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第十章~魔法使いと幸せの群島~

22.死への舞

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「『終焉の刃ラグナロク』」
「『獅子神楽ししかぐら』」

 剣と剣が交差する。荒れ狂う炎と純白のエネルギーが互いにぶつかって打ち消し合う。
 すると足元の地面が動いた感覚があった。それが何かを理解するより早く、俺は剣を捨てて上空に飛んだ。
 下を見ると俺がいた場所から、俺の体を貫けるほどの白い棘が生えていた。

「……お前が私と戦えているのは、ラウロの魔法が使えるからだ。」

 空中にいる俺に、ツクモは目線を向ける。

「図に乗るなよ、人形風情が。」

 まだ何も見えてない。どんな攻撃が来るかさえも分からない。
 しかし反射的な、ここに留まってはいけないという感覚が俺の体を無理矢理に動かした。

「『天翔あまかける』」

 焔の翼を広げ、鳥となり嘶きをあげながら空を駆ける。

「『神威しんい』」

 しかし、回避行動を取るにはあまりにも遅過ぎた。
 何かを捩じるような不快な音が、キリキリと耳元で響く。その黒板を引っ掻いたような高い音は、鳴る感覚を徐々に縮めていき――

「神から、逃れられるものか。」

 空間そのものが
 その空間にあった右の翼は消滅し、俺の体はコントロールを失う。

「ああ、認めよう。私は物体を依代にせねば生きられぬ弱い神だ。しかも今は依代すらない、不完全な存在。人に負ける程にこの力は落ちている。」

 地上に落ちる寸前で翼をもう一度生み出し、再び空へと羽ばたく。

「しかし、私は神だ。いくら力が弱まったとしても、お前程度が私を倒す事などありはしない。」

 俺の周辺に無数の白い剣が現れる。全てを避けるのには無理がある数だ。
 いくつかは撃ち落とさなくてはならない。

「『巨神炎剣レーヴァテイン』」

 向かってくる剣を弾くように、剣の炎を大きくさせて広範囲を薙ぎ払う。その炎をにまぎれるようにして、俺も体を炎へと変える。
 単純な力押しで勝てる相手じゃない。勝つには策が必要だ。
 しかし雷皇の一撃トールハンマーを受けても当たり前かのようにツクモは動いている。これ以上の魔法となれば、撃つのに時間が必要だが、その時間を遮蔽も何もないここでは稼ぐのは難しい。

「『流星群メテオシャワー』」

 上空に飛び、空に数多もの巨大な石の塊を生み出す。それらは一斉に、地面へ向けて放たれた。

「……小賢しい。」

 それは狙いも雑で、当たったとしてもツクモには傷一つつかずに砕け散るだけだ。
 だが重要なのは巨大な岩石が地上に散らばっているということ。これは俺の魔力が込められた岩だ。こうなれば魔力と視覚のどちらであっても、俺を探すのは難しくなる。

「『採物神楽とりものかぐら』」

 御幣ごへい、杖、弓、剣、ほこの五つがツクモの周りに現れる。元々手に持っていた剣と盾は消えた。
 俺は空からツクモをよく観察する。
 能力も分からずに接近するのは危険だ。特にツクモを相手にそれをやれば、一瞬で殺される可能性もある。

「距離があれば、殺されないと思っているのか。」

 ツクモは宙に浮く弓を掴み、右手で矢を生み出してつがえる。
 弓を撃ち出すのは止められない。それにツクモが弓を外すという期待は持たない方が良いだろう。
 どれほどの速さで放たれるかは分からないが、避けるか防ぐかの二択だ。

「――愚かだな。」

 引き絞る手を放し、矢は一息の間に放たれた。
 木製の弓から放たれたはずのそれは、まるで火薬で発射された銃弾かのように音と同時に俺の眼前まで迫る。
 回避はできない。
 俺の戦闘における本能はそう判断し、脳ではなく精髄からの反射で防御を選択する。

「『二重結界ダブルセイント』」

 正面に正方形の魔力の壁が二つ展開される。
 1枚目は何の抵抗もなく破壊された。2枚目は威力を減衰させたものの、弓を止めるには至らなかった。

「ぁッ!」

 言葉ですらない呻き声が喉奥から鳴った。俺の右肩には深く矢が刺さり込んでいる。
 結界で威力を減衰させて、闘気で体を守ってこのザマだ。まともに喰らっていたら右腕が吹き飛んでいたに違いない。
 痛い、痛いが、ここでは止まれない。ジッとしていたら次の一撃が来る!

「毒が効かない……成程、シャヴディヴィーアの加護か。悪運だけは強いな。」

 地上に降りて地面に転がる岩に身を隠す。左手で右肩に刺さる矢を掴み、一気に引き抜く。
 鏃にはご丁寧に返しの機能があって、抜くのは想像より遥かに痛くはあったが構わない。あいつによって創り出された物をずっと体に刺している方が問題だ。
 血は簡易な回復魔法で無理矢理塞ぐ。専門家ではない俺でも止血程度なら師匠に仕込まれている。

「無理矢理、大魔法を撃つしかないか。」

 俺はそう呟く。
 こっちの攻撃を受けても効かないくせに、あっちの攻撃は大ダメージなのだから長期戦は不利だ。その分だけリスクが膨らんでしまう。
 だからできるだけ早く大魔法の準備を整えて、一撃か二撃で仕留めなくてはならない。

「私を倒す策は思いついたか?」

 上から声がした。気配なく、いつの間にツクモは岩の上に立っていた。その右手には剣が握られており、今にも振り下ろされようという瞬間である。

「『天翔あまかける』」
「『獅子神楽ししかぐら』」

 振り下ろされた剣を、なんとか体を炎の鳥に変えて離脱する。そして派手に火の粉を散らしながら、また岩の後ろに隠れた。

「また、逃げるのか。逃げてもどうにもならんというのは分かっているはずだぞ。」

 それがツクモの挑発である事は直ぐに理解した。だから落ち着いて息を吐き、魔力を極力漏らさないようにする。
 逆に話している間はどこにいるのか分かるから、安全とも言えた。

「今までは助けが来てくれたかもしれんが、ここは魂の空間。私とお前しか存在できない場所だ。誰もお前を助けてはくれない。」

 自分の考える策に欠点がないかを頭の中で確認する。
 しかし、挑発であると理解していてもツクモの声は嫌に耳に入った。俺の中からずっと俺を見ていたツクモの言葉だからこそ、その言葉は的確に俺の心を抉る。

「今までのどの戦いでも、お前は一人では勝てなかった。今回も同じだ。一人のお前は何も怖くない。いつだって、勝負を決めたのはお前以外なのだからな。」

 思考が乱れる。少しの乱れが、魔法の精度を下げてしまう。
 落ち着け、落ち着け。俺なら勝てる。今までこういう場面で勝つ為に努力してきたはずだ。自分を信じろ。

「バハムートを落としたのはアポロン、カリティを倒したのはフラン。お前はその補助をしていただけの、替えのきく戦闘員に過ぎない。母親すら救えない奴に、誰かを救えるはずがない!」

 俺は――

「――勝てないに決まってるだろ、阿呆が。」

 ツクモは遥か遠くから空間を跳躍して俺の目の前に現れ、右手に握る鉾で俺の腹を斬った。
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