後も、関わりは深くなるだろーよ。」

 それがどれほど重要であるかは俺にも分かった。決して前世において俺が重役だったわけではないが、それでも部下を持つ立場だった。
 俺が間違っている所を指摘できる部下は多くはなかった。遠慮していたり、俺に関心がなかったりなど理由は様々だろう。特にヒカリは入社当初ひどく遠慮していたのを覚えている。

「じゃあ今回のは、その為の顔合わせも目的だったのか。」
「そーだよ。元々、俺様がこれだけ根回しを済ませてたんだ。スカイが俺様にまだ勝てると思うか?」

 まあ……それもそうか。平民相手だけならともかく、貴族は契約や面子を重んじる。今更スカイが王になりたいと言っても、スカイに付けば直ぐに人を裏切る人物であるとレッテルを貼られるだろう。
 少なくとも貴族の間では完全にアースの方が有利だ。そして貴族の影響はその領地に住む平民も受ける。スカイの状況は圧倒的なまでに悪い。

「……懸念するなら、あっちにユリウスがついてるらしいって事だな。」

 アグラードルの当主か。四大公爵の中でも、特殊な家と聞いているがそれ以上の知識はあまりない。

「公爵が一人傾けば、動く奴は多い。それを踏まえても俺様の方が有利だが、一切の前準備無しで王選の儀で何をするか。そこが重要になるだろーな。」
「アース殿下みたいに演説をするんじゃないんッスか?」
「これをやる為に必要な書類の数と事前の打ち合わせの回数はかなり多いんだよ。とてもじゃないが、今更やりたいなんて言っても受け入れられねーだろーさ。」

 本来なら、スカイは勝てるはずがないだろう。いくら優秀だったとしても、事前告知なしに動いて人がついてくるとは思えない。
 足を引っ張るのはアースの過去の方である。無能王子というあだ名は、未だに人の記憶に残っているのだ。

「だけど、念には念を入れて次の街で調査しとかないとな。アルス、頼めるか?」
「勿論、それぐらい任せとけ。」

 現在は王選三日目。最終日は王都に戻らなくてはいけない関係上、今日を含めて残りは4日だ。
 そして主要な都市を巡るとなれば、当然ながら外せない都市がある。四大公爵が統治する東西南北の4つの領だ。
 俺達が三日目に向かうのは最北の領、ヴェルザード領となる。

「……」
「……」
「……?」

 俺は目線を上にあげ、アースは目を手で覆って俯く。それに対してヒカリは少し不思議そうな顔をする。

「どうしたんッスか?」
「……そう言えば、まだヒカリは会った事がなかったか。久しぶりに会うとなると、ちょっと重たい奴がいるんだよ。」
「久しぶりじゃなくてもおもてーよ。あいつだけ学園に入学した時から変わってねーからな。」

 会えるのは嬉しいし、楽しみな気持ちはある。流石にプラスの感情の方が勝ってはいるが、俺の体力が持つかという心配もある。
 アースの言い振りからして相変わらずみたいだし。

「エルディナ・フォン・ヴェルザード。次期ヴェルザード家当主の、子供のまま大人になったような奴がな。」
「へえ……そうなんスか。」

 ヒカリはピンときていないみたいだが、会えば分かる。悪い奴じゃないし、むしろ底抜けの善人ではあるが、だからこそ疲れる所はある。

「じゃ、俺様はついたら公爵と大切な話があるから。エルディナは任せた。」
「おい待て! 俺一人に相手させる気かよ!」
「いいだろーが! お前がいなかった間、俺様がどれだけ苦労したか!」

 クソ、やばい。何とか上手く逃げる方法を探さなくては。

「折角だしエルディナと一緒に街でも出てみればどうだ?」
「絶対騒ぎになるぞ、それ……」
 
 声もデカイし容姿も目を引く。何よりあの自由奔放過ぎる性格で目立たない方が無理と言えるだろう。
 馬車は俺の憂鬱な気分を乗せながら、ヴェルザード領へと向かって行った。
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