幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第十章~魔法使いと幸せの群島~

15.収穫は得られず

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 幸せというのは、人によって違うものだ。
 だからこそ自分の幸せが、決して人にとっての幸せと同じではない事を理解しなくてはならない。
 俺はそれをちゃんと、理解しているつもりだった。

 子供は嘘をついていなかった。確かにあの瞬間は、幸せであったのだ。
 それを不幸と感じるのは、魔法植物が如何に体を蝕むかを知る俺だけだ。

 苦労しながらも、微かな幸せを感じて生きる人がいる。微かな幸せすらも得られない人がいる。
 それよりも短い一生でありながらも、全ての苦悩から開放されて生きる人がいる。苦悩を得ない人がいる。
 ――果たして、どちらが幸せなのだろう。

「収穫は得られたか?」

 事前に決めていたお嬢様との集合場所へ向かっていると、その途中で呼び止められる。
 声の主を探せば、腕を組んで木に背を預けるディーテの姿があった。
 集合場所はこの木々の奥にある鐘だ。きっともう、お嬢様は鐘を鳴らしたのだろう。

「……何もないよ。」
「だろうな。」

 さも当然のようにディーテは俺の言葉にそう言った。
 俺だって分かってはいた。ちょっと調べた程度でどうにかなるような、そんな浅い事じゃないのは理解していた。
 それでも、行かずにはいられなかった。ここで行かなくちゃ、自分を失ってしまうような気がしたのだ。

「こんな茶番に手伝ってくれてありがとう。さっさとお嬢様の所に行こうぜ。」
「感謝する必要などない。私は、自分のやりたい事をしたまでだ。」

 サラリとディーテはそう言ってのける。実際、その言葉に嘘偽りはないのだろう。

「それに、私はこれが茶番だったとは思わん。」

 重ねてディーテは言った。

「私は菓子が好きだ。しかし生きるためにそれは決して必要ではない、一種の無駄だ。それでも、その為に金を費やした事を一度も後悔していない。」

 俺はその場に座り込んだ。
 ここに立つ気もあまりなかった。服が少し汚れるが、気にすることでもない。

「重要なのはお前自身が後悔したか否かだ。」
「……収穫は事実、なかったじゃないか。」
「お前は結果が伴わなければ、その過程に全て意味がないと思うのか。それは神や天使の考え方だ、やめておけ。」

 ディーテが忠告をするような言い方を初めて聞いた。
 基本的に人に興味がないと思っていたから、余計にその言葉を聞くと驚いてしまう。

「……お前は、何で俺に協力しようと思ったんだよ。」

 だから、つい聞いてしまった。きっと聞いても答えてくれないだろうと、聞かなかったことを。

「お前に興味が湧いたからだ。」
「だから、それが何でっていう話だよ。」
「……ふむ。説明せねば分からぬか。」

 悩むような仕草をディーテは見せる。しかしそれも一瞬の事で、直ぐに口を開く。

「私には人の心は到底わからん。この世に生を受けて長く経つが、人の心だけは永遠に理解できん。」

 以前にも似たような事を聞いた覚えがあった。
 だからオリュンポスに入ったのだと、そうも言っていたような気がする。

「それは今でもだ。お前が何故、そこまでこの島の民に気をかけるのか分からん。お前の行為は確かに他者を救えるかもしれんが、自分を殺すかもしれん。他人の為に命を懸けるなど、理解し難い。」
「いや、流石に俺だって自分の命の方が優先だよ。見知らぬ他人に命を差し出す趣味はない。」
「――そうか。まあ良い、そういうことにしておいてやる。」

 そういうことも何も、事実俺はそこまで人の為に自分を犠牲にするつもりはない。いつもは結果的にそんな風になってしまっただけだ。
 俺はいつだって自分も相手も簡単に幸せになれる方法が欲しいだけなのだから。

「私は人の夢に興味がある。この世を統べる神が、唯一この世で美しいものと称したその輝きを理解したいのだ。計算や動物的な本能では決して行きつかない、夢を見る人だからこそ選ぶ答えを、私は知りたい。」

 変な事を言う。そんなもの理解してどうするのだ。結局、自分の夢が見つからないなら意味もないだろうに。
 それに俺の夢はありふれている。誰しも心の中で願うようなものだ。

「俺の夢なんか、どこにでもあるような陳腐なもんだろ。」
「そうだな、確かに陳腐だ。」

 俺の夢は、大きく括れば世界平和だ。これをわざわざ観察する価値などあるまい。

「――しかし、実現させようとするのはお前以外そういない。」

 俺は否定しようとして、口を閉じた。
 それもまた、事実だ。人が誰しも持つ道徳に含まれるそれだが、行動に移す者はほんの僅かだ。百人集めて一人いれば御の字というものだろう。

「私にお前の夢は欠片も理解できん。それでも、お前がそこまでに精魂を傾ける夢だ。それは人の世では価値のあるものに違いない。」

 やはりと言うべきか、ディーテは異様だった。心の底から本当に、弱者は淘汰されて然るべきと考えている。
 それは生物的には正しいのかもしれないが、人の道徳からは大きく外れた理念だ。
 だが、それだけとも言えないのがディーテでもある。

「だから興味が湧いた。人の夢が持つ輝きとは一体何か、お前から知ろうと考えたまでだ。」

 理解を諦めたわけでは決してないのだ。今のところ、理解ができないだけで。
 だからこそ、理解できずとも俺の夢の一部であるこれを手伝ってくれた。

「……人の対義語は、神ではなく天使だ。これからお前は天界に行き、天使に会う。」

 ディーテは歩き始める。

「天使には、私のような奴しかない。夢を見れない種族だ。故に誇れ、その美しさは神が証言したのだから。」

 俺は座りながら歩いていくディーテを眺めながら、その言葉をなんとなく頭に入れていた。

「幸せって、思ったより難しいな。」

 幸福を追い求めて、既に七年近く経った。
 人に幸福を与えたいとは思っても、未だに幸福とは何かすらも分かりはしない。
 確かにここにいる人は幸せなのだろう。それは疑いようのない事でもある。

 だが、だけれども、やはり俺はこれを許せない。

 今日は色んな人を見た。誰もが確かに幸福そうに見えた。
 けれど、それは忘れているだけだ。嫌な記憶に蓋をして先延ばしにしているだけなのだ。

 この島の住民は肉親が魔法植物で死んだ悲しみを、魔法植物で誤魔化す。
 そうすれば嫌な記憶を忘れられる。良い記憶と一緒に。
 本当に俺はそれを、幸福と呼んで良いのだろうか。苦しくはない、だけどそれは、あんまりじゃないだろうか。

「……行くか。」

 俺は再び歩き始めた。背に伸びる手を振り切るように。
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