幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第十一章〜王子は誇りを胸へ〜

3.剣士と公爵

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「ふむ。」

 グレゼリオン王国の西、アグラードル領にて腰に剣をぶら下げた黒い髪の男が歩く。その足取りに迷いはなく、まさかこの男が迷っているとは周囲は思うまい。

「港から西に行けば着くと聞いていたが……王城が見当たらんな。」

 見つかるはずがない。ここは王都ではないのだから。西に行く馬車が全て王都行きだと思っていた事が、この男の失敗であった。
 しかし、男は自分の方向感覚の悪さを知っている。迷ったのだと直ぐに認め、道を尋ねようとする判断力があった。

「すまん、道を尋ねていいか?」

 その男は適当な人にそう聞いた。
 呼び止められた女はにこやかな表情で振り向く。親しみやすい笑顔ではなく、どこか胡散臭い張り付いたような笑みだ。
 その女は平凡な服装をしていて軽装であり、現地人であることに疑いはなかった。土地勘があるだろうという、男の読みは間違いない。

「いいよ。どこに行きたいの?」
「王都に行きたいんだ。」
「王都……わかった。ついてきて。」

 そう言って女は歩き始める。男はその後ろを疑う事もなくついて行った。
 大通りを通り、路地に入って、迷うことなくその女は歩く。かなり人気の少ない通りであったが、それでも構わず二人は進む。

「道さえ教えてくれれば、一人で行けるぞ。随分と長いようだが、大丈夫なのか?」
「……大丈夫、気にしないで。」

 突然、男は足を止める。それにつられて女も足を止め、不思議そうに振り返る。

「どうしたの?」
「いや、どうやらここは危険な通りらしい。」

 男がそう言った瞬間に、二人を武器を持った集団が取り囲む。
 女も男も、表情を変えない。女はその男を置いて、取り囲む集団を抜けてどこかへと走っていく。
 その時にようやっと、男は自分が騙された事に気がついた。

「……成る程。ふむ、そういう事か。あの女も最初から、俺を王都に案内するつもりはなかったと。」

 男のその言葉に、取り囲む男達は下品に笑う。まるで珍獣を見たかのようだ。

「随分とのんきだなぁ! この状況でよぉ!」
「殺されたくなきゃあ、金を置いて行きな。そしたら見逃してやるよ。」
「持ってんだろ、金。身なりも随分と綺麗だからな!」

 男は指先で剣の柄頭を、とんとんと軽く叩く。表情は一切変わらない。

「王都に連れて行ってくれるなら、金をくれてやってもいい。」

 そして真顔でそう言った。
 するとさっきより大きな声で男達は笑う。腹を抱えて、その場に笑い崩れる奴もいた。

「『やってもいい』、だってよ! 久しぶりだな、こんな脳天気な馬鹿は!」

 男達はジリジリと距離を詰める。
 ここは王国一、武人が集まるアグラードル領。この彼らより強い輩は腐る程いる。しかし十数人がかりであれば、どれほど屈強な武人であっても倒せる。
 女が剣を持っている男でも構わず連れて来たのは、そんな今までの経験と自信があったからだ。

「――やっちまえ。服も高価に売れるだろうよ!」

 ――要は知らなかったのだ。この世にはどれだけ数を集めても通用しない存在がいる事を。

「え?」

 流石に十数人同時に人に攻撃を仕掛ける事はできない。最初に武器を振ったのは、4人だけだ。
 4

「それでは1人が4回斬るのと大差ないぞ。同時に攻撃せねば、1対4にはならん。」

 血は流れていない。剣は鞘に入れられたままで、鈍器として4人を叩いたのだ。叩いたのも頭ではなく、腹や足、腕などである。
 しかし臆せずに後ろの男達は次々とその男へと迫る。

「それで、王都への道を尋ねたいのだが……」

 しかし、誰一人その武器を届かせる事はできない。全員が蹲り、その場に苦しんで転げ回った。

「知らないか?」

 当然ながら返答はない。痛くて声を発せないか、何が起きたのか未だに理解できていないかの二択である。
 すると男達が声を発するより先に女の声が聞こえてきた。
 女が逃げた方向からその声は聞こえていて、男がそちらを向けば、その女と、女の両腕を後ろから掴んで運ぶ一人の男がいた。

「いやぁ、想像より楽にすんだね。」

 逃げた女を捕まえる男は、そう言った。そして適当な所で寝転ぶ男の中にその女を押し出した。
 すると女はバランスを保てずその場に倒れる。

「ちょっと何を――って、は?」

 後ろの男に気を取られていたのか、自分の仲間である彼らが倒れている事にやっと気付く。そして自分がどうなるのかも察しがつく。

「ど、どうして! 何でバレたの!?」
「ぼくに聞かないでくれよ。逆に言うなら、何でバレないと思ったのか聞きたいね。」

 その男は白い髪で高価な服に身を包んでいるが、髪型や服の着方は雑で、見る人にだらしないという印象を与える。

「ここはアグラードル領、四大公爵を舐めてもらっちゃあ困るな。」

 どこからともなく騎士が現れる。十人ほどの騎士は手早く男達と女を捕まえ、白髪の男に向けて頭を下げて去っていった。
 となるとそこに残るのは、二人の男だけだ。

「改めて、ぼかぁユリウス。ユリウス・フォン・だ。」

 ユリウスは欠伸をしながら、そう名乗った。

「用事があって家を出たタイミングで、ついでに手伝えって騎士団長に小言を言われちゃってね。面倒だったから君が手伝ってくれて助かったよ。」

 そうは言うが、ユリウスはゆらゆらと歩いていて武人には一切見えない。
 しかし魔法使いと言うにもボーッとしているようで、そこまで頭が回るようにも見えない。

「何か欲しい物はあるかい? 一応ぼかぁ貴族だから、大体の物は用意できるけど。」

 そう言われると男は特に悩まずに口を開く。

「王都に行きたいんだ。」
「おお、それは奇遇だ。ぼくも王都に行く用事があったんだ。折角だから一緒に行くかい?」

 男は無言で頷く。

「それにしても、一人でこの人数を倒すなんて随分と腕が立つんだね。名前を聞いてもいいかい?」

 男は腰に剣を差し直しながら、答える。

「フラン・アルクス。友に会いに戻って来た。」

 最速の称号を持つ剣士は、アグラードル家当主に向かいて堂々とそう言った。
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