301 / 474
第十章~魔法使いと幸せの群島~
15.収穫は得られず
しおりを挟む
幸せというのは、人によって違うものだ。
だからこそ自分の幸せが、決して人にとっての幸せと同じではない事を理解しなくてはならない。
俺はそれをちゃんと、理解しているつもりだった。
子供は嘘をついていなかった。確かにあの瞬間は、幸せであったのだ。
それを不幸と感じるのは、魔法植物が如何に体を蝕むかを知る俺だけだ。
苦労しながらも、微かな幸せを感じて生きる人がいる。微かな幸せすらも得られない人がいる。
それよりも短い一生でありながらも、全ての苦悩から開放されて生きる人がいる。苦悩を得ない人がいる。
――果たして、どちらが幸せなのだろう。
「収穫は得られたか?」
事前に決めていたお嬢様との集合場所へ向かっていると、その途中で呼び止められる。
声の主を探せば、腕を組んで木に背を預けるディーテの姿があった。
集合場所はこの木々の奥にある鐘だ。きっともう、お嬢様は鐘を鳴らしたのだろう。
「……何もないよ。」
「だろうな。」
さも当然のようにディーテは俺の言葉にそう言った。
俺だって分かってはいた。ちょっと調べた程度でどうにかなるような、そんな浅い事じゃないのは理解していた。
それでも、行かずにはいられなかった。ここで行かなくちゃ、自分を失ってしまうような気がしたのだ。
「こんな茶番に手伝ってくれてありがとう。さっさとお嬢様の所に行こうぜ。」
「感謝する必要などない。私は、自分のやりたい事をしたまでだ。」
サラリとディーテはそう言ってのける。実際、その言葉に嘘偽りはないのだろう。
「それに、私はこれが茶番だったとは思わん。」
重ねてディーテは言った。
「私は菓子が好きだ。しかし生きるためにそれは決して必要ではない、一種の無駄だ。それでも、その為に金を費やした事を一度も後悔していない。」
俺はその場に座り込んだ。
ここに立つ気もあまりなかった。服が少し汚れるが、気にすることでもない。
「重要なのはお前自身が後悔したか否かだ。」
「……収穫は事実、なかったじゃないか。」
「お前は結果が伴わなければ、その過程に全て意味がないと思うのか。それは神や天使の考え方だ、やめておけ。」
ディーテが忠告をするような言い方を初めて聞いた。
基本的に人に興味がないと思っていたから、余計にその言葉を聞くと驚いてしまう。
「……お前は、何で俺に協力しようと思ったんだよ。」
だから、つい聞いてしまった。きっと聞いても答えてくれないだろうと、聞かなかったことを。
「お前に興味が湧いたからだ。」
「だから、それが何でっていう話だよ。」
「……ふむ。説明せねば分からぬか。」
悩むような仕草をディーテは見せる。しかしそれも一瞬の事で、直ぐに口を開く。
「私には人の心は到底わからん。この世に生を受けて長く経つが、人の心だけは永遠に理解できん。」
以前にも似たような事を聞いた覚えがあった。
だからオリュンポスに入ったのだと、そうも言っていたような気がする。
「それは今でもだ。お前が何故、そこまでこの島の民に気をかけるのか分からん。お前の行為は確かに他者を救えるかもしれんが、自分を殺すかもしれん。他人の為に命を懸けるなど、理解し難い。」
「いや、流石に俺だって自分の命の方が優先だよ。見知らぬ他人に命を差し出す趣味はない。」
「――そうか。まあ良い、そういうことにしておいてやる。」
そういうことも何も、事実俺はそこまで人の為に自分を犠牲にするつもりはない。いつもは結果的にそんな風になってしまっただけだ。
俺はいつだって自分も相手も簡単に幸せになれる方法が欲しいだけなのだから。
「私は人の夢に興味がある。この世を統べる神が、唯一この世で美しいものと称したその輝きを理解したいのだ。計算や動物的な本能では決して行きつかない、夢を見る人だからこそ選ぶ答えを、私は知りたい。」
変な事を言う。そんなもの理解してどうするのだ。結局、自分の夢が見つからないなら意味もないだろうに。
それに俺の夢はありふれている。誰しも心の中で願うようなものだ。
「俺の夢なんか、どこにでもあるような陳腐なもんだろ。」
「そうだな、確かに陳腐だ。」
俺の夢は、大きく括れば世界平和だ。これをわざわざ観察する価値などあるまい。
「――しかし、実現させようとするのはお前以外そういない。」
俺は否定しようとして、口を閉じた。
それもまた、事実だ。人が誰しも持つ道徳に含まれるそれだが、行動に移す者はほんの僅かだ。百人集めて一人いれば御の字というものだろう。
「私にお前の夢は欠片も理解できん。それでも、お前がそこまでに精魂を傾ける夢だ。それは人の世では価値のあるものに違いない。」
やはりと言うべきか、ディーテは異様だった。心の底から本当に、弱者は淘汰されて然るべきと考えている。
それは生物的には正しいのかもしれないが、人の道徳からは大きく外れた理念だ。
だが、それだけとも言えないのがディーテでもある。
「だから興味が湧いた。人の夢が持つ輝きとは一体何か、お前から知ろうと考えたまでだ。」
理解を諦めたわけでは決してないのだ。今のところ、理解ができないだけで。
だからこそ、理解できずとも俺の夢の一部であるこれを手伝ってくれた。
「……人の対義語は、神ではなく天使だ。これからお前は天界に行き、天使に会う。」
ディーテは歩き始める。
「天使には、私のような奴しかない。夢を見れない種族だ。故に誇れ、その美しさは神が証言したのだから。」
俺は座りながら歩いていくディーテを眺めながら、その言葉をなんとなく頭に入れていた。
「幸せって、思ったより難しいな。」
幸福を追い求めて、既に七年近く経った。
人に幸福を与えたいとは思っても、未だに幸福とは何かすらも分かりはしない。
確かにここにいる人は幸せなのだろう。それは疑いようのない事でもある。
だが、だけれども、やはり俺はこれを許せない。
今日は色んな人を見た。誰もが確かに幸福そうに見えた。
けれど、それは忘れているだけだ。嫌な記憶に蓋をして先延ばしにしているだけなのだ。
この島の住民は肉親が魔法植物で死んだ悲しみを、魔法植物で誤魔化す。
そうすれば嫌な記憶を忘れられる。良い記憶と一緒に。
本当に俺はそれを、幸福と呼んで良いのだろうか。苦しくはない、だけどそれは、あんまりじゃないだろうか。
「……行くか。」
俺は再び歩き始めた。背に伸びる手を振り切るように。
だからこそ自分の幸せが、決して人にとっての幸せと同じではない事を理解しなくてはならない。
俺はそれをちゃんと、理解しているつもりだった。
子供は嘘をついていなかった。確かにあの瞬間は、幸せであったのだ。
それを不幸と感じるのは、魔法植物が如何に体を蝕むかを知る俺だけだ。
苦労しながらも、微かな幸せを感じて生きる人がいる。微かな幸せすらも得られない人がいる。
それよりも短い一生でありながらも、全ての苦悩から開放されて生きる人がいる。苦悩を得ない人がいる。
――果たして、どちらが幸せなのだろう。
「収穫は得られたか?」
事前に決めていたお嬢様との集合場所へ向かっていると、その途中で呼び止められる。
声の主を探せば、腕を組んで木に背を預けるディーテの姿があった。
集合場所はこの木々の奥にある鐘だ。きっともう、お嬢様は鐘を鳴らしたのだろう。
「……何もないよ。」
「だろうな。」
さも当然のようにディーテは俺の言葉にそう言った。
俺だって分かってはいた。ちょっと調べた程度でどうにかなるような、そんな浅い事じゃないのは理解していた。
それでも、行かずにはいられなかった。ここで行かなくちゃ、自分を失ってしまうような気がしたのだ。
「こんな茶番に手伝ってくれてありがとう。さっさとお嬢様の所に行こうぜ。」
「感謝する必要などない。私は、自分のやりたい事をしたまでだ。」
サラリとディーテはそう言ってのける。実際、その言葉に嘘偽りはないのだろう。
「それに、私はこれが茶番だったとは思わん。」
重ねてディーテは言った。
「私は菓子が好きだ。しかし生きるためにそれは決して必要ではない、一種の無駄だ。それでも、その為に金を費やした事を一度も後悔していない。」
俺はその場に座り込んだ。
ここに立つ気もあまりなかった。服が少し汚れるが、気にすることでもない。
「重要なのはお前自身が後悔したか否かだ。」
「……収穫は事実、なかったじゃないか。」
「お前は結果が伴わなければ、その過程に全て意味がないと思うのか。それは神や天使の考え方だ、やめておけ。」
ディーテが忠告をするような言い方を初めて聞いた。
基本的に人に興味がないと思っていたから、余計にその言葉を聞くと驚いてしまう。
「……お前は、何で俺に協力しようと思ったんだよ。」
だから、つい聞いてしまった。きっと聞いても答えてくれないだろうと、聞かなかったことを。
「お前に興味が湧いたからだ。」
「だから、それが何でっていう話だよ。」
「……ふむ。説明せねば分からぬか。」
悩むような仕草をディーテは見せる。しかしそれも一瞬の事で、直ぐに口を開く。
「私には人の心は到底わからん。この世に生を受けて長く経つが、人の心だけは永遠に理解できん。」
以前にも似たような事を聞いた覚えがあった。
だからオリュンポスに入ったのだと、そうも言っていたような気がする。
「それは今でもだ。お前が何故、そこまでこの島の民に気をかけるのか分からん。お前の行為は確かに他者を救えるかもしれんが、自分を殺すかもしれん。他人の為に命を懸けるなど、理解し難い。」
「いや、流石に俺だって自分の命の方が優先だよ。見知らぬ他人に命を差し出す趣味はない。」
「――そうか。まあ良い、そういうことにしておいてやる。」
そういうことも何も、事実俺はそこまで人の為に自分を犠牲にするつもりはない。いつもは結果的にそんな風になってしまっただけだ。
俺はいつだって自分も相手も簡単に幸せになれる方法が欲しいだけなのだから。
「私は人の夢に興味がある。この世を統べる神が、唯一この世で美しいものと称したその輝きを理解したいのだ。計算や動物的な本能では決して行きつかない、夢を見る人だからこそ選ぶ答えを、私は知りたい。」
変な事を言う。そんなもの理解してどうするのだ。結局、自分の夢が見つからないなら意味もないだろうに。
それに俺の夢はありふれている。誰しも心の中で願うようなものだ。
「俺の夢なんか、どこにでもあるような陳腐なもんだろ。」
「そうだな、確かに陳腐だ。」
俺の夢は、大きく括れば世界平和だ。これをわざわざ観察する価値などあるまい。
「――しかし、実現させようとするのはお前以外そういない。」
俺は否定しようとして、口を閉じた。
それもまた、事実だ。人が誰しも持つ道徳に含まれるそれだが、行動に移す者はほんの僅かだ。百人集めて一人いれば御の字というものだろう。
「私にお前の夢は欠片も理解できん。それでも、お前がそこまでに精魂を傾ける夢だ。それは人の世では価値のあるものに違いない。」
やはりと言うべきか、ディーテは異様だった。心の底から本当に、弱者は淘汰されて然るべきと考えている。
それは生物的には正しいのかもしれないが、人の道徳からは大きく外れた理念だ。
だが、それだけとも言えないのがディーテでもある。
「だから興味が湧いた。人の夢が持つ輝きとは一体何か、お前から知ろうと考えたまでだ。」
理解を諦めたわけでは決してないのだ。今のところ、理解ができないだけで。
だからこそ、理解できずとも俺の夢の一部であるこれを手伝ってくれた。
「……人の対義語は、神ではなく天使だ。これからお前は天界に行き、天使に会う。」
ディーテは歩き始める。
「天使には、私のような奴しかない。夢を見れない種族だ。故に誇れ、その美しさは神が証言したのだから。」
俺は座りながら歩いていくディーテを眺めながら、その言葉をなんとなく頭に入れていた。
「幸せって、思ったより難しいな。」
幸福を追い求めて、既に七年近く経った。
人に幸福を与えたいとは思っても、未だに幸福とは何かすらも分かりはしない。
確かにここにいる人は幸せなのだろう。それは疑いようのない事でもある。
だが、だけれども、やはり俺はこれを許せない。
今日は色んな人を見た。誰もが確かに幸福そうに見えた。
けれど、それは忘れているだけだ。嫌な記憶に蓋をして先延ばしにしているだけなのだ。
この島の住民は肉親が魔法植物で死んだ悲しみを、魔法植物で誤魔化す。
そうすれば嫌な記憶を忘れられる。良い記憶と一緒に。
本当に俺はそれを、幸福と呼んで良いのだろうか。苦しくはない、だけどそれは、あんまりじゃないだろうか。
「……行くか。」
俺は再び歩き始めた。背に伸びる手を振り切るように。
0
お気に入りに追加
374
あなたにおすすめの小説
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。
みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅
聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる